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イベント・レポート

第52回 全日本アマチュア将棋名人戦 東京地区大会

〜〜〜初めての本戦トーナメント入り〜〜〜

月日:日時:98年7月5日(日)10時から

場所:新宿区日本青年館

リポータ:西田文太郎 e-mail : nishida@cs.ricoh.co.jp


【外苑旅行】

 東京都体育館の脇を通り抜け、明治公園にはいる。暑いのでゆっくり歩く。沢山のライトバンやワンボックスカーがお尻を並べ、Tシャツ、ワンピース、スカート、スラックスなどの衣類や靴や鞄等が広げられている。日傘をビーチパラソルのように開いているが、あまり効き目はなさそうだ。木陰のない公園の広場は灼熱の大地だ。200円とか500円とか、概ね金額が小さい。中には、2000円という時計を「じゃ75でいいよ」などと値切られている人もいる。ものあまりの時代でも、売り買いが成立するものなんだと、不思議な感触が残る。

 いろんなシートの上の品物や、売り手の人の顔を見ながら一人のんびり歩く。Gパンに白いキャミソールのトップのやけに似合う娘が居る。ちょっとした一人旅の郷愁におそわれる。中東か南の国にでも行ったような錯覚に陥る。確実なのは日本語が飛び交っていることで、ふと、安心し、現実に呼び戻される。





 フリーマーケットの公園を抜けると、日本青年館がある。パンフを見ると、宿泊研修や会議を主体とした多目的施設と書いてある。やや赤みがかった四角い建物だ。ポーチにある自動販売機は一缶130円だ。


【人は右、飛車も右】

 3階の国際ホールに行くと、既に申し込みの受付に列が出来ている。将棋アマ名人戦東京地区大会の会場だ。アマ強豪の顔がちらほら見える。お金を払って受付をすると、番号を書いた紙をくれた。そこに座れという。

 既に、相手は座っている。中学生くらいの青い野球帽をかぶった男の子だ。若い人は強いから嫌だなと思う。しかも、なかなか頭が良さそうなハンサムな子だ。未来の羽生君には強い人が多い。藤森保さんも来ているがジュニアは来ていない。見渡す限り、小、中校生は今日はこの少年だけのようだ。なんというくじ運なのだろう。リコーからの参加者は藤森さんの他には、椋木さんだけのようだ。





 駒箱を開けたら、さっと少年の手が伸びて王将を持っていった。私は、おもむろに玉将を持った。「王」に点が一つ有るか無いかで、大騒ぎするのもどうかと思う。だから、王将と玉将の区別のない駒の方がほっとする。

 少年が並べる大橋流に追随して駒を並べ終えたら、少年が私の角の付近を指でつついて合図をする。手と頭は電光石火の軽さで動くが、口は重いのだろう。ゴミでもついているのかなと思ってよく見ると、飛車と角が左右反対の場所に置かれているのだ。全く、慣れない大橋流の並べ方のせいで、もうぼけが頭をもたげだしたのかと悲しくなる。


【遅すぎる思いつき】

 駒を振ると、歩が3枚出て、私の先手になった。将棋は、序盤・中盤・終盤とそれぞれ難しい。今回のテーマは、「序盤で著しく不利にならないこと」だ。さえないテーマだが、今の力を物語っている。「コンちゃんのゴキゲン中飛車」は、もしかして、私のニーズにあっているのではないかと「将棋世界」のご機嫌流の連載を見ていてふと思いついた。それが木曜日。

 金曜日の夜に慌てて連載1回目が載っている「将棋世界」をひっくり返してみたが、思いつくのがあまりにも遅すぎた。最初の1回分を見ただけで、眠くなった。金曜の夜は、友達の退職記念ご苦労参会という暑気払いがあったので、眠くなるのも当然だ。

 土曜日に、大森の例会があったので、試してみた。あまり定跡手順にはならなかったが、いわゆる力戦型にはなった。おかげで、双方一度も穴グマにはならなかった。序盤と結果との相関は私の場合ないのだが、3勝3敗だった。


【手応えの有りすぎる少年】

 そこで、今日もこの手を使おうと思っていた。しかし、▲7六歩、△8四歩、▲5六歩とやって、しまったと思う。連載では確か▲9六歩だった。あれはなんのための端歩つきなんだろう。

 △8五歩に▲5八飛車と振ったら、ためらわずに△8六歩と飛車先の歩を切りに来た。なんとなく少年に対して用いる作戦ではないのだという気がした。戦法としてまだマイナーだから前途有望な少年が研究しているとは思えないのだ。

 しかし、そんなことはすぐに忘れた。それほど、少年の切っ先は鋭い。なんの手がかりもない5筋に小考で歩を垂らし、角の睨みを効かせ、果敢に手を作ってくる。こういうところに創造の才能が発揮されているのかとうなってしまう。

 相手が、攻めの拠点の位を守るために玉側の桂馬を跳ねたため、端にすきが出来た。早速15歩とついたら、珍しく長考に入った。そして、大胆にも端を放棄して、王様を盛り上げて、玉頭勝負に出てきた。時間がかなりあったので、私の遅いクロック数でもなんとか詰ますことが出来てラッキーだった。

 後で藤森さんに聞いたら、小学生名人戦で、ジュニアを破ってベスト4に進んだ子だという。そうか、強いと思ったわけだ。そんなことを知らないからこちらも思い切って指せたのだろう。

 150人くらい参加したこの大会の最初のフィルターは、1勝通過の2敗失格というルールなので、予選を突破できたことになる。アマ名人戦東京大会2度目の挑戦でトーナメント入りは望外だ。しかも、あの少年に負けたという藤森ジュニアに、私は冬合宿で明らかな読みマケで負けているのだ。


【明治公園の木陰】

 時間があるので、水でも買おうかと、自動販売機に行って驚いた。150円なのだ。ノータイムで、足はポーチに向かった。たった20円のことだけど、なんかしゃくに障るのだ。山の上等で高いのは何とも思わないのだが。

 ポーチのベンチには、情熱的な赤や黄色のトロピカルカラーのムームーらしきものを着た人たちがあふれている。ふと横の立て看板を見ると、「フラ・フェステイバル」と大書してある。

 さっきの将棋の興奮からか胸がむかむかする。そんな思いをしてまで、なんのために将棋をするのかと聞かれると困るけれど、こういうことは何をやってもあるのだろうと思う。面白い将棋を指したときでないと、このむかむかはこないのだから、せいぜい余韻を楽しもうかと、ぶらぶらすることにした。

 今頃、カミさんは銀座をぶらぶらしているのだろう。今朝は、頭が重く、どうせ勝てそうもないのであまり来たくなかったのだが、折角こちらの予定に合わせて友達と予定を作ったのだから「行っといで」と放り出されたのだ。

 明治公園の脇の木陰を歩いて外苑西通りに出て、ぼんやり座っていると、乗用車の4輪を台車に乗っけて、牽引しビデオを取っている一行が通り過ぎた。テレビドラマの車の中の会話シーンはああやって撮るのかと、感心した。ボーとしていると、同じ一行が逆方向に走っていった。結局、早すぎて、台車と大きなレフ板にきらきらする太陽の光を見ただけで、どんな人が演じているのか何も見えなかった。


【初の本戦トーナメント】

 東京地区大会の本戦トーナメント一回戦は、午後1時15分から始まった。藤森さんはもちろん、椋木さんも予選を通過している。

 私の相手は、またも若手だ。大学生だろうか、眼鏡の奥の目が賢そうに光る。後手番となり、▲7六歩、△3四歩に▲6六歩と角道をとめられた。よほど居飛車にしようかと思ったがゴキゲン流も試したかったので、△5四歩とついてみた。すると、悪い予感通り▲6八飛車と振り飛車にこられた。ここで△5二飛と相振りにすると作戦負けになりそうだなあと思いながら、△5二飛車としたら、やはり作戦負けになった。当然のように、作戦負けから駒損、駒損から囲いの崩壊、そして絶滅への道をたどってしまった。

 途中投げようかと思った局面で、ふと王手竜の罠を仕掛けられるのに気づきそっと試してみた。温泉気分の敵はなんの疑いもなく罠にはまり竜をくれた。それでも逆転しなかったのは口惜しいが一瞬でも青ざめさせることが出来たことで満足しようか。あれ以降の終盤の構想の悪さにうんざりしている。

 本戦トーナメントは6回くらい勝たないと代表にはなれない。今の棋力では及びもつかないけれど、少しづつでも目標のバーをあげながら、楽しんでいけるだろう。うきうきした気分で、サウナのような道を歩いた。

 

(完:98.7.5記)


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