【安近追っかけ症候群】
最高気温30度を超える日が続き外へ出るのもおっくうだ。真夏日はじっと家にこもって窓を開け放ち、なま暖かい風に風鈴を響かせて、蝉の声にうっすらと汗をかきながら、うとうとだらだら陽が沈むのを待つのが良い。確か清少納言の枕草子にもそう書いてあったはずだ。なわけはない。
しかし、今日は、中倉彰子プロが出演する日だ。3月に中倉姉妹の追っかけをやって以来、どうやら癖になったらしい。まして、実直な小市民には、安い、近いでなければ追っかけさえかなわないのだ。そんなのは、追っかけの風上にも置けないと、元キャンデイーズの追っかけ隊には鼻でせせら笑われそうだが、妻も子もある身、安近のときくらい、気力をふりしぼって応援に行こう。
【東急祭り存続めでたや】
先頃、毎年将棋祭りが行われる東急日本橋店が閉鎖された。解説の中原永世十段も言っていたが、将棋祭りも終わってしまうのではないかと心配された。中原さんは、高柳道場出身だけに、第2の故郷のような渋谷で、存続して嬉しいという。渋谷での将棋のイベントは始めてではないかという。
私も渋谷なら近いので嬉しい。これからはせいぜい東急で買い物をしようかという気にもなってくる。
【東急小学生大会】
主催者である将棋連盟の受付の人に聞いたら、92名参加しているという。予選は2勝突破、2敗失格だ。小学生でも、強豪が沢山いる。リコー将棋部の藤森ジュニア哲也君もでている。いきなり、強豪の渡辺君が相手だ。ちょっと見ていたら、うまい手順で飛車が成り込んだ。なるほど、ああやって攻めるものなのか…
昼休みを挟んで、決勝トーナメントだ。ベスト8入りをかけて、中村桃子ちゃんと指している。端を強襲されて、危うい。そのまま押し切られたそうだ。
【女流選抜戦】
中倉彰子女流2級対上川香織女流2級の席上対局が始まった。対局場の障子を開けて、ベージュのハンドバッグを持ち、緑のチェックのブラウスに、サイドスリットのベージュのロングスカートで、中倉さんが登場した。
要領のいい観客は、早くから前の方の席に、荷物を置いたりして、いい場所を取っている。例によって要領の悪い私は、まんなかへんから、遠くの吉祥天女を眺める。「暗夜行路」に出てくる吉祥天女は、もっとふっくらしているけれど、平成の将棋の吉祥天女はスリムなのだ。
続いて、ピンクのツーピースがよく似合う上川さんの登場。育成会からつい最近女流プロの仲間入りをした新しい女流棋士だ。確か広島在住と聞く。
振り駒で、中倉さん先手となった。解説は新進気鋭の野月四段で、さすがに女流棋界にも詳しく、すらすら説明してくれる。上川さんは振り飛車党で、中倉さんは居飛車本格派。中倉さんは、対振り飛車には居飛車穴熊を得意とし、上川さんはそれを知っているので、研究してきているはずと言う。過去、公式戦での対局はなく、研究会で、二局指しているという。
局面は、野月四段の予想通り後手四間飛車対、先手居飛穴となった。中倉さんは背筋を伸ばし、上川さんは前屈みになっているので、席上台形のシルエットになる。
上川さんは、藤井システムではなく、三間に振りなおして35歩から仕掛けた。まだ囲いの完成していない穴熊に、果敢に攻めかかったのだ。
中倉さんの飛車先の突き捨てが、あまり効果なく、序盤そうそう不利になった。足早に、美濃に囲った上川さんの作戦勝ちのようだ。
対局中の中倉さんの顔は3月の姉妹対決以来だが、テレビでみせる笑顔はなく、鬼のような(オーバーです)顔をしている。唇をかんだり、口先をとがらせたり、前髪をなおしたり、なかなか表情豊かだ。
上川さんの方は背中なので、顔の表情はよく見えない。しかし、野月さんのこれかこれという予想を、裏切らない、筋のいい手が続く。
中倉さんも前屈みになって、両者で作るシルエットは正三角形になった。形勢不利の中倉さんは、飛車を角と差し違え、敵玉のこびんを狙って、勝負、勝負と切り込んでいく。
最後、野月さんがこうやってはまずいという手を、上川さんが選び、頓死してしまった。
大盤解説場に来て、中倉さんは「ラッキーでした」と、テレビの吉祥天女の笑顔に戻る。上川さんは、納得がいかないふうで、口数も少なめだ。ほとんど一方的に勝っていたのだから無理もない。
【秋味のマドンナ】
昼は、お約束通り、東急のレストランで、売り上げに貢献した。ささやかながらコーヒーも奮発した。
会場に戻ってみると、女流育成会の人たちが指している。なかに、秋味のマドンナの真壁さんが居る。早速教えてもらうことにした。真夏日でも、家に閉じこもっていてはいけない。犬も歩けば棒に当たる。私でもラッキーに当たることもある。
明るいワンピースの栄理ちゃんは、今日もきれいだ。気持ちは盤上にはないが、目だけは盤上に釘付けだ。初手26歩と突いたら、84歩と、飛車先を突いてきた。めったにこの形にはならないので、相掛かりを試してみることにした。
結果はともかくも、憧れの秋味のマドンナと、思いがけず対局ができて、嬉しいことこの上ない。しかし、上には上が居るものである。
横で見ていたおじさまが、将来宝物になるからと、サインをしてもらって居るではないか。筆ペンまで持っている。そのうえ、記念に握手してくれと言う。あ、いいなあ、憧れの栄理ちゃんと握手してルウwuwuwu…
【指導将棋】
中村八段対屋敷七段の選抜戦が始まり、中倉さん、上川さん、野月さんの指導対局も始まった。安近追っかけは、定跡通り彰子さんを追う。
二面指しで、どちらも駒落ちのようだ。左手の中指と、右手の薬指に銀色のリングが光っている。ネックレスもシルバーだ。サイドを、茶色に塗ったセンスを、閉じたり開いたりしているが、どなたのものか判らない。
足元を見ると、きれいな足首と白いサンダルふうのヒールが見える。いいな、あんなにきれいな人に指導してもらえるなんて。
突然、小学生の指がしなった。詰めよを経て三手詰が、見事に決まった。吉祥天女の笑顔になった彰子さんが少し手を戻し、「ここのところが良かったね」と、ほめている。少年は得意そうだ。私も少年の日にこういうことがあれば、中原さんより強くなっていたかもしれない…
最近、インターネットで中倉彰子さんの応援ページができた。和ちゃんのページからリンクをたどることができる。写真がたくさんあり、素顔の彰子さんに出会えるのだ。
さっきから、デジカメでばりばり写真を撮っているきれいで聡明そうな女性がいる。もしかしたら、ホームページの取材かもしれないなどと勝手に思う。
【中原永世十段の解説】
選抜戦の飯塚五段対野月四段戦を、中原さんが解説している。先日放映された、「コンピュータは将棋を超えられるか」を、見た人どれくらい居ますかという質問に、三割くらいの手が上がる。中原さんも、あれを見て、コンピュータがいずれはプロ棋士に勝てると思うようになったらしい。
テレビでは松原博士が、ある条件に当てはまるゲームには必勝法があるという。二人で戦うもの、交互にやるもの、手が有限なこと、など。ゲームの理論では、「2人零和確定完全情報ゲーム」と分類される。
IBMが、宣伝のために巨額の費用を出してデイープブルーを開発したが、そういう投資をすれば、将棋の解明も早まるという。
私は、コンピュータが人間を超えるのは時間の問題だと思うが、ここまで来たら、もうこれ以上コンピュータを強くしなくても良いのではないかと思う。折角面白い将棋が、解明され尽くせば、全く妙味のないものになると思うからだ。
【一般勝ち抜き戦】
受付の方で、勝ち抜き戦に出る人を募集している声が聞こえた。全く予定外だが、出てみることにした。近くでアマ強豪の小野三枝子さんも指している。「リコーの合宿で、一番上のクラスで2勝したんだって、強いねえ」といわれている。え、もうそんなに伝わっているわけ。すごいなあ、だって、一昨日のことだよ、その合宿って。
お相手は私と同年輩位の方で、私が菊水矢倉にこだわって変な囲い方をしたため、突如仕掛けられて、困った。
途中苦しいながらも何とか勝負の形に持ち込み、敵の歩と馬の効きに角が出るという会心の詰めろ逃れの詰めろをかけた。敵もびっくりしたようだが、少考の後、あっさり更に詰めろ逃れの詰めろをかけられて、まいった。
勝ち抜き戦というから、一度負けたら終わりと思って本を物色していたら、受付の人が声をからして、私の名前を連呼している。もう一局できるらしい。
今度は学生さんだ。85飛車の中座流から飛車を切る大業が決まって、銀の丸得をした。ここまでは会心の出来だった。しかし直後にひどい受け損ないをして、青くなった。更に、合駒を間違えて負けてしまった。
でも、1局に1回でも会心の手が指せて、かなり満足だ。
【2回目の指導対局】
中倉さんの2回目の指導対局の二面指しを見に行く。すでに、ひとりは終わっていた。屋敷七段と中村八段も指導している。どこも黒山の人気だ。
有料で、1500円ということだが、それでも特別価格なのだろう。指導対局って不思議なものだ。駒落ちは、プロ側は指し慣れているのに対し、アマ側はほとんど指したことがない。そして、駒落ちの差を優勢にするのは、見かけほど簡単ではない。私にとって致命的なのは、駒落ちは面白くないのだ。
もう少し良い指導対局の手合いって、誰か考えてくれないかな。囲碁の置き石はかなり合理的だと思うのだけど、将棋は、定跡も平手の定跡は役に立たないし、ブツブツ…
【特選対局】
中原永世十段対屋敷七段の対戦を、最後の方だけ見た。中村八段の解説。中原さんの積極的で過激な手が目立つ。対して屋敷さんはおとなしく追随している。無理が通れば道理が引っ込んだのか、もともと道理だったのか、中原さんが押し切っていた。
真夏日を吹っ飛ばす天女の笑顔と沢山の将棋三昧を満喫できて、楽しい一日だった。
完(記:99年8月10日)