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Science November 30 2012, Vol.338


温暖化と融解と(Warming and Melting)

グリーンランドと南極大陸の氷床の大量損失によって、世界的な海洋表面上昇の大部分を説明することができる。この損失の一部は大気温の温暖化の影響によるもので、もう一つは氷河が接している海洋の温度上昇による。Joughinたちは、海洋と氷の相互作用が、いかに氷床にインパクトを与えているかをレビューし、浮遊している棚氷と陸地にある氷の端の海洋への接触が、海流温暖化の影響をこうむる可能性を議論している(p. 1172)。グリーンランドと南極大陸の氷床の質量バランスの見積りは大きく異なっており、幾つかのケースにおいて、純粋な損失あるいは増大があったかどうかについてすら合意がないので、将来の海水面の高さの変化を正確に予想するのを難しくしている。Shepherdたちは、衛星による測高法と干渉測定、重力測定によって得られたデータを併用して、1992年から2011年にかけてのより信頼度の高い氷床の質量収支評価を構築した(p. 1183)。南極大陸の東部を除いて、2つの氷床の主要な領域すべてで、質量損失がみられる。結局、極の氷床の大量損失は、海水面上昇の現状速度に対して、年に0.6ミリメートル(全体のおよそ20%)貢献しているのである。(KF,KU,nk)
Ice-Sheet Response to Oceanic Forcing
A Reconciled Estimate of Ice-Sheet Mass Balance

DNAを用いたビルディング(Building with DNA)

三次元の(3D)DNAナノ構造を構築する一つのルートは、天然の長いDNA一本鎖から始め、「ホッチキス」と呼ばれる短いDNA鎖を取り付けて、全体的な折り紙構造を設計した形に折りたたむことである。Keたち(p. 1177,Gothelfによる展望記事参照)は、3D構築への別のアプローチに関して報告しており、そこでは2DのDNAタイルのモジュラー組立により構築する。102個の異なる形が4つのドメイン(個々のドメインは8-ヌクレオチドの長さ)からなる32-ヌクレオチドの一本鎖DNAから作られたが、それらは子供のブロックの玩具のように組み立てられた:個々のブロックは特異的にペアを形成する相互作用により4つの隣り合うブロックと結合した。コンピュータデザインと段階的な組み立てにより、多様な内腔を持った空洞状の構築体が可能となった。(KU,nk)
Three-Dimensional Structures Self-Assembled from DNA Bricks

過去からの輝き(Glow from the Past)

銀河外背景光(Extragalactic background light: EBL) は、宇宙の中にある我々の銀河の外の全放射源からの放射を積分したものである。我々の太陽系と銀河からの前景放射により、EBL の直接的な検出は非常に困難である。しかし、遠方の放射源のガンマ線スペクトルから EBL を測定することは可能である。なぜならば、それらの放射源からのガンマ線フォトンは、EBL と相互作用するためである。Ackermann たち (p.1190, 11月1日付電子版; Bromm による展望記事を参照のこと) は、Fermi Gamma-Ray Space Telescope によって検出された、遠方の活動性銀河のスペクトル中に見えている減衰特性に基づいて、EBL の測定結果を報告している。その結果は、星の形成に関する宇宙史に制約を与えるものである。(Wt)
The Imprint of the Extragalactic Background Light in the Gamma-Ray Spectra of Blazars

あなたはドームについて何を知っている?(What Do You Know? A Dome)

ある可変パラメーターの関数として転移温度が極大値を示す現象は超伝導ドームと呼ばれており、クプラート、プニクチドや重フェルミオン化合物中で発見され、非従来型超伝導体の特徴であると考えられてきた。Yeらは(p.1193)液相ゲート法に背面ゲート手法を組み合わせてバンド絶縁体であるMoS2のキャリア密度を精緻に制御した計測を行った。その結果、超伝導ドームが現れることが分かった。予想外のこの結果は今後の理論的解釈が待たれるが、最適なキャリア密度の出現が従来考えられていたよりも一般的な現象であることを示唆している。(NK,nk)
Superconducting Dome in a Gate-Tuned Band Insulator

規則的な衛星の形成(Forming the Regular Moons)

木星のガリレオ衛星(イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト)や土星の最も大きな衛星であるタイタンが、どのようにして形成されたかに関しては良く理解されているが、巨大惑星の他の規則的な衛星に関してはその限りではない。Crida と Charnoz (p. 1196)は、太陽系におけるその規則的衛星(軌道の傾き、或いは偏心がほとんどない)のほとんどが、それらの惑星を取り囲む大昔の大きな嵩高い輪の中で生まれたというモデルを記述している。このモデルは木星には当てはまらないが、タイタンや、更に地球や冥王星の衛星を含めて、他の巨大惑星の規則的衛星を説明することができる。このモデルは、更に天王星と海王星がかって大きな、土星様の輪を持っていたこと、それらの輪が衛星を作ったが、その後消滅したことを予想している。(KU)
Formation of Regular Satellites from Ancient Massive Rings in the Solar System

鉄のプールで泳ぐ(Swimming in Iron Pools)

鉄は海洋の植物プランクトンの成長に必須であるため、その利用可能性が海洋の一次生産性を制限している。鉄は、一般に、溶解された状態で提供された場合のみ、生物にとって利用可能である。しかしながら、海洋中の全鉄量の大部分が数ナノから数ミクロンの大きさの小さな固相の粒子として存在している。von der Heydenたちは(p.1199)高分解能のX線顕微鏡と分光法を用いて、南極海の2つのトランセクト(海洋に引いたライン)に沿った鉄粒子の分布の特徴を明らかにした。多くの粒子個々の解析から、鉄の酸化状態、鉱物特性、および鉄のアルミへの置換に関する激しい変化が明らかになった。それらのすべてが鉄の溶解度、つまり生物学的利用効率を制御している。(Sk)
Chemically and Geographically Distinct Solid-Phase Iron Pools in the Southern Ocean

脳をモデル化する(Modeling the Brain)

ニューロンは非常に複雑な細胞である。それらは、激しく変化する多くの軸索や樹状突起を生み出し、無限の形状変化を示す。それらは、印象的な神経伝達物質受容体の配列と共に、時間(および電圧)依存のイオンチャネルを持っている。そして、それらは、今は離れ去ってしまった以前の隣接ニューロンと同様に隣接ニューロンと緊密に結合する。コンピュータのハードウエアとソフトウエアの進歩のおかげで、最近では、脳組織のかなり大きな部分でのシミュレーションが可能になってきた。Eliasmith たちは(p.1202; Machens による展望記事参照)、脳の百万ニューロンのモデルを提示し、それが数字を認識し、数字のリストを記憶し、それらのリストを記述できることを示した。その作業は人間にとっては何でもないことであるが、それは知覚、認知、行動の3要素を含んでいる。(Sk,KU)
A Large-Scale Model of the Functioning Brain

より多くの遺伝子、よりタフな植物(More Genes, Tougher Plant)

有益なタンパク質、油、そして継続可能な燃料を供給する大豆作物は、有効なる殺虫剤の無い線虫の攻撃にさらされている。その代わりに、農業は遺伝子座位に基づく防御に依存しており、これは今日の合衆国で栽培されている大豆作物のほとんどで用いられている。Cookたち(p. 1206,10月11日号電子版)はそのメカニズムに関して説明しており、それによるとrhg1-b対立遺伝子が病気に対して防御している。この領域はいくつかの遺伝子を持っており、そのどれも他の既知の免疫受容体遺伝子とは異なる。その遺伝子を一つずつサイレンスする実験から、この遺伝子はクラスターとして作用していることが示された。しかしながら、この遺伝子の一揃えでは不十分である:大豆作物が抵抗性を得るためには、その座位の複数の反復が必要である。(KU)
Copy Number Variation of Multiple Genes at Rhg1 Mediates Nematode Resistance in Soybean

差異を識別する(Discerning a Difference)

隣接する細胞は、Notchシグナル伝達経路を通して情報交換し、多くの決定を行っている。Notch受容体は異なる前後関係で二つの異なるリガンドファミリー、DeltaとSerrate/Jaggedを識別していることが知られている。翻訳後の糖の修飾がこのプロセスに役割を果たしていることが知られていたが、しかしNotchの他の特徴が関与しているかどうかは不明である。ショウジョウバエにおける前進遺伝的アプローチ(forward genetic approach)を用いて、Yamamotoたち(p. 1229)は、 Serrate/Jaggedのシグナル伝達には必要な、しかしDeltaのシグナル伝達には不要なNotchの細胞外領域において進化的に保存されたアミノ酸を同定した。(KU)
A Mutation in EGF Repeat-8 of Notch Discriminates Between Serrate/Jagged and Delta Family Ligands

In vitroにおけるDNA修復(DNA Repair in Vitro)

ゲノムの正確な複製は生物の永続的な生存にとって極めて重要である。複製の開始前に修復されなかった損傷したDNAは、DNA複製フォークを停止したり破壊を引き起こし、このことが変異や組み換えをもたらし、細胞や生命体に深刻な結果をもたらす可能性がある。いわゆる「ニワトリの足(chicken foot)」構造(Holliday junction)に関係するフォークの後戻りは、複製の際の未修復のDNA損傷を処理する一つのメカニズムを与えるものと考えられている。Manosasたち(p. 1217)は磁気トラップ法を用いて、in vitroでの停止したフォーク模擬体においてT4バクテリオファージの複製複合体とヘリカーゼ UvsWの作用を解析した。UvsWは移動方向を切り替えることが可能で、これは停止したフォークの再構築に必須であった。in vitroにおいて、UvsW と T4ホロ酵素は一緒になって鋳型の切り替えと損傷部位のバイパスを促進することができた。(KU)
【訳注】Holliday junction:χ(カイ)形状の構造をとる染色体の切断・再結合の領域
Direct Observation of Stalled Fork Restart via Fork Regression in the T4 Replication System

制御にとって協調が重要(Cooperation Is the Key to Control)

C型肝炎ウイルス(HCV)やヒト免疫不全ウイルス(HIV)のような慢性感染症は、免疫系にとっては苛酷なものである。定常的な脅威に直面して、Tリンパ球のような免疫細胞のある種のものは、「疲弊」してしまう。存在はしているが、もはや、そのウイルスを除去するのに十分に効果的な応答をもたらすことができないのである。そうした応答は、しかしながらそれでも重要である。というのも、多くの場合それらはウイルスを相対的に見てコントロールされた状態に保つからである。慢性ウイルス感染の際のT細胞応答の集団動態の根底にある仕組みは、しかしながらよく分かっていない。Paleyたちはこのたび、T-box転写制御因子であるT-betとEomesoderminが、マウスの抗ウイルス性CD8+ T細胞の、表現型的にも機能的にも異なった2つのサブセットを、別々のやり方で制御していることを実証している(p. 1220)。これらサブセットの協調は、ヒトにおける慢性ウイルス感染症の際の抗ウイルス免疫にとって重要である可能性がある。(KF)
Progenitor and Terminal Subsets of CD8+ T Cells Cooperate to Contain Chronic Viral Infection

喜びか苦痛か?(Joy or Pain?)

顔認識とそれについての処理は、人間の社会的相互作用にとって完全に中心的なものなので、それら機能は脳の特化した領域によって支えられている。処理される基本的な側面の1つが情動であり、とりわけ、発現されるその情動が肯定的なのか否定的なのかである。にも関わらず、これまでの神経画像処理研究では、相反する情動の認知がしばしば同じ、または重なり合う領域を活性化している、と報告している。Aviezerたちは、肯定的なのかまたは否定的な情動なのかの認識が、実は身体によって伝達される情報に頼っていて、受け取り手が、合成された外見の中で喜びまたは哀しみを確認するその程度は、顔というよりむしろ、相手の身体が楽しい(あるいは哀しい)イメージであるかどうかによってもたらされている、と報告している(p. 1225)。(KF,KU,nk)
Body Cues, Not Facial Expressions, Discriminate Between Intense Positive and Negative Emotions

進化を刷り込む(Imprinting Evolution)

多くの哺乳類は、対立遺伝子を刷り込んでいて、生殖の際に、父系性あるいは母系性のバージョンが単独で発現するようになっている。ヒトでは、そうした刷り込まれた遺伝子セットの1つが成長促進物質、インスリン様増殖因子2(IGF2)と、その結合阻害剤、IGF2Rマンノース6リン酸/IGF2受容体である。胎児発育における親による矛盾を回避するため、刷り込みは、それら遺伝子の発現を制御して、胎児におけるIGF2Rの発現がIGF2を抑制し、IGF2のIGF2Rへの高親和性結合を介して、胎児の過成長を防いでいる。Williamsたちは、IGF2のIGF2Rへの高親和性結合が、胎盤性の哺乳類、あるいは有袋類の哺乳類に存在していることを実証している(p. 1209)。鳥類と魚類には存在せず、そして単孔類(産卵する哺乳類)では存在するが、一桁低い親和性である。単孔類のIGF2Rのエクソン34におけるエクソンのスプライシングエンハンサーの出現は、高親和性の確立をもたらした重要な変異性イベントであるらしく、それは、親の矛盾を最小化するための選択によって駆動されたものらしい。(KF,KU)
【訳注】単孔類:モグラやカモノハシ等の原哺乳類
An Exon Splice Enhancer Primes IGF2:IGF2R Binding Site Structure and Function Evolution

LPS排出に力を与える(Powering LPS Export)

大腸菌などのグラム陰性菌の表面は、リボ多糖(LPS)によって覆われているが、これは、細胞質内で合成され、それから周辺質を通って、外膜の外側の小葉に搬出されなければならない。Okudaたちは、生体内での輸送の際、大腸菌のリボ多糖排出輸送体の特定の成分に結合するLPS分子の検出について記述している(p. 1214,11月8日号電子版)。試験管内でのLPS輸送の再構成によって、輸送の最初の2つのステップ、膜からの遊離、および内側と外膜の成分を結合する周辺質ブリッジに沿った排出輸送体の移行、にとって必要なエネルギー要求が明らかになった。こうした知見は、その機構の細胞質成分によるアデノシン三リン酸の加水分解が、細胞表面までの濃度勾配に逆らってLPSの連続的流れを押すためのエネルギーを供給していることを示唆するものである。(KF)
Cytoplasmic ATP Hydrolysis Powers Transport of Lipopolysaccharide Across the Periplasm in E. coli
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