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イベント・レポート

アマ名人優勝記

年月日:2006年8月25日〜28日

リポータ:山田 洋次

【遠い夢】

 「アマ名人」この言葉を知ったのは小学生の時。アマチュアで一番強いんだよという言葉に、自分は遠い遠い夢を感じていた。決勝に行けば、NHKに出演できるんだ。田舎の少年には説明されてもどのレベルなのか全く分からなかった。
 いつしか少年は、高校・大学になり、各種全国大会を経験するようになり、自信も持ってきた。アマ名人という夢はいつか叶うのではと思っていた。全国タイトルをとるなら、20代が最盛期だと信じていて28歳までにはとれるだろうと。20代で初タイトルをとらないと棋力・体力が落ちていくだろうし、とれるはずだと信じていた。それが簡単に叶わないから夢なのに・・・。

【現実には・・・】

 全国大会に出場するものの、結果がついてこない。ベスト16あたりでよく負けた。神奈川予選を抜けるのも大変で、なかなか代表になれない時もあった。勝てない、勝ちが見えた後に自分でこけてしまう、など悪循環だった。いつしか個人戦より団体戦の方が居心地が良くなり、全国大会には参加者でなく応援で行くようになったりしていた。後輩が勝ちだすのを横目で見ながら悔しさを感じなくなりつつあった。このままではいけないという思いと、ストイックな努力の量では勝てないからという諦めもあった。

【大会の準備】

 正直、今回は調子も悪く、お世辞にも優勝をしますと宣言できるレベルでは無かった。大会前は優勝を全く意識できなかった。ただ、ここで2連敗で予選落ちしようものなら、全国大会からは引退かなとも思っていた。久しぶりに将棋の本を買って読んでみた。コーヤン流三間飛車と下町三間飛車だった。しかし、なかなか自分の棋風とうまくかみ合わない。このままでは後悔する負け方になってしまうのではと感じた。結果的に棋風変更に失敗して、指す戦法が無くなっていた。自信も無くなっていた。
 そんな時、勇気を与えてくれたのは、一緒に参加する事になったうまくん。うまくんは調子を上げてきて、全国大会に向けてする事は人徳を集める事です、と。同じく技術を急に上げる事は断念した。代わりに長所を生かしてみようと。自分らしさという事で注目したのが、定石にとらわれない自分の判断力での自由な指し方。後は精神面で今までの全国大会で弱かったメンタル面で負けないようにした。他には特に準備もしなかった。

【前夜祭(大阪入り)】

 全国大会が大阪という事もあり、優勝を意識しないでいたら、旅行気分になった。飛行機に乗ろう・たこやきを食べようなどという子供的な発想でプレッシャーゼロで現地入りした。時間があったからうまくんと練習将棋。3連敗。内容も完敗だった。この時、よそゆきでない自分らしさを出さないと全国大会では勝てないと感じた。組み合わせも決まり前夜祭が終わった後、細川・うまくん・いとたか・自分の4人でたこやきを食べに行く。細川がたこやきをぺろりと食べおかわりを。細川は一体今回の大阪で何個のたこやきを食べたのだろう。途中、ピンク色の看板の焼肉屋があった。
 この時は皆、誰も自分だけは予選落ちしないだろう、と考えていた。

【初日(予選)】

 初日は、なんとか2連勝。きわどい終盤を指していないのが不安材料ではあるが、とにかく予選落ちという最悪の事態は回避できた。3局目を観戦していたら、遠藤さん・俊雄さん・青柳さんが負けていた。相手ももちろん強豪なので大波乱とは言えないが、この大会は誰が優勝するか分からない状態になってきたなと感じていた。細川・うまくんは予選通過。特にうまくんは大変なブロックを抜けていた。
 決勝トーナメントの組み合わせを見て、自分のブロックではやっぱり強い人がいるなぁという感じ。翌日は3局指せるといいなぁと思いながら、この日は疲れていたせいか早く寝る事ができた。ちなみに夕食は、細川・うまくん・いとたか・かねごん・自分で中華を食べに。

【2日目(決勝トーナメント1〜3回戦)】

 初戦は、今年のアマ竜王戦ベスト4の才田さん。昔、どこかの全国大会で負けた記憶があり、いやなイメージが残っていた。局面は必勝になってから、自分でこけて熱戦になり、最後はなんとか勝ったという自作自演のような対局だった。 まっこんな事もあれば、勢いにのるだろう。とその時は気軽に考えていた。他は、うまくんは元アマ名人に勝ち、細川も勝ちと皆残った。田尻さんは高校生に負けたようだ。
 2回戦は、ワニ。大学の後輩で一緒に王座戦に出場した事もあった。前回の対戦は、去年の赤旗名人戦で今回と同じベスト16であたった。その時は勝ったワニが勢いにのり優勝した。今回は大熱戦に。棋譜を並べてみたら感じるかもしれないが、最善手など関係ないお互いの意地のはりあいのような内容になった。最後だけは冷静に読みを入れて勝利。終わった後に、これで今回は優勝してくださいよ、という後輩の言葉をありがたく受け止めた。他は、うまくんは古屋くんに、細川は天野さんに、それぞれ負けて、リコー勢は自分一人になった。
 3回戦。目の前には秋山さんでは無く、高校生の山口くんだった。秋山さんには、一昨年の赤旗名人戦で当たり、勝った秋山さんが優勝していて、内容も完敗だったので自信が無かった。初対戦で何をしてくるかは分からなかったが、もしかして、この展開はV-ロードの幕開けではないかと感じていた。内容的には、途中慌てたものの余して勝利。ベスト4に残ってしまった。

【2日目の夜】

 終わった後、隣の対局を見たら、天野さんが詰みを逃していた。そんな事もあるんだ、と何故か他人事のように眺めていた。結果としてベスト4に残ったのは、その対局に勝った早川さんと古屋くんと千葉の伊藤さん(いとたかで無い方)。スーツはない、靴はどうしよう。といたら、いとたかがスーツを持ってきたから皮靴貸してくれますよと嬉しい言葉。これがあればNHKの舞台でも戦える。そう思えて夕食に行く事に。夕食はピンク色の看板の焼肉を希望する約1名の主張をしりぞけ別の店に。うまくんともあの店は人徳が溜まらないかもしれないよねなどと馬鹿話をした。
 お酒も控え、部屋に戻ってみたもののなぜか眠れない。他の3人も強いが今回は大チャンスだと感じていた。まぁこれは他の3人も同じ事を考えているだろう。序盤の研究をしてみる。準決勝で後手番になったらいやな筋があるなぁ。細川に相談して解決策を教わった。よしっこれでいける。なかなか寝付けない中、何を考えていたのか今もって覚えていない。

【3日目(準決勝、決勝の前)】

 準決勝は早川さんと。前回の対戦は学生大会以来かなぁ・・・。新潟にいながら強さの持続や伸びは感心させられます。序盤で3手目までは研究通り。4手目を自信を持って指したのですがその次の応手は自分にとって想定外だった。まぁよくよく考えたら昔からよくある形なんですけどねぇ。その後はフィーリングでの駒組に。工夫をしようとしたら変な形になってしまった。右側の金銀が泣いている。この後も悪くなったが思っていたよりつぶれていなかったのかもしれない。最後は優勢が続きすぎて焦った早川さんが暴発気味の手順で逆転。これでついにNHKで対局がうつる所まで来た。とまどいもあったが、徹麻明け(?)の細川達の眠そうな顔を見ていたら妙に落ち着けた。
 昼食は、細川・うまくん・いとたかに、野山さん・田尻さんと。細川に序盤作戦を習い、先手番の時の戦型は決まった。後手になったらどうしようかなどは不思議と考えていなかった。
 食べた後はNHK収録のリハーサル。コメントの時に会社名を出したら、周囲の一瞬の固まった空気を感じた。もちろんNGという事で本番は会社名は無しでお願いしますと説明された。その他にも歩き方や画面への登場の仕方の練習など、とても対局前とは思えない別の緊張や体験を味わった。変な事を考える暇が無かったからそれはそれはいい方向に向いたのだと考えている。

【決勝】

 決勝は古屋くん。大学の後輩であり、現在大学1年生。向こうが勝てば史上最年少。こちらは切られ役だけで終わってしまう。彼のイメージは一年前に一緒にアマ王将の東京代表になった時。終盤での粘り強さは相手から見てにくたらしいほどの強さだ。
 記録係はイオちゃん。願いが叶ったのか振り駒で先手番を得た。NHKなのでペットボトルのシート部分は外した。小道具としては扇子だけ用意した。今大会愛用していて、「夢」と書かれた直筆の扇子だ。夏合宿で書いてもらったものだ。
 対局はまぁ予定通りの形。手順までは教わっていなかったので細かく見ていけば一部ぎこちない手順だ。序盤でチャンスが来た。仕掛けて急に良くなった。これはと思っていたら、局面ではなく優勝という2文字のプレッシャーで読みが雑になってきた。テレビで手つきが震えているかもしれない。これは見た時のお楽しみだ。必死に冷静になろうと扇子を鳴らした。
 勝負術では感心するぐらいの強さを古屋くんは持っていた。こちらがいいはずなのにと思いながら、数多くの落とし穴を回避しなければいけなかった。50分という時間はあっという間になくなり、秒読みの時間が長く長く続く事となった。読みがまとまらない。予定通り進みながら読み直すと自信の無い変化がでてくるなどで苦しい表情もしていたかもしれない。
 ただ、長い将棋になろうとも焦らないで気持ちが切れないようにと言い聞かせて勝ちを焦らない事にした。今回は技術的にはどうか分からないが、精神的に強くなった自信はあった。最善手というより自分が指したい手という主眼で指し手を進めた。途中、簡単な寄せを逃したのはご愛嬌という事で勘弁してもらいたい。詰みが見えた時、持ち駒の金駒の枚数を何回ともなく数え直した。最後の方はきちんと升目に置けているか、震えていないかなど、テレビを見ながら楽しむ事としよう。
 終わった。優勝。アマ名人だ。その後、どう歩いて収録の部屋に向かったかも覚えていない。リハーサルで優勝コメントは?と聞かれた時には、思わず考えていませんでしたと返事してしまった。優勝カップを手にしても表情はこわばったままだ。笑顔で笑顔でと言われてから、ぎこちない笑顔を返したような気がする。

【新幹線に乗るまで】

 終わった後、リコー勢・イオちゃん達と祝賀会。最後はもちろん(?)ピンクの看板の焼肉屋。細川が焼肉を残すのを初めて見るぐらいのすごい量の焼肉でした。もし大会中に行っていたら、お腹いっぱいになって大変だったかもしれない。勝った後の飲み会は本当に久しぶりだ。

【最後に】

 自分の夢は叶った。まずは自分のスタンスを守りながら、来年にある初のアマプロ戦を楽しみたいと思う。夢を果たした後は、思い残す事は無いからいつ将棋から離れてもいいとは考えている。この後に、これ以上の高いステージをといった思いは自分には無い。周囲の人にいい影響を与えれるようにしていきたいと思う。目標を失ったからといって、将棋を嫌いにならないように好きでいたいと思う。いい仲間と共に。
 この次の週には職団戦が待っていた。結果は頼れるチームとして優勝。ほんの1週間の間に、団体と個人と優勝するなんて史上初かもしれない。こんな事があったら事故にでも遭うのではないかと変な心配までしてしまう。アマ名人戦という歴史に名を残せた事は素直にうれしい。職団戦の方はそちらの方の優勝記に期待したい。今回の優勝記に関しても、将棋世界・近代将棋を参照してもらえたらと思う。

【おまけ】

 最近、セレンディピティ(偶然の幸運に出会う能力)という言葉が好きだ。幸運はみんなに同じように降りてくる、それを捕まえるかどうかはちゃんとその準備ができているかによってだという事。今回は目の前に幸運が来たのを捕まえれただけに過ぎない。


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