AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 25 2023, Vol.381

ジャガイモ病原菌への抵抗力 (Potato pathogen resistance)

卵菌属のジャガイモ疫病菌(Phytophthora infestans)は、ジャガイモの収穫に大打撃を与えるが、最も有名なのは1800年代半ばのアイルランド大飢饉である。Torres Ascurraたちは、南北アメリカ大陸各地から得られた野生ジャガイモの多様体を調べ、PERUと呼ばれるパターン認識受容体を同定したが、この受容体がジャガイモ疫病菌ペプチドを認識することになる。PERUがジャガイモ疫病菌に由来するタンパク質断片に結合すると、ジャガイモ植物は免疫応答を開始することができる。著者たちは、野生のアンデス地方ジャガイモ近縁種に由来するPERUのさまざまな対立遺伝子が、ジャガイモ疫病菌ペプチドに対してさまざまな感受性を有していることを立証した。彼らの研究は、ジャガイモ疫病菌への免疫に関する機構的な洞察を提供し、そのため、制御するのが困難であった病気への作物の復元力を向上する道を開くものである。(MY,kh)

Science, adg5261, this issue p. 891

メタンの熱分解温度を下げる (Cooling down methane pyrolysis)

メタンを水素と固体炭素に変換するためには、非常に高い温度が必要である。この熱分解反応のための既知の液体金属ニッケル-ビスマス触媒は失活に耐性があるが、1000℃を超える反応温度を必要とする。Chenたちは、モリブデンを添加してニッケルの反応性を向上させた。この反応は、より低い動作温度を可能にしているのかも知れない。モリブデンは、溶融状態のニッケル原子の負電荷を減少させ、原子の移動性とメタンとの相互作用を増加させていると思われる。それが、800℃での効率的で長期にわたる熱分解を可能にしている。(Sk,kh)

Science, adh8872, this issue p. 857

オレフィンを窒素で置換する (Displacing olefins with nitrogen)

炭素?窒素結合を形成する反応は、ハロゲン原子に一重結合した、あるいは、酸素や他の炭素に二重結合した炭素中心を反応対象にすることがほとんどである。Heたちは、オレフィンに隣接する炭素?炭素一重結合を反応対象とする代替手順を提供している。アリル炭素化合物をオゾンで処理した後に銅触媒を作用させることで、型通りにペンダント・オレフィンがアミンで置換される。この反応は、化合物の中でもとりわけ広範囲の複雑なテルペンに窒素を導入することができる。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • アリル化合物:CH2=CH-CH2-を持つ化合物。
  • テルペン:生物によって作り出され、イソプレンを構成単位とする長鎖不飽和アルコール化合物。
  • ペンダント・オレフィン: 高分子の側鎖にぶら下がっているオレフィン
Science, adi4758, this issue p. 877

間接的酸化によるプロピレン合成 (Indirect oxidative propylene synthesis)

酸化によるプロパンからプロピレンへの変換は直接的脱水素反応よりもエネルギー消費量が少ないが、過酸化反応を避けるように制御する必要があり、このことが選択率と変換を制限する。Wangたちは、供給されるガスがプロパンと酸素との間で切り替わる化学ループ工程が、550℃における42.7%のプロパン転化率で、81.3%のプロピレン選択率を達成したことを示している。アルミナ上によく分散された二酸化バナジウムが脱水素反応を実行し、そして隣接するバナジン酸鉄粒子が酸素担体として機能した。二酸化バナジウムで生成された水素が燃焼のために隣接するバナジン酸鉄側に容易に移動できるために、プロピレン選択率が二つの触媒部位間のナノスケールの近接性で増加した。(Sk,KU,kj,kh,nk)

【訳注】
  • 化学ループ:繰り返し酸化還元可能な材料を媒体として、独立した場所で、循環的にガスの酸化反応と還元反応を行う方法。
Science, adi3416, this issue p. 886

スリムなマウス用の長鎖ノンコーディングRNA (Long noncoding RNA for slim mice)

マウスの腸内細菌叢は、小腸上皮細胞を介した機構によって宿主の代謝に影響を与える。上皮細胞の全トランスクリプトーム配列決定中に、Wangたちは、長鎖非コードRNA (lncRNA) をコードするいくつかの遺伝子を見出し、腸内細菌がその発現を抑えることを示した。これらの遺伝子のうちの1つはSnhg9と呼ばれ、免疫エフェクターによって仲介される腸内微生物叢の有無に応じて、動物でその量が異なる。著者たちは、lncRNAが細胞周期およびアポトーシス・タンパク質2と相互作用して結合し、さらに脂質代謝調節因子であるサーチュインに結合してこれを阻害することを見出した。無菌マウスで見られる高レベルのSnhg9が、無菌マウスがほっそりしている理由であるかもしれず、微生物叢が自然なままのマウスではlncRNAレベルが低く、太っている。(KU,kj,nk)

【訳注】
  • 長鎖ノンコーディングRNA:RNAの一種であり、一般的に、タンパク質へ翻訳されない200ヌクレオチド以上の長さの転写産物として定義される。
Science, ade0522, this issue p. 851

加齢は心臓の神経に乗る (Aging gets on the heart’s nerves)

心臓の神経刺激伝達に変化があると不整脈につながることがあり、また不整脈の危険は年齢とともに大いに増える。Wagnerたちは、これら2つの現象をつなぐ機構を明らかにした。著者たちは、若いマウスと加齢マウスを用いて研究し、心臓の神経刺激伝達は年齢とともに減少することを示した。加齢と関係する老化細胞の蓄積はセマフォリン-3Aの放出を促進するが、セマフォリン-3Aは心臓の神経細胞軸索の密度を減少させる。同時に、加齢はセマフォリン-3Aの効果に対抗するmicroRNAの減少と関連し、さらに神経刺激伝達の減少方向へとバランスを傾ける。神経刺激伝達における、加齢と関連するこれらの喪失は、マウスを老化細胞除去薬で処置することによって逆転できる可能性があり、これは潜在的な治療方法を示唆するものである。(hE,kj,kh)

Science, ade4961, this issue p. 897

平坦なシートから湾曲構造 (Curved structures from flat sheets)

平坦なシートを湾曲した物体へ、あるいはその逆の変形を行うと、紙を円柱や円錐に変える場合などのようにガウス曲率が保存されない限り、通常、しわや切れ目などの歪みが生ずる。Gaoたちは、水分の損失を調節するために葉の曲率を制御すると考えられている植物の疱状細胞から着想を得て、 純粋な面内収縮や曲げ、あるいはその 2 つの組み合わせを可能にする、膨張可能な空気圧小袋を備えた薄いパネルを設計した。結果として、著者たちは平坦な表面を異なるガウス曲率を持つ形状に変換することができた。これはソフト・ロボット工学の設計に関わる。(Wt,kh)

Science, adi2997 this issue p. 862

ランダムな染色体変化だけではない (Not just random chromosome changes)

染色体全体または染色体の腕の数の変化である異数性は、ガンではよく見られるが、ガン細胞生存へのその寄与を特定することは困難であった。Girishたちは染色体工学手段を開発して、どの異数体染色体腕を喪失させるか調整し、それによって選択されたトリソミーの有る場合とない場合とで同質遺伝子ガン細胞株を比較した。著者たちは、特に染色体1qのトリソミーがガン細胞に好都合で、腫瘍抑制因子TP53シグナル伝達の喪失を表現型模写することを発見した。この異数性を持つ腫瘍は、染色体1qにコードされている酵素によって活性化される化合物に感受性があり、治療方法の可能性を示唆している。(KU,kj,kh,nk)

【訳注】
  • トリソミー:染色体異常の一つで、通常2本で対をなしている常染色体が3本になっている状態。
Science, adg4521, this issue p. 848

ミドノリンが基質を捕捉する仕組み (How midnolin catches its substrates)

真核細胞は、ユビキチンによって修飾されたタンパク質を分解する、プロテアソームと呼ばれる巨大分子のプロテアーゼを含んでいる。プロテアソームは、ユビキチン化されていないタンパク質も分解できるが、これが機構的にどのように起こるのかは謎のままである。Guたちは、核内に局在する誘導性タンパク質のミドノリンが、多数の転写調節因子のプロテアソーム分解をユビキチン化とは無関係に促進することを見出した(SchillingとWeber-Banによる展望記事を参照)。ミドノリンは安定してプロテアソームと結合し、遊離β鎖を組み込んだ構造ドメインを用いて基質を”捕捉”して破壊する。このようにミドノリン-プロテアソーム経路は、標準的なユビキチン化系を迂回して、多くの核タンパク質を選択的に分解する。(Sh,nk)

【訳注】
  • ユビキチン:76個のアミノ酸からなるタンパク質で、他のタンパク質を修飾してその機能を変換する翻訳後修飾因子の一つ。
  • 構造ドメイン:タンパク質の2次構造と3次構造の間に位置する構造階層。ここではペプチド鎖が一定方向に伸びきった構造であるβ鎖の上位構造を示している。
Science, adh5021, this issue p. 849; see also adj8230, p. 834

CAF-1によるクロマチン構築 (Chromatin assembly by CAF-1)

染色体の複製は、DNAの複製と複製されたDNA上でのクロマチン構築を必要とする。クロマチン構築因子-1 (CAF-1) は、複製共役ヌクレオソーム構築において新しく合成されたヒストンH3とH4のDNAへの沈着を担うヘテロ三量体タンパク質複合体である。Liuたちは、ヒストンH3とH4の存在下において、CAF-1の2つのそうでなければ柔軟につながれた球状ドメインが、伸長したH3-H4ヘテロ二量体の反対側の末端に結合し、p150サブユニットの柔軟なループがH3-H4結合を確実にするように整列することを明らかにした。H3-H4四量体の形成はヌクレオソーム構築の前提条件であり、DNAはH3-H4四量体形成のために用意された2つのCAF-1-H3-H4複合体の並置を誘導する。CAF-1は、ヌクレオソームにおける左巻きDNAとは対照的に、in vitroでH3-H4四量体の右巻きDNAを促進する。(KU,kj,kh)

Science, add8673, this issue p. 850

親密な接触 (Intimate touch)

性器が著しく敏感であることと、そして、性器の接触が交尾とそれに伴う快感にとって重要であることはよく知られているが、その根底にある原理は完全には解明されていない。Lamらは、まれにある遺伝性機械感覚症候群を患うマウスとヒトを研究することにより、性器の感度を決定する機械受容器PIEZO2が関与するメカニズムを特定した(GeorgeとAbrairaによる展望記事を参照)。彼らの結果は、性機能に必要な生理的反応を促す接触の重要性を浮き彫りにした。PIEZO2と重要な橋渡し役である特定のタイプの接触ニューロンの同定は、セックスの楽しみを妨げる鈍感症と過敏症の両方に対する治療法の開発に役立つかもしれない。(ST)

Science, adg0144, this issue p. 906; see also adj8674, p. 832

建前の上では良い考え (A good idea in principle)

森林破壊と森林劣化に由来する排出量の削減(REDD)プロジェクトは、森林(の変化)に由来する炭素排出量を削減して他の炭素排出量を相殺することを目的としており、多くの場合、炭素排出量収支の計算に用いられる貸方であると主張されている。Westたちは、これらのプロジェクトの実際の効果を測定可能な基準値と比較し、それらのプロジェクトのほとんどが森林破壊を有意に削減しておらず、しかも削減できたとするプロジェクトの効果は主張されているよりも大幅に低いことを見出した(JonesとLewisによる展望記事参照)。このように、ほとんどの REDD プロジェクトは、よく言われているほど有益ではない。(Sk,kh)

Science, ade3535, this issue p. 873; see also adj6951, p. 830

太陽に多数存在する小規模ジェット (Numerous small-scale jets on the Sun)

プラズマは常に太陽から流出し、太陽風を形成している。このプラズマの発生源として考えられるのがコロナ・ホールであり、太陽の外部に開いた磁力線を持つ太陽のコロナ領域である。Chittaたちは、Solar Orbiter探査機を用いて極紫外線でコロナ・ホールを観測し、その中に数種類の小規模ジェットを特定した (Ugarte-UrraとWangによる展望記事参照)。観測中に多数のジェットが発生したが、それぞれのジェットはほんの数十秒しか続かなかった。著者たちの計算では、そのジェットは、少なくとも太陽活動が静穏な期間では、太陽風の大部分を供給するのに十分なエネルギーとプラズマを与えている。(Wt,nk)

Science, ade5801, this issue p. 867; see also adj8002, p. 833

液体が固体のような物性を見せる (Liquids reveal solid-like properties)

近年の理論研究及び実験研究の進展により液体に関する知見が再評価されており、固体に似た物性を有することが明らかになっている。Trachenkoは、液体を純粘性流体として記述する従来のマックスウェル・モデルは普遍的ではないと指摘している。液体と基板壁との相互作用が重要であり、完全な濡れ状態下において、液体がずり弾性を含む固体のような応答を示すが、それは液体はこうあるべしという定義そのものに背くのである。このずり弾性は熱伝導波の伝搬を可能にし、固体に似た熱弾性挙動を示すことを明らかにしている。これらの洞察は、保健科学における制御された液体輸送に対する新たな応用を示唆している。(NK,KU.kj,kh,nk)

Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adh9024

政策は貧困を引き起こすこともあるし、減らすこともある (Policy can both cause and reduce poverty)

米国の貧困を研究している研究者は、大学教育を受けていないなどの個人的なリスクや、文化的な説明などその他の潜在的な貧困の原因に焦点を当てることが多い。貧困研究のレビューと米国と他国との比較の中で、Bradyは、米国が比較可能な国よりも歴史的に貧困が多く、これは予想されるリスクや原因がより多く蔓延していることでは説明できないことを示している。むしろ、リスクと考えられている地位(例えば、シングルマザー)にペナルティを科し、他国よりも厳しく彼らを罰するという政策決定が、米国の貧困率が比較的高いことをよりよく説明している。しかしながら、政策が貧困を生み出したように、政策変更によって貧困を減らすことはできる。(Uc,kj)

Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adg1469