97年12月28〜30日:冬山合宿・穂高


涸沢岳西尾根




メンバー:CL和田・SL中谷・門松・志賀・甲谷


リコー山の会40年の歴史で初めて厳冬の穂高へチャレンジした。
北アルプス、後立山連峰は何回か入っているが、穂高となると入山のアプローチがネックとなり登るチャンスを逃してしまっていた。
それが、安房トンネルの開通で西面に入りやすくなり日数の問題は解決した。
技術的にも厳しいが我々の力、チームワークで可能と判断し決定した。


成果

目標へのステップとして3100Mの涸沢岳の頂上に3人が立てた。
リコー山の会にとって大成功といっていいだろう、これは希に見る好天に恵まれたことが成功の大きな要因であり、更に一人一人が自分の体力、気力を十分認識し行動したことも大きな成功要因となった。我々は世にいう中高年登山者である。しかし今のブームにのって登りはじめた人ではない、20年〜40年こつこつ地道に登山を楽しみ、技術を磨き、経験を重ねたメンバーである。
このチームワークはどのグループにも負けないという自負がある。


行動概要

12月27日 夜行

12月28日 松本〜安房トンネル〜新穂高温泉着、仮眠
今日は急ぐことはない、運転した2名のメンバーご苦労様、4時間の睡眠をとる。
5人目指す涸沢岳西尾根の取り付へ、平均15〜20Kの荷物であるが快調に歩を進める。標高1500M地点から胸を突く急登が待っている。憧れの穂高を射止めるためにはこれくらいのことは…といってもきつい、当初2400Mにベース・キャンプ設営と考えていたが無理はせず1800M設営とした。

12月29日 頂上アタック
5時まだ真っ暗、しかし満天の星、一気に頂上アタック、樹林の急登を黙々と登る。
2400Mを過ぎると尾根はやせ細り、目の前には3000Mの主稜線が輝いている。
そこまでいくには蒲田富士の雪稜を越え、いくつかの岩稜を攀じなければならない、もちろんそれを楽しみに登っているのだが、今はひたすら登るのみだ、2800Mの蒲田富士を目標にしていた2名と頂上アタック3名と健闘を約し別れる。
好天とはいえ時間は常に頭に入れておかなければならない、急ぐと同時にこの第一級の景観を楽しむ、もう2度と来られないかもしれない、氷の滝谷、奇岩のジャンダルム、急峻な雪壁、岩稜を慎重に登り、いよいよフィナーレの頂上へと続く稜線へと上り詰めた。
3人そろって頂上に立った。5人の総力立ったのだ、感激は5人揃って味わおう、慎重に下山、5人揃って最高の夜を過ごした。

12月30日 下山
大成功の喜びを持ちつつ、下山する。
温泉でゆっくりくつろぎながらも次の山行きの話題に花が咲く。


まとめ

無事冬山合宿を終えたが、30日からの悪天で遭難が相次いだ、1日の違いで天と地ほどの違いが出た。
恐ろしいことだがこれが山だ、安全第一にしてもこういうことは起こる。
リコー山の会として認識を新たに活動していきたい。

記録:和田

写真:甲谷


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