AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 15 2023, Vol.382

センザンコウ密猟の場所を特定する (Pinpointing pangolin poaching)

過去10年間、アジアのセンザンコウの個体数は、伝統医学における根拠のない効用からの需要により減少してきた。同時に、アフリカのセンザンコウの密猟も急速に増加してきている。密猟されたセンザンコウの供給源とセンザンコウの鱗の輸送経路を特定できれば、これらの動物の違法取引を減らす能力が大幅に改善されるかもしれない。違法取引が現在の割合で続くとセンザンコウの絶滅につながる可能性がある。Tinsmanたちはゲノム手法を用いて、シロハラ・センザンコウ (Phataginus tricuspis) 標本と押収品の起源となる個体群を特定した。彼らは過去10年間でへと密猟が移行したことを見つけ、さらにナイジェリアを重要な拠点として特定した。(Sk,kh,nk)

Science, adi5066, this issue p. 1282

量子情報を伝搬する (Propagating quantum information)

量子コンピューターの基本的構成要素である量子ビットは、捕捉されたイオンや量子ドットのような静的な実体として実行されるのが一般的である。量子情報を伝搬する仕事は通常、光子に付与されている。しかしながら、光子は互いに相互作用しないため、電子を用いて伝搬する(飛ばす)量子ビットを実装できれば有利となるであろう。Assoulineらは、単層グラフェンにおいて単一電子飛行量子ビット状態を生成し制御することでこの目的を達成した。(NK,kj,kh,nk)

Science, adf9887, this issue p. 1260

熱を向け変える (Directing the heat)

材料の熱特性を急速に変化させることは難しいため、切り替え素子による熱輸送の制御は困難である。Liuたちは、酸化ジルコニウム鉛から小さな電圧制御で熱切り替え素子を作成できることを実証した。この材料は、電場によって強誘電体から反強誘電体に変化し、熱特性も劇的に変化する。この切り替え素子は熱輸送を一方向に2倍変化させ、有用な熱切り替え素子を生み出す。(Sk,kh)

Science, adj9669, this issue p. 1265

バックプロパゲーションからの脱却 (Getting rid of backpropagation)

近年、大規模なディープ・ニューラル・ネットワーク(NN)とその他の人工知能(AI)アプリケーションの発展に伴い、それらの訓練と運用に必要なエネルギー消費に対する懸念が高まっている。物理的NNはこの問題の解決策となり得るが、従来のアルゴリズムを直接ハードウェアに実装することは、さまざまな困難に直面している。例えば、従来のバックプロパゲーション・アルゴリズムを用いたNNの訓練には、拡張可能性の欠如、訓練時の操作の複雑さ、デジタル的に訓練されたモデルへの依存といった課題が伴う。Momeniたちは、フォワード・フォワード・アルゴリズムに触発され、波動ベースの物理的NNのバックプロパゲーションのない訓練の実践的な証明を報告している。彼らの研究は、現代のAIシステムのより効率的な解決のため、NNにおけるエネルギー集約的な訓練段階を最適化する重要な一歩である。(Wt)

【訳注】
  • バックプロパゲーション (誤差逆伝播法) :ニューラルネットワークの学習を効率よくするために利用される手法。
  • フォワード・フォワード・アルゴリズム:誤差逆伝播法は計算量やメモリー消費量が多いという問題があり、順伝播のみで完結するアルゴリズム。
Science, adi8474, this issue p. 1297

イオン相互作用を照らして解明する (Illuminating ion interactions)

プロトン(H+)とカルシウム・イオン(Ca2+)は細胞膜を出たり入ったりして、シグナルとして働くことがよくある。植物においては、プロトンは細胞外間隙に大量に蓄積され、一方、Ca2+の貯蔵は、小胞体とその他の細胞区画で見出される。細胞質内のH+とCa2+の濃度は、シグナル伝達が生じている間、密接に相関していることが多い。Huangたちは、原生生物由来の光で開くイオン・チャネルを植物細胞の中に導入した。これは、Ca2+を輸送せずにH+を選択的に輸送することを可能にした。彼らは、細胞質へのくH+輸送の誘発がその後のCa2+放出につながることを見出した。この研究は、孔辺細胞における細胞内pHとCa2+シグナル伝達との因果関係を立証し、他の状況でイオン移動を操作するための新しい手法を提供している。(MY)

【訳注】
  • 孔辺細胞:植物の気孔を形成する、互いに向かい合う一対の唇型の細胞。
Science, adj9696, this issue p. 1314

新規粒子の形成を激増させる (Supercharging new particle formation)

海洋上空の大気は新規粒子形成過程の重要な化学種であるアンモニアがそれほど豊富ではないのに、どのようにしてそこで新規粒子が形成されるのだろうか?Heたちは、海洋環境で豊富に存在するヨウ素のオキソ酸が、自然のままの海洋域と極地域で一般的に見出される低アンモニア条件で新規粒子の形成速度を大きく上昇させ得ることを報告している。この効果は、低空にある海洋層積雲においては特に重要であるかもしれない。その雲が、入射太陽光の大部分を上空に反射し、地球全体の放射収支と気候に重要な影響を及ぼしている。(MY,kh)

Science, adh2526, this issue p. 1308

チベット高原での畜産 (Animal husbandry on the Tibetan Plateau)

チベット高原におけるヤクの家畜化とタウリン牛の出現の時期を明確にすることは、確かな考古学的状況で見出された両種の化石試料の不足によって妨げられてきた。中央チベットのバンガ遺跡から回収された動物化石に関するChenたちによって行われた最近の考古学的およびゲノムの研究は、家畜化されたヤクとタウリン牛の両方の存在が2500年前からであると特定した。著者たちはさらに、ヤクと牛の交配種の証拠を発見したがそれに基づき、これらの知見がこの高地の環境におけるこれらの種の適応性を改善した古代遊牧民による畜産戦略の証拠を提供すると示唆している。(KU,kh)

Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adi6857

アルツハイマー病に対する免疫療法(Alzheimer’s disease immunotherapies)

脳内のアミロイドβ沈着を標的とする3つのモノクロナール抗体は、初期のアルツハイマー病(AD)患者の認知機能低下を遅らせることが認められた。そのため、これらの抗体であるアデュカヌマブ、レカネマブ、ドナネマブは、ADに対する最初の疾患修飾療法となっている。GoldeとLeveyは展望記事で、この成功の意味と、これらの療法の限界およびそれらの作用機序のさらなる理解に必要な今後の研究について論じている。著者たちは、治験で認められた臨床効果が、治験が終了した18か月以降も治療継続で維持されるのか、また、アミロイド関連画像異常などの有害事象の予知と予防がいずれは可能なのかどうか、などの未解決問題に光を当てている。(MY,kh)

【訳注】
  • モノクロナール抗体:抗原の1つの部位だけに作用するよう作られた抗体。通常の抗体は複数の抗原部位に作用する性質を持つ。
  • 疾患修飾療法:治癒を目指す治療とは異なり、疾患の原因に作用することで疾患の進行を遅くする療法のこと。
  • アミロイド関連画像異常:投薬副作用である、脳の血管の周りに水が溜まる浮腫と、脳内での微小出血や鉄(ヘモジデリン)沈着が生じること。
Science, adj9255, this issue p. 1242

多面的なパイオニア因子 (A multifaceted pioneer factor)

多能性は発生初期に一時的に現れ、OCT4やSOX2などのパイオニア転写因子 (TF) によって制御される。しかしながら、これらのマスターTFがどのようにして初期胚における多能性の進行を駆動するかは、まだよく分かっていない。Liたちは、マウス初期胚におけるSOX2のクロマチンの時空間的な占有状況を4日間にわたって研究した。初期胚盤胞において、SOX2はエンハンサーを全体的に開くだけでなく、初期段階で発現するTFによって事前に利用可能なエンハンサーを占有することによっても多能性プログラムを制御する。細胞がnaive期の多能性とformative期の多能性を獲得すると、SOX2は再分布し、エンハンサー開放したり、あるいはを将来の活性化のためにエンハンサーを準備する。これらのデータは、柔軟なパイオニアTFとクロマチンの相互作用と、全能性と多能性を結び付ける過渡的な「前多能性」状態を明らかにした。(KU,kj,kh) (A multifaceted pioneer factor)

【訳注】
  • パイオニア因子:凝縮されたクロマチンに直接結合できる転写因子で、転写に対してプラスとマイナスの影響を与える。
  • エンハンサー:遺伝子の発現を強めるように働くDNAの短い塩基配列。エンハンサーに結合するタンパク質を転写因子と呼ぶ。
Science, adi5516, this issue p. 1258

危機に瀕するサンゴ礁 (Coral reefs in peril)

昨年は記録的な海面温度が見られ、特に熱帯太平洋東部と広範囲にわたるカリブ海沿岸のサンゴ礁で異常なレベルの熱ストレスが記録されている。展望記事において、Hoegh-Guldebergたちは、海洋熱波とそれに伴うサンゴへの熱ストレスがどのようにして広範なサンゴの白化と死滅を引き起こす可能性があるかを検討している。温室効果ガスの放出削減により地球温暖化を抑制することが出来ない限り、サンゴ礁は深刻な影響を受ける可能性がある。サンゴ礁の生態系が崩壊すると、海洋生物多様性の25%もが影響を受けるかもしれない。著者たちは、サンゴ礁の健全性をより適切に監視するための方法と、世界中のサンゴ礁を保護するためにどのような管理が必要かを検討している。(uc,KU,kh)

Science, adk4532, this issue p. 1238

一人では決して仕事をしない (Never working alone)

微生物叢は、定着抵抗性と呼ばれるプロセスで病原性の種を排除することで、宿主防御において重要な役割を果たしている。この特性はとらえどころがなく、1つまたは2つの種だけでは得られない。Spraggeたちは、定着抵抗性が、大腸菌などの必須の重要な種によって支えられる多様な細菌群集の高次の効果であることを発見した (RadlinskiとBaumlerによる展望記事参照)。in vitroおよびin vivoの実験は、適切な組成であれば、多様な微生物叢が、外来種が宿主内で増殖し定着するために必要な栄養素を集団で消費することを示した。共生生物群集が病原体と同じ(または類似の)タンパク質の多くを形成するのに必要な遺伝子を持っている場合、より優れた定着抵抗性を与え、宿主に健康上の利益をもたらす可能性があるため、定着抵抗性は予測可能である。(KU,nk,kh)

Science, adj3502, this issue p. 1259; see also adl5891, p. 1244

コースト・セイリッシュ羊毛犬を取り戻す (Reclaiming the Coast Salish woolly dog)

太平洋北西海岸のコースト・セイリッシュなどに住む複数の先住民族は、独特の羊毛のような下毛を持つ犬を飼育・維持していたし、これらの犬の毛が織物に使用されていた。Linたちは、1859年に得られたMuttonと名付けられたコースト・セイリッシュ羊毛犬の唯一知られている標本の配列を決定した(Orlandoによる展望記事参照)。Muttonはヨーロッパ植民地の犬からの遺伝子移入を制限していたこと、その他に遺伝的多様性に非常に欠如していたことが見出され、このことはこれらの犬が毛皮を維持するために慎重に生殖管理されていたことを示唆している。伝統的知識、歴史的記録、遺伝的データを取り込むことで、これらの犬の文化的重要性と犬の絶滅における植民政策の役割を明らかにしている。この研究は、歴史研究に先住民族グループを取り入れようとする、現在増えつつある試みの一つである。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • コースト・セイリッシュ:カナダのブリティッシュ・コロンビア州、米国のワシントン州とオレゴン州に住む、民族的および言語的に関連した太平洋北西海岸の先住民族のグループ
Science, adi6549, this issue p. 1303 see also adm6959, p. 1236

昔のDNAがウイルス進化説を明らかにする (Ancient DNA illuminates viral evolution)

マレック病ウイルス (MDV) はニワトリに腫瘍を引き起こし、過去1世紀にわたって病原性が増大してきた。Fiddamanたちは、ニワトリの昔の DNAを研究し、かつては穏やかであったこの病気の進化の歴史を明らかにした (Ducheneによる展望記事参照)。彼らは15羽の昔のニワトリのMDV DNAの配列を決定し、これらの系統が現代の基礎的な系統であることを見いだし、複数の固定された遺伝子変化を同定した。腫瘍形成の調節因子である遺伝子Meqの昔のバージョンを試験したことから、著者たちは、病原性が現代型と比較して大幅に低かったことを見出した。これらの結果は、現代農業における主要な病気における病原性の進化に光を当てている。(Sh,kj,kh,nk)

【訳注】
  • マレック病:マレック病ウイルスの感染によって起こる鳥の病気で、鶏とうずらで届出伝染病に指定されている。ウイルスは鳥の体内のリンパ球に感染し、リンパ腫を引き起こす。
Science, adg2238, this issue p. 1276; see also adl6094, p. 1245

外層が剥ぎ取られたヘリウム星の集団 (A population of stripped helium stars)

主系列星から水素が豊富な層を取り除くと、ヘリウムが豊富な核が露出する。このような剥ぎ取られたヘリウム星は、高質量と低質量で知られているが、一般的であるはずという理論的予測にもかかわらず、中間的な質量では知られていない。Droutたちは、紫外線測光法を使用して、近傍の2つの矮小銀河にある剥ぎ取られたヘリウム星の候補を特定し、続いて、光学分光法ででそのような25個の候補星を観察した(SundqvistとSanaによる展望記事を参照のこと)。彼らは、中間質量の剥ぎ取られたヘリウム星に対する予測と一致するスペクトルを持つ8つの星と、主系列の伴星の光が混入した類似のスペクトルを持つ別の8つの星を発見した。これらの系のほとんどは連星であることが示されており、おそらくこの伴星がヘリウム星の外側の水素の豊富な層を剥ぎ取ったと考えらる。(Wt,kh,nk)

Science, ade4970, this issue p. 1287; see also adl5676, p. 1240

一貫した快適さ (Consistent comfort)

衣服は多くの場合快適さを調節するのに役立っているが、通常は人を暖かく保つか涼しく保つかのどちらかに焦点を当てている。Wangたちは、加熱または冷却が可能な双方向電気熱量素子と有機太陽光発電素子を組み合わせた、体温調節衣類装置を開発した(HuangとLiによる展望記事参照)。どちらの構成要素も柔軟性があり、これは個人用温度調節用途にとって重要である。この装置は太陽光で動作するため、追加の電源は必要なく、さまざまな過酷な環境で役立つかもしれない。(Sk,nk)

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Science, adj3654, this issue p. 1291; see also adl5650, p. 1247

変わりゆく恵みが食物網を再編する (Shifting subsidies restructure food webs)

ある生態系の周囲環境からの恵みが、しばしば生物群集の構築において重要な役割を果たしている。Linたちは、台湾の沖合にあるOrchid Island(蘭嶼)において、重要な海洋由来の恵みであるアオウミガメの卵が失われていくのに伴い、爬虫類動物の大規模な再編が生じたことを示している。海面上昇による海岸の消失、生息環境の悪化、ウミガメの産卵場所を保護するために建設された捕食者排除用の柵が、ウミガメの卵を食べてきた肉食性のヘビを、森のトカゲの卵を餌とするために内陸に移動させた。この研究は、環境圧力と単一種の保全活動の、複雑で連鎖的な帰結に注目している。(Sk)

Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adj7052

HIVワクチンにおける弱いT細胞応答 (Weak T cell response in HIV vaccines)

ワクチンが誘導するCD8+T細胞は、HIVを検出可能レベルよりも低く封じ込めるのに重要な役割を果たしているのかも知れないたし。実際、慢性感染症では、このCD8+T細胞の自発的免疫制御性とHIV抑制との強い相関性が認められてきた。SIV(サル免疫不全ウイルス)またはSHIV(サルウイルスとHIV-1とのキメラウイルス)に感染したアカゲザルにおける前臨床試験に基づいて、急性感染症におけるワクチンまたは抗体の受動伝達によって誘導されたCD8+T細胞が、レンチウイルス感染を十分に抑制し、あるいは根絶さえするようであった。これらの利点にもかかわらず、この活性の相関性はよく理解されていない。Miguelesたちは、HIV感染した標的に存在する抗原レベルが低いときには、脱顆粒が損なわれて、CD8+T細胞仲介の細胞毒性が低いことを報告している。ワクチンが誘導したT細胞受容体(TCR)の種類は多クローン性であり、これらのTCRの形質導入では、いずれも同様な機能の低下をもたらした。したがって、HIV/AIDSのワクチン接種における効率的なCD8+T細胞応答には、さらなるTCRのクローン選択をもたらす戦略を必要とするかもしれない。(hE,kj,kh)

【訳注】
  • CD8+T細胞:細胞障害性リンパ球(CTL)であり、適応免疫系の重要な構成要素であり、ウイルスや細菌などの細胞内病原体や腫瘍に対する免疫防御に重要な役割を果たす
Science, adg0514, this issue p. 1270