BlackRams

コラム

選手がみせた、その横顔 2

 リコーブラックラムズ(リコーラグビー部)を支える選手たちの、ラガーマンとしての思いや、これまでのキャリアに関するエピソードをご紹介します。リコーというラグビーチームは、彼らの個性と歩んできた道程、積みあげてきた経験が混ざりあって、今の姿があります。

 “専門職”PRへのコンバートを越え ――柴田和宏

photo  今年2年目の柴田和宏は、9月18日のトップリーグ第3節福岡サニックスブルース戦で、入部後初のメンバー入りを果たした。ポジションはPRのリザーブだ。「初」は誰でも記憶に残るものだが、柴田には格別の思いがあった。
 去年の11月、柴田はラグビーを高校1年生で始めて以来のポジションであるLO・FLから、PRへのコンバートを打診された。
「少し不安もありました。まったく経験がないポジションを、自分にできるのかって」

 高校、大学ではすぐにレギュラーの座をつかんだ。「ケガもないのに、試合に出れないだけで変な感じ」。そんな状況でも、気持ちを切らさず努力する難しさを感じていた時期。それまでのラグビー人生で、大きなコンバートの経験もなかった。柴田は不安を恩師や先輩に伝え、アドバイスを求めた。「そうしたら、『面白いかもしれない』と言ってくれる人がいて前を向けた。でも、やってみると想像以上の"専門職"で」。
 そこで、柴田は1歳年上のPR長江有祐を「師匠」とすることに決めた。
「チョーさん(長江)はすごいストイック。PRとして、プレーからコンディショニングまで、全部を学ばせてもらった。正直、体は倍疲れるしケガも多い。自分の体をどうケアするかがすごく重要なポジション」
 体重は3ヵ月で10kg近く増やした。長江の背中を追ってトレーニングに没頭。そして迎えた2010-2011のトップリーグの開幕だった。
「開幕戦前、トッド・ダマーズFWスキルコーチに『あと少しでメンバーに入れた』と言われて。で、頑張ったら次のサントリー戦ではシャドウメンバー(遠征メンバー、またはサポートメンバーで、メンバーと同じ位置付けで試合に帯同している選手のこと)、サニックスとの試合ではメンバー入り。うれしかった。がむしゃらにやってきたけど、ちゃんと見ていてくれたんだなって」
 もちろん、目指すのはまだまだ先だ。「試合に出ること。目標がはっきりしました。変化には強くなった? そうですね。もう動じませんよ」。コンバートという壁を乗り越え、たくましさを増した柴田。初出場に向け、準備を整える。

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 テレビで観ていた選手がたくさんいる「憧れの舞台」で ――山藤史也

photo  山藤の鋭く突き刺さるタックルに喝采を送るファンは多い。試合中、「山藤!」の声がよく飛ぶ。声援は、本人にもよく届いているという。
「3年目くらいから、試合に出たりメンバーに入れるようになったんです。それで、応援団の人に名前呼んでもらったりすると、『おお… 自分のことを知ってくれている人がいる』ってすごく感動した。ときには地方にまで来て、熱く応援してくれる人たちもいる。そういうことが、なんてありがたいんだろうと」。その感情は、多くの人に支えられるリコーというチームを、何よりも大事にする気持ちへとつながった。山藤のタックルには、闘志だけではなく声援への感謝がこもっているのだ。

 山藤がラグビーを始めたのは小学1年生とはやい。中学生のときにはラグビーに夢中になり、テレビで多くの試合を観るようになっていた。
「トップリーグってその頃テレビでよく観ていた選手がたくさんいる、憧れの舞台なんですよ。田沼(広之)さんや滝澤(佳之)さんだってそう。有名な外国人選手も多くいる。そこに混じって、タックルして倒すなんて、考えただけでも興奮する。もともと、社会人までラグビーをやるなんて考えていなかったんです。やりたいな、とは思っていたけれど。すごいところまで来た? はい。すごいところですよ。ラグビーやってなかったら、どんな人生だったんだろうと思ったりはしますね」

――将来の目標は?
「あんまり先のことは考えてないです。考えてもうまくやれるほうじゃないし(笑)。今やれることを全力でやる。それくらいしかできない」
 今年で4年目。2年目、3年目と肩の手術を繰り返した。以前と比べ「無理がきかない」と思うこともある。だが、憧れの舞台に響く自らへの声援が、山藤をタックルへと駆り立てる。

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