Science January 26 2024, Vol.383

真菌の養分を得るためのシグナル伝達 (Signaling for fungal nutrition)

多くの維管束植物は、その根にアーバスキュラー菌根(AM)菌との共生を作り上げる。この真菌は、共生している植物が提供する脂質の見返りに、リン酸塩などの養分を提供する。転写因子RAM1はAMとの共生に必要で、また、脂質の提供を調節する。IvanovとHarrisonは、植物が脂質の産生と真菌への輸送を制御するもう1つの機構を見出した。この系では、立証されているRAM1経路と並行して機能するとともに一緒に機能する2つのサイクリン依存性キナーゼ様タンパク質が関与する。この研究は、植物の栄養摂取と成長の基礎となる調節過程への洞察を与えるものである。(MY,kh)

【訳注】
  • アーバスキュラー菌根菌:土壌中に普遍的に存在し、およそ80%の陸生植物と共生可能な糸状真菌で、植物の根の細胞の中にまで菌糸を伸ばして栄養物の交換を行う。土中に菌糸を張り巡らして植物の根圏を広げる。
  • サイクリン依存性キナーゼ:サイクリンと結合することにより、細胞周期の進行を制御するタンパク質。
Science p. 443, 10.1126/science.ade1124

酵素が炭素–ケイ素化合物に挑む (Enzyme tackles carbon–silicon compounds)

メチルシロキサン類は有機ケイ素化合物で、消費者向けの幅広い製品で使われる人工生成物である。それらはもともと自然界には存在しないため、生物によって容易に分解されず、また、生体内に蓄積されるかもしれないものもある。Saraiたちは、線状メチルシロキサンのメチル基を水酸基にすることができるシトクロムP450酵素を同定した。彼らは次に、指向進化法を用いてこの活性を拡張し、より効率的でまた環状メチルシロキサンにも機能する変異体を作り出した。機構解析実験は、2回目の酸化と、酵素で促進される再配置が炭素–ケイ素結合の切断とホルムアルデヒドの放出につながる可能性があることを示唆している。(MY,kh)

【訳注】
  • シトクロムP450:ほとんどすべての生物に存在し、活性部位に鉄錯体のヘムを持つ酸化還元酵素。
  • 指向性進化法:遺伝子操作を用いて、より機能の高い酵素を作り出す技術。具体的には酵素遺伝子を多様化して大腸菌に組込み酵素を発現させ、求める機能に適する酵素を作る遺伝子を選別し、さらに多様化・選別を繰り返すことで高い機能の酵素を作り出す。
Science p. 438, 10.1126/science.adi5554

相互作用を制御する (Controlling interactions)

低温フェルミオン原子が捕捉された三次元光格子は、光原子時計の力強い実現形である。このような系における相互作用を調べることは、時間精度を高めるとともに多体物理に関する知見をもたらす。Hutsonたちは、ストロンチウム87原子を立方光格子に配置し、双極子-双極子相互作用共鳴効果を測定した。彼らは、わずかな時刻ずれ(clock shift)を相互作用が引き起こし、その時刻ずれの大きさはプローブ光と原子双極子の相対角度を変えることで制御できることを見出した。(NK,nk,kj,kh)

Science p. 384, 10.1126/science.adh4477

ZEB2はABCのABC(基本特性)を制御する (ZEB2 controls the ABCs of ABCs)

老化関連B細胞(ABC)は、加齢とともに、またある種の慢性感染症の際に蓄積するB細胞の特徴あるサブセットである。ABCはまた、全身性エリテマトーデスや多発性硬化症などの特定の自己免疫疾患の病因にも寄与する。Daiたちは、転写因子ZEB2がマウスとヒトの両方でABC形成と病原性を促進するのに重要であることを報告している。ZEB2は、ABCの遺伝子特徴、表現型(例えば、CD11c発現)、および機能(例えば、貪食能)を促進する。さらに、ZEB2は、胚中心の発生を指示する転写因子であるMEF2Bを抑制し、その結果、ABCを濾胞外応答に誘導する。ZEB2によるABCの制御にはJAK-STATシグナル伝達も必要であり、このことは、この経路を標的とすることが自己免疫疾患におけるABCを減少させる可能性があることを示唆している。(Sh)

【訳注】
  • 全身性エリテマトーデス:種々の自己抗体を産生し、その抗体による全身性の炎症性臓器障害が生じる自己免疫疾患で、膠原病の一種。
  • 多発性硬化症:脳や視神経、脊髄の髄鞘とその下の神経線維がまだら状に損傷/破壊され、視力障害や感覚障害、運動麻痺などさまざまな神経症状の再発と寛解を繰り返す疾患。
  • 濾胞:動物の腺組織で、多数の細胞からなる完全に閉じた空洞状の構造。ここではリンパ節内に存在し、B細胞を中心としたリンパ球が集まる構造体であるリンパ濾胞を指す。
  • JAK-STATシグナル伝達:細胞外からの化学シグナルを、細胞核に伝え、DNAの転写と発現を起こす情報伝達。
Science p. 413, 10.1126/science.adf8531

思った以上に空気中に (More in the air than we thought)

石油化学物質の抽出によって生成される気体状有機化合物による大気汚染は、通常、それらの化学種のサブセットである揮発性有機化合物の測定により評価されている。Heたちは、この手法ではこの問題の真の規模を大幅に過小評価する可能性があることを示した。航空機に基づく彼らのカナダ、アルバータ州のアサバスカ・オイルサンド地域上空での気相有機炭素総濃度の測定は、その地域だけからの排出量が、より限定された一連の化学種に基づいて作成された推定値より64倍も大きいことを明らかにした。過小報告されている化学種には、有機炭素汚染の監視と報告に含める必要がある二次大気汚染の前駆体が豊富に含まれていた。(Uc,MY,nk,kh)

Science p. 426, 10.1126/science.adj6233

水による取り外し (Water release)

自立型酸化膜はさまざまな興味深い応用性を有しているが、合成後にこれらの材料を基材から外すのが難しいことがある。J. Zhangたちは、比較的広い面積にわたって亀裂のない自立酸化膜を生成できる、ストロンチウム・アルミニウム酸化物系の新しい相を見出した。この基材は水溶性であり、対象の酸化膜を取り外す簡単な方法を可能にする。この材料は、さまざまな潜在的な用途向けの、比較的高品質の薄膜の製造を可能にするであろう。(Sk)

Science p. 388, 10.1126/science.adi6620

光化学のためのより良い条件 (Better conditions for photochemistry)

光化学と光触媒の最近の研究は、反応性の源としての光が環境に優しいという魅力に幾分は後押しされ、驚くほど急増している。しかし、研究の多くは小規模な反応を見本にしているに過ぎず、規模の拡大はさまざまな技術の集積に依存し、その最適化にはかなりの試行錯誤を必要とする可能性がある。Slatteryたちは、規模拡大可能なフロー法に基づく方式での光化学プロセスのための最適な基質特異的な条件を多数回反復で決定する、ソフトウェアとハードウェアを組み合わせたプラットフォームを報告している。この閉ループのベイズ最適化法は、さまざまな異なる反応の全収率と空時収量を向上させている。(Wt,nk,kh)

【訳注】
  • 空時収量:反応物質が触媒層を通過するときに、単位触媒当たり単位時間に生成される目的生成物の量のこと。
Science p. 382, 10.1126/science.adj1817

ガンのための血液検査 (Blood tests for cancer)

ガン検診の目的は、ガンが症状を表す前の初期段階でガンを発見することであり、その理由は早期の治療が患者の治療成績を改善しうるからである。血液を用いる多ガン検診試験が利用可能になりつつあるが、これをどのように使うべきかについて本質的な問題がある。Micalizziたちは展望記事において、これらの問題を議論している。その中には、陽性結果を受けた人のカウンセリングの必要性、ガンの種類を決めるという問題、また不要な侵襲的試験や心配を起こしうる擬陽性率の問題を含む。彼らは、もしもガンを発生する高い危険性があるなら、そのような人が血液検診のために選択されるべきであり、そしてこのような人は人工知能に基づくリスク評価によって見分けられると提案している。血液試験はガンの早期検出に重要な道具となりうるが、これをどのように実行すべきかは、予知力を最大にして、かつ有害性を最小にするものでなければならない。(hE,nk,kj,kh)

Science p. 368, 10.1126/science.adk1213

変異のある適応度 (Mutable fitness)

自然選択をこうむる変異の利益とコストは、後に続く変異との遺伝子相互作用に応じて変化することがある。長期的な実験により、12系統の大腸菌が75,000世代以上維持され、各世代が抽出され保存された。Couceたちは、祖先株と50,000世代時点で採取された進化株においてトランスポゾン挿入ライブラリを作成し、これらの試料を用いて競争実験における適応度を測定した。有益な変異の数は長期継代中に急速に減少し、12系統全体にわたり、適応にかかるコストの変化と遺伝子の必須性の変化が並行して起こった。著者たちは、すべての系統で必須になった非必須遺伝子と非必須になった必須遺伝子を見出した。予測可能性は、標的遺伝子の長さに応じて変化する機能喪失型変異の重要性から生じた。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • トランスポゾン:ゲノム上の位置を転移することができる塩基配列。
  • 必須遺伝子:生物が特定の条件下で生存するために必要な遺伝子で、遺伝子破壊実験により生育不能になる遺伝子が相当する。
Science p. 383, 10.1126/science.add1417

ブラックホールのジェットの中の電子の加速 (Electron acceleration in a black hole jet)

クエーサーは、相対論的な速度で移動するプラズマのジェットを噴出する降着超大質量ブラックホールを含んでいる。相対論的ジェットの加速過程はよく判っていない。H.E.S.S. Collaborationでは、遠方のクエーサーに類似した、近傍の恒星質量の天体であるSS 433を、テラ電子ボルトのガンマ線とさまざまなエネルギーで空間的に分解されたガンマ線放射で観察し、これまでのX線観測とは異なる分布を発見した(Bosch-Ramonによる展望記事参照)。著者たちは、ジェットに沿って移動するプラズマからの放出メカニズムをモデル化することで、ブラックホールから数パーセク離れたところにある衝撃波面で電子が高エネルギーに加速されることを示した。同じプロセスが他の相対論的ジェットでも働いている可能性がある。(Wt)

Science p. 382, 10.1126/science.adi2048; see also p. 371 10.1126/science.adn3487

保護地域の特定 (Identifying protected places)

水質浄化法は、米国の環境立法の決定的部分であるが、汚染から保護する水域が明確に定義されたことはない。Greenhillたちは、地理空間データを使用して、どの水域が水質浄化法の対象となるかを予測する機械学習モデルを開発し、米国陸軍工兵隊からの管轄区域決定データを使ってモデルの訓練とテストを行った。この研究により、保護されている水域の範囲が推定されるとともに、規制の再解釈や変更を行った最高裁やホワイトハウスの規則の影響も理解できるようになった。予測精度が高い一部の水域については、このモデルは許認可を迅速化するための意思決定支援ツールとしても機能することができる。(ST,nk,kh)

Science p. 406, 10.1126/science.adi3794

小さな侵略者が大きな転換を引き起こす (Small invader leads to big shifts)

人間の地球規模の活動は、世界中で本来の生息地から遠く離れた場所への種の移動を引き起こしてきた。これらの移動した種が新たな場所の既存の生態系に及ぼす影響は、有害なものから有益なものまでさまざまであり、その影響の多くは予想よりもはるかに捉えにくいものであるかもしれない。たとえば、もともとモーリシャスで記述されたツヤオオズアリは、亜熱帯および熱帯世界の大半に広がってきている。Kamaruたちは、ケニアのオル・ペジェタ保護区におけるその存在が、どのように在来のアリとアカシアの木々との相利共生を破壊し、それがゾウによる草食の増加を引き起こし、そして最終的にはライオンの餌種のシマウマからバッファローへの転換を引き起こしたのかを明らかにした(Gaynorによる展望記事参照)。(Sk,kh)

Science p. 433, 10.1126/science.adg1464; see also p. 370 10.1126/science.adn3484

大腸菌における加速する進化 (Accelerating evolution in E. coli)

生物のゲノムDNAを複製するときに導入される変異は、子孫に有利な場合には円滑な選択が可能だが、ゲノム内の高レベルの変異は致命的な欠陥を引き起こす可能性があり、選択の障害となる。したがって、生物は非常にゆっくりと新しい機能を獲得する。Tianたちは、そのゲノムに影響を与えることなく、選択的に複製され、別の複製機構によって急速に変異するような方法で大腸菌細胞中にユーザー定義のDNAを導入した(WilliamsとLiuによる展望記事参照)。この方法は、致命的な欠陥を子孫に伝えることなく、ユーザー定義のDNA配列から新しい機能の進化を大幅に加速する。(KU,kh)

Science p. 421, 10.1126/science.adk1281; see also p. 372 10.1126/science.adn3434

リンがクライゼン転位を操る (Phosphorus steers a Claisen rearrangement)

素人目には、6原子からなる骨格中の炭素原子と酸素原子の間の結合を交換するクライゼン転位の様式は、ほとんど手品のように見える。この反応はまた制御が課題である。と言うのは、触媒に対する明らかな結合点が無いことや転位を加速させる方法が無いからである。G. Zhangたちは今回、キラルなリン系触媒が変法エッシェンモーザー・クライゼン転位でエナンチオ選択性を誘導して四級不斉中心を持つアミドを生成できると報告している。この活性化手順の鍵は、イミンを還元してリン-窒素結合を作る点であり、それが必要な幾何学的配置を準備し、その後シランによって切断されて触媒回転が達成される。(MY,kj)

【訳注】
  • 四級不斉中心:ここでは、ある炭素中心に結合している4つの化学基が異なり、その炭素中心が不斉中心になっていること。この論文では不斉を形成しているのが全て炭素(all-carbon quaternary stereocenter)である。
  • 変法エッシェンモーザー・クライゼン転位:飽和アミド化合物が加わることでクライゼン転位により不飽和アミドが形成される反応。ここでの変法は、出発物質がイミン(R'-C(=NR'')-R)化合物となっている。
Science p. 395, 10.1126/science.adl3369