Science January 12 2024, Vol.383

木を見て森を評価する (Assessing the forest for the trees)

保全の優先順位を設定し、保護活動を評価する取り組みは、多くの場合、国際自然保護連合の絶滅危惧種のレッドリストなど、種の保全状況の評価に依存する。評価には詳細なデータ、多くの時間、専門知識が必要である。de Limaたちはレッドリスト基準に基づいて種を評価する自動的かつ定量的な手法を使用し、それを南米の比較的データが豊富な生物多様性のホットスポットである大西洋の森の約 5,000種の樹木に適用した。彼らは固有種の80%以上を絶滅の危機に瀕し、13種を絶滅の可能性があると分類した。個体数の減少を推定するデータは、多くの熱帯地域で入手できないが、多くの種の絶滅の危機を評価する上で鍵であった。(Uc,kj,kh)

Science p. 219, 10.1126/science.abq5099

サポシンと抗腫瘍免疫 (Saposins and antitumor immunity)

ガンは、免疫系による検出とその後に免疫系によって殺されることを免れる機構を発展させている。このような戦略の1つが腫瘍関連抗原の提示を抑制することである。Sharmaたちは、プロサポシンと呼ばれるタンパク質が、腫瘍に対する免疫を引き起こす鍵となることを報告している。樹状細胞と呼ばれる免疫の見張りが死んだガン細胞を貪食し、プロサポシンを用いて腫瘍由来抗原を処理し、続いて抗原提示して防御Tリンパ球の活性化をおこなう。腫瘍の増殖が、樹状細胞中のプロサポシン分子に複雑糖鎖の付加をもたらし、プロサポシンの分泌とリソソームのサポシン消耗につながる。遺伝子操作した形のプロサポシンで腫瘍の樹状細胞を標的にすることは、抗腫瘍性免疫応答を増強し、腫瘍の制御を改善する。(hE,kj,kh)

Science p. 190, 10.1126/science.adg1955

行く手に両方の酸素を装填する (Charging ahead with both oxygens)

元素状酸素は、生物化学と合成化学の両方で極めて一般的な反応物質であるが、酸素分子を構成する両方の酸素原子が目標生成物の分子に組込まれることは比較的まれである。通常はこのようではなく、2つの酸素原子の1つが副産物に回されて基本反応を容易にする。今回Hoqueたちは、電気化学的な手法がこの状況における原子効率を高められることを示している。具体的には、彼らは酸素還元と水酸化(みずさんか)を組み合わせて、各両極でマンガン・オキソ種を作り、これらが次にチオエーテルを酸化してスルホキシドにした。反応全体では、電子を消費することなく両方の酸素原子が移動した。(MY,kh)

【訳注】
  • 原子効率:出発物質の原子がどれだけ無駄にならずに生成物に使われるかという化学変換プロセスの効率を表す考えで、指標は生成物の重量に含まれる反応物の重量の割合となる。原子経済ともいう。
  • マンガン・オキソ種:中心金属がマンガンである錯体であって、錯体平面に垂直な方向に酸素が配位した化合物。
  • チオエーテル:エーテル結合を構成している元素が酸素ではなく硫黄である化合物。
  • スルホキシド:2つの炭素原子がスルフィニル基[−S(=O)−]に結合している化合物。
Science p. 173, 10.1126/science.adk5097

分子ふるい中での高速拡散 (Fast diffusion in a molecular sieve)

大量のオレフィン分離は中心的な化学工程であり、効率的な生産を高純度に行うことは大きな課題である。Cuiたちは、プロパンとプロピレンの分離用分子ふるいとして、結晶性の多孔性配位高分子であるZU-609を開発した。ZU-609は、1,2-エタンジスルホン酸(EDS)と、銅(II)イオンを伴う4,4’-ジピリジルジスルフィド(DPS)の反応により作製され、EDSアニオンは、DPSによる二次元網と銅ノードを接続する柱として作用した。ジピリジル配位子のねじれた幾何形状は、直径約0.5ナノメートルの一次元細孔を作り出し、これがプロパンを排除する一方、プロピレンに対する高吸着と高拡散を可能にした。(MY,kh)

【訳注】
  • 多孔性配位高分子:金属イオンと架橋性の有機配位子が配位結合して組み立てられる内部に細孔を持つ結晶性の高分子構造体。金属有機構造体とも呼ばれる。
Science p. 179, 10.1126/science.abn8418

2つの面からエピタキシー (Two sides to epitaxy)

結晶膜のエピタキシャル成長は、通常、1つの基板から進行する。Cuiたちは、二硫化モリブデン(MoS2)の2つの層が、両方とも金に配向効果を強制できると報告している。著者たちは、1つのMoS2基板上に金ナノ粒子群の層を成長させ、次にそのナノ粒子群を2番目のMoS2膜で覆った。加熱すると、ナノ粒子は平らになってナノディスクになった。2つの基板間のねじれ角が小さい場合(約7度)、ナノメートル厚の金ナノディスク群は、両基板の中間的な向きを取った。この配列は、部分的には金と硫黄の化学的相互作用によって推進された。(Wt,kh)

Science p. 212, 10.1126/science.adk5947

失われた「都市」 (A lost “city”)

そのままでは、アマゾンの森林は密集しており、徒歩でも走査技術でも入り込むのは困難である。しかしながら、ここ数年間で、改良された光検出と測距走査が林冠を貫き始めてきており、これまで知られていなかった過去のアマゾン文化の証拠を明らかにしてきている。Rostainたちは、2000年以上前に始まったそのような農耕アマゾン文明の証拠について述べている。彼らは、ウパノ渓谷における、道路によって接続され農業的景観や河川排水路と絡み合った、幾何学的様式で分布する6,000以上の土の高台について述べている。以前の成果はアマゾンの塚や大きな遺跡について述べてきたが、この開発の複雑さと範囲はこれらの以前の遺跡をはるかに上回っている。(Sk,kh)

Science p. 183, 10.1126/science.adi6317

腫瘍内での好中球の再プログラム化 (Neutrophil reprogramming in tumors)

好中球は体内の白血球の中で最も数の多い集団である。腫瘍が作る微小環境にさまざまな種類の好中球が高頻度で集まるが、それらがどのようにして協調して腫瘍増殖を支援するのかは現在よく分かっていない。Ngたちは、膵臓ガンの実験モデルを用いて、集結して長寿命の単一「T3」細胞サブセットに発達する、腫瘍浸潤好中球の集団について報告している。T3好中球は新規な血管の成長を促進し、これが低酸素で栄養が限られる領域で腫瘍の生存性を高めた。T3好中球を枯渇させたりそれらの血管新生機能を抑制すると、腫瘍増殖が低減した。研究者たちは、好中球が腫瘍の微細環境内で単一機能状態へと再プログラムされることができ、腫瘍支援好中球の応答を変化させることが治療可能性を持つかもしれないことを示唆している。(MY)

【訳注】
  • 微小環境:腫瘍の周囲にあって、腫瘍に栄養を送っている正常な細胞、分子、血管などのこと。
  • 腫瘍浸潤好中球:腫瘍の周りにしみ出して集まっている好中球のこと。
Science p. 163, 10.1126/science.adf6493

実現可能なペロブスカイト-シリコン-タンデム太陽電池に向けて (Toward viable perovskite-silicon tandems)

タンデム型ペロブスカイト-シリコン太陽電池は、ペロブスカイト層が太陽スペクトルの高周波端を吸収してシリコンセルの吸収を補うように調整されており、最良の単接合シリコンセルの電力変換効率を上回ることができる。しかし、広く採用されるためには、タンデム型太陽電池による均等化発電原価が、主流のシリコン技術のものよりも低くなければならない。Aydinたちは、安定性、プロセスのスケールアップと処理能力、セルとモジュールの統合、実地での性能評価などの問題を含め、これらのデバイスの商品化に必要な取り組みをレビューした。(Wt)

【訳注】
  • 均等化発電原価:太陽光発電の総発電原価を、そのシステムの生涯発電量で割った数値。
Science p. 162, 10.1126/science.adh384

AIに基づく予測モデルの限界 (Limitations of AI-based predictive models)

医療における人工知能(AI)の主な期待は、大規模なデータ群を掘り起こして、将来の患者にとって最適な治療方針を予測し特定できることである。残念ながら、真に独立した患者サンプルに対して、これらのモデルが予見能力調査のためにテストされることはほとんどないため、我々は、これらのモデルが新しい患者に対してどのように機能するかを知らない。Chekroudたちは、データ群が大規模な国際的な複数施設の臨床治験であっても、その1つのデータ群の中では機械学習モデルが決まり切ったように完璧な成績を収めることを示した(Petzschnerによる展望記事参照)。しかし、その正確なモデルが真に独立した臨床治験でテストされたとき、成績は偶然のレベルに低下した。複数施設での類似する治験群にわたって集計することでより堅牢なモデルとなるべきモデルを構築した場合でも、その後の予測成績は劣悪なままであった。(KU,MY,kh)

Science p. 164, 10.1126/science.adg8538; see also p. 149, 10.1126/science.adm9218

電子線を制御する (Controlling electron beams)

電子顕微鏡は最も小さい縮尺の撮像能力を提供する。試料から散乱される電子線は、エネルギー的に安定でありかつ空間的に一様である。試料の時空間的情報を得るために電子線を変調できることは極めて有用であるが、技術的には非常に困難である。Yangたちは、微小共振器中で誘導された非線形光学状態が電子線と相互作用して、その非線形光学状態を電子線に刻み込めることを示している(PolmanとGarcía de Abajoによる展望記事参照)。この相互作用は電子線の超高速変調の利用可能性を提供し、電子顕微鏡による時空間的な撮像や分光法への応用を広げるものである。(NK,kj)

Science p. 168, 10.1126/science.adk2489; see also p. 148, 10.1126/science.adn1876

摩擦を摘み取る (Picking the friction)

摩擦はどこにでも存在するが、多くの応用のための試行錯誤的方法以外で決定することは驚くほど困難である。Aymardたちは、摩擦の関係性を事前に設計することを可能にするであろう一般的な方法を開発した(SlesarenkoとPastewkaによる展望記事参照)。この方法は、アスペリティと呼ばれる個々の凸部の動作を理解し、それらの凸部の集団が摩擦にどのように影響するかをモデル化することを必要とする。著者たちは、モデル系の摩擦応答を調整するいくつかの例を提供している。この方法は、さまざまな材料の組み合わせや規模にわたって幅広く適用できるであろう。(Sk)

Science p. 200, 10.1126/science.adk4234; see also p. 150, 10.1126/science.adn1075

形質細胞はゆらぐことなくよろよろ歩いた (Plasma cells hobbled without their wobble)

形質細胞は、多くの場合、何年にもわたって、かなりの速度で抗体を産生する。抗体生成は十分に制御されたプロセスであるが、形質細胞の翻訳機構がこの大変な課題にどのように適応するかについてはほとんど知られていない。Giguèreたちは、B細胞がナイーブ表現型から形質細胞に分化するにつれて、転移RNA(tRNA)とコドンの使用が一致するよう最適化されることを報告している(AlvarezとJamesによる展望記事参照)。形質細胞内のtRNAプールは修正可能なイノシン(I34)アンチコドンを豊富に含んでおり、このことは1つのtRNAが「ゆらぎ」(非ワトソン・クリック)塩基対形成によって複数の同義コドン解読を可能にする。これらの知見は、コドンの使用と細胞特異的tRNAプールが、医薬品抗体の外的生成とワクチンの合理的設計の両方にとって魅力的な将来の標的となる可能性を示唆している。(KU,kh)

【訳注】
  • 形質細胞:細菌やウイルスが侵入することで、免疫細胞(リンパ球)の仲間であるB細胞が変化した細胞。
  • アンチコドン:mRNA上のコドンに相補的なtRNA上の3つのヌクレオチド。
  • 非ワトソン-クリック塩基対:通常の二重らせん構造を形成する塩基対(A-T,G-C塩基対)に対して、G-U、U-C、A-I(イノシン)、C-I等のゆらぎ塩基対。
  • 同義コドン:塩基配列は異なっているが、指定するアミノ酸は同じであるコドンのこと。
Science p. 205, 10.1126/science.adi1763; see also p. 146, 10.1126/science.adn1067

まだ危険な状態 (Still in danger)

過去10年間、世界のサメの窮状は多くの注目を集め、その結果、規制が強化され、フィニングが禁止された。しかし、この注目の高まりがサメにとっての対策結果の改善になったかどうかは不明である。Wormたちは、世界的に漁業が引き起こす死亡数を推定し、全体として過去10年間に増加し続けていることを見出した。フィニングの禁止はほとんど影響を与えなかったが、漁業規制は死亡率を低下させた。(Sh,kh)

【訳注】
  • フィニング:高級食材フカヒレとなるサメのヒレだけを切り取り、胴体は海に捨てる漁法。
Science p. 225, 10.1126/science.adf8984