Black Rams - RICOH RUGBY FOOTBALL TEAM -

~ラグビーW杯2015を終えて~ ティム・ナナイウィリアムズ編

2015.11.20

今シーズンから新加入するティム ナナイ ウィリアムズ選手が合流しています。スーパーラグビー・チーフスでは6シーズンにわたり活躍。今年のラグビーワールドカップ(RWC)では両親の故郷・サモアの代表メンバーに加わりFBとしてプレーしたウィリアムズ選手に、日本でのプレーを決めた経緯などを聞きました。

義兄のコリン(ボーク)から日本とリコーの素晴らしさは聞いていました。

−−ようこそ日本へ。RWCでは、日本の同グループのサモア代表としてプレーされました。日本でも多くの方がプレーを観たと思います。

RWCの行われたイングランドから、ニュージーランド(NZ)には帰らずそのまま日本に来ました。日本はこれが初めてです。1週間ほど休みをもらいましたが、コンディションは維持しています。あまり長い休みは好きじゃないんです。リフレッシュとしては十分ですね。

話をいただいたのは今年のスーパーラグビーのシーズンが始まる少し前。所属していたチーフスが契約最後の年で。それまでもテレビで日本のクイックなラグビーは観てきましたが、声をかけていただいてからは、よりしっかり観るようになりました。試合の展開も早くスキルも高いものがあると感じていました。

また、僕の妻はリコーで4年目を迎えるコリン(ボーク)の妹。コリンとはチーフスで一緒にプレーしていたんですが、その時知り合ったんです。日本から僕にオファーが来る前から、コリンは日本でラグビーをプレーする素晴らしさを話してくれました。ほかにもタマティ(エリソン)や、日本でプレーしたことのある他の選手からリコーを名指しでいいチームだと勧められたこともあった。そのあたりが来日する決心を後押ししたといえます。とはいえ、前から海外に出てプレーするかもしれないとは考えていたけれど、思っていたより少し早かったかな。

−−コリンからは具体的にどんな話を聞いていたのですか?

いいことばかりだと言っていました。スタッフも環境も。僕が話を聞いて一番魅力を感じたのは、家族と長い時間を一緒に過ごしながらラグビーができるという部分です。昨年息子が生まれ今1歳なのですが、成長を見守りながら生活できるのは嬉しいです。

−−これまでのキャリアについて聞かせてください。ラグビーを始めたのは?

7歳ですね。サモア生まれの父や、兄たちがラグビーをやっていたんです。それについていったというのが始まり。父も積極的にラグビーをやるように勧めていました。
最初は家族がみんなやっているので、当たり前すぎてあまり興味が湧かなかった。外で遊ぶのが嫌いだったわけではないけれど、マーブル(ビー玉)を使ったゲームのほうが好きでしたね。

ラグビーが楽しくなってきたのは、16歳、17歳くらい。自分はNZの高校生代表チームに選ばれて、同じくらいのときに兄がプロになった。それまでは将来何になるかはあまり考えていなくて、強いて言えば体育の先生になれたらいいな、と思っていたくらい。子供が好きなので。そんななかで、ラグビーが将来の仕事として現実的なものになっていったんです。

目指すものができると積極的に取り組めるようになりました。高校を卒業するとすぐにNZ 7人制代表に選ばれ、これが自分の意識を変える1つの転機になったと思います。

高校時代は、試合前にパイをむしゃむしゃ食べて、そのままグラウンドに向かうとか、そういうことを平気でやっていたのですが、いいプレーをするために正しい食事がいかに大事かといった、生活面も含めた姿勢に関する指導も代表では受けました。メンタル面も重視していて厳しく自分を追い込むようにと教えられました。早く大人にならなければいけなかったんですね。

高校を卒業してすぐにそういう環境に飛び込んだので大変な時期でしたけど、その後はだいぶやりやすくなったというか、成長できたと思います。

−−7人制のラグビーはお好きですか?

はい。ただし適した身体ができていればね。7人制と15人制とではやっぱり必要なものが違いますから。7人制は爆発的なスピードとフィットネス。15人制は全て必要ですが、重さなども必要になってきます。

−−ポジション遍歴について教えて下さい。

最初はルースフォワード(6、7、8番)。小さい頃は少し丸かったんですよ。でもみんなが成長して大きくなっていくなかで、僕だけはあまり変わらなかった。ああ、でも足は速かったですね。ルースフォワードにしては速すぎるってことでバックスになったのかも(笑)。学校ではいつも一番速かった。ブライアンハバナ(仏トゥーロン・南アフリカ代表)に出会うまでは負けたことはなかったよ。彼は本当に速い。

RWCの空気は特別。すべてを逃さず吸収して帰ろうと努めました。

−−高校を卒業し、7人制代表を経て、出身地のオークランドからも近い、NZ北島のワイカト地方を本拠地とするスーパーラグビーのチーム、チーフスへ。

チーフスでは6年間プレーしました。カルチャーを持った、仲が良いチームですね。コリンと知り合ったのもチーフスに入ってすぐ。そういう環境のなかで、ゲームプランなどラグビーについて学びました。自分のスタイルを見つけることができたのもチーフス。

ベストの思い出は2012年の優勝かな。あのときはメンバーやスタッフも入れ替わって、新しいチームという状態だったんです。最初はどうなるんだろうという思いでシーズンに入ったんですけど、オフグラウンドでよい関係を築けて、それをオングラウンドに持ち込むことでいいラグビーができました。

これは僕もそのときに学んだことですが、たとえ新しいチームでも、メンバーが素直に、正直な姿勢でトレーニングに取り組み、プレーする前にいいチームカルチャーが築ければ、いいラグビーはできる。あの時のチーフスは、それができていました。同じメンバーで長くトレーニングしなければ、いいラグビーができないというわけでもないんですよね。

今年は日本代表のキャプテン、マイケル(リーチマイケル選手・東芝)が加わったので、一緒にプレーしましたよ。ファミリーの一員としての歓迎会もやりました。一緒にご飯にいったりするようになって、彼のことを知る機会はあったと思います。振り返ると日本との縁はありますね。

−−そして今年はサモア代表のメンバーとしてRWCに出場しました。

RWCは全部がよかった。試合だけではなく、雰囲気、空気が特別なものでした。出場するのは初めてのことでしたので、毎日一瞬であっても逃さないように。しっかり吸収して帰りたいと思いながら過ごしていました。

サモア代表としてプレーすることについては、今までで一番難しい決断だったかな。オールブラックス(NZ代表)になりたいとずっと思い続けてきたので。でもRWCがすぐそこに迫ってくるなかで現実を見て決めました。家族の思いも大切にしましたね。僕が決断することでハッピーなのであれば喜んでやろうと。家族が反対するのであればやらなかった。

両親ともにサモア出身ですが、サモアに赴いたことはありませんでした。7月に行われたサモア代表とオールブラックスのテストマッチが初めてのサモア。世界一のチームを相手に、自分がどこまでできるかチャレンジできたのはよかったです。貴重な体験でした。

−−パフォーマンスについてはどう見ていますか。

チームが勝てるようにベストを尽くましたが、やはり勝てなければ納得はできない。僕たちとしては残念でした。でもRWCという特別な大会に出場して、大きな選手や強い相手と戦って自分を試してみたいという願いは果たせました。ただ自分のパフォーマンスは自分では評価しにくいですね。それは周囲が決めることだと思います。

−−日本戦、スコットランド戦を観た日本のファンも多いと思います。

日本戦はよく覚えています。試合のあとは気持ちの整理がつかなかった。あの日は日本代表のほうが上でした。チャンスを生かすことを知っているチーム。僕たちは自陣に押さえ込まれて、抜け出す方法がなかった。フミ(田中史朗選手・パナソニック)と10番(小野晃征選手・サントリー)はとてもいいプレーをしていましたね。うまく止められなかった。マイケル(ブロードハースト)も素晴らしかったけれど、対応するのに必死で、彼がリコーでチームメイトになるというのは頭になかった。数週間後に日本で隣の家に住む相手と戦っていたんだね(笑)。最後のスコットランド戦は、決勝トーナメントに進めないことは決まっていたけれど、サモアのブルーのジャージへのプライドを懸けて戦いました。

−−日本での目標を聞かせてください。

チームにとってのベストをしっかり尽くすこと。そして優勝だね。スーパーラグビーと同じ。とにかく早くプレーしたいな。リコーのメンバーとプレーするのも楽しみです。皆さん会場に来て僕たちのプレーをぜひ見てください。

−−ラグビーはもちろん、日本でのご家族との生活も楽しんでください。どこか行ってみたい場所や食べてみたいものはありますか?

渋谷かな。『TOKYO DRIFT』(日本では『ワイルド・スピード』の題名で公開)という映画で、渋谷でカーチェイスするシーンがあったんだけど、それが印象に残っているんだ。あの賑やかな街並みには行ってみたいね。日本の料理はまだあまり食べていないけれど、とりあえずライス(御飯)がおいしかったよ。NZのものとは別物だと思います。コンビニで売っていたチキンも食べましたが、これもおいしかった。

−−食べ物があえば、日本での生活もスムーズにいきそうですね。活躍を期待しています。今日はありがとうございました。
トップリーグ初出場となった開幕のNTTコム戦。後半途中、グラウンドに入った際には観客からの大きな拍手で迎えられた。

UtilityBK ティム・ナナイウィリアムズ(Tim Nanai-Williams) プロフィール

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