Black Rams - RICOH RUGBY FOOTBALL TEAM -

坂本明樹選手 インタビュー

2008.07.30

「ロック(LO)は一番強くなきゃいけないと思っている」

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 大柄な体躯で前へ、前へ突き進む――。坂本明樹はそういう選手を志向している。

 身長193センチ、体重115キロ。元日本代表HOで"前へ"を提唱する藤田剛ヘッドコーチ(HC)率いる明治大学ラグビー部を経て、今季からリコーブラックラムズに入団した。

 現在のLOといえば、同じくリコーの田沼広之に代表される「スマートな体躯のラインアウトジャンパー」タイプの選手が多くなっている。しかし坂本は、縦にも横にも大きい身体で前に突き進む、古き良きLO像を描く。

 2008年6月14日。大柄な男独特の野太い声で、一度始めたことは区切りが付くまで辞めなかったという自身の歴史を振り返った。

――高校入学と同時に始めたラグビー。きっかけは。

「高校に入って仲良くなった友達がいて、そいつがラグビーをやると言ったからです。中学では野球をやっていたけど、続ける気はなかった。 高校の練習ですか? もう、きつくて・・・。でも、楽しかったです。格闘技も好きだったから。ま、(自分を誘った)友達はすぐ辞めちゃったんですけど」

――坂本選手は辞めなかったんですね。

「途中で辞めるのは好きじゃないんで。とりあえず高校ではラグビーをやろうと思ったんです。それで、大学は普通にアタマ(勉強)で国立大学に行こうと思っていたら明治に入ってしまい、辞めれずじまい(笑)」

――明治大学に行こうと思ったきっかけは。

「高校の時に、松原さん(裕司・現神戸製鋼コベルコスティーラーズ)の代の早明戦を見て、むちゃくちゃすげぇなと思って、明治が好きになりました(関東大学対抗戦A・対早稲田大学・2001年12月2日・国立競技場・●=34対36)。で、『行くしかねぇな』と思ったんです」

――明治大学は上下関係が厳しい。グラウンド内外での制約も多いなか、やはり辞めなかった。

「口では『逃げよう』って言ってたんですけど・・・。性格ですね。親父に、小学校の頃から『始めたことは、区切りが付くまで辞めるなよ』ってずっと言われてた。小学校はソフトボールを最後までやっていて、中学は野球、高校と大学ではラグビーをずっと辞めずに来ました」

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――明治への愛着を感じた瞬間は。

「1年生の夏、北海道合宿に行った時、北見のラグビー祭の立命館との試合で、始めて紫紺を着た時です。前の日も全然寝られなくて、何と言っていいかわからないぐらいうれしかったですね。自分は思うんですけど、"紫白"っていうのが、すごく芝に映えるんですよ。ホントに憧れでした」

――あのジャージ、「正しい洗い方」があるんですよね。洗剤も決まっている。

「はい、(専用の)青い石鹸があるんです。短パンとかジャージはいいんですけど、ソックスの汚れが落ちないんですよ。片方で1時間くらいかかる。(日光に)かざして『まだ汚れてる!』って感じで(笑)。そういうのもあって、紫紺は大事なものだというのを教えられた」

――3年時、藤田さんがHCに就任。"前へ"をキーワードに重量FWを擁するかつての明治を復活させました。

「藤田さんが来て、『これが明治』っていうイメージができた。『俺がやりたかったのはこれだ!』みたいな。練習ではコンタクトがメインで、全部ナマ(ハンドダミーなどを使わず直接身体をぶつけ合う)。身体の強さを鍛えるんです。コンタクト練習が多くなったから、みんな食って体重を増やしていた。じゃないと身体が持たないんです。だから自分も、相当体重が増えました。2年生の時、1番痩せていた時が95キロ。でも3年生の始めの時に103キロ、終わる時には113キロくらいになりました。
(受けたアドバイスは)基本的なことです。『おまえ身体がデカいんやから、ボール持ったらただ走れ。倒れんで前に行ったらええねん』と。藤田さんに言われると、『そうしなきゃな』となる。心に響くんです」

――そんな明治大学において、思い出の試合は。

「僕は出ていないんですけど、4年生の早明戦(関東大学対抗戦A・対早稲田大学・2007年12月2日・●=7対71)。やっぱり大敗したというのもあって、印象が強いですよね。僕はその時、ちょっと怪我していたんです。自分は熱いプレイヤーだと思うんです。でもあの試合は、熱くガチガチ行って状況を打開できるプレイヤーがいなかった。『自分が出ていればな』っていうのはありました」

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――しかし、その後の大学選手権に向けて、チームが立ち直りました。

「ミーティングを頻繁にやりましたね。何が良かったか、悪かったかを洗い直したんです。で、ディフェンスが課題だったんで、コーチも呼んでもう一回ディフェンスをやろう、と」

――選手権1回戦の大東文化大学戦は43対0(2007年12月16日・瑞穂公園ラグビー競技場)、京都産業大学29対0。ともに完封。明治大にとって9年ぶりの選手権準決勝進出、"正月越え"を果たします。

「練習をやっていても意識が違ったなと感じました。妥協している奴がいないな、って。それまではいたんですよ。端っこにいて、コンタクトとかをやらない奴が。 でも、その辺の時はみんな積極的に(当たりに)行っていた。意識が高いチームだったと思います。(シーズンのスタートは、前年度の大学選手権後)1日だけ休んで、次の日からだった。はじめは『えっ』て思いましたけど、そういうチームになれてよかったです」

 明治大出身からのチームメイトである星野将利曰く「わかりやすくていい監督」だった藤田HCのもと、シンプルな選手像を構築していった。勝ち進むチーム特有の連帯感、緊張感を体感できた。

 これらを背景に、今度は「リコーのLOと言えば坂本でしょう」というインパクトを与える挑戦が始まる。藤田HCにも言われたという「LOはチームで一番強くなきゃいけない」を実践するのが、個人目標なのだ。

 トッド・ローデンHCらが課すハードなフィットネストレーニングに対応すべく「多少体重は落とさなきゃ」という思いはある。しかし長期的に見れば、試合に出続け、前に出る強さ、押し込む強さ、蹴散らす強さを体現化したい――。

 坂本は相反するふたつの課題と対峙し、日々、グラウンドに立つのだ。

 7月21日、砧グラウンドでフィットネス測定が行われた後。選手全員を集めたローデンHCに「ミツキ、最初のテストの数値は何でしたか?」と訊かれ、「8」と答えた。「それで今日は?」、「11」。

 ローデンHCは、坂本が朝から早朝トレーニングを重ねていた成果が出たと、全員の前で誉めた。

(文 ・ 向 風見也)

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