2000年1月15日〜16日:甲斐駒ケ岳・戸台川本谷



参加者:中谷・和田



大好きな甲斐駒、昨年憧れの赤石沢奥壁を中谷、澤田と登り、一層好きになった。
そして冬、3年前の黄蓮谷の強烈な印象、きっと私の山登りは甲斐駒に育てられたという一面もあるかもしれない。
この戸台川を知ったのは40年程前「雄嶺山岳会」によって冬季初遡行がなされその記録が「山渓」に載っていたのを記憶していた。
自分の中でもここを登ることにより「一皮剥ける」「体力、技術」のレベルアップを図る。なによりも「大好きな甲斐駒へのコースに足跡を残したい」こんな気持ちが去年から沸いてきた。

全く雪のない戸台の河原、ここを歩くのも32年ぶり。堰堤が建設されスーパー林道が通り様変わりしている。
丹渓山荘はスーパー林道開通とともに廃業し、崩れかかったたたずまいが寂しい。ここから本谷へ、やっと雪だ。本谷はF1,F2,20M・二股20Mの滝がポイントで、さしたる困難さはないとルート図は示している。
第一ポイントのF1は残念ながら結氷状態が悪くとても登れない。その右にきっちり結氷したルンゼが巻きルートとして使えそうだ。アンザイレンし中谷が登る。
氷瀑の美しさと、楽しさを満喫するようにザイルが25M伸びる。
快適に越え河原へ、この辺りは丹沢の沢のようでありそれほどの緊迫感はない。
出だしとしてはいいぞ!! 今日の予定はF2を越え2000M辺りか?、中谷は「月明かりで稜線まで行きましょう」と言っている。
そのくらいの元気さはあった。
F2もつららのみ、とても直登は無理。左岸の壁にルートをとるが案外と悪く30M程登り、懸垂で河原に下りる。
左岸から駒津沢の70Mの氷瀑がダイナミックに現れた。
谷は狭まり氷が発達し5M、10Mの氷瀑をノーザイルで快調に登る。
滑滝は少ないといわれているが、時折現れアクセントとなっているのがうれしい。さすが2000M近辺へ来ると雪の量が増して軽いラッセル状態になって疲労が出てきた。と、同時に二股までが限界、とても稜線までは無理だろう。
「どこかでテント張ろう!」聞こえているのかどうなのか、中谷の歩みは衰えない、「なんて男だ」こうなったら益々離れ「彼が仕方ないと思うまでバテを前面に出してやる.....」
通称「わかれ道」といわれる120Mの垂直の大氷瀑が現れた。
これは見事だ、そして何より5M四方の平坦な場所もある。
ここしかない、2000Mは越えたぞ、見事な場所だ、上を見ると稜線が輝き、対岸は中央アルプス、二股近辺は雪崩に要注意と言われるが全くその心配がない。その位雪が少ない、お陰で滑滝が発達している。
やっと寛ぐ、ここまで来ればあと3時間、明日の10時か11時には頂上だ!(とんでもないことになるとは夢にも思わず)
寒い、贅沢言ったらキリがない、絶景、月明、星空、テント、眠れるだけ寝よう...

ノンビリしすぎたのか出発は7時を回ってしまった。
二股から出だしの20Mの滝を越えると100Mいや200Mもあろうかと思える滑滝が続く、慎重に快適にノーザイルで進む。後は雪稜、雪壁を越えるのみ。ぐんぐん登って行くと氷の張った壁とその右の傾斜のゆるい氷瀑にぶつかる。
私たちは意識せず氷瀑へとルートを取り高度を稼ぐ。行く手に駒津峰が見えてきた。
そろそろ終局、しかしここからラッセルが続く、いくつかの尾根を越え徐々に稜線へ近づくのだが終わりとまでは行かない。すると前面に大岩壁が現れ行く手を阻まれる。
仕方なしに縁をトラバースして行くが、またしてもスパッと切れ上にも下にも行けなくなる。
懸垂で降りるしかない。こんな時こそダブルで来れば良かったが、流したザイルが届いたのかとどかないのか不安の中、果敢に中谷が降りる。
「届きました」の合図にホットし空中懸垂で谷に降りることができた。
見上げると頂上へと続く花崗岩の壁、大クラックに巨大なチョッククストーンがはさまり直登は出来ない。
右のスラブにハーケンがある。私たちと同じようにここまできたのだろう。中谷がアイゼンをガリガリいわせながら5Mほど登るが、それ以上はどうにもならずあきらめて確保点へ降りる。
こうなればトラバースで稜線を目指すしかない。11時には稜線、帰りは風呂にでも入ってうまいものを食ってと思っていたが、とんでもない苦戦をするはめになってしまった。
ルート図に隠れているところでこんなに苦労するなんて、八ヶ岳辺りであれば苦戦しても切迫感は出ないが、こうなったらこつこつ足を運ぶしかない。中谷がタフに先導してくれる。
ラッセルにもがき、スラブにふわりとのった雪に滑り、天気の良いのが心強いがばててきた。
しかしなんとか目鼻がついた。
六方石辺りだろう、ヘロヘロになって稜線へ到着。タフに登ってくれた中谷に感謝、少しは私も頑張った。
それなりに誇ろう、北岳、鳳凰が、そして摩利支天と見慣れてるとはいえ苦労して登るとまた格別。
甲斐駒を四方八方から、黒戸、北沢、尾白川、摩利支天、黄蓮谷、赤石沢、そして戸台川、残された代表格は、サデの大岩、坊主岩、鋸岳とあるが可能なのは鋸だろう。
きっとまたそこから頂きに立ちたいと、薄暗くなった北沢から丹渓山荘への道すがら頭に描く、そしてやっとのこと戸台へ着いた。すでに21時近くになっていた。




記録:和田



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