Science March 1 2024, Vol.383

遠洋生物の保護 (Protecting pelagic species)

海洋大型動物相への脅威はますます高まっており、保護することが困難になっている。海洋種に関するデータが漁獲ベースの活動から得られることが多いことを考えると、人間が魚の体の大きさに与える影響を理解することもまた課題である。Letessierたちは17,000台を超える遠隔操作の餌付き装置を配備して、生息地(遠洋または底生)、人間の活動、海洋保護区に関係する魚の大きさと生息数に関するデータを収集した。遠洋種は人間の圧力と保護の影響を強く受けていた。著者たちは、底生種は市場近隣地域でも効果的に保護できるのかもしれないが、大型の遠洋種を効果的に保護できるのはより遠隔の保護地域のみであると結論付けた。(Uc,kh)

Science p. 976, 10.1126/science.adi7562

場所依存性シグナル伝達 (Location-dependent signaling)

生体外における研究が、内因性カンビナイドが脱分極誘導性脱抑制(DSI)と呼ばれるシナプス可塑性の型を仲介することを示してきた。しかし、DSIが生体内で起こるのかまたそれが生理機能に寄与するのかどうかはさらなる調べが必要だった。Dudokたちは今回、海馬内で場所細胞と呼ばれ、特定の場所で発火する一部の細胞集団が、対応する場所受容野において内因性カンビナイドによるシグナル伝達を引き起こし、それがシナプス後膜とシナプス前抑制性軸索の両方で検出可能なことを実証している。著者たちは、この内因性カンビナイドによるシグナル伝達を阻害すると、場所細胞の発火が変化することを示している。これらの結果は、DSI様の可塑性の型が生体内で生じ、海馬での空間表現を形作る上で重要な役割を果たしていることを明らかにしている。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • カンナビノイド:マリファナに含まれる生理活性物質の総称。吸引により、脳に強く発現しているカンナビノイド受容体(CB1受容体)に作用し、幻覚や高揚感など精神症状を引き起こす。体内にもCB1受容体に作用する物質が存在し、内因性カンナビノイドと呼ばれている。
  • 脱分極誘導性脱抑制:神経細胞が脱分極して、細胞外から流入したカルシウム・イオン濃度が所定以上に高まると細胞内で内因性カンナビノイドが産生・放出され、これがシナプス前終末に存在するCB1を活性化させ、シナプス前終末からの神経伝達物質の放出が一時的に抑制される。これが抑制性シナプスで起きる場合を脱分極誘導性脱抑制という。
  • 場所受容野:海馬内の場所細胞が発火するある特定の外部空間の範囲。
Science p. 967, 10.1126/science.adk3863

触覚受容体の多様性 (Touch receptor diversity)

触覚は、機械的に活性化されたイオン・チャネルによってもたらされる。これらのチャネルの一部は特定されてきたが、感覚神経細胞の機械的感受性には、複数の種類の機械的に開閉されるチャネルが関与している可能性がある。Chakrabartiたちは、マウスにおいて、機械的な力によって活性化され、かつ正常な接触感覚に必要であると推定されるイオン・チャネル、ELKIN1を特定した。ELKIN1の欠失は、低閾値で、機械的に活性化される電流の活性化を減少させた。低分子干渉RNAを介してELKIN1が減少すると、誘導ヒト感覚神経細胞でも同様の(活性化の)減少が観察された。接触感覚へのELKIN1の寄与の特定は、皮膚感覚の分子的基礎に関する我々の理解を広げる。(Sk,kj)

【訳注】
  • 低分子干渉RNA:長い2本鎖RNAから切り出された長さ約21塩基対のRNA断片であり、自分自身と相補的な配列を持った標的mRNAの分解を誘導する「RNA干渉」という機構に関与する。
  • 誘導神経細胞:体細胞から多能性幹細胞を経ずに、直接誘導する(神経細胞に強く発現している転写因子群を強制発現させる)ことで人工的に作られた神経系細胞。
Science p. 992, 10.1126/science.adl0495

変化していく季節的変動 (Changing seasonal changes)

川の流れの様式は季節によって変化し、洪水や干ばつの発生、水確保の程度、生態学的自然環境への重要な影響を有している。人為的な気候変動は、これらの季節周期に何をもたらしているのだろう? Wangたちは、1965年から2014年までの毎月の平均河川流量の現地観察をモデル化と組み合わせて用いて、気候における人間の影響がすでに北緯50度以上の緯度で河川流量の季節間格差の減少を引き起こしてしまったことを示した。淡水生態系がその必須機能を維持するのを保証するため、持続可能な水資源を確保するため、そして灌漑や水力発電への割り当てを決定するためには、これらの変化の理解が欠かせない。(Sk,nk,kh)

Science p. 1009, 10.1126/science.adi9501

紫外線が原始惑星系円盤をむしばむ (Ultraviolet light erodes protoplanetary disks)

若い恒星は、その形成過程でガスと塵からなりその中で惑星が形成可能な原始惑星系円盤に取り囲まれている。星は主に星団の中で生まれ、明るく大質量の星が、質量の小さい星の周りの円盤を紫外線で照射する。Bernéたちは、オリオン大星雲の原始惑星系円盤の赤外線、サブミリ波、可視光観測を組み合わせて、紫外線照射の影響を調べた。著者たちは、紫外線によって引き起こされる加熱と電離によってガスが失われることを見出した。彼らはその損失率を測定し、円盤における惑星形成への影響ついて議論している。(Wt,nk,kh)

Science p. 988, 10.1126/science.adh2861

より大きな結晶をより早く成長させる (Growing larger crystals faster)

多孔性の共有結合性有機構造体(COF)の大きな結晶の製造には、欠陥をもたらす前駆体の会合を避けるために、通常何週間かをかけたゆっくりとした成長が必要となる。Hanたちは、触媒としてトリフルオロ酢酸を、アミン反応剤により置換される中間反応剤としてトリフルオロエチルアミンを用いることで、イミンで連結された大きな単結晶COF(15から100マイクロメートル)を1日または2日で成長させられることを見出した。この手法は、X線回折に用いて0.8オングストロームまで解像できるさまざまな大型COF結晶を成長させた。(MY,kh)

【訳注】
  • 共有結合性有機構造体:自己組織化によって組みあがり、共有結合で出来たジャングルジム状の骨格とナノの大きさの細孔を持つ有機構造体。
Science p. 1014, 10.1126/science.adk8680

可塑性に関して(Syn)GAPに接近し研究の溝を埋める(Closing the (Syn)GAP on plasticity)

シナプス可塑性は、脳の発達期および成人期における、学習、記憶、他の多くの神経生理学的過程を支える重要な機構である。GTPアーゼ活性化タンパク質(GAP)であるSynGAPはシナプス可塑性に必要であることが示されてきており、その変異は自閉症や他の知的障害に関係づけられてきた。Arakiたちは、SynGAPのGAP活性がシナプス可塑性に必要とされないことを見出した(Choquetによる展望記事参照)。代わりにこのタンパク質は、興奮性シナプスでAMPA受容体–TARP複合体と競争することでシナプス可塑性を調節し、分子凝集体の形成に影響を及ぼし、最終的には可塑化の間にAMPA受容体の動員を調節する。これらの結果は、SynGAPが仲介する神経障害の治療法の開発に役立つであろう。(MY,kh)

【訳注】
  • シナプス可塑性:シナプスへの入力強度により、シナプスの伝達効率が長時間にわたって変化(増強、あるいは減弱)すること。細胞レベルでの学習・記憶の基礎過程であると考えられている。
  • GTPアーゼ活性化タンパク質(GAP):Gタンパク質共役型受容体の細胞内部位に結合し、活性化してシグナル伝達に関与するGタンパク質に対して、その活性を調節するタンパク質。
  • AMPA受容体:興奮性シグナル伝達で作用するシグナル伝達物質であるグルタミン酸の受容体。
  • TARP:4つの膜貫通ドメインと細胞質内のC末端ドメインからなり、チャンネル孔を形成せずに特異的にAMPA受容体に結合して、AMPA受容体の開口確率の増大や、AMPA受容体のシナプス局在発現に必要なAMPA受容体調節性タンパク質。
Science p. 963, 10.1126/science.adk1291; see also p. 946, 10.1126/science.adn8707

作物の改良を何倍にもする (Multiplying crop improvement)

植物はしばしば異なる染色体数(多数体)の子孫を放散する。この現象はより大きな花や果実を作り出し、あるいは環境耐性を与えることがあり、そのため作物改良のための植物育種の標的となってきている。Westermannたちは、既存の多数体の子孫植物と比べ、新たな多数体がなぜ生殖性の低下を示すのかを調べた。生殖性の喪失は、もともと減数分裂の際の複数染色体の分配に関係する問題から主に生じると考えられていたが、これが唯一の障害ではない。著者たちは、自然選択下にある遺伝子の調査で、2つのものを突き止めた。1つはAGC1で、これは花粉管の成長に重要で、もう1つはカルシウム輸送体のACA8で、これらは共に花粉管構造に影響を与えることが知られている。いろいろな実験で、これらの遺伝子発現における適応が、多数体が生まれた後に欠陥のある花粉管成長を修正する上で果たす役割が立証された。(MY,nk,kh)

Science p. 964, 10.1126/science.adh0755

変わりゆく動態 (A changing dynamic)

淡水地下水の可用性は、農業、産業、人々、生態系にとって不可欠であるが、その質と量は気候変動や人為的活動によって大きく影響を受けてきた。Kuangたちは、地下水が現在経験している変化と近い将来経験するであろう変化を概説し、地下水供給に対する将来の課題について論じている。ますます困難な環境下でこの重要な資源を管理するには、これらの変化を考慮することが重要である。(Sk,kh)

Science p. 962, 10.1126/science.adf0630

細菌を殺す被膜 (A bacteria-killing coat)

ヒト細胞には、細菌やウイルスの侵入者を検出して応答するための多くの機構がある。細菌の細胞壁成分を認識するタンパク質は、侵入する細菌の表面を覆い、シグナル伝達タンパク質や抗菌酵素の集合の足場として機能する。Zhuたちは、この大きなタンパク質複合体がどのように形成されるかを明らかにし、細胞内感染から細胞を保護するようどのように機能するかを理解するために、遺伝学的、生化学的、構造的実験を行った。低温電子顕微鏡断層撮影法により、GBP1の単量体と二量体が細菌上で均一な被膜を形成することが明らかになり、中解像度での再構成により、延伸したGBP1の立体構造が、このタンパク質が細菌外膜に入り込んでこれを破壊できるようにすることが示唆された。(Sh,MY)

【訳注】
  • GBP1(グアニル酸結合タンパク質1):動物や植物における広範な細菌、ウイルス、または寄生虫に対する細胞内宿主防御の主要因子であるGBPファミリーの1つ。
Science p. 965, 10.1126/science.abm9903

多様なプレTCRα欠乏 (A spectrum of pre-TCRα deficiency)

プレT細胞受容体α(PTCRA)鎖はマウスにおけるαβT細胞の発生に重要であるが、これがヒトにも当てはまるかどうかは不明である。Maternaたちは、まれな両対立遺伝子での機能喪失型PTCRA変異体を持つ10人の患者を調査した。胸腺が小さく未熟αβT細胞の血中濃度が低いにもかかわらず、これらの患者の記憶αβT細胞数は正常であり、このことはプレTCRαがヒトにおけるαβT細胞の発生に必ずしも必要ではない可能性があることを示唆している。著者たちはまた、中東および南アジアの約4000人に1人の割合のホモ接合体で、プレTCRαの部分的欠乏の原因となり、血中の未熟γδT細胞数の増加と自己免疫発現の大幅な増加をもたらしている2つの一般的なPTCRAのハイポモルフ変異体を特定した。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • αβT細胞:ほとんどのT細胞表面にはα鎖、β鎖という低タンパク質から成る受容体を持っている。
  • γδT細胞:T細胞中に数%含むが、ガン細胞に対して強い殺傷能力を持つ。
  • ホモ接合体:二倍体生物において、対立遺伝子がAaではなく、AAやaaのように同一であること。
  • ハイポモルフ変異:野生型の遺伝子産物の発現を抑制的にする、あるいは活性の低下した変異型の遺伝子産物を発現する遺伝子変異のこと。
Science p. 966, 10.1126/science.adh4059

エントロピーの変化を測定する (Measuring the changes in entropy)

閉鎖系におけるエントロピーは、無秩序またはランダム性の尺度であり、仕事に役立たせるためには利用できないエネルギーを表す。Di Terlizziたちは、非平衡確率系における定常状態でのエントロピー生成を評価する方法を提案している(Roldanによる展望記事参照)。この方法は、位置の変化とその位置を回復するために必要な力を結び付けるある分散合計ルールを用いて達成される。この方法は、光学的に捕捉されたブラウン粒子や、細胞の代謝活性の尺度である細胞の伸長や輪郭の変動などの赤血球に関する高分解能の実験データを用いて検証された。(KU,kj,kh)

Science p. 971, 10.1126/science.adh1823; see also p. 948, 10.1126/science.adn9799

流れを増大させる (Building up flow)

惑星大気中では、ランダムな乱流はどのように組織化されて大規模な構造を形成するのだろうか? このようなプロセスは、逆エネルギー・カスケードの存在を意味している。この考えは、地球の大気に対しては示唆されているが、まだ実証されていない。Alexakisたちは、高空間分解能の数値シミュレーションを行ない、回転する成層流が、地球上で当てはまる条件下で三次元の双方向のエネルギー・カスケードを支えることが可能であることを示した。これらの結果は、乾燥した大気中において、大きな空間スケールへのエネルギーの逆カスケードを通じて、自発的な秩序がどのように生じるかを説明している。(Wt,kj,kh)

Science p. 1005, 10.1126/science.adg8269

道に沿って進む (Follow the path)

確立された形態学的形質は、経路依存性として知られる過程で特定の軌道に沿って形質進化を方向付けることができる。Varneyたちは、眼点(eye spot)と殻眼(shell eye)という2つの異なる視覚システムを進化させた2系統のヒザラガイでこの過程を調査した(Sumner-Rooneyによる展望記事参照)。彼らは、殻に神経開口部をより多く持つ系統が眼点を進化させたのに対し、開口部が少ない系統は殻眼を進化させたことを見出した。(KU,kh)

【訳注】
  • ヒザラガイ(chiton):多板亜綱キトン属の軟体動物で、殻を有し岩に密着しながら動く。
  • 眼点:原生動物やクラゲなどにおける構造の簡単な光受容器。
  • 殻眼:殻全体にバイオミネラル・べースのレンズを備えた目を有している。
Science p. 983, 10.1126/science.adg2689; see also p. 94710.1126/science.ado1700

C–N結合形成に転用されたC–Cカップリング (C–C coupling diverted to form C–N bonds)

製薬化学における最も普遍的な反応の2つは、パラジウム触媒によるC–C結合とC–N結合の形成を伴う。Onnuchたちは、2つの反応物が鈴木カップリングによりC–C結合を形成する条件が、そうではなく、2つが1つの共通N中心へカップリングできてアミンを形成することを報告している(Shaughnessyによる展望記事参照)。パラジウム上のかさ高いホスフィン配位子とリン系求電子性N源に依存するこの窒素の介在は、現存の鈴木カップリングの反応物に用いる範囲を多様化する簡単な手段を提供する。(hE,kh)

【訳注】
  • 鈴木カップリング:パラジウム触媒を用い、有機ホウ素化合物と有機ハロゲン化合物を、クロスカップリングさせる反応。鈴木・宮浦カップリングともいう。
Science p. 1019, 10.1126/science.adl5359; see also p. 950, 10.1126/science.ado0068

ゼオライト内でロジウム原子を安定化する (Stabilizing rhodium atoms in zeolites)

プロパン脱水素化触媒の効果を保つためには、シリカライト-1ゼオライト内のロジウム原子の安定化により、不要な炭素蓄積や金属凝集を回避することが不可欠である。プロパン脱水素化反応用のロジウム触媒は、高転化率を発揮するのに必要な高温状態において不安定になりがちである。Zengたちは、インジウムとの合金化で、インジウム-酸素結合によりゼオライトに固定化されたRhIn4基が作られることを見出した。この触媒は、600°Cで1200時間を超えても安定であり、高いプロパン転化率(~65%)とプロピレン選択率(98%)を示し、またエタンおよびブタンの脱水素に対しても高活性であった。(NK,MY,kh)

【訳注】
  • シリカライト-1ゼオライト:特定様式の細孔を持ち、通常のゼオライトが含有するアルミニウムを骨格に含まず、二酸化ケイ素からなるゼオライト。
Science p. 998, 10.1126/science.adk5195