2008-2009 トップチャレンジ 対 ホンダ

2009.01.29

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 リコーブラックラムズは「下山」の第一歩を、トッド・ローデンHCが日々連呼する「柔軟性」と、そこから派生した「信頼」を抱き踏み出した。

2009年1月25日、近鉄花園ラグビー場。

各地域リーグの1位チームがトップリーグ(TL)昇格をかける、トップチャレンジ1の第3節、トップイースト(TE)1位・リコーはトップウエスト(TW)1位・ホンダヒートと相対する。組織でTEの覇者となったブラックジャージは終始、個性でTWを制したネイビージャージにプレッシャーを与え続けた。

TL昇格を決めたチーム同士の対戦となったカードを54対20とし、2月7日に開幕の日本選手権への出場権を手にした。

――今の位置を富士山に喩えたら、何合目?

1月17日、TL昇格を決めた直後の秩父宮ラグビー場の会見場。

チーム全員で昨年7月に登った、富士山に絡む質問が飛び出す。伊藤鐘史主将は間髪入れずに答えた。

「頂上。そしてこの後は下山道。全員で登頂して、降りて、トッド(ローデンHC)の言葉は『下り方も人それぞれ。自分から進んでゴールに向かう人もいれば、ただゆっくり歩いてゴールが来るのを待っている人もいる。ゴールを追うまで、やろう』だった。今、TL昇格という頂上にたどり着いた。これからは自分自身のために、下山道をどう進んでいくか僕らが試されていると思います」

その「下山」のファーストステップとなるのが、ホンダ戦だった。ローデンHCは強調する。焦点はいつも通り、「自分たちのポテンシャルをいかに出し切るか」だと。

TL昇格という、伊藤曰く「最低限の目標」を果たしてもなお、継続して高いクオリティを維持できるか、練習での積み重ねを100パーセント出し切れるか――。いわば、今まで以上に選手個々が「試される」日々と位置づけた。

しかし、その道のりに早速試練が待っていた。伊藤の欠場が決まったのだ。

ラグビーにおいて主将は柱である。まして伊藤は、チーム内外に図抜けた存在感を示していた。三洋電機ワイルドナイツで日本一の経験があるSH池田渉が「多くものを言わないから、逆に一言に重みがある。チームにああいう人間がいることはすごく大きい」と評すほど。メンバー表にその名が書かれぬことの意味は、どうしても大きい。

1月21日の水曜日。ホンダ戦の主将を、HO滝澤佳之副将が務めることとなった。

これまでの伊藤がいない試合では、同じく副将のSO河野好光やチーム最年長のLO田沼広之が代役を務めることが多かったが、指揮官は今回、滝澤を指名した。

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 多弁ではないが、激しいプレーに意思を込める点を評価し、「これまでは発言に躊躇していた時があったかもしれないが、今週のトレーニング中、リーダーとしてのコミュニケーションなど、成長ぶりが見られた」と、いわゆるリーダーシップの発揮も期待した。

命を受けた本人は、「自分には向いてないと思ったけど、鐘史が限界までやっているのを見てたから、やろうかな、と」。大役を担うことで、これまでも選手として心得ていたことを、改めて周囲に発信するようになった。

「試合に出るからには責任がある。まずは結果を出すこと、出られないメンバーに『いいプレーをしているな』と認められること・・・」

この試合、WTBとして先発フル出場した池上真介も明かす。

「本人は普通にしているつもりかもしれないけど、(主将の責任を)意識しているように見えます。いつもよりみんなに言葉をかけてくれるし」

もし勝っても、ホンダが勢いづく時間が長いようなら、俺たちは日本選手権に行く資格はない――。

試合直前、滝澤は強い口調でメンバーを鼓舞したという。

キックオフ、リコーは前半1分に先制した。

 池田がゴール前に楕円球を蹴りこみ、相手選手がその処理にもたつくところをFB小吹祐介が仕留めてスコアを5対0としたが、5分にペナルティゴール(PG)で点差を詰められ、5対3となった。

6分、河野の突破に反応した小吹が2本目を決めるが、BK陣の攻撃力に定評のあるホンダは14分、素早いパス回しから点差を再度詰める。12対10。

18分、池上がタックラーを引きずりながら17対10、24分、相手のキックを処理してのカウンターを起点にFL後藤慶悟がボールを受け22対10とするも、ホンダは29分、2本目のPGで22対13に。シーソーゲームが続いた。

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 後半もリコーは3分、連続攻撃から河野の突破で先手を奪うも、その後の8分、ラインアウトからのラックの脇をこじ開けられた。ゴールも成功し、スコアは27対20。1トライ1ゴールで追いつく差となる。

が、以降、ホンダがゴールエリアを陥れることはなかった。

TE終盤から特に意識されたリコーの堅い守りは、個々の特徴あるプレーでTWを彩った攻撃陣に多くの自由を与えなかった。ミスを誘った。

試合後、ローデンHCはいくつか課題を挙げたものの、守備については「今日も良かった」。逆に時間を重ねるにつれ、じりじりと点差が開いていった。

15分、池上がまたも相手タックルに負けずインゴール左隅へ。ゴールも決まって34対20。22分、28分とCTB金澤良がPGを決め、40対20に。

34分、リコーはFBで途中出場のスティーブン・ラーカムのトライなどで47対20とした。さらに終盤、ゲインされても最終的にはボールを自分たちのものにする。FL相紘二が自陣ゴール前で相手のパスをインターセプトして70メートルを快走、サポートする池田が相手ゴールラインを越えた。レフリーの最後の笛が鳴る。

31分に交替した滝澤は、試合を終えたグラウンドに戻る。味方の健闘を喜び合った。実は退いたのちも「ノミネート!」と、タッチライン際で「守備位置に付け」という意を大声で発し続けている。その様子に「最高でした! 心から気持ちを伝えてくれたし、常に引っ張ってくれた。選手として大人になった」と、ロッカールームの脇でメディアに囲まれたローデンHCも語気を強めた。

そして「柔軟性」。指揮官はここにも集団の成熟を見た。「これまで柔軟性を大事に、と言ってきたことが役に立った」と。

実は試合中、WTB星野将利とNO8ピーティー・フェレラが相次いで負傷退場し、BKとしてスタンバイしていたジョエル・ウィルソンが本来のポジションとは異なるFWで出場するなど、不測の事態はあった。が、誰一人として動揺しなかったという。

滝澤も「自分のプレーは良くなかった」と言うが、しかし、この80分強でチームが得たものは大きいと思えた。

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「勝ち負け以外に得たものがあった。信頼。ピンチやけが人が多かったけど、ぐらつかなかったのは大きい。(その過程で)チームに繋がりが見られた」

有事にも揺るがず、一人ひとりがすべきことを全うした結果、互いを讃え合う気持ちが強くなった。それが信頼。この日はスタンドにいた伊藤が昨年、チームに必要なものに掲げた概念が、「下山」の過程で垣間見えたのだ。

さて、今後の闘いについて。

ローデンHCは来季のTLへの準備を重要視しており、「日本選手権は選手のもの」と語る。無論、そこに軽視の意を込めてはいない。

自身が何度も口にしてきた哲学"attitude(いかなる時でも強い姿勢を持ち続けること)"が本当に自分たちのものになっているのか――。その確認の場として、日本のラグビーシーズンを締めくくるトーナメントを活用してほしいのだ。

2月7日、初戦の相手は帝京大学だ。今季の大学選手権準優勝チームである。

歴代のトップチャレンジ枠で出場するチームは、日本選手権を「来季に対戦するTL上位陣への挑戦」と捉える向きが強い。その分、学生相手の1回戦に対するモチベーションの置き所は、どうしても難しい。

それでも、滝澤は以前から口にしていた。「ホンダの次は帝京。1個、1個ですね」。誰もが望むTL強豪チームとの対峙を頭の片隅に置きながらも、まずは、目の前の課題のみを注視する――。実はこここそ、"attitude"の見せどころなのだ。

(文 ・ 向 風見也)

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