イベント・レポート

第1回 国際将棋フォーラム(1日目)

   〜〜〜国際化への船出〜〜〜

年月:1999年6月19日(土)10時〜17時

場所:東京国際フォーラム「5Fレセプションホール/7FホールB」

主催:日本将棋連盟、第1回国際将棋フォーラム実行委員会

リポータ:西田文太郎 e-mail : nishida@cs.ricoh.co.jp


 

【将棋の国際化】

 白と黒の碁石を使って、陣地を取り合う囲碁の方は、中国や韓国のみならず広く海外にプレイヤーがいて、大きな大会も開かれている。一方、将棋はその駒の特殊性からか、海外のプレイヤーがなかなか増えない。

 日本人だけ楽しめば、それはそれでいいのかもしれない。でも、世界は広い。柔道がオリンピックの種目に取り入れられて、世界中に広まっていった例もある。将棋の面白さは、日本という島国の中でしか通用しないゲームではないと思う。国際社会の中で、将棋というゲームがどのように受け入れられ、どのように発展していくのか興味深い。底知れぬ力を秘めた中国やインドなどから、とんでもない天才が出現するかもしれない。ボーダーレスの今、船出に当たって、その歴史の渦中に巻き込まれるというのも私的には面白い。

 あいにく大森の月例会と重なってしまったが、私としては、ここは、フォーラムに参加する一手だろう。

 

【先進フォルムの巨大建築物】

 電車などから有楽町駅と東京駅の間に巨大なガラス張りの恐竜のようなビルが見える。有楽町の都庁の跡地に、「東京国際フォーラム」というイベント会場ができて以来、初めて訪れる。その巨大空間の中にはいると、[A]とか[B]とか標識があり、いくつかの建物に分かれているようだ。

 でかいなあと思いながら歩く。メタリックな色調で天空に大きく広がる豊かな空間は、今自分が遠い星の彼方の宇宙基地に迷い込んだかのような錯覚を起こさせる。ひっそりとして、どことなく無機質な感覚で、どことなく自由で好みの空間だ。

 

【エスカレータのみ】

 どうやら、「レセプションホール」を見つけ、エスカレータに乗る。エレベータや階段は見当たらない。短いエスカレータと長いエスカレータで、7階まで運ばれてみる。そこに受付があった。赤いリボンを胸に付ければ、あとは自由にあちこちに行けるようだ。

 

【目玉は二つ】

 大きな目玉は、二つあるようだ。一つは「国際将棋トーナメント」、もう一つは「国際将棋シンポジウム」。

 他には、「将棋ギャラリー」での将棋に近い各種ゲームの展示と、盤・駒作りの名匠による実演コーナー。天童まで行かなくても天童の名匠を見ることができるので、有り難い。

 又、コンピュータ将棋王者決定戦。幕張でのコンピュータ将棋大会にまだ一度も行けていない私には嬉しいコーナーだ。

 席上対局や、指導将棋といったおなじみの催し物に混じって「握り詰め将棋コンテスト」は、是非一度見てみたい。

 

【国際将棋トーナメント】

 ヨーロッパ、アジアなど27カ国から32名を集めた大会だ。4名1組で予選リーグ戦を行い、各組上位2名が通過して決勝トーナメントを行う。参加選手のプロフィールを見ると、8級から6段までとものすごく幅があり、とてもまともな大会とは思えない。しかし、初めの第1歩としては、これもやむを得ないだろう。月に初めて足跡を記した時の「小さな一歩、しかし偉大な一歩」のようなものになればいい。

 大会場は、記録係がひとりついて、チェスクロックを選手が自分で押す。周りを、ベルトで囲ってあるので、選手も観客もやりやすい。我が女王様のマドンナも余裕顔で、対戦中している。こちらを見たときに手を振ったら、にっこりと女王様の笑顔でピースを返してくれた。

 結果は二日目に持ち越される。社会人になったばかりの林隆弘さんが、最有力だろう。





【10秒将棋】

 若手棋士4人がトーナメントをやっている。巨大な神吉六段が、トレードマークの派手なブルーのスーツで、解説と司会を受け持っている。草色のきれいなツーピースの高橋和女流プロが、聞き手をやっている。田村康介四段・久保利明六段戦は久保六段の勝ち、堀口一史座四段・鈴木大介五段戦は鈴木五段の勝ち。久保・鈴木戦は鈴木五段の勝ちで、1手10秒の超早指しとはいえ、面白い将棋だった。

 神吉さんは笑いをとるのがうまい。そして、さわやかな、和ちゃんが目を楽しませてくれる。神吉さんとのつっこみ合戦では大ぼけで、それもまた良きかなという愛らしさだった。





【コンピュータ将棋王者決定戦】

 選抜8チームのリーグ戦だが、1回戦は全て下位チームが勝利するという、混戦を思わせる出だしとなった。そして、何かトラブルに見舞われたようで、3月のコンピュータ将棋選手権で優勝した金沢将棋が棄権してしまった。

 飯田弘之五段の解説が、プロ棋士としての指し手と、プログラマーとしての駒の動きの両方に精通しているので、そのギャップがどう出てくるのかが面白かった。

 

【指導将棋】

 昼飯を食べようかなと思って、下の方に降りていくと、丁度5階で指導対局の抽選をやっていた。竹串に赤いマークがついているのを引いたら当たりというやつで、8人に当たるという。ざっと2〜30人しか並んでいないので、試しに並ぶことにした。

 この前の宝くじで運を使わなかったせいか、見事に、8人目に当選した。指導棋士は佐藤紳哉四段で、五面指しだ。

 佐藤四段は、目鼻立ちがくっきりと、上背も高く、ハンサムだ。最後に走って来て、となりに座った人は、息を切らしながらメモ帳を取り出して棋譜を取り始めた。私は、飛車落ちで指してもらう。山口瞳氏の「血涙10番勝負」に出ていた65歩位取りを、試みる。とはいっても、知っているのは65の位を取ることと、美濃に囲うことくらいで、実は狙いの攻め筋は何なのか分かっていない。

 敵には飛車がないのだからと、たかをくくって指していたら、なかなか突破できない。角交換したあと、角を打ち込んで、勢いで、角を切って攻めていたが、足りない。読み筋をはずされて負けるのはともかくも、読み筋通りにのってもらって、それで、正確に見切られているのは、さすがにショックが大きい。

 最後、正確に指せば、こちらが勝ちになっているという指摘もあったが、それまでの指し方から、あまりにもレベルが違いすぎることに気づき、考える気力も失いかけていた局面なので、永遠に勝てないと思った。菩薩様の手のひらの上で力んでいる孫悟空のようなものだ。

 悲しみに打ちひしがれて、他を見ると、中倉宏美さんも指導対局をしている。細めの眉のラインのせいか、やや逆光気味の明るさの中で、ぞくっとするように美しい。そうそう、いつかは勝てるようになるかもしれない。美しいものを見ると、すぐに心が晴れ晴れしてしまう。





【藤井・郷田戦】

 7階に上がっていくと、菊田さんにであった。握り詰めを見逃したといったら、にこにこして、それは良かったという。司会の神吉さんに観客席の菊田さんが引っぱり出されたらしい。菊田レポートが楽しみだ。

 

 谷川九段が名人戦の敗戦のショックも醒めやらぬまま、黒のダブルのスーツをぴしっときめて、解説をしている。お役目とはいえ、偉いものだ。聞き手は、真っ赤な衣装がよく似合う中井広恵さんだ。つっこみが鋭いので、聞き手として頼りになる。

 藤井システムに、郷田急戦で、なかなか面白い中盤戦だった。郷田さんが一手すきをかけた辺りで、移動したので結末は見なかったが、郷田さんが勝つように思った。

 

【シンポジウム】

 飯田弘之五段かつ静岡大学講師が司会で、森田将棋の森田和郎さん、電子技術総合研究所の松原仁さん、羽生四冠王といった豪華パネラーで、行われた。

 テーマは「コンピュータは人間を超えられるか」。

 国際シンポジウムとはいっても、同時通訳が付くわけでもなければ、英語でやるわけでもない。会場もほとんど日本人だ。いつの日か、英語でやるようになるんだろうなと思う。

 

 初めに、基調スピーチ。飯田さんは、過去のコンピュータの棋力の発展をプロットし、最小自乗法で予測すれば、2010年に、プロ4段、2020年に名人級になるという。

 

 森田さんは、1985年頃にプログラムを初め、そのころは、10年でプロに勝てると思っていた。今は、20年かかると思うという。キーワードは「形勢判断」だ。

 

 松原さんは、チェスとの対比で説明してくれた。コンピュータがチェスを初めて指せるようになったのが1950年、1局を通して指せるようになったのが1958年、世界チャンピオンに勝ったのが1997年と、1局を指せるようになってから40年かかっている。それも国家的プロジェクトで100億円もの投資がされているという。

 又、指し手の場合の数が、チェスで10の120乗、将棋だと、10の220乗だという。この差は、将棋は駒の再利用ができることから生じる。

 現在の実力は、10秒将棋なら、100回に1回は勝てるという。目標として、2010年にはトッププロにちゃんと勝てるようにしたいという。ちなみに、ちゃんと勝つというのは、名人戦と同じように2日制で、7局制で、勝つことをさしている。羽生さんは、聞きながらにこにこ笑っている。

 

【羽生四冠王の感触】

 まず、「同じ三段といっても、人間の三段とコンピュータの三段とは何かが違う」と感じている。

 

 序盤は定跡のインプットということだが、「今オープンにされている定跡だけで足りるのか」という疑問を提示した。この背景には、プロの知っている定跡の奥深さが計り知れないものであることを伺わせる。

 

 中盤は「コンピュータの形勢判断は間違っていても指し手は正しいということがありそう」。

 

 終盤は羽生四冠王が、対局後、感想戦をやっても分からなかった詰みがコンピュータが一瞬で解いたということがあった。人間の盲点になるものがコンピュータにはない。

 

【広いスペクトル】

 羽生四冠王が指摘した、同じ三段でも何かが違うということに対して、松原さんから、面白いネタが提供される。コンピュータは、三段といっても、ある指し手は10級レベルのこともあり、ある指し手はトッププロ級のこともある。それに対して、人間の三段は、せいぜい、初段程度の指し手から五段程度の指し手までと揺れ幅が小さい。これを、コンピュータの方がスペクトルが広いと表現していた。

 

【将棋というゲームは先手必勝かどうか】

 飯田五段から、各種のゲームで、先手必勝かどうかということが話題になるが、将棋について、コンピュータはこれに答えを出せるだろうかという命題について、質問が出た。コンピュータサイドからの回答は得られなかったが、羽生さんは、「10年前は、先手必勝だと思っていた。又変わるかもしれないが今は、引き分けだと思っている」という興味深い洞察が示された。

 

【負けたと思うのは】

 会場から質問がでた。名人クラスにコンピュータがちゃんと勝つという定義は分かったが、プロ棋士が負けたと思うのはどういうときか。

 羽生さん曰く、それはスコアではないと思う。ある種の手応えだろうと。

 

【コンピュータの発達】

 「2001年宇宙の旅」で、終盤、コンピュータの「ハル」が人間に対して反乱を起こす場面があった。コンピュータの進化はとどまるところを知らない。

 ハード、ソフトの発達で、コンピュータがプロ棋士に勝つことはもはや時間の問題という感じのシンポジウムだった。もちろん異論を唱える人も多いだろう。

 私はコンピュータが、プロ棋士より強くなるのも、そう遠いことではないと思う。理由は、二つのポイントからで、一つは課題が明確になっていること、もう一つはルールとその判定の運用が明確になっていることだ。

 将棋に代表されるゲームだけでなく、作曲や絵画や小説といった芸術方面にも触手を伸ばし、一緒に楽しむようになるだろう。

 そして仕事も全部コンピュータにお任せして、遊びもコンピュータがやってしまうとなると、はて人間さまは、何をやるのだろう。人々は太陽と海と自然に抱かれて、健康的な毎日を過ごせるようになるのかもしれない。

 都会に暮らし、人工の便利さになじんだ私の体は、急には適応できないだろう。そして弱い将棋ソフトを高いお金を出して買い求め、ちっぽけな楽しみにふけるのかもしれない。

「おじいさん、そろそろやめて寝たらどうなの」ヒステリックな声もこころなしか丸みを帯びた老妻の声が聞こえる。

 

(完:記99年6月20日)

  

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