2008-2009 シーズンレビュー

2009.03.26

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 昨季トップイースト(TE)に降格したリコーブラックラムズがハイライトを迎える。

2009年2月15日、秩父宮ラグビー場での日本選手権2回戦。今季のトップリーグ(TL)5位のNECグリーンロケッツを24対23で下したのだ。TL時代には未勝利だった相手からの白星で、いわゆる「大物喰い」だった。

試合後のミックスゾーン。LO相亮太は「楽しかった」と振り返る。チームはこの1年間で積み上げた運動量と局面ごとの泥臭さで、試合を優位に進めた。好プレーをチーム全員で讃え合う。試合に出ていないメンバーもスタンドから声を届ける――。それぞれが連帯感を抱いていたという。だから、相(亮)以外の選手も「楽しかった」と口にした。

礎には"attitude"があった。今季就任のトッド・ローデンHCが常々口にしていた言葉で、ラグビーに取り組む最良の姿勢を意味する。

 2008年4月。FL伊藤鐘史が、それまで2季務めていた主将を今季も続けることにする。

リコーは大学ラグビーの有力選手を数多く揃えながら、集団として成果を残せずにいた。「それぞれの大学の個性が集まって社会人のチームになるから、ひとつのチームになるのは難しい。でも、過去(のラグビーや考え方)に浸っていてもしょうがない」。主将は復活への鍵を、選手同士、または選手とスタッフ間の信頼関係だと感じた。

6月。ローデンHCが来日する。新指揮官はチーム改革を求められるなか、「改善」すると強調した。TL時代から息づいていたチームスローガン "TAFU"を「意味を完全に理解していないと感じた」からと、継続採用。TEAM(チームのために、チームを愛し)、AGGRESSION(攻撃的に)、FAITH(信頼し合い)、UNITY(結束する)――。それぞれの頭文字からなる言葉の意味を、再度理解し直そうと思った。

特に "F""U"を醸成すべく、試合後には必ずチームファンクションを行う。選手同士が軽食などを囲い、試合の反省や雑談をする時間だ。「こういう時間を上手く使えば色々学べる。公式行事だけどリラックスして、意見交換をしてください」とローデンHCは言う。伊藤も、そのチーム作りに期待を抱いた。交歓会で作られる連帯感が「プレーにも影響すれば・・・」と。

ラグビーの面では、練習量が増える。一番多い時で早朝、午前、午後の"3部練"となった。LO井上隆行は言う。

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「今年は習慣が変わった。以前は『試合の次の日の練習は軽め』だったのに、今は試合明けも普通にきつい練習があるんです」

結果、選手は試合でバテなくなった。TL降格時は、後半20分以降に多く失点していた。が、7月12日の府中市・東芝グラウンド。今季のTL王者となる東芝ブレイブブルーパスのベストメンバーに14対26で敗れるも、終盤、猛暑のなかで無失点だった。個々の身体にも違いが見られる。「余分な脂肪が減って、アスリートらしい体型になったかなって思います」。2年目のCTB小松大祐は笑うのだ。

身体とともに、心がまえも変わった。ローデンHCはチームの決めごとを、ワンプレーずつA4の紙にまとめ、クラブハウスの壁に隙間なく張る。昨季まで個々の感覚が一人歩きしていた戦い方に、一貫性をもたらした。目に見えない好プレーの重要性も、全員にわかるよう伝える。それが試合で見られたら必ず褒めた。以前はパスやランプレーなど、いわゆる目に見えるプレーを好んだ選手も、「泥臭いプレー」をより大切にした。

意識変革には、新加入選手の影響もあった。たとえば三洋電機ワイルドナイツから移籍のSH池田 渉。練習で走るコースをショートカットする選手には、「横着するな!」と言った。グラウンド外でも同様だ。水の入ったボトルを飲んだら元の位置に戻す。客人と目が合えば挨拶をする――。私生活での積み重ねはプレーにも少なからず影響すると、池田は信じていた。

「最初に、寮の使い方にまで口を出しましたからね。『うるせぇな、このオッサン』と思われていたと思いますよ。でも、夏くらいから(その必要がなくなり)言わなくなった」

 8月。夏合宿の頃から、指揮官はしきりに "attitude"という言葉を使い始める。「"TAFU"の"A"に加えてもいいくらい」とも。以降、選手の"attitude"がどれだけ見られたかに、焦点を絞る。

走力を上げる。泥臭いファイトを望む。戦略を浸透させる。何より個々の選手個々の意識や自覚、チームの絆を重視する。秋、こうしてリコーはTE開幕を迎えた。

 TL経験のあるリコーがTEを闘うにあたり、周囲、特にメディア関係者は「全試合大勝も当然」と目す。点差だけを見れば、必ずしも外野の声が反映された結果ばかりではなかった。

が、ローデンHCは常に「スコアボードを見るな」と口にする。目先の数字よりも、試合毎に掲げたテーマの達成度合い、個々の"attitude"に着目した。

だからこそ12月21日、リーグ戦1位確定をかけたセコムラガッツとの第9節、前半を8対9とビハインドで折り返すも、選手は動じなかった。この時期のテーマは徹底した守備だ。全員で集中し、相手をノートライに押さえていたセコム戦の前半は、その意味で「合格」と言えた。結局、リコーが53対12で勝利した。

TEを全勝し、トップチャレンジ1への進出を決める。各地域リーグの1位とTL自動昇格をかけた総当り戦だ。09年1月17日。トップキュウシュウ・マツダブルーズーマーズとの第2節を81対0で制す。目標だったTL昇格を決めた。が、多くの選手にとって、伊藤の「嬉しいけど、はしゃぐほどではない」という台詞が本心だった。それよりも「トータルブラックアウトができた」と、完封を意味するテーマを遂行できたことを喜ぶ。要は、目先の手形よりも優先すべき視点を得た。

指揮官が注視する団結力は、さらに強まる。試合に出られる選手とそうでない選手の間に、モチベーションの差が生まれるのは万国共通だ。それを気にしてか。「今は表面的に上手く言っているだけ」という選手の声は、リコーでも秋頃まであった。が、時を前後しTEの終盤から、スタンドで応援する立場の選手が、試合直前のウォーミングアップを終えた出場メンバーに喝采を送るようになった。

「悔しい気持ちもあって応援してくれているのだろうけど、ああいうことをしてくれること自体が嬉しい」。レギュラーであり続けた相(亮)は言う。

「今は(みんな)充実して周りも見えているから、人に対しても善意でいられる。で、みんながそうしてくれるから、自分も(プレーや行動などで感謝の気持ちを)返せる」

 そして、ローデンHCの手腕が次第にスポーツ紙などでも注目され始めるなか、こうも強調する。「きっかけは(ローデンHCら)コーチ陣。でも、変わったのは選手」。事実、昇格を決めてからの試合では依然、選手の成長ぶりが見られた。

特にリーダーシップ。実は満身創痍だった伊藤は、TL昇格を決めた時点で欠場することとなる。向こう3試合、代役のゲーム主将をHO滝澤佳之副将が務めた。1月25日、トップチャレンジ第3節のトップウエスト・ホンダヒート戦直前に、その滝澤は言った。「ホンダに勢いづかせる時間を作るようなら、(勝っても)日本選手権には出なくていい」。飾り気のない言葉を最小限のみ発し、あとはプレーで周りを先導した。

滝澤のキャプテンシーについて、「最高でした! 心から気持ちを伝えてくれて、引っ張ってくれた」と指揮官も頷く。また池田は「一人ひとりがリーダーになっている」と指摘。チームは「伊藤に頼りすぎていたのでは・・・」と感じる選手もいた降格時と、明らかに違っていた。試合は54対20で勝利、日本選手権進出を決めた。

08年度ラグビーシーズン最後の大会となる日本選手権を、指揮官は「選手のもの」と口にする。選手個々の成長ぶりを見せるには格好の場所、とも受け止められた。

2月7日。リコーは1回戦で帝京大学相手に受け身に回り、苦戦。25対25で引き分けてしまう。相(亮)曰く「試合をやりながら反省していた」。試合までの準備に違和感を覚える雰囲気が、多少なりともあった。「自分たちが最大の敵だった。(練習中から)無意識でも『相手は大学生』とよぎったのかもしれない。 "attitude"が正しくなかった」。ローデンHCも頷く。

 とはいえ、トライ数の差を3対2としたことで、チームは何とか2回戦進出を決める。当初は選手権辞退もほのめかした滝澤も、数日後には「春からのグラウンドでの姿勢を取り戻す」。帝京大戦の前には試合出場メンバーとそれ以外の選手が分かれて練習する時期が多かったが、自らの提案でそれを廃す。

全員で行った練習では、失いかけていた活気が戻った。先発、控えを問わず、声を掛け合うさまが多く見られたのだ。これらは、NEC戦の勝利に繋がる。SO河野好光の弁を借りれば、「ベストゲーム」。

ローデンHCも、「いい"attitude"で(プレー)できた」と笑った。

シーズンオフ突入と同時に、退団や引退をする選手が多数出た。今季の連帯感が振り出し近くに戻るなか、今季以上に高レベルの闘いに臨むのだ。どんな状況でもベストを尽くすという意の"attitude"が、やはり、問われる。

 時は遡り2月22日。リコーは準決勝で三洋電機に完敗している。3対59。のちに選手権2連覇を果たす相手が普段どおりのラグビーを示す一方、リコーは池田曰く「我々のスタンダートは出せなかった」。指揮官は「"attitude"が足りなかった」と発す。そして、"attitude"を発揮する源泉が枯れていたことを、選手は否定しなかったのだ――。

来季、選手が再び"attitude"を発揮するためのエンジンを、現在帰国中のローデンHCはどう点火するのか。

(文 ・ 向 風見也)

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