Science January 19 2024, Vol.383

超剪断と地表断層 (Supersheer and surface faults)

2023年にトルコとシリアで発生した一連の地震は、甚大な被害と人命の損失をもたらした。Mengたちは、地形の様相が浸食されたり破壊されたりする前に、通常手段とドローンによる包括的な観察でこれらの地形の様相を捉えた。地下の断層に起因する地表の変形は複雑であったが、断層変位、断層破壊の伝播、断層系間のすべり移動に関する洞察が得られた。これらの観察は、将来の地震災害や、歴史的記録からの事象の解釈に役立つであろう。Renたちは、一連の地球物理学的な観察を用いて、複雑な一連の断層に沿って破壊がどのように伝播したかを明らかにした。破壊速度は時にはせん断波速度よりも速く、これは超剪断と呼ばれる状態であった。著者たちは、この複雑な地震の背後にある基本的な物理のいくつかを組み合わせて、破壊過程とその後の地盤の揺れについての我々のよりよい理解に役立てた。(Wt,nk,kh)

【訳注】
  • 超剪断:破壊伝搬速度が、剪断波の一種である、S波を超える地震について言う。
Science p. 298, 10.1126/science.adj3770, p. 305, 10.1126/science.adi1519

水イオン間の競争化学反応 (Competitive chemistry between water ions)

ヒドロニウム・カチオン(H3O+)とヒドロキシル・アニオン(OH-)が相互中和して中性の水分子を形成することは最も基礎的な化学過程の1つである。そのため、この過程はかなりの関心を持たれてきたが、その基礎をなす反応機構を実験で直接測定することはまだなされていない。Bogotたちは、ゼロに近い相対速度で合流する2つのイオン種の粒子ビーム中でその反応を起こして、これらの反応による中性生成物の三次元分布を直接に画像化し、3つの異なる生成経路を報告した。2つの経路は、本流である電子移動機構によるもので、支流となる経路はプロトン移動に関連したものであった。二種粒子ビーム衝突実験は、この基本的反応の量子的動力学を理解することへの重要な一歩である。(MY,nk,kj,kh)

Science p. 285, 10.1126/science.adk1950

人々による植物利用 (Peoples’ use of plants)

多種多様な植物は、人間の栄養と生活のための基礎物質を提供する。これらの植物種のいくつかは至るところに存在しているが、ある場所に固有で、そこでは特定の文化的利用に供されるものもある。Pirononたちは、人々に利用される植物がどこに発生するか、そしてその多様性と固有性のホットスポットが植物の多様性のより広範な様式や保護地域の位置とどのように重なるかを研究した。彼らは、利用された種の多様性が全体的な植物の多様性と相関していることを見出し、生物多様性のホットスポットを優先的に保全することで、これらの種の多くを保護できる可能性があることを示唆した。しかしながら、現在の保護地域は、これらの種とそれに関連する生物文化的多様性を保護するには不十分である。(Uc,nk,kh)

Science p. 293, 10.1126/science.adg8028

銀からのラジカル (Radicals from silver)

アリール環へのトリフルオロメチル基の導入は多くの医薬品と農薬を作製する上での重要な手段であるが、その反応には特殊で高価な反応剤を必要とすることが多い。今回Campbellたちは、銀錯体の光励起が、より容易に入手できるトリフルオロ酢酸塩などのカルボン酸塩から、反応性の高いトリフルオロメチル・ラジカルおよびより長鎖のパーフルオロ・ラジカルを直接的に遊離できると報告している。銀はその後に電気化学的に再び酸化でき、アレーンのパーフルオロアルキル化反応の触媒となる。この方法はまた、より一般的で高酸化性の光レドックス触媒としての銀の有望な役割に光を当てるものである。(MY,kh)

【訳注】
  • アレーン:単環式または多環式の芳香族炭化水素。
Science p. 279, 10.1126/science.adk4919

短く柔軟なリンカーでもっと多くのタイルを充填 (More tilings with short flexible linkers)

明確に規定された多面体形状を持つナノ結晶は、長鎖DNAによるリンカーを用いて規則格子へと組み立てることができるが、この大きなリンカーは往々にして充填形状を持続しない。Zhouたちは、剛直なDNAからなる繋留鎖と一本鎖DNAからなる粘着端の間に柔らかなスペーサーを配置することで、粘着端の結合がナノ結晶形状に拘束されなくなることを示した。この手法は、不完全な多面体構成要素を高秩序の空間充填構造へと組み立てることを可能にし、さらに、相補形状として空間非充填型ナノ結晶が共充填されることを可能にする。(MY,kj)

Science p. 312, 10.1126/science.adj1021

HLAのアロタイプペアがHIVに影響を及ぼす (HLA allotype pairs influence HIV)

多様性の大きいヒト白血球抗原(HLA)分子は、多様な範囲の抗原ペプチドに結合して、これをTリンパ球に提示し、これによって免疫応答を誘発する。母親由来と父親由来のHLA分子は、根本的に異なるペプチドのセットと極めて同様に結合することができる。Viardたちは、HLA多様体ペアの父と母由来の間で結合するペプチド種類の違いを評価する方法を開発し、これを「機能の多岐性」と名付けた。機能の多岐性が高い人は、低い人と比べて、より広範囲なペプチドを提示して、より強い免疫応答を誘発することが提案されている。したがって、機能の多岐性が最も高いHIV感染者は、最も低い感染者と比べて、発症する疾患は重症度が低い。同様な効果はHLAが中心的役割を果たすその他の疾患でも見られるかもしれない。(hE,MY,kj,kh)

【訳注】
  • ヒト白血球抗原:赤血球を除く全身のほぼ全ての細胞に発現し、白血球をはじめとする細胞の血液型を表す分子。ウイルスに感染した場合、ウイルス感染細胞のHLAがウイルス由来のタンパク質断片(抗原)をT細胞などに提示して、さまざまな免疫反応が引き起こされる。
  • HLAアロタイプ:個人ごとに異なるHLAタンパク質の組み合わせ。父親と母親からそれぞれ1つずつ受け継ぐ。
Science p. 319, 10.1126/science.adk0777

銅カップリング反応の手引き (Copper-coupling guide)

炭素-窒素結合を形成する反応は、医薬品と農薬の合成の中心である。現在使われている触媒法の一般的な概要は何十年も前から知られていたが、どのような条件が一対の複雑な基質を結合させるのに最適であるかを事前に正確に予測することは驚くほど困難なままである。Samhaたちは、ウルマン型銅触媒による炭素-窒素カップリング反応における配位子選択の最適化に役立つモデルの開発と検証を報告している。このようなモデルの使用は、化学者が標的化合物に到達しようとする際に、大幅に時間を節約できる可能性がある。(KU)

【訳注】
  • ウルマン反応:有機化学における化学反応の1つで、銅を用いてハロゲン化アリールをカップリングさせる。
Sci. Adv. (2024) 10.1126/science.10.1126/sciadv.adn3478

新型コロナ後遺症における血液の変化 (Blood alterations in Long Covid)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARSCoV-2)に最初に感染した後、何ヶ月も持続的な衰弱性の症状に苦しむ人もいる。しかしながら、新型コロナ後遺症(Long Covid)と呼ばれるこれらの健康問題の根底にある要因は、ほとんど理解されていない。Cervia-Haslerたちは、SARS-CoV-2感染を確認された患者の血液を、感染していない対照者の血液と比較することで、新型コロナ後遺症を経験している患者が、免疫系の補体カスケード反応の活性化、凝固の変化、および組織損傷を示す血清タンパク質の変化を示すことを見出した(Rufによる展望記事参照)。細胞レベルでは、新型コロナ後遺症は単球と血小板を含む凝集体と関連していた。これらの知見は、診断のための潜在的な生物指標の資源を提供し、治療方向性を与える材料になる。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 新型コロナ後遺症:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の回復期以降に現れる典型的な疾患、あるいは持続する長期的な後遺症を特徴とする疾患。
  • 補体:生体が病原体を排除する際に抗体および貪食細胞を補助する免疫系(補体系)を構成するタンパク質。
Science p. 273, 10.1126/science.adg7942; see also p. 262, 10.1126/science.adn1077

DNAがかくれんぼ (DNA hide-and-seek)

腫瘍分析のための液体生検は、外科的処置の代わりに採血を用いた非侵襲の手段の可能性を提供する。さらに、腫瘍の位置が不明であっても採血することで、腫瘍DNAを検出することができる。しかし、血液中にあって循環する腫瘍DNAは通常少数であり、特に腫瘍が小さい場合には、適切な検出のために十分な血液を採取することが困難な場合がある。Martin-Alonsoたちは、循環DNAを破壊から保護する2種の異なるタイプの前処理剤を開発することで、この困難に対処した(MoserとHeitzerの展望記事参照)。これらの薬剤を使用すると、より多くのDNAが血流に残り、少量の血液でも検出が容易になる。ガンのマウス・モデルでは、どちらの手法も液体生検の感度が大幅に向上した。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • 液体生検:患者から血液などの体液を採取し、その中に含まれているガン細胞や、ガン細胞由来の物質を解析する技術。
Science p. 274, 10.1126/science.adf2341; see also p. 260, 10.1126/science.adn1886

質量ギャップ内のコンパクト天体 (A compact object in the mass gap)

これまで測定された最も重い中性子星と、測定された中で最も軽いブラックホールの質量の間には、相当の差異がある。この質量ギャップは、超新星爆発中に両方のタイプの天体がどのように形成されるかに関する情報を含んでいる(Fishbachによる展望記事参照)。Barrたちは、パルサーのタイミングを使用して、高密度な星団内の連星系を調査した。彼らは、このパルサーの連星系の伴星が質量ギャップにある天体であることを見出したが、それが異常に高質量の中性子星であるのか、異常に低質量のブラックホールであるのかを決定することはできなかった。いずれにしても、著者たちは、他の2つの中性子星の事前の合体によってこの伴星が形成されたと主張している。(Wt,nk,kj,kh)

【訳注】
  • パルサー:高速回転する中性子星。
Science p. 275, 10.1126/science.adg3005; see also p. 259, 10.1126/science.adn1869

光格子状態を創出する (Generating optical grid states)

開発途上にある量子コンピューターは現在中規模ではあるものの、特定の課題に関して古典的システムに対する優位性をすでに実証しつつある。システムを大規模化することは固体系の技術基盤にとっては困難である。光学系は(大規模化に対しての)1つの可能性ではあるが、損失を緩和し誤り訂正コードを実行するには工学制御されたフォトニック状態が不可欠である。Konnoたちは、波動関数がピーク構造を持つ2次元アレイに類似している、Gottesman-Kitaev-Preskill状態または格子状態の創出を実証した(Pfisterによる展望記事参照)。これらの状態は誤り耐性を有すると予測されてきており、量子誤り訂正符号の容易な実装が可能である。工学制御されたフォトニック状態を実現する本技術は、大規模光量子コンピューターの開発に重要になるであろう。(NK,nk,kh)

Science p. 289, 10.1126/science.adk7560; see also p. 264, 10.1126/science.adm9946

銅で金クラスターの放射を増大させる (Boosting gold cluster emission with copper)

金ナノクラスターは、生物学的応用のための近赤外線放射材料として潜在的な適用性を有しているが、多くの場合、室温の溶液中では低いフォトルミネッセンス量子収率(PLQY)を示す。Shiたちは、銅による置換でAu16Cu6のクラスターを形成することが、室温の含酸素溶液中においてPLQYを60%以上に改善することを見出した。銅の存在は、長寿命の三重項状態への超高速項間交差を引き起こし、無放射減衰も抑制した。(Sk)

【訳注】
  • フォトルミネッセンス量子収率:吸収した光子の数のうち放出(発光)される光子の数の割合で、発光の効率を表す。
  • 項間交差:異なるスピン多重度をもつ量子状態の間で起こる、一重項励起状態から三重項状態への無放射遷移。
Science p. 326, 10.1126/science.adk6628

ケイ素はどのようにして安定性を与えるのか (How silicon imparts stability)

ケイ素などの元素を構造的促進剤として含む銅酸化亜鉛触媒は、長い間、二酸化炭素と水素からのメタノール合成に用いられてきた。Barrowたちは、ケイ素の不純物添加がまた、酸化アルミニウムのような他の金属酸化物も組み込んだ工業的に用いられる触媒の寿命を、どのようにして約2倍にしているのかを調査した。モデル触媒と古い工業用触媒に関する彼らの研究は、ケイ素が銅だけでなく、より重要なことには酸化亜鉛の粒子の成長(焼結)をも遅らせるのに役立っていることを示している。ケイ素の酸化亜鉛格子への組み込みが、反応条件下でその水熱安定性を向上させている。(Sk)

Sci. Adv. (2024) 10.1126/science.10.1126/sciadv.adk2081