Science February 23 2024, Vol.383

前進する森林前線 (The advancing forest front)

北極は地球平均よりも数倍の速さで温暖化が進んでおり、その結果、氷の融解と森林被覆面積の増加による反射率の損失が、地球規模の気候変動をさらに進める。気候が温暖化するにつれて北方林はツンドラ地帯に侵入すると予測されているが、これまでのところ森林限界はゆっくりと北に移動しているか、まったく移動していない。Dialたちは森林限界の前進と北極海の海氷の減少とを関連づけた。著者らは、アラスカ北部での現場測定値と遠隔測定値を他の60の北極地域の公開データと組み合わせた結果、海氷までの距離が樹木の成長と補充、さらには森林前進の可能性を予測できることを見出した。(Uc,KU,nk,kh)

Science p. 877, 10.1126/science.adh2339

セクラミン類への到達を酸が支える (Acid anchors access to securamines)

アルカロイド類のセクラミンとセクリンは、微小海洋無脊椎動物によって生合成される化合物で、縮合複素環と 塩素・臭素の両置換基から構成されるそれらの高密度の中心において突出している。Alexanderたちは、この天然化合物ファミリーの8つのメンバーの化学合成について報告している。この手法の鍵は、ある大環状分子を最初に組み立てることにあり、この分子は無水塩化水素に曝露されると、異常な選択性を持つ内部修飾の連鎖を経る。反応が進行した中間体に対する微調整した酸化的光環化が、違いを持つさまざまな最終生成物を産み出した。(MY,kh)

【訳注】
  • アルカロイド:微生物、真菌、植物、両生類などの動物を含むさまざまな生物により作られる塩基性窒素を含む低分子化合物の総称。他の生物に対し、少量で強い生理作用を与えるものが多い。
Science p. 849, 10.1126/science.adl6163

タイコグラフィーの解像力を増大させる (Pushing ptychography resolution)

電子顕微法における収差補正は、通常、複雑で高価なレンズ光学系を用いて実行されるが、タイコグラフィーはひとつの代替方法を提供しており、そこでは収束ビームの回折パターンが異なるプローブ位置で収集され、部分的な補正を計算して画像を決定するために用いられる。Nguyenたちは、大きな運動量散乱を有する電子にまでデータ収集を拡張し、このプローブの部分的コヒーレンスを考慮することによって、より高い分解能が達成できることを示している。彼らは、二セレン化タングステンねじれ二重層の試料に対して、収差未補正の顕微鏡において最大0.44オングストロームの分解能を実証した。(Sk,nk,nk,kh)

【訳注】
  • タイコグラフィー:入射電子プローブを、その照射領域の一部が重なるよう試料上で二次元スキャンして各走査点において回折図形を取得し、回折図形の強度から試料の構造を再構成する 計算方法。
Science p. 865, 10.1126/science.adl2029

ヘビの変遷 (Snake shift)

ヘビは今日の生態系の重要な一員であり、トカゲとともに脊椎動物の生物相の3分の1を占めている。彼らの象徴的な地位は主に、その形態と、印象的で多様な捕食者としての役割に由来している。Titleたちは、この群の進化を観察し、多数の博物学上の餌に関する観察を用いて、生態系における彼らの役割を調査した。彼らは、1億5000万年以上前にヘビの起源で生じた進化的革新の急変動が有鱗目爬虫類の餌の拡大につながり、それが生態系に対し今日まで続く連鎖的な影響を与えたことを見出した。(Sk,nk,kj,kh)

Science p. 918, 10.1126/science.adh2449

有毒スープからの生命の分子 (Out of a toxic soup, a molecule of life)

パンテテインは補酵素A内の必須化学部分であり、多くの生化学的変換において重要化学種であるチオエステルに関わる反応に対する対処物質として働く。パンテテインは、進化的に厳密に保存されているため、また、代謝でそのような中心的役割を果たすため、他の前生物的構成要素とともに単純な有機および無機の前駆体から生じた可能性がある。Fairchildたちは、初期の地球状況に相応し得る低濃度条件の水中で、パンテテインを選択的に生じる一連の反応を特定した。この経路は、他の前生物的合成に共通するニトリルによる化学作用を用いていて、そのため、初期の地球に生命をもたらした化学作用のありそうな候補である前生物的シアノ硫化物反応に対するより大きな全体像に適合するものである。(MY,kh)

【訳注】
  • パンテテイン:骨格中に2つの酸アミド、末端にチオール基を有する鎖状化合物。
  • 補酵素A:数十種類ある補酵素(単独では触媒活性の無い酵素と組み合わさることで触媒活性を発現させる非タンパク質有機化合物)の1つで生物にとって極めて重要な補酵素。末端にチオール(-SH)基を持ち、クエン酸回路やβ酸化などの代謝反応に関わる。
Science p. 911, 10.1126/science.adk4432

SN 1987Aにおける中性子星に有利な証拠 (Evidence for a neutron star in SN 1987A)

近傍の超新星であるSN 1987Aは肉眼で見ることができ,爆発後数十年にわたって、その進化の様子が観測されてきた。この爆発によって中性子星あるいはブラックホールが生じたと考えられているが、直接的には検出されていなかった。Franssonたちは、近赤外線および中赤外線面分光法を用いてSN 1987Aの残骸を観測した。彼らは、その残骸の中心付近にのみ現れるイオン化アルゴンの輝線を同定した。光電離モデルによると、中性子星からの電離放射線が、爆発した星の内側部分からのガスを照射すると考えることにより、その輝線比と速度が説明できることを示している。(Wt,nk,kh)

Science p. 898, 10.1126/science.adj5796

生細胞内の調節活動を記録する (Recording regulatory activity in live cells)

細胞内の生理的調節活動を記録する方法は、単一の時点での個々の瞬間記録から得ることができるものよりも、細胞調節についてのより完全な眺望を与えることができる。Huppertzたちは、化学修飾タンパク質が、細胞が蛍光基質に曝されている特定の期間中の生物学的活動を安定に記録できる方法を提供している。著者たちは、注目している2つのタンパク質間で1つのタグが分割されるようHaloタグ法を改変し、これによりそれらの相互作用を追跡観察した。彼らは、Gタンパク質共役受容体の活性化を反映する相互作用、あるいは神経細胞中のカルシウム依存性タンパク質の相互作用を追跡観察することでこの方法の有効性を実証した。(MY)

【訳注】
  • Haloタグ:タンパク質の蛍光標識技術の1つで、蛍光部位を含む基質と共有結合できる機能を持つ特定タンパク質を用いて作られる標識。遺伝子移入により研究対象タンパク質に上記特定タンパク質を融合発現させ、蛍光部位を含む基質を外部から添加することで、対象タンパク質が蛍光標識付けされる。
Science p. 890, 10.1126/science.adg0812

ロング・コビッドの未だ解決されていない課題 (The unmet challenges of Long Covid)

ロング・コビッドと呼ばれるCOVID-19疾患後の慢性感染後症状は、広範囲に及び、あらゆる年齢の人に影響を及ぼし、長期的な健康に未知の影響をもつ。起こりうる多全身性のかつ多様な症状により、その状況を理解して治療することは複雑である。展望記事において、Al-AlyとTopolは、優先順位を高くする必要のある重要な問題を特定した。ロング・コビッドの機構、および別の慢性疾患を発症する危険性に対する広範囲な影響を理解することが重要である。ワクチンや抗ウイルス剤のような予防措置はロング・コビッドの発生率を減少させるための効率的な戦略ではあるが、治療法も必要である。患者の健康を改善しうる再利用と新開発の医薬の無作為化対照試験の着手の進展は遅れていた。ロング・コビッドはまた、そのような慢性疾患の患者の要求が最終的に満たされるように感染後の状況を理解する必要のあることも強調している。(hE,KU,nk,kh)

【訳注】
  • ロング・コビッド(Long COVID):新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の回復期以降に現れる典型的な疾患、あるいは持続する長期的な後遺症を特徴とする疾患
Science p. 828, 10.1126/science.adl0867

何をやるかではない、どうやるかだ (Not what you do but how you do it)

非アーベル・システム(または非可換システム)において、最終状態はそこにたどり着くまでに実行された段階の正確な連鎖に依存する。非アーベル的現象に関する研究は近年フォトニクス分野及び音響学分野において急速に発展しており、光と音を基本的レベルで制御する新たな観点が導入されている。 このような取り扱いはまた、非アーベル物理をより一般的に研究し、可能な応用向きのその物理効果を活用する為の汎用性のある技術基盤を提供する。Yangらは基本原理を要約し、最新の進展に注目し、またフォトニクスや音響学分野における非アーベル物理の将来展望について議論している。(NK,nk,kj,kh)

Science p. 844, 10.1126/science.adf9621

SOXのない方がよく回復する (Better recovery without SOX)

さまざまな原因による急性腎傷害は、一過性でその後に組織回復することがある場合と、長期にわたる損傷や線維症、最終的に慢性腎臓病へと進行する場合がある。何がこの過程の結末を決定するのは分っていなかったが、これまでの幾つかの研究がSOX9と呼ばれる転写因子を犯人の可能性があるとした。Aggarwalたちは、急性腎傷害のマウス・モデルを用いてSOX9のスイッチを明らかにした。それは、再生中の腎臓細胞は一時的にSOX9を活性化するが、その後にこれらの細胞のいくらかはそれを不活性化させ、いくらかは不活性化させないことを示している。この後続不活性化が生じること、あるいは生じないこと(この場合、WNTシグナル伝達経路を通して線維増殖性に至る)が、健全な回復を示す細胞と線維症と長期の傷害を受ける細胞とを区分けする正体である。(MY,kh)

【訳注】
  • 急性腎傷害:数時間から数日で急激に腎機能が低下する病態。
Science p. 845, 10.1126/science.add6371

コーン・スネークにおけるPRDM9の役割の再検討 (Reexamining PRDM9’s role in corn snakes)

減数分裂組換えがゲノム内で起こる場所は種によって異なる。ヒトおよび他の一部の哺乳動物では、タンパク質PRDM9の結合部位が組換えホットスポットの位置を決定するが、PRDM9を持たない他の種では、組換えホットスポットの位置がCpGアイランドおよびプロモーター付近で起こる傾向がある。Hogeたちはコーンス・ネーク中の血統から連鎖不平衡と交差事象の歴史的パターンを特定したが、その血統は単一のPRDM9の完全、単一のオーソログ遺伝子を持っている。彼らは、交差事象がPRDM9によって決定されるホットスポットとプロモーター様領域の両方で起こることを見出した。これは、PRDM9単独で存在するのではなく、複数のプロセスが種における組換え状況の根底にあることを示唆している。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • コーン・スネーク:合衆国南東部に生息するヘビ、別名アカダイショウ。
  • CpGアイランド:シトシンの次にグアニンが現れるタイプの2塩基配列であるCpGサイトの出現頻度が他と比べ高い領域。
  • オーソログ:異なる種の間で相同な機能をもつ遺伝子群。
Science p. 846, 10.1126/science.adj7026

HLAと肺がんのリスク(HLAs and lung cancer risk)

ヒト白血球抗原 (HLA) は、抗原ペプチドを認識し、それをT細胞に提示して免疫応答を開始する細胞表面分子である。Krishnaたちは、HLA クラスII遺伝子座と肺がんリスクとの関連の免疫遺伝分析を行った。彼らは、2つの大規模な集団レベルのデータ群を分析した。1つは英国のバイオバンクから、もう1つはフィンランドのFinnGenからのものである。HLAクラスII遺伝子座におけるヘテロ接合性は、肺がんの発症リスクの低下と関連していることが判明した。現在喫煙している人または以前喫煙していた人はこの保護効果の恩恵を受けたが、喫煙したことがない人は恩恵を受けなかった。肺がんの喫煙者は、HLAクラスIIヘテロ接合性の体細胞喪失が見られ、これはがんリスクにおけるHLAに関連した免疫監視に対する機能的役割を示唆している。(KU)

Science p. 847, 10.1126/science.adi3808

昆虫の甘味感覚 (Insects’ sweet sensations)

分子レベルで食物を検出する能力は、高品質の栄養源を特定するために重要である。人間は味覚に関して標準的なGタンパク質共役受容体を用いているが、昆虫はリガンド開閉イオン・チャネルとして機能する、遠縁の味覚受容体を持っていることが知られている。Maたちは、単糖または二糖のいずれかに結合して応答する(付随する電気生理学測定によって確認された)ショウジョウバエの2つの味覚受容体の低温電子顕微法構造を決定した。この構造は、深い親水性ポケット内の細胞外面近くに糖結合部位を持つ四量体イオン・チャネルを明らかにした。恒常的活性を有する変異体は、非選択的カチオン伝導と一致する広い細孔を持つチャネルの1つの開いた状態の可視化を可能にした。(KU,kj,kh)

Science p. 848, 10.1126/science.adj2609

より優れた埋め込み界面 (A better buried interface)

全ペロブスカイト・タンデム型太陽電池において、狭バンド・ギャップ・セルとしてシリコンの代わりに鉛-錫ペロブスカイトが使用されているが、不均一な核生成と速い結晶化が膜品質と素子の効率を制限していた。Gaoたちは今回、アミノアセトアミド塩酸塩が溶液中で前駆体成分に強く配位できることを示し、これが結晶化プロセスを均質化し、また埋め込みペロブスカイト界面を不動態化する(ChenとZhaoによる展望記事参照)。著者たちは、層をブレード塗工で作成した20平方センチメートルのモジュールで、24.5%の認定電力変換効率を達成した。(KU,kh)

Science p. 855, 10.1126/science.adj6088; see also p. 827, 10.1126/science.adn7930

配列計算の精度向上 (Increasing precision of array computing)

インメモリ・コンピューティングは、大規模なベクトル行列乗算(vector-matrix multiplication:VMM)を1計算サイクル内で実行することができるが、このようなアナログ手法は比較的精度が低いため、従来のコンピューティングでは使用することができなかった。Songたちは、1 メモリスタ-1-トランジスタ・アレイの場合、デジタルな結果として出力される前に、大部分のVMMを任意の高精度で実行できることを示している (AimoneとAgarwalによる展望記事参照)。アレイによる計算ステップの後、サブアレイは、前にプログラムされたアレイの残留誤差を動的に補正する。この方法は、偏微分方程式を驚くべき精度(相対誤差10^-15以下)で、また、デジタル計算よりも高いエネルギー効率で解くのに実験的に使用された。(Wt,kj,kh)

【訳注】
  • インメモリ・コンピューティング:メモリ上で直接計算を行う新しい計算方式
Science p. 903, 10.1126/science.adi9405; see also p. 830, 10.1126/science.adn8545

植林の影響 (Forestation impacts)

植林は大気中の二酸化炭素と冷涼な気候を隔離する良い方法であると考えられているが、気候に及ぼす植林の影響は、炭素回収を通しての効果だけではなく、より複雑である。Weberたちは、地表アルベドと大気組成に対する植林の影響を定量化することにより、植林が気候に及ぼす影響を調査した(Haymanによる展望記事参照)。彼らは、入射太陽光に関する反射の減少とエアロゾル散乱の増加の組み合わせが、植林が生み出す二酸化炭素除去による冷却の、約3分の1を相殺することを見出した。(Sk,kh)

【訳注】
  • アルベド:入射太陽光に対する反射光の比率
Science p. 860, 10.1126/science.adg6196; see also p. 831, 10.1126/science.adn7026

気温の変遷 (The march of temperature)

地球の気候は過去450万年間で大幅に寒冷化したが、一般的に気温の測定に用いられる代替指標法における不確実性のため、正確にどの程度そしてどのような軌跡をたどって寒冷化したかは、特定することが困難である。Clarkたちは450万年間の気温の再構築を提示し、それらの不確実性の一部を回避してより信頼性の高い気温曲線を提供している。彼らの知見は、地球の気温変化を引き起こした気候系の相互作用とフィードバックに関する、よりよい理解を提供するのに役立つであろう。(Sk,nk,kj)

Science p. 884, 10.1126/science.adi1908

微小管に核形成するための1つの環 (One ring to nucleate microtubules)

古典的な微小管は、らせん状の管内に伸びた13個のチューブリン二量体の環から形成される。細胞内で、この化学量論は、γ-チューブリン環複合体(γTuRC)による核形成時に生成されるが、γTuRCは成長する微小管の終端を形成する非対称の円錐形に配置された約2.2メガダルトンのタンパク質の集合体である。Britoたちは、チューブリン変異体と短く安定した新生微小管を維持するために遺伝子操作で作られた 終端キャッピング・タンパク質を用いて、核形成条件下でのヒトγTuRCの高分解能低温電子顕微法構造を決定した。著者たちは、γTuRCが、微小管形成前に見られる非常に広く開いた立体構造から、新生微小管の寸法によく一致し標準的な組成を強制する閉じた立体構造に転移すると提案している。(KU,nk,kj,kh)

Science p. 870, 10.1126/science.adk6160