AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 8 2023, Vol.382

干ばつ影響には湿潤が大きいほど良くない (Wetter isn’t better for drought effects)

気候変動によって引き起こされる干ばつ条件の増加が、樹木の成長と生存を脅かしている。Heilmayrたちは、樹木が比較的湿潤な地域と乾燥した地域のどちらで干ばつによるストレスを最も受けるかを調査した。乾燥した地域では、樹木はますます厳しい条件にさらされるが、干ばつに対する耐性も向上する可能性がある。著者たちは、100種以上の樹種の年輪測定記録を用いて、その生息域のより湿った部分で生育する樹木は干ばつにより敏感であり、高温多湿な地域は将来の気候変動下で成長が最も大きく低下すると予測されることを見出した。したがって、より乾燥した地域における干ばつの影響のみに焦点を当てた土地管理と政策は、森林における気候変動の脆弱性を過小評価することになるだろう。(Uc,kj,kh,nk)

Science, adi1071, this issue p. 1171

核分裂は星の諸元素の一因となる (Fission contributes to elements in stars)

急速中性子捕獲過程(r過程)は、中性子星合体やある種の超新星爆発のような中性子が豊富な環境で起こる。この過程は鉄より重い多くの化学元素を生成すると考えられているが,その詳細はよく分かっておらず、実験室では 研究することができない。Roedererたちは、これまでに恒星で観測されたr過程元素の存在量を分析した。彼らは、いくつかの元素で通常の存在量からの超過値の間に相関があることが確認され、それはこれらの元素がさらに重い元素の核分裂生成物であることと整合していた。これらの結果は、いくつかのr過程事象がウランよりも重い元素を作ることを示しているが、それらの元素はその後崩壊して星で観測される元素になる。(Wt,kh,nk)

Science, adf1341, this issue p. 1177

トウモロコシの栄養成分強化 (Maize biofortification)

作物の栄養価を微量栄養素で高めることは、公衆衛生を改善する良い方法かもしれない。トウモロコシはサハラ以南のアフリカに住む多くの人々の主食であるが、その可食部分は通常、鉄分が少ない。Yanたちは、天然の遺伝的多様体からなるトウモロコシの1集団を調べることにより、穀粒中の鉄含有量を調節する転写因子を特定した。著者たちは、この集団におけるトウモロコシの系列の中にNAC78のプロモーター配列が異なるものがあり、また、これらのプロモーター多様体の存在が胚乳の転送細胞でのNAC78の発現と相関していることを見出した。これらの細胞においては、鉄の輸送体が増加しており、より多くの鉄が穀粒へと輸送されることを示唆している。この研究は、トウモロコシの鉄含有量を高める道を切り開くものであり、その鉄分不足が蔓延している地域でこの問題に対処することに役立つかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • 転写因子:DNA上の転写制御する領域に特異的に結合し、DNAの遺伝情報をRNAに転写する過程を促進、あるいは抑制するタンパク質
  • プロモーター:各遺伝子の上流にあり、RNAポリメラーゼが特異的に結合して転写を始めるDNA上の領域で、この領域に転写因子が結合して転写が開始される。
  • 転送細胞:シンプラスト(細胞膜の内側の部分)とアポプラスト(細胞膜の外側の部分)の境界に存在し、細胞膜を介した細胞間の物質輸送を司っている細胞。細胞壁が細胞室内に複雑に入り組んだ形態を持つ。
  • 輸送体:細胞膜を貫通する形で存在し、細胞膜を横切って所定の物質を輸送するためのタンパク質。
Science, adf3256, this issue p. 1159

偉大な雌 (Grand dames)

ある種内での個体の大きさの低下は、樹木から魚まで、見過ごされることが多い人間活動が及ぼす影響である。しかし、大きな個体が失われることは、集団レベル及び生態系レベルの影響になり得る。Olsenたちは、歴史的に見て体の大きな雌のタイセイヨウダラについて調べ(その幾らかは今もノルウェー沖の海に生存している)、体の小さな雌よりもそれらの方が、行動がより長距離にわたり、より複雑であることを見出した。そのような行動は産卵しようとする雌に益をもたらすばかりでなく、体が小さな雌だけの集団ではできないであろうやり方で、集団群と産卵場所とを結び付けるのである。(MY,nk)

Science, adi1826, this issue p. 1181

染色体の付着を正しく行う (Getting chromosome attachment right)

動原体は、染色体を紡錘体に付着させる大きな分子機械である。動原体を介したエラー訂正機構は、染色体が正確に配置されて、DNAが2つの娘細胞に均等に分離されることを保証する。Muirたちは、微小管に結合した出芽酵母の外側動原体の低温電子顕微構造を示している。エラー訂正機構は、微小管を取り囲むタンパク質の環を取り除くなど、外側動原体の構成要素間の接触を切断することで不正確な付着をリセットする。この研究は、動原体がどのようにして微小管の解重合エネルギーを利用して染色体を細胞の反対極に移動させるかを説明するのに役立つ。(KU)

Science, adj8736, this issue p. 1184

コバルトによるホウ素の選択的送達 (Selective delivery of boron by cobalt)

アリール環上の特定部位の修飾は、数多くの医薬品、農薬、機能性材料の合成において必須の反応段階である。貴金属触媒によるホウ素化反応は、この目的に特に選り抜きの方法であるが、触媒コストが問題である。Roqueたちは、地球上に豊富に存在するコバルトによって触媒されるホウ素化反応に対して、最適化された配位子が高い部位選択性を与えると報告している (Berionniによる展望記事参照)。この触媒は、特に困難な標的部位であるフッ化物置換基から炭素2個離れたメタ部位にホウ素を置換する。さらに、異なるホウ素試薬の使用は、位置選択性を隣接するオルト部位へ切り替えることができる。(KU,kj,kh,nk)

【訳注】
  • ホウ素化反応:アリール環のC-H結合を活性化して有機ホウ素化合物に変換する反応。
Science, adj6527, this issue p. 1165; see also adl4860, p. 1122

海岸砂採取の危険性(The dangers of coastal sand mining)

砂は、金属の抽出や建設などの幅広い目的のために世界中で用いられている。しかしながら、海岸地域からの砂の採掘は, 毎年400億トンから500億トンの砂が生産されていると推定されるが、生態学、公衆衛生、社会経済上の広範な関わりを有している。現在の海岸砂の採取速度も自然の補給を上回っており、この手法は持続不可能となっている。展望記事において、Rangel-BuitragoとNealは、これらの問題と可能性のある解決策について議論し、砂採掘産業を持続可能にするのに役立つ世界的な枠組みの必要性を強調している。(Sk,kh)

Science, adj9593, this issue p. 1116,

局所的医薬送達のためのマイクロロボット (Microrobots for localized drug delivery)

医薬投与中の全身への毒性を回避するために、マイクロロボットは毒性の高い医薬を標的部位に届けるための方法を提供しうる。展望記事において、NelsonとPaneはマイクロロボットによって提供される治療的機会、例えば脳卒中やがんの治療における機会について議論している。鍵となる問題は、いかにしてマイクロロボットを体液と組織を通って正確に移動させて、その医薬を放出するかということである。磁気装置が臨床応用には最も受け入れられそうであると提案されているが、マイクロロボットが安全であり、かつ事後に体から容易に除去できることを保証するための課題が残っている。医学的な手順においてマイクロロボットをいかに効率よく用いるか、また保健医療施設にいかに取り入れるか、に取り組むことがその開発における重要な目標である。(hE,kh,nk)

Science, adh3073, this issue p. 1120

リボソームの変化がより大きな問題を引き起こす (Ribosome changes cause bigger problems)

食糧不足の状況下で、食物入手が容易でない場合に貯蔵食糧とエネルギー入手を最も効果的にするために、代謝の柔軟性は人類にとって歴史的に重要であった。対照的に現代社会では、高カロリーの食物を入手し続けることがことがマイナス要因となってきており、肥満や代謝性疾患の増加の一因となっている。活性酸素種は、肥満と加齢に伴う代謝調節異常の一因と考えられているが、その根底にある過程は十分理解されていなかった。Snieckuteたちは今回、活性酸素種、ZAKaと呼ばれるタンパク質とその結果生じるリボソーム機能の変化を結び付ける機構を突き止めた。そのリボソームの変化が、複数のモデル動物種にわたって観測される代謝変化の一因になる。(MY,KU,kh,nk)

Science, adf3208, this issue p. 1135

新生代全体にわたる二酸化炭素 (Carbon dioxide over the Cenozoic)

大気中の二酸化炭素濃度は気候の基本的な推進力であるが、氷床コアの記録が入手可能な約80万年前よりも古い時代についてその値を決定することは困難である。新生代二酸化炭素指標統合プロジェクト (CenCO2PIP) コンソーシアムは、指標決定の包括的な収集資料を評価し、過去6,600万年間の大気中の二酸化炭素の記録を明確にした。この統合は、これまでに入手可能な最も完全な記録を提供しており、気候、生物活動、および雪氷圏進展における二酸化炭素の役割をより適切に立証するのに役立つ。(Sk,kh)

Science, adi5177, this issue p. 1136

BCR配列とTCR配列を地図上に置く (Putting BCR and TCR sequences on the map)

現在の空間トランスクリプトミクス技術は、組織内の遺伝子発現の位置を特定できるが、この状況において全長のB細胞受容体 (BCR) 配列 およびT細胞受容体 (TCR) 配列を地図化することはできない。Engblomたちは、変異配列、多様配列、かつ結合配列に対する空間的トランスクリプトミクス (Spatial VDJ) と呼ばれる方法を開発したが、この方法は凍結ヒト組織切片中の完全長免疫グロブリンおよびT細胞抗原受容体転写物に空間的な注釈を付ける。この方法はトランスクリプトーム全体と組織形態も解明し、ヒトのリンパ組織と腫瘍組織の両方におけるB細胞クローンとT細胞クローンの高忠実度マッピングと空間的系統追跡を実現する。この技術は、感染、ワクチン接種、がんなどの臨床に関連するさまざまな現象におけるリンパ球の空間的動態の理解を深める可能性がある。(KU,kj)

【訳注】
  • トランスクリプトミクス:細胞内の遺伝子発現であるすべてのmRNA(ないしは一次転写産物であるトランスクリプトーム)を研究する分野。
Science, adf8486, this issue p. 1137

もつれた分子 (Entangled molecules)

極低温原子は、量子情報の構成要素の候補として以前から期待されていた。さらに魅力的なのは低温分子であるが、これはエネルギー準位構造が多岐にわたり、原子では実現できないことを実現できる可能性がある。しかしながら、もつれの実現, つまり量子情報基盤の必須要素の一つ、は今まで分子系で困難であった。Holland等及びBao等の二つの研究グループが、光ピンセットに捕捉されたフッ化カルシウム分子同士の双極子相互作用を用いてこの目標を達成した。(NK,KU,kh)

Science, adf4272, adf8999, this issue pp. 1143, 1138; see also adl4179, p. 1118

深部に印刷するための音響法 (A sound way to print deep)

樹脂の3次元(3D)印刷のほとんどの方法は、集束光を用いて体積単位(ボクセル)での形成を制御している。Kuangたちは深部浸透音響ボリューメトリック印刷(DAVP)と呼ぶ技術を開発したが、これは粘弾性インクと高強度の収束超音波を用いる(YaoとShapiroによる展望記事参照)。この技術の重要な特徴は彼らが用いたソノ・インクであるが, これは焦点以外が硬化することを防ぐもので、意図したボクセル(voxel)以外が固化するのを防ぐ。超音波を用いる重要な利点は、それが不透明な媒体に数センチメートルの深さまで入り込めることである。(Sk,kh)

【訳注】
  • ボリューメトリック(体積)印刷:層ごとに2次元印刷しながら積層していく従来の3D印刷に対し、3次元の媒体に直接書き込みを行い立体を形成する3D印刷方式
  • ソノ・インク(sono-ink):超音波固化用インク(sonicated ink)
Science, adi1563, this issue p.1148; see also adl5887, p. 1126

種を越えた甘い協力 (A sweet interspecies collaboration)

アフリカにいる鳥の一種であるハニーガイド(Honeyguide)は、他の種をミツバチの巣に誘導することでよく知られている。彼らはラーテルと協力することさえ知られていたが、彼らに最も近く、最も成功した協力者は人間である。アフリカの先住民族のいくつかのグループは、生息域全体でこれらの鳥と協力している。タンザニアとモザンビークでのこれらのやりとりを調べて、SpottiswoodeとWoodは、ハニーガイドが他の地域からのハチミツ狩りの呼び声よりも地元のハチミツ狩りパートナーの特定の呼び声により応答しやすいことを示した(SearcyとNowickiによる展望記事参照)。したがって、ハニーガイドは地元のパートナーの呼び声を学習しているようで、ハチミツ狩りは、何世代にもわたってこれらの成功した呼び声を維持している。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • ハニーガイド(Honeyguide):熱帯アフリカ・アジア産の小鳥
  • ラーテル(honey badger):イタチ科に分類される哺乳類で、蜂蜜を好み蜂の巣を襲う。別名ミツアナグマ。
Science, adh4129, this issue p. 1155; see also adl5923, p. 1124

不十分な堆積量 (Insufficient accretion)

海面上昇は、沿岸湿地を覆い尽くす恐れがあるが、上流からの土砂の堆積を含む標高形成プロセスは、湿地を水面上に維持するのに役立つ。Ensignたちは、流域からの土砂堆積量が米国沿岸の海面上昇に追いつくのに十分かどうかを調査した (LarsenとMilliganによる展望記事参照)。彼らのモデルは控えめに、流入する土砂量が、メキシコ湾西部と太平洋沿岸では十分かもしれないが、ほとんどの流域が小さい他の地域では不十分だと推定した。各湿地での堆積量はモデルからの予測よりも高いことが多く、海面上昇に直面して湿地の海抜を上昇させる生物学的プロセスが重要な役割を果たすことを示唆している。(Wt,KU,kh,nk)

Science, adj0513, this issue p. 1191; see also adl4251, p. 1123

胎盤関門の一房の細胞 (Cellular tress in the placental barrier)

子癇前症(PE)などの妊娠高血圧症候群は、ますます多くの妊婦に影響を及ぼしている。これらの疾患の機構の理解がなければ、治療は依然として困難である。酸化ストレスが、特に多核胎盤関門と呼ばれる合胞体栄養膜層に関わっている。Opichkaたちは、ヒト胎盤試料で、ミトコンドリアの活性酸素種と関連してGαqシグナル伝達が強化されることを立証した。彼らは、Gαqシグナル伝達の選択的誘導により、マウスでPE表現型を生成することに成功した。合胞体栄養膜ストレスは、早発型PEと遅発型PEを含む複数の多様な疾患表現型の共通の終点である。このGαq経路は、症候群性PE状態の複雑さにかかわらず、単一の潜在的な治療標的であることを意味している。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • 胎盤関門:母体-胎児間の循環系を隔てる細胞構造。母体と胎児の血液は混じり合うことがなく、胎児の生育に必要な栄養因子や不要となった代謝物を選択的に輸送する一方で、有害物質の透過を防ぐバリア機能を持つ。
  • 子癇前症:子癇は妊娠20週以降にはじめて発症するけいれん発作で、その子癇になる一歩手前の症状を子癇前症と呼ぶ。妊娠高血圧症候群の合併症の一つで、高血圧やタンパク尿を特徴とする。
  • 合胞体栄養膜:胎児の栄養膜のうち、母体血と接触する外側にあり、胎盤の絨毛を子宮内膜につなぎとめている細胞層。栄養膜細胞は単核細胞だが、栄養膜細胞同士が合体して多核細胞のように見えることから合胞体と名付けられている。
  • Gαqシグナル伝達:細胞内分子スイッチとして働き細胞外の刺激から細胞内へのシグナル伝達に関与するタンパク質群でヘテロ三量体であるGタンパク質の一種Gqタンパク質のαサブユニットが関わるシグナル伝達。Gqタンパク質は、さまざまな調節のシグナル伝達に関わり、細胞表面のGタンパク質共役受容体の活性化に応答した細胞内シグナル伝達経路の活性化をうながす。
Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adg8118