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Science November 9 2012, Vol.338


両刃の鉄分(Double-Edged Iron)

ヘプシジン(Hepcidin)は、小さなペプチドホルモンで、鉄代謝-制御性の肝臓遺伝子や抗菌ペプチドを研究している3つのグループによって発見された。この新しいホルモンは、鉄分を調整するだけでなく、先天性免疫応答のために必要とささるペプチドと同族関係を持っていることも判明した。Drakesmith and Prentice (p. 768) は、感染時におけるヘプシジンの重要性についてレビューした。そこでは、病原性微生物が複製を作って増殖するのを抑制するために、病原性微生物から鉄分を引き上げる作用にヘプシジンがどう関わっているのか、そして細胞内細菌がこの宿主反応をどのように妨害することができるのかを説明している。最近の研究では、特にマラリアの感染時における鉄分補給の潜在的な危険を強調している。マラリアの感染において、マラリアがもたらす貧血を処方するために鉄分の過剰補給することがヘプシジンによる防御効果を打ち消してしまっている。(TO,KU,ok,nk)
Hepcidin and the Iron-Infection Axis

やっぱり独り者ではない(Not Single After All)

太陽のような恒星の一生の最後に惑星状星雲は形成される。それらは、星がその外層を吹き飛ばした後に生み出されそして、その星の残骸からの放射で周囲のガスはイオン化される。チリにある Very Large Telescope を用いて、Boffin たち (p.773) は、Fleming 1 という、両極からの回転ジェットを有する、点対称の惑星状星雲の中心にある星のスペクトルを観測した。長い間、これらのようなジェットは相互作用している連星系から生ずると考えられてきたが、確かに、このデータにより、Fleming 1 の中心星は、非常に近接した軌道に随伴星を有していることが明らかとなった。(Wt,nk)
An Interacting Binary System Powers Precessing Outflows of an Evolved Star

火星からの新しい岩石(A New Rock from Mars)

2011年7月18日、火星に起源を有する隕石がモロッコの砂漠に落下した。Chennaoui Aoudjehane たち (p.785, 10月11日付電子版) は、この隕石が火星の表面から70万年前に放出されたものであり、その赤い惑星の内部や表面、あるいは大気に由来する成分を含んでいることを示している。この落下以前は、地球への落下が目撃された後に回収された火星の隕石は、たった四個であった。世界中の収蔵品として収められた、他のすべての火星の隕石は、地球に到達の後、長い時間がたってから発見されたものである。それゆえ、地球環境に曝露されてしまっていた。(Wt,KU,tk)
Tissint Martian Meteorite: A Fresh Look at the Interior, Surface, and Atmosphere of Mars

サンゴをきれいに保つ(Keeping Coral Clean)

海藻の繁茂はサンゴ礁にとって大きな問題であり、さらに、それは草食性の魚の乱獲の結果であると考えられている。Dixson と Hay は(p. 804)、フィジーのサンゴ礁でこの影響を調査した。枝サンゴであるハナガサミドリイシと、そこに棲む魚をケージで囲ったコロニーを用いた実験で、有毒な紅藻類であるルイマユハキモ(Chlorodesmis seaweed)に対する、小さな草食性のハゼとサンゴに棲むスズメダイの影響が比較された。ハゼだけが活発にケージに付着した藻の葉を取り除き、一種類のハゼ(それ自身が捕食者に有毒である)だけがそれを食べた。スズメダイは有毒な藻類があると、その場から離れるだけであった。藻類の粘液中にしみ出す疎水性の毒は、サンゴのポリプを溶かして細胞成分を遊離させ、それが藻類の毒と一緒になってハゼを引き寄せ、そして彼らは藻の葉を食べる。興味深いことに、有毒なハゼは海藻を食べた後、捕食者に対してより有毒になる。それがサンゴのコロニーとの共生を推進させているのかもしれない。(Sk)
Corals Chemically Cue Mutualistic Fishes to Remove Competing Seaweeds

熱で変質する薄膜(Thermally Transforming Thin Films )

ナノスケールの微細構造はブロック共重合体で生ずる相分離で作られるが、そこでは異なる濡れ特性を持ったポリマーセグメント同士が接する。リソグラフィーのような応用において、単純なプロセスステップで小さな微細構造をつくり、それらを配向させることができれば有用となる。トップ層のコーティングは配向整列化の促進に役立つはずであるが、しかし構造形成に影響をもたらすほど強い相互作用をも有する層をコーティングすることは困難である。Batesたち(p. 775)は、ラメラ形成するブロック共重合体をトップコーティング可能な、かつ熱アニールによって垂直配向のラメラの形成の促進を助ける中性の湿潤層へと変質する、水溶性のポリマーを開発した。(KU,ok,nk)
Polarity-Switching Top Coats Enable Orientation of Sub?10-nm Block Copolymer Domains

ノイズに仕事をさせる(Putting Noise to Work)

機械システムが周期的な動作をする際、ランダムに動くノイズ系からエネルギーを取り出すことが可能であり、この現象は確率共鳴と呼ばれている。Lotzeらは(p. 779;Bockrathの展望記事参照)、走査型トンネル顕微鏡のプローブ先端に取り付けられたカンチレバーと、極低温の銅表面に吸着した水素分子との間に確率共鳴を誘起させた。ある特定の印加電圧において、トンネル電子によって水素分子が励起され、そして水素分子のランダム運動とカンチレバーの運動が結合して周期的振動を引き起こしたという。(NK,ok)
Driving a Macroscopic Oscillator with the Stochastic Motion of a Hydrogen Molecule

マヤ文明と気候(Maya and Climate)

世界中の、人類史にわたる多くの証拠が示すように、気候は過去に多くの異なる社会の活力に影響を与えてきた。この最も明白で劇的な例の一つが、古代マヤ文明におけるものである。その進んだ文化は、西暦300年から1,000年の間の彼らの生活の、あらゆる側面からの精度が高い証拠を残している。Kennett たちは(p. 788; 表紙参照)、古代マヤの居住地の中央にあるベリーズの洞窟で採取した石筍から得られた詳細な気候の証拠を提示している。証拠の詳細な分析と正確な年代推定は、降水量の変化をマヤの政治、戦争、人口変動と結びつけることを可能にしている。(Sk,ok)
Development and Disintegration of Maya Political Systems in Response to Climate Change

感受性の精度向上(Sensitivity Training)

平衡気候感受性-大気中の二酸化炭素濃度の倍増により引き起こされる、全地球平均の地表面気温の上昇量-は、人起因の気候変化を予測するのに必要とされる。数十年の間、モデルはその値を1.5℃から4.5℃ の間と見積もってきたが、確かな予測値を得るには不確定さが大きすぎた。Fasullo と Trenberth は(p. 792; Shell による展望記事参照)、対流圏の相対湿度の季節変動が気候感受性に関連しており、したがってモデルに制限を加え、平衡気候感度の推定範囲を狭めるために用いることができ、それによって、将来の温暖化のより正確な予測が可能になることを示している。(Sk,KU,nk)
A Less Cloudy Future: The Role of Subtropical Subsidence in Climate Sensitivity

創傷治癒と免疫(Wound Healing and Immunity)

創傷治癒と感染症は重なり合うプロセスであることが多いが、創傷治癒の応答が免疫応答を調節しているかどうかはよく理解されていない。Doronin etたち(p. 795,9月27日号電版:Herzog and Ostrovによる展望記事参照)は、血液凝固のカスケード反応における重要な成分である凝固第X因子が、マウスにおけるアデノウイルス感染症への応答において抗ウイルス性免疫をトリガーしていることを示している。第X因子は非常に高い親和性でもってヒト型Cアデノウイルスに結合する。構造解析から、第X因子とアデノウイルスの間の重要な結合残基が同定されたが、その残基が変異すると、結合が抑制された。マウスにおける脾臓のマクロファージに感染可能にもかかわらず、第X因子に結合できない変異アデノウイルスに感染したマウスからの脾臓の転写プロファイリングから、自然免疫と関係するシグナル伝達カスケードの活性化が損なわれていることが明らかになった。(KU)
Coagulation Factor X Activates Innate Immunity to Human Species C Adenovirus

精子工場を観察する(Observing Sperm Factories)

血液-精巣関門(blood-testis barrier)は、生殖細胞の分化に対する許容的な微小環境を創り、減数分裂する生殖細胞を自己免疫から保護している。精子になるために、生殖系列前駆体の大きな嚢胞は損傷をこうむることなく血液-精巣関門を通過する必要がる。SmithとBraun(p. 798,9月20日号電子版)は、血液-精巣関門の守衛である体細胞のセルトリ細胞が、新旧の密着結合で囲まれたた区画のネットワークを構築することでこの仕事を行っていることを示している。嚢胞内の生殖細胞を結合している細胞間の架橋が、3つの細胞結合部で縦糸を貫通することで、一時的な区画に拡がっている。新しい血液-精巣関門の形成の後でのみ、古い密着結合が除去され、そして生殖細胞が遊離される。(KU,ok,nk)
Germ Cell Migration Across Sertoli Cell Tight Junctions

オプトジェネティック的制御 (Optogenetic Control)

蛍光タンパク質は光センサーとして広く用いられているが、しかしながらタンパク質活性化に関する光制御は課題が多い。Zhouたち(p. 810)は、センサーと制御の双方を可能にするアプローチを記述している。蛍光タンパク質Dronpaの領域がお互いに二量体化するよう設計され、そして酵素領域の各々の末端に融合された。暗闇中で、その領域は二量体化し、酵素活性は抑制された。しかしながら、光に露出すると、Dronpaの解離が誘発され、酵素は活性化され、オプトジェネティックな制御が可能となった。(KU)
Optical Control of Protein Activity by Fluorescent Protein Domains

死にゆく理由(To Die For)

折り畳まれていないタンパク質 応答(unfolded protein response:UPR)は、必要に応じて小胞体(ER)のタンパク質折り畳み能力を調整している。UPRシグナル伝達には、ER膜貫通のキナーゼ-エンドリボヌクレアーゼ (RNase)であるIRE1αが必要であるが、これはそのER内に蓄積した折り畳まれていないタンパク質によって活性化され、XBP1メッセンジャーRNA(mRNA)の1セグメントを切除して、恒常性転写制御因子XBP1の産生を引き起こす。しかしながら、ERストレスが取り返しのつかないものである場合には、持続するIRE1αのRNase活性が細胞死の引き金を引くことになる。重いERストレスはミトコンドリアの上流の初期のアポトーシススイッチとして、タンパク質分解酵素Caspase-2を活性化するのである。しかしながら、ERストレスの検出からCaspase-2活性化へと導く分子現象ははっきりしていない。Uptonたちはこのたび、IRE1αがCaspase-2を活性化するERストレスセンサーであり、それを非翻訳RNAの関与する機構を介して行なっていると報告している(p. 818,10月4日号電子版)。取り返しのつかないERストレスのもとで、IRE1αのRNaseが通常はCaspase-2のmRNAの翻訳を抑圧している選ばれたミクロRNAの急速な崩壊の引き金を引き、活性化の最初のステップとして、急速にCaspase-2のレベルを増加させるのである。(KF,ok)
IRE1α Cleaves Select microRNAs During ER Stress to Derepress Translation of Proapoptotic Caspase-2

芽よ、このミトコンドリアはおまえのものだ(Bud, This Mitochondrion's for You)

小器官のサイズは、どうやって細胞のサイズに適したように調整されるのだろう? Rafelskiたちは、生きている出芽酵母の細胞中のミトコンドリアを測定する定量的方法を用いて、明らかに、一番単純な小器官を母と娘細胞中に等分するやり方ではなく、細胞は発芽初期にミトコンドリアのレベルを、母のミトコンドリアの内容やサイズ、古さとは独立に調整していることを見出したのである(p. 822)。(KF,KU)
Mitochondrial Network Size Scaling in Budding Yeast

有機物の紐結び(An Organic Knot)

人が紐を結ぶ際に、紐の両端を掴み、その両端をお互いに輪を通して結びつける。この仕事はトップダウン的な組織化の枠組みがなく、そして紐がそれ自身の周りで丸く輪を作るようになる必要がある場合、分子レベルで行うことはかなり困難である。最近、化学者たちは、結び目の形状を作るために金属-リガンドの配位化合物に関して、きっちりした幾何学的形状の制約をうまく利用してきた。Ponnuswamyたち(p. 783; Siegelによる展望記事参照)は、金属センターを用いずに有機物フラグメントから三つ葉様結び目(trefoil knot)の自発的集合体を明らかにしている。その形状は芳香族セグメント中の疎水性相互作用によって促進され、それらの重なりにより周囲の水への露出を最小にしている。(KU,ok)
Discovery of an Organic Trefoil Knot

性選択と自然選択(Sexual Versus Natural Selection)

ショウジョウバエを使った1948年の実験で、Angus Batemanは、性選択はオス(対メスで)においてもっとも強くなるが、それは、それらが得るつがい相手の数が、その子孫の数に相関するからだということを明らかにした。この、つがい相手の数と子孫の数の関係は、それからBateman勾配として知られるようになったが、自然界でもそういう関係が期待できるのかどうかについては、多くの議論がなされてきた。モンタナの プロングホーン・アンテロープの閉じた集団から得られた30年にわたるデータを用いて、ByersとDunnは、つがい相手の数と子孫の数との関係は、まさに、この一夫多妻の二形性の種においては、強い性選択にとって有利なチャンスを提供しているが、しかし環境の効果がそうした選択を無意味にすることもある、と明らかにしている(p. 802; またWadeによる展望記事参照のこと)。新生の仔ジカをコヨーテが捕食する率が高い年には、性選択は作用できず、代わりに、生殖の成功は自然選択によって決定されるのである。(KF,ok)
Bateman in Nature: Predation on Offspring Reduces the Potential for Sexual Selection

ホスフィン耐性を調べる(Dissecting Phosphine Resistance)

キクイムシ(Rhyzopertha dominica)や コクヌストモドキ(Tribolium castaneu)などの世界中での有害な昆虫集団は、燻蒸剤ホスフィンに対して高い抵抗性を持つようになり、世界の食料の保全にたいする潜在的脅威である。線虫はホスフィンに対して弱いが、ホスフィン抵抗性のある系統が知られている。Schlipaliusたちは、δ-1-ピロリン-5-カルボン酸脱水素酵素およびジヒドロリポアミド脱水素酵素(dld-1)遺伝子における変異はどちらも、線虫におけるホスフィン抵抗性の強化をもたらしていると明らかにした(p. 807)。キクイムシとコクヌストモドキにおけるホスフィン抵抗性の変異もまた、核となる代謝酵素をコードする dld-1 遺伝子にマップされている。これらの変異体は、しかしながら、ヒ素に対して過敏であり、これを模倣することで、つまるところ、ホスフィンとの協力効果が期待できるかも知れない。(KF,nk)
A Core Metabolic Enzyme Mediates Resistance to Phosphine Gas

ミトコンドリアの脂質輸送(Mitochondrial Lipid Trafficking)

細胞膜の脂質組成形成の妨害は、重大な機能的影響をもたらし、しばしば病気を引き起こす。常に融合と分裂を行なっている動的な小器官、ミトコンドリアが、いかにして、そのリン脂質組成を維持し、それを生理的ニーズに合わせて調整しているかは、知られていない。カルジオリピン、ホスファチジルエタノールアミンなどのいくつかのリン脂質は、ミトコンドリア内膜において、小胞体から移入された前駆物質分子から合成されている。Connerthたちは、酵母ミトコンドリア中のカルジオリピンの蓄積を決定する仕組みを検討した(p. 815)。定量的脂質学、酵母の遺伝学、超微細構造研究、そして試験管内アッセイでの生化学の組み合わせによって、タンパク質Ups1が、前駆物質である脂質ホスファチジン酸を、ミトコンドリア膜の外と内で行き来させていることが示唆された。Ups1は、もう1つのミトコンドリアタンパク質、Mdm35と一緒になった複合体中で脂質の輸送を仲介しており、Mdm35は輸送に適した高次構造中でUps1を安定化し、タンパク質分解からUps1を守っている。高いカルジオリピン濃度があると、Ups1によるホスファチジン酸の輸送は抑制され、これが、ミトコンドリア膜中のカルジオピリンの蓄積を制限するフィードバック制御系を提供しているらしい。(KF,KU,nk)
Intramitochondrial Transport of Phosphatidic Acid in Yeast by a Lipid Transfer Protein
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