リコーの歩み

創業~事務機分野進出(1936〜)

リコーは、理化学研究所の研究開発を工業化するために設立された「理化学興業株式会社」から感光紙事業を継承し、1936年に「理研感光紙株式会社」として創業しました。翌年にはカメラ事業にも進出。 1950 年代初頭にカメラの大量生産体制をわが国で初めて確立し、一般大衆へのカメラの普及を促進しました。1955年にはリコピー101を発売し、事務機分野にも進出しました。

(1938 年に理研光学工業株式会社に、1963 年に社名を株式会社リコーに社名変更)

詳細年表 1936-69年

1955年 リコピー101発売
「リコピー101」は、当時主に工業用に使用されていたジアゾ感光紙の需要を一層喚起するために、事務用途向けに開発、市場に送り出されたジアゾ複写機の1号機です。

OAを提唱(1970〜)

1974年に世界で初めて事務用高速ファクシミリ「リファクス600S」を発売。1977年には業界で初めて「OA( オフィス・オートメーション)」を提唱しました。1980年代には、オフィスコンピューターやワープロ、光ファイリングシステム、レーザープリンターなどを順次提供し、オフィスの生産性向上を支援しました。

詳細年表 1970-84年

1974年 世界初の事務用高速ファクシミリ発売
「リファクス600S」は、A4判1枚を送信するのにそれまで3~6 分もかかっていたものを一気に60秒に短縮。ファクシミリをオフィスに普及させるきっかけとなりました。

デジタル化を推進(1985〜)

1987年に業界に先駆けて一般オフィス向けデジタル複合機「IMAGIO 320」を発売しました。1996年には省スペース・低価格を実現した「imagio MF200」を発売し、デジタル複写機の普及にも貢献。その後も複写機のネットワーク化・カラー化を推進しました。1991年に中国にRicoh Asia Industary(Shenzhen) Ltd. を設立するなど、国内外で生産体制を強化しました。また1995年にSavin CorporationやGestetner Holdings PLCをグループ化するなど海外販売網の拡充にも取り組みました。

詳細年表 1985-99年

1996年 imagio MF200 発売
「imagio MF200」は中小企業ユーザーを中心に大ヒットを記録。リコーの国内出荷台数におけるデジタル率が50%を超えるなど、国内外でデジタル機の本格的な普及を促進しました。

グローバルカンパニーへ(2000〜)

プリンティングソリューションやドキュメントソリューションなど、ワークフローを効率化するソリューション提供を推進しました。さらにプロダクションプリンティング市場への参入やサービス事業の強化など、事業領域を拡大しています。
ソリューション提供の強化に伴い、海外販売網をさらに強化。2006年にはDanka社の欧州販売事業、2008年にはIKON Office Solutions, Inc. をグループ化するなど、グローバルな販売サポート体制を構築しました。一方、2002 年には国連「グローバルコンパクト」に日本企業として2番目に参加を表明。2003 年には世界環境センター(WEC:World Environmental Center)から「持続可能性における国際企業の業績に対するWECゴールドメダル」をアジア企業で初めて受賞するなど、環境/CSR 経営を強力に推進しています。

詳細年表 2000年-現在

2008年 グローバル販売体制を強化
リコーグループは、1990年代以降、グローバル販売体制の強化に向けたM&Aを積極的に展開。2008年11月には、IKON Office Solutions, Inc. をリコーグループに迎えました。同社は、独立系オフィス機器ディストリビューターとして欧米市場を中心に販売・サービス網を有しており、フォーチュン500に名を連ねる大手企業と良好な関係を維持するほか、プリンティングを中心としたサービス事業やプロダクションプリンティングに強みを持っています。これにより、リコーグループは、画像ソリューション分野における欧米での販売サービス基盤を大幅 に拡充しました。

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多くの人に愛されているリコーカメラの歩みを各機種の詳細、リコーカメラにまつわるエピソードなどをまじえてわかりやすく紹介します。

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