全日本選手権:四将戦自戦記  99.2.13 谷川俊昭 谷川−片山戦:棋譜解説 ペンネーム:悪魔の一着      谷川俊昭さん(左)と片山正毅さん(右)
今年初めての試合 全日本選手権、今年初めてのリコーとしての試合である。学生代表の早稲田大は王座 戦を圧倒的な成績で優勝している。昨年はリコーも東大相手に3−4で本棋戦初の敗 戦。気合を入れて、私は午前中からペットボトル片手に会場のリコー厚生年金大森会 館入りしていた。会場は既にセッティングがほとんど終わっていた。裏方の皆さんど うもありがとう! 選手紹介 リコーのメンバはあらかじめ決まっており、西田が選手紹介を持ってきていて、それ がひとしきり話題になる。菊田と牧野の紹介は、一部、明らかなカット&ペーストに なっている。その他、クレームぎりぎりのヶ所もあり、そのまま週刊将棋等に載るの か、気になるところ。 12時半頃、早稲田のメンバが到着する。約25名だろうか。予想通りの多さである 。ところが、選手紹介が用意されていない。これにはちょっと困ったもの。 もっと困ったこと ところが、もっと困ったことが起きた。リコーのメンバも徐々に揃いつつあったが、 7人目が現れないのである。自宅や職場に電話をするがつながらない。花巻から藤原 君が応援に来るという話はあったが、到着時間が判らない。応援のメンバが戦うのも かなり厳しい。とりあえず、チェスクロックを押して全対局を始めることになった。 1不戦敗覚悟である。 持将棋ルール 事務局(兼選手)である菊田からルール説明がある。大学将棋のルールに従うという ものだ。持将棋は24点法(プロと同じルール)で引き分けとなるという。 当然、一言聞いておかないといけない。「3.5対3.5になったらどうなるの」「 いや、その時はその時ということで・・・」「おいおい(心の中で・・・)」トライ 数や、抽選で決める訳じゃないらしい(ラグビーじゃないから当たり前か) まあ、まず起こらないだろうとは思っていたし、自分の将棋は少なくとも関係ないや と思ったので、まあそれ以上突っ込むのはやめておいたが・・・。 手持ちぶたさ 私の相手は片山正穀君(4年)に決まった。特にデータはない。 ところで、今大会は7人対抗の60分60秒である。会場の都合もあって短縮された が、以前は90分もあった。これだけ時間的に余裕がある大会も希だろう。じっくり 考えることができる。しかし、私にはやや持て余し気味な面もあったりする。長すぎ るのだ。 手持ちぶたさに、序盤は他の対局を見て回ったりする。私は結構、これが好きである 。職団戦だと時間的にも余裕がないし、人だかりで見ることさえ大変なのだが、今日 は部屋が広くて、他の対局も見やすい。ただ、対局中は、見えるのは三将戦の野山の 将棋だけだ。 リコー将棋部のマドンナ、西川がお茶のサービスをしてくれるが、私は持ってきたミ ネラルウォーターで勝負である。 特等席 ふと、目を上げると、早稲田の応援に来ている(ただし早大生ではない)安食総子女 流プロと馬場さやかさんが何やらおしゃべりしている。おっと、ここは特等席だった か・・・。しばし、視線がそちらの方をさまよう。そのうち、これは早稲田の作戦な のかなと、馬鹿なことを考えたりする。でも、特にミニスカートという訳ではなかっ たから、そういうこともなさそうだ。 こんなこと書いていていいのか判らないが、これが早稲田の作戦だろうと、藤井シス テムでやってこようと、序盤は急戦調に進むことは判りきったことである。 特等席と書いたが、私の座っていた席(側)が、有利だと判ったのは最終盤になって からであった。 企業秘密 急戦と書いたが、棒銀は狙われているだろう。後手番なので、更に条件が悪い。とい う訳で、本譜の仕掛けを選ぶ。企業秘密というか、要は一夜漬けである。初めて指し た。 対局開始から1時間経ち、寂しく秒読みの音が響く。「ピ、ピ、ピ、ピー」空しく時 計が切れる。これで、6人で4勝しないといけない。きついよな。でも、職団戦なら 4人で3勝だからまだましか。 怒りの気持ち、また不戦勝を得た選手に申し訳ないとの気持ちを切り替えて、とりあ えず目の前の将棋を頑張ろうと思う。 どうもうまく受けられた感じで、飛車角交換して5五歩(50手目)としたあたりで はうまくいっているようには思えない。飛車先の突き捨ても事前にうまく入らなかっ たので8六歩と遅まきながら突いたが、先に6五桂だったか。手抜きして5四歩と突 かれては苦しくなった。    温泉気分に  62手目、5七桂成は苦し紛れ。後の5五角に5四飛、1一角成、5七 飛成を用意したもの。でもその時に5八香の切り返しはあったしれない。 また、4五桂で単純な7六桂でも困っていたか。活用したくなる7七桂だが、 3五歩とここに手が付いては手応えを感じた。何故かもう一枚の飛車も成れ、 3四香と打ててはもう終わりと、温泉気分である。  しかし、4八金と粘られて焦った。意外に寄せが見つからないのだ。私の 方も秒読みになった。 下駄を預ける  第一勘、3七銀からばらして寄りなのだが、良くわからない。自陣に手を入れると か、じっと8八竜引かと思ったが、何とかなると思って、3七に銀を打ち込んだ(8 8手目)。しかし、はっきりしない。自分の玉も駒を渡すと危なく、まったく読みき れない。3七桂成では3九銀の予定だったが、読みきれず、気がついたら3七の金を 先につかんでいた。こうなったら勢い、5七竜から詰ましにいくしかないが、あまり 詰みそうにない。  8六角と王手して投げようかと思ったが、こちらの王様も角道さえ止めておけばな かなか詰まないのに気付き、5六歩と下駄を預けた。  成績表を見る余裕  たぶん勝ったと思っていただろうから、片山君も焦っただろう。3六桂と打って、 自陣を安全にする方針で来たが、実は、3六桂(113手目)で、3四金、同金、同 飛成、同玉、5六角、4四玉、5五銀!で詰んでいた。3六桂を打った後でも同じ。 なお、その前の4一銀に2二に逃げておけば詰まないが、本譜の順で2二に銀が打っ てあるとかななり違ってくる。  3五金打と押さえつけて、また逆転したと思った。私の玉はほとんど詰まない形に なっている。ただし、7八の角が効いてくると怪しい。  それも考えて、7七角成から7九竜(122手目)と、7八の角を働かない薄い寄 せに出た(良く考えると、もっとゆっくり攻めても安全勝ちだった)。というよりは、 これでほぼ必死のつもりだった。  30秒ではなく1分将棋の余裕もあり、周囲を見渡すと、応援の視線が本局に集ま っているのが判る。他はほとんど終わってるんだな。偶然、ホワイトボードの成績表 が目に入る。リコーの3−2で、自分のところと七将戦が残っているようだ。対局相 手の片山君には角度的に見えなかったはず、この差は大きかった。  「よし、これを寄せきってチームも勝利だ!」とあらためて盤面を見ると、平凡に 7六を受ける手があるではないか。受けるなら6九金くらいで、7六香、8七玉、8 六歩、9六玉、7八竜、同金、同香成でほぼ必死のつもりだったが・・・。  平凡な7六歩が着手された。やり直しである。  入玉模様に  幸いなことに見落としは致命傷ではなかった。先手玉も簡単には逃げ出せない。し かも、この頃、七将牧野の勝利でチームの優勝が決まったことがホワイトボードに記 された。  ただ、こちらも寄せるには駒不足。とりあえず、寄せるフリをしながら、入玉の準 備もし始めた。片山君は当面は入玉するのが精一杯のようだ。私の玉も普通にやれば 入玉は確定的になった。駒数も片山君の方が引き分けに持ち込む24点に届くかぎり ぎりだ。  時刻は4時を回った。5時までに片付けを終わらせないといけないので、野山と菊 田が「そろそろ30秒にしようか」という声が聞こえる。私も、チームが勝っている こともあり、持将棋の申し入れをしてもいいかと思ったが、そのとたん、4二角が打 たれた(161手目)。相手も駒を拾いにきたなと思ったが、良く見るとこの角、3 二に金を打てば死んでいる。ここでの角金交換は4点得と大きく。後は判定勝ちを目 指すことになる。  勝ちを決めた’新’悪魔の一着  2七玉と入り込んで、私は34点が確定(片山君は20点)。「そろそろいいんじ ゃない」との私の提案に片山君も同意してくれ、私にとっての2局目の持将棋判定勝 ちは幕を閉じた。あの角金交換がなかったら、20+4=24となりどうなっていた か。もし、チームが3−3で残っていたらと思うと、少しぞっとする。  ところで、人は、私の端歩突き(9五歩、または1五歩)を「悪魔の一着」と呼ん できた。え、本譜は端攻めなんてしなかったでしょって?良く棋譜を並べて欲しい。 156手目、1五歩、182手目、9五歩と端の歩を伸ばしているでしょう(やっぱ りちょっと無理があるか?)。ともあれ、この’新’悪魔の一着で1九の香車まで3 点助け、勝利は確実になったのだった。

                   (了)


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