AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 18 2023, Vol.381

マグネターになるヘリウム星 (Helium star that will become a magnetar)

マグネターは、極めて強い磁場を持つ中性子星で、その起源については議論がある。可能性の一つは親星のコアで磁場が増幅されることであるが、これは超新星爆発の際に中性子星を生ずる。しかし、そのような磁場は、爆発しようとしている星では観測されていない。Shenarたちは偏光分光計を用いて、あるウォルフ-ライエ星に高磁場があることを同定した。この星は、水素の外層を失った星の露出したヘリウム核である。そのウォルフ-ライエ星の質量は十分大きくて超新星爆発で中性子星を生成し、磁場はコア崩壊の際にマグネターを生成するのにも十分強い。(Wt,nk,kh)

Science, ade3293, this issue p. 761

フラーレンの特異な回転 (Peculiar rotations in fullerenes)

系の熱平衡化ができなくなるエルゴード性破壊は、統計力学と物理学における根本的な関心事であり、様々な系で活発な研究が行われてきた。Liuらは、高感度赤外分光法を用いることで、バックミンスターフラーレン(C60)においてこれまで観測されていない新たな回転エルゴード性破壊の説得力のある実験的特徴を獲得した。これは、回転-振動相互作用に起因しており、以前に報告された研究結果とは明確に異なっていた。C60はその対称性、大きさ、および剛性故に、回転速度が速くなるにつれてエルゴード的回転領域と非エルゴード的回転領域を切り替えることが出来る。本研究は、C60における特異な回転挙動を報告するとともに、良く知られているが比較的詳細審査されていない分子が新たな現象を観測する為にいかに有力であるかを示している。(NK,KU,nk)

Science, adi6354, this issue p. 778

能動的導波路としての金属クラスター (Metal clusters as active waveguides)

光導波路は多くの場合、材料の屈折率の変化に依存して光を閉じ込めて導く受動的な素子であるが、光を吸収して放出する光学活性材料を通して機能することも可能である。Wangたちは、配位子の殻で保護されたPtAg18などの小さな金属クラスターの結晶が、低い光損失係数と再放射光の高い偏光度を有する、高い光導波路性能を発揮できることを示した。これらの効果は、好適な結晶充填と分子配向効果によって増強されている。(Sk,nk,kh)

Science, adh2365, this issue p. 784

救いとなる無秩序性 (Disorder to the rescue)

銅酸化物や重いフェルミオン物質などの多くの相関電子系は、ストレンジ・メタルと呼ばれる珍しいタイプの金属状態を有している。ストレンジ・メタルは、通常の金属とは異なる温度依存性を示す輸送・熱力学的性質を持っている。これらの性質のすべてを正確に記述する理論を展開することは、依然として挑戦的な課題である。Patelたちは、強相互作用系のモデルの結合定数に無秩序性を導入することで、この目的を達成した。(Wt,kj,kh)

Science, abq6011, this issue p. 790

Piezoチャネルの相手を探す (The search for Piezo channel partners)

Piezoイオン・チャネルは、機械的エネルギーを細胞シグナルに変換するセンサーとして作用するが、その調節の機構的詳細は十分解明されないままである。Zhouたちは、CRISPR/Cas9ゲノム編集と組み合わせて2つの分子的戦略を用いて、これまで認識されていなかったPiezoチャネルの結合相手を同定した。電気生理学と低温電子顕微鏡法の組み合わせを用いて、著者たちは、MyoDファミリー阻害剤タンパク質がどのようにしてPiezoチャネルと相互作用し、またそのゲート開閉を調節するかについての分子的詳細を提供している。彼らは、Piezoを標的とする治療を作り出すのに利用できるかもしれない足場となりそうな相互作用界面を同定した。(hE,kh)

【訳注】
  • Piezoイオン・チャネル: 外力を感知するイオン・チャネルであって(イオン・チャネルは、細胞膜にあってイオンを能動的に通過させるゲートである)、細胞膜貫通領域を38個持つ巨大な分子であり、PIEZO1とPIEZO2の二つの遺伝子がある。
  • CRISPR/Cas9 :DNAの二本鎖切断を原理とする遺伝子改変ツールでゲノム編集に用いられる。
Science, adh8190, this issue p. 799

2状態を2段階で (Two-state two-step)

天然タンパク質はしばしば複数の立体構造をとり、それにより、別のタンパク質や小分子あるいはその他の刺激に応答して、自身の活性や結合相手を変化させる。人工的に設計されたたタンパク質において、2つの折り畳まれた状態間でそのような立体構造の切替えを行わせることは困難であった。Praetoriusたちは、両者の望ましい状態を設計過程で同時に考慮することにより、蝶番様のタンパク質を開発した。うまくいった設計は立体構造の大きな変化を標的のペプチドらせんへに結合時に示したが、このらせんは特異性に合わせて調整することができた。著者たちは、設計物のタンパク質構造、結合速度、および立体構造平衡に関する特性を明らかにした。この研究は、生物学的トリガーに応答してタンパク質集合を調節する立体構造変化を作り出すことができるタンパク質スイッチを作り出すための基礎を提供するものである。(MY,nk,kh)

Science, adg7731, this issue p. 754

燃えるような終焉 (A fiery demise)

世界のほとんどの地域で更新世後期に、多くの大型脊椎動物が絶滅したことはよく知られている。これらの絶滅の原因は、気候変動と人為的影響の両方が関与しているとされているが、依然として議論が続いている。O'Keefeたちは、ラ・ブレア・タールピットにに動物がはまり込んで作られた広範な化石記録に、近傍の地殻コア試料を組み合わせて、火災の増加ー火災に関連した生態系ーと大型哺乳類の絶滅との間に明確な関係があることを見出した。著者たちは、このような火災の増加は、気候変動による温暖化と乾燥化に、生態系における人間の影響の増大が組み合わさったことが原因だった可能性があると主張している。(Uc,KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ラ・ブレア・タールピッツ (La Brea Tar Pits) :アメリカ合衆国のロサンゼルス市内に所在する天然アスファルトの池。この水を求めて太古の動物が集まってきたことから、広範な古生物の化石が発見されている。
Science, abo3594, this issue p. 746

卵黄の見事な働き (A yolk masterstroke)

卵黄袋(york sac:YS)は、発生中の胚に付着する膜状構造であり、血球新生、代謝、および凝固を支える作用をする。ヒトの発生におけるYSの役割についての現在の理解は、ヒト以外のモデル系への依存によって制限されてきた。Gohたちは、単一細胞RNA配列決定法、光シート顕微法、およびRNAscope法によるその場ハイブリダイゼーション法を用いて、受胎後4~8週またはカーネギー発生段階10~23にわたる10個の試料に由来するヒトYS地図を作成した。著者らは、ヒトYSの内胚葉が造血成長因子を提供するが、マウスYSでは提供しないことを見出した。さらに、肝臓も役割を果たすマウスとは異なり、ヒトではYSが初期赤血球生成の主要な供給源である。最後に著者らは、ヒトYSが単球とは独立して造血幹細胞と前駆細胞からのマクロファージの産生促進を助長できると報告している。(Sh,KU,kj,kh)

【訳注】
  • RNAscope法:Z形状で約50塩基のプローブを2つ並べて標的RNAに結合(ハイブリダイズ)させ、そこに多数のラベル・プローブを結合して信号を増幅することで、高感度で高特異的にRNAを視覚化する技術。細胞内の標的RNAを一分子単位で検出・観察することができる。
  • ハイブリダイゼーション:核酸分子が、相補的な塩基対と結合して複合体を形成すること。
  • カーネギー発生段階:23の段階に標準化された脊椎動物胚の発生段階の指標で、各段階は胚の大きさや発生後の日数でなく、構造の発生により定められている。
  • 単球:白血球の一つで、病原体や異物を食作用によって取り込んで分解し、抗原をT細胞へと提示する役割を持つ。抹消血管から出て組織内に入るとマクロファージや樹状細胞に変化する。
Science, add7564, this issue p. 747

シャペロンを使ってガンと戦う (Using a chaperone to fight cancer)

KRASは最も一般的なガン遺伝子の1つであるが、残念なことに小分子薬剤の候補に適した結合ポケットを欠くため、通常、「創薬不可能」とも考えられている。Schulzeたちはこの制約を回避するために、天然物由来の薬剤からの知見に基づいて、発ガン性KRASを間接的に追跡した(Liuによる展望記事参照)。著者たちは、細胞内シャペロンの一種であるシクロフィリンAに結合する天然由来の化合物を同定し、次にこの化合物を修飾し、発ガン性変異を持っているKRASをもまた三重複合体の形で結合させるようにした。著者たちはこの手法を用いて、シクロフィリンAと複合体の状態で変異KRASに効率的に結合する複数の小分子を設計した。これらの分子は、細胞増殖に関与する下流側経路の阻害、および複数モデルでの腫瘍増殖の抑制に非常に有効であった。(MY,kh)

【訳注】
  • KRAS遺伝子:細胞増殖を促進するシグナルを細胞内に伝達するタンパク質をコードした遺伝子が異常となったもの。細胞増殖のシグナルを出し続け、ガン細胞を増殖する。
  • シャペロン:真核細胞において他のタンパク質分子が正しく折りたたまれ、機能を獲得することを助けるタンパク質。
  • 三重複合体:ここではシクロフィリンA-天然由来化合物の修飾体-発ガン性変異KRASからなる複合体のこと。
Science, adg9652, this issue p. 794; see also adj1001, p. 729

スーパーレンズをスーパーにする (Making superlenses super)

たいていの画像処理技術では、解像できる最小形状寸法は、照明に用いられる光の波長程度である。波長以下の形状を解像できるいくつかの技術が開発されてきた。このうち、プラズモン材料やメタ材料から作られるスーパーレンズは、その性能を制限する光損失を被る。Guanたちは、(複素周波数の)合成周波数波、つまり時間的に減衰する波形を有する照明が、波長以下の形状を読み出せることを示し、結果としてそれらのスーパーレンズを真にスーパーにした。この研究は、プラズモン系に固有の損失を克服するための実用的な手法を実証し、画像処理能力および検知能力に大幅な改善の可能性があることを示している。(Sk,kh)

【訳注】
  • スーパーレンズ:負の屈折率を持つ材料で構成された平板型のレンズであり、理想的には無限の解像度が達成可能である。
  • プラズモン材料:表面に特殊な構造を施した金属やナノメートルサイズの小さな金属の粒などの周期的な金属ナノ構造により、光の位相を操作して様々な屈折率を持たせた材料。
  • メタ材料:微細な人工構造により、負の屈折率など自然界の物質が持つことができない光学的な性質を持たせた材料。
Science, adi1267 this issue p. 766

POT1がヒト・テロメアを保護する方法 (How POT1 protects human telomeres)

哺乳類の染色体は、大部分が二本鎖であるが一本鎖の突き出しで終わるテロメアDNAでキャップされる。シェルタリンと呼ばれる多タンパク質複合体がテロメアDNAを覆い、染色体末端がDNA破損として認識されないように保護している。Tesmerたちは、ヒトのシェルタリン・タンパク質POT1がテロメアの二本鎖DNA-一本鎖DNAの接合部を保護していることを明らかにした。2つのマウスPOT1タンパク質のうち1つだけがこの接合部に結合するが、このことは末端保護にはそれで十分であることを説明している。ヒトPOT1の接合部結合の破壊は、5'末端配列を変化させ、染色体末端をDNA損傷部位として標識されるが、これは染色体末端保護におけるこの相互作用の重要性を証明している。(KU,kj)

Science, adi2436, this issue p. 771

炭化水素の細菌性分解 (Bacterial degradation of hydrocarbons)

いくつかの海洋バクテリアは、小分子炭化水素を分解できるが、このプロセスがバイオフィルム中でどのように作用しているかについていまだ十分に理解されていない。Prasadたちは、そのような細菌の1つであるAlcanivorax borkumensisが、最初にヘキサデカンの液滴周囲に球状のバイオフィルムを形成し、その後成長して座屈することを示している (McGenityとLaissueによる展望記事参照)。この移行は、初期の一部の細胞のみによる油との限定的相互作用によって引き起こされ、その後、バイオフィルムの形状を歪めるような急速な細胞成長と分裂が続き、結果として表面積の増加と油消費速度の加速につながる。整列した棒状の細菌細胞の油への付着が、管状様突起を安定化する。海洋の油流出を分散させるために一般的に用いられる界面活性剤の添加が、バイオフィルムを破壊し、細胞は球面の形態に戻る。(KU,kh)

Science, adf3345, this issue p. 748; see also adj4430, p. 728

細胞アトラスをさらに一歩進める (Taking cell atlases a step further)

細胞アトラスは、トランスクリプトームやエピゲノムなどの分子の特徴に基づいて、単一細胞をさまざまな型に分類する。しかしながら、これらの静的アトラスにおけるカテゴリー内多様性(同じ型内の様々な細胞状態)は、細胞型を定義する最適な方法について疑問を投げかけてきた。展望記事において、Fleckたちは、細胞型が、細胞の発生履歴とその現在の一連の特徴によって定義されるだけでなく、細胞が摂動にどのように応答するかにも関連していると示唆している。著者たちは、一次組織および三次元ヒト細胞培養モデルにおいて、ともにフェノスケープと呼ばれているこれらの摂動応答をアトラス化することは、細胞型のより完全な理解を提供できるかもしれないと提案している。(KU,nk)

Science, adf6162, this issue p. 733