リコー山の会慕士塔格登山隊1998(登山編)


第6部:BCをあとにして



8月18 日(火) 晴れ  カシュガルへ(BC->スバシ->カシュガル)

8:45大谷さんに9時から朝食と言われて起こされる。久しぶりのBCの朝! 昨晩飲みすぎたせいか頭が痛い。
昨晩の餃子が朝食のメニュー。贅沢を言えば焼餃子が食べたいものである。
10:00梱包開始。しかし疲れからなのかなかなか進まない。個人装備の梱包が早く終わった磯辺さんと私で共同装備をバンバン梱包していく。出発予定は13:00であるがラクダは既に来てしまっている。
12:30やっとのことで下山の荷物がまとまる。すぐさまラクダに積みはじめるが、ラクダは6頭! 荷物は、R箱13+大型ザック6+中型ザック3+その他色々と、かなりな量である。
13:30ラクダ隊出発。他の隊の人達に見送られ我々も出発する。
今日はスバシまで自由に歩く。私は1人静かに歩きたかったこともあって、他の隊員と離れて、王さんと2人で足早に下って行く。
15:30スバシ到着。登山協会のバスは既に迎えに来ている。
スイカをご馳走になり、短パンTシャツに着替えサンダル履きとなる。
ああこれで本当に終わってしまったのだなぁ!
16:15ラクダ隊到着。トラックに荷物を積み替えてスバシを後にカシュガルへの帰路につく。
車窓から見た地平線に沈む夕陽とひまわりが、この旅の終わりを告げているようであった。
この1ヶ月でカラコルムハイウェーの様相は一変してしまった。いたるところで土砂崩れがあり、荒れた道路を乗り越えるたびにバスは大きく揺れる。行きに見た温泉の周りも岩だらけで人影はない。
23:00カシュガル到着。ホテルで遅い夕食をとり、明日日本へ送らなければいけない荷物を整理する。ベットに入ったのは2:00であった。
いや〜!それにしても久しぶりにシャワーに入ったら垢が出ること出ること! 幾ら擦っても全く終わりが無い!




8月19日(水) 晴れ  荷物整理

9:00起床。朝食をとり登山協会へと向かう。今日は荷物整理の日である。
郵便小包で送り返すもの、各人背負って帰るもの、登山協会に寄贈するもの、処分するものへ分ける作業を行なう。
まず天幕を乾かすために庭に並べるが、見るからにテントのセールのようである! それを見た登山協会の人が事務所から下りてきて、「テントをいくつか売ってくれないか?」と言う。
郵便小包は全部で9個となった。重量は12〜15kgぐらいだろうか? 郵便局へ持って行くが、書類の書き方がわからない。英語の書類も用意して欲しいところである。
小包の費用は、15kgでだいたい290元(約6000円)であった。本当にこんなに安くて着くのだろうか? 2ヶ月くらいかかると聞いているが.....
(この荷物は約1ヶ月で到着した)
今夜はカシュガル最後の夜なので屋台へと繰り出すことになる。
シシカバブー・ビールなんでもありである。
屋台を一回りして帰ると言う皆と別れ、私と王さん2人でもう少し食べ歩く。
ここで食べ過ぎたのが悪いのか? この日を境に下痢となり、次の日からの移動が苦痛なものとなってしまう。
しかし2人で繰り出したおかげで、王さんからは色々な話を聞くことができた。
漢族・ウイグル族の話に始まり、食べ物の違いの話となったところで、王さんから「実は皆が居る時はアダラットさんがイスラム教なので豚を出さなかったが、自分達だけの時はBCでも豚肉を食べていたんだ!」と言う話になり、私が日本のトンカツの話をしたところ、豚を食べに行くことになり、近所のレストランへと移動する。
王さんからは私が登頂できなかったことに対して、色々と励ましの言葉をもらった。
「チャンスがあればまた一緒にやろう! 今度はきっと登れるよ!」この言葉が今でも印象に残っている。




8月20日(木) 曇り->雨  カシュガル -> ウルムチ

今日はカシュガルからウルムチへ飛行機で移動する以外は予定がない。
飛行機はいつもながら夜発のもので、21:20出発である。
昨日までの疲れもあるのでゆっくり起き、午後から観光に出かける。
APPAK HOJAM'S TOMB、バザールと行くが、もう既にネタ切れである。
最終的にはホテルへ帰って昼寝! やはり皆疲れているようだ!
20:00ホテルを後に空港へと向かう。空港はかなりごった返している。
これで国内線に乗るのは3回目であるが、どこへ行っても英語のアナウンスが無く(聞き取れないだけかもしれない)、1人で歩いていたら乗れるのだろうか?と思うことが多々ある。
今回もスポレフが止っている。21:20発の予定であったが、全員乗り込んだのか?21:00には飛び立ってしまう。何といい加減なのだろうか? それだけ空が混んでいないと言うことかもしれない。
隣の席に岩手医大山岳部の人が座ったこともあって、ウルムチまで延々話し込んでしまい、あっと言う間に着いてしまう。
22:30ウルムチ着。今夜は雨である。市内も渋滞している。


8月21日(金) 雨  ウルムチ滞在

このところの異常気象の影響か?今朝も雨が降っている。今日は買い物&温泉と言うことでのんびり過ごす予定である。
体調の良くない大谷さんは、午前中にアダラットさんに付き添われて近くにある新疆ウイグル自治区人民病院へ診察に行った。言葉の通じない国では、病院に行くのも大変である。
午後はお土産を買いに街へと出かける。
この土地の物と言えば、夜光杯とシルクの絨毯だろうか?
シルクの絨毯でも買えれば最高だが、良いなぁと思う物は数十万から数百万もする。
帰りに新疆ウイグル自治区人民病院に立ち寄る。病棟がいくつもあるかなり大きな病院であるが、一歩病棟に入ると中は薄暗い。日本の病院も昔はこうだったのだろうか?
天気も悪く、疲れもあったので、結局温泉へ行くことなくホテルでゴロゴロして過ごしてしまった。
今夜はホテルの売店で買った3元のビールを飲んで寝る。

8月22日(土) 晴れ  ウルムチ -> 北京

8:30出発の予定であったが、朝寝坊してしまい8:00に起きる。
こりゃ〜朝食は抜きかな?と思いながら、慌てて準備をしてロビーへ下りる。
今朝は昨日までの天気と違って晴れている!
既に空が高くもう秋である。
9:15空港に到着するが、相変わらずごった返している。チェックインを済ませ待合室に行くと既に搭乗が開始されている。
バスに乗りスポットに着くと、何と待望のイリューシン(IL-86)が止っているではないか!!
胴体下にある一番前の入口から入り、階段を上がって行くと客席がある。
席について辺りを見回した感じはトライスターのようであった。
各シートの背にエアーダクト(どうも電動ファン)が付いていることが特長だろうか?
こんな飛行機動くのだろうか?と思っていると、定刻10:05北京へ向けて動き出す。
13:30北京到着。CMAの趙さんが出迎えに来ている。
早速CMAのバスでホテルに向かうが、道路混雑の為にかなり時間がかかってしまう。
1ヶ月前に北京に来た時は感じられなかったが、山から下りてきたせいか?はたまたカシュガルの風景に慣れてしまったのか?北京が嫌に都会に見える。バスの窓越しに見る風景にも懐かしさが感じられる。
今夜は、HAJ・信州大・リコーの3隊での合同夕食会が催される。
夕食会は早めに終わったが、明日は6:00起きで出発と言うこともあって、中国最後の夜であったがおとなしく寝る。
ホテル向かいの売店で売っている缶ビールは4元であった。


8月23日(日) 晴れ  北京 -> 東京

5:30に目が覚める。北京の朝方は20年くらい前の日本の空のように、工場の灯かりが映るのか?空が異様に赤い。
6:15に1Fのレストランへ行くが、従業員は朝礼中! こんなことで食事を済ませて7:00に出発できるのだろうか?
7:00ホテル出発。道は日曜日の為かそれほど混んではいない。しかし朝早いと言うのに通りには人人人! 凄い数である!
空港には7:40に着いたものの、空港内は凄い人の数である。早速国際線の空港使用料90元を払って中へ入る。
心配していた荷物の重量超過の件は、空港が混んでいたせいなのか?全く重量をチェックしている様子はない。
やっとチェックインを済ませたかと思うと、今度は出国カウンターが大混雑である。どうしてこんなに人がいるの?と思いたくなるくらい、5〜6個所の入口に人が押し寄せている。しかも列になっていないのである!
30分くらいかかっただろうか?出国カードを持っていた私は、皆より一足先に出国手続きを済ませることができた。
さあゲートへ急がなければ、出発時間まで15分くらいしか残っていない!
こんな状態であったので、飛行機は定刻に飛ぶはずもない! 結局1H遅れで日本へ向けて出発する。日本までは3Hの空の旅である。
これで夏休みが終わるかと思うと、今回の遠征での出来事が頭に浮かんでは消える。
さあ次はどこの山を目指そうか?
明日からは仕事が待っている!


記録:澤田

第5部へ戻る


リコー山の会慕士塔格登山隊1998のページに戻る