2008-2009 トップチャレンジ 対 マツダ

2009.01.20

「いつもは(試合の出来を)スコアで図らないけど、スコアボードを見て欲しい」

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 試合後、枯れ芝の上で組んだ円陣の中で、リコーブラックラムズのFL伊藤鐘史主将はこう声をかけた。皆の視線の先には『81-0』。伊藤は続ける。

「ゼロで抑えられた。そこには大いに自信を持って良いと思う」

トップリーグ(TL)昇格をかけた、各地域の1位チームによる総当たり戦・トップチャレンジ1。トップイースト(TE)1位で出場のリコーは、トップキュウシュウ1位のマツダを圧倒する。昨季の降格からわずか1季で復帰した。いや、トッド・ローデンHC曰く、「復帰ではなく昇格」。

2009年1月17日、秩父宮ラグビー場。前年の1月26日に事実上のTE行きが決まったのと、同じ場所だった。新人ながら得点源の1人になったWTB星野将利は、「去年TLでできると思っていたけどできなかった」から、「ホント嬉しかった」。

ただ、伊藤はその事実に充実感をかみしめながらも、「やるべきことをやって戻った、と。はしゃぐほどは喜んでいないですね」と言う。

「とにかく今日は自分たちのラグビーにより磨きをかけることに集中しました」

そう。統率の取れた守備が「自分たちのラグビー」の大きなパーツだったから、チームメイトに得点板の『0』を強調したのだ。

試合の3日前。

周囲に「ミスターリコー」と評されるLO田沼広之は心境を語った。「次も与えられた仕事をやるだけ。結果として昇格があるという感じです」と。

降格がほぼ決まった瞬間、チーム最年長のこの人も、頭が真っ白になったという。が、後日、グラウンドの脇で落胆する様子が専門誌に掲載された。あくまで冗談交じりに、今でも「俺の写真、使いやがって」と笑う。

「後から思えば、今年のパワーになった部分はあると思います。写真もそうですけど、落ちたことは僕だけではなく、チームにとっても新しいチャレンジをする機会になったかな、と。(降格自体は)決していいことではないですけどね」

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 その後、ローデンHCら新首脳陣がチームの「改善 」を図る。選手はTL昇格という手形だけに執着するのではなく、練習による成果の表現を第一義に置くようになった。

マツダ戦のテーマもディシプリン(規律)とされる。ローデンHCが「(相手から見て)次々と虫が湧いてくるような」と表す分厚い守備など、これまで共有し続けたチームの約束事を、引き続き徹底する意が込められた。あくまで、日々の積み重ねの延長に「大一番」があった。

試合直前のミーティング、ローデンHCにスピーチを任されたFL後藤慶悟は言った。

いつも通り試合後を皆で楽しみたいから、今日もやることをやる、と。

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 14時、キックオフ。

立ち上がりこそマツダが奔放に駆け回る場面もあったが、リコーは素早いカバーリング、タックルで守り切った。

前半11分、FBスティーブン・ラーカムが自陣中盤から敵陣深く、蹴りこむ。処理に走った相手をWTB小吹祐介が捕まえ、ターンオーバー。ボールはサポートに回ったHO滝澤佳之に繋がり、最後はSO河野好光がゴールラインを割る。スコアは5対0に。

以降、ブラックジャージはハーフタイムまでの間に5トライを奪う。17分、特にシーズン中盤以降の強化ポイントだったスクラムを起点としてPR長江有祐、21、35分、献身的にサポートに走った伊藤、28分、素早い展開から小吹、32分、ラインアウトを出発点に河野と、36対0。後半もギアをゆるめることなく、7回インゴールを陥れる。

――点差が離れてもなお、集中力を持続させられた理由は。

「あ、これは簡単な答えです。スコアで(出来を)計ってないこと。毎回のプレーの精度だけを見ている。トライを取った後の円陣を組んだときに『次のプレー、次のプレー』と誰からともなく声が出ています」

と、伊藤は振り返った。

後半3分には星野が、8分、15分には滝澤が、19分にはCTB小松大祐がそれぞれスコア。21分にも再び星野が駆ける。タッチライン際の狭いスペースでボールを受け、相手タックルに我関せずと、トライラインまで走りきって69対0に。「余って(相手より人数で上回ったなかで)ボールをもらったら取り切るのが仕事。周りにサポートが来ていて、(マツダの守備は)引きつけられていたし」。

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 試合も終盤にさしかかる折、田沼は「ブラックブラッド!」と叫ぶ。

心身ともにきつい時間帯とされる試合終了までのラスト20分を、制圧する――。そんな意が込められたチーム内でのキーワードが飛び出したのだ。

33分、伊藤をして「身体をぶつけ合う8人で取った大きなトライ」と振り返ったスクラムトライが見られ、40分には、ラーカムが最後にゴールエリアに飛び込んだ。守ってはロスタイムを含めた80分強、綻びを見せなかった。

ノーサイド。「毎回のプレーの精度」を高く保ち続けての結果が待っていた。

小学校の教室ほどの部屋を報道陣が埋めるなか、試合後の記者会見が約25分、行われる。

「リコーのラグビーとは?」と問われた伊藤は「すべての局面でプレッシャーを与えるトータルラグビー。マスコミの皆さんで作っていってください。言葉先行で」と笑いを誘う。ローデンHCは「不景気のなか、会社の人たちと皆でやってきた」と、降格してなおチーム強化を臨んだ人々に謝辞を述べた。

この先を問われれば、やはり「焦点は自分たち」と指揮官は言う。「まだ、ポテンシャルを出し切れていないこともある」とも。

1月25日、トップチャレンジ1の残り1戦、トップウエスト1位ホンダヒートを前に「ポテンシャル」を出し切り、結果としての勝利をつかめば、その先は日本選手権が待っている。

(文 ・ 向 風見也)

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