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Science June 1 2012, Vol.336


ハイドロゲルのデザイナー(Designer Hydrogels)

ハイドロゲルとは、水分を多量に含んでいる架橋結合した重合体ネットワークであり、今日ではハイドロゲルは様々な化学組成と、色々な物理的及び化学的架橋の組み合わせから作られる。化学的あるいは生物的なシグナルを受けた時に、ハイドロゲルを徐々に分解するように設計することも可能であり、かくして人体組織の移植や再生等の組織工学や薬物送達など含む幅広い応用分野で利用されている。Seliktar (p. 1124)は、特殊な性質を持つハイドロゲルの合成や生物学や薬学へのそれらの応用に関する最近の進展をレビューしている(TO,KU,nk)
Designing Cell-Compatible Hydrogels for Biomedical Applications

量子コンピューターの大躍進か?(Quantum Leap?)

量子コンピューターは、数学や物理学の最も難しい問題を解くことができると期待されている。しかし、量子コンピューターによって場の量子論(QFTs)を効率良くシミュレートできるかどうかは分かっていない。QFTsは素粒子物理や凝縮系物理において用いられており、無限大の自由度を考慮しなければならないが、コンピューターで計算する場合には離散化が必要である。Jordan等は(p.1130;Hauke等の展望記事参照)、4次の相互作用を含むある種の QFTs を効率よく計算可能な新しいアルゴリズムと、離散化に伴う誤差について報告している。強い相互作用という最も難しい場合でも、新アルゴリズムの計算時間は粒子の数、エネルギー状態、要求精度といった変数に対して指数関数的ではなくべき乗で変化するため、これまでの最も優れた古典的アルゴリズムよりもより効率よく計算できるという。(NK,KU,nk)
Quantum Algorithms for Quantum Field Theories

見えない惑星(Unseen Planet)

惑星の軌道は、同じ惑星系の中の別の惑星との重力相互作用に影響される。惑星系の中心星の前を、ある惑星が通過する(すなわちトランジット(transit))のを見ることができれば、重力的摂動は通過時間の変動に置き換えられることとなる。Nesvorny たち (p. 1133, 5月10日付け電子版; Murray による展望記事を参照のこと)は、ある惑星の通過時間変動から、以前は知られていなかった遠く離れた惑星の存在を予測した。この通過時間変動が見出された惑星自体は、Kepler 宇宙望遠鏡によりこれまで検出されていたものである。この新しい惑星は、57日周期の軌道にあり、その惑星系の中心星の前を通過してはいない。また、その解析は6.8日周期の軌道で地球質量の 1.7倍の質量を有する、第三の惑星存在の可能性が明らかにされた。中心星からの距離が適当な間隔に置かれ、ほぼ、同一平面上にあり、ほとんど円状の軌道を有する、今回確認された二つの惑星の存在は、われわれの太陽系そのものの惑星軌道の姿にそっくりである。(Wt,nk)
The Detection and Characterization of a Nontransiting Planet by Transit Timing Variations

クーパ対の解析(Dissecting Cooper Pairs)

角度分解光電子分光(ARPES)は、複雑な物質の電子構造の研究に使われている。最近、極めて短い励起パルスを用いて系を励起し、その後の系の変化をプローブパル スで追跡するという、時間分解ARPESが可能となったSmallwoodたち(p. 1137)はこの技術を用いて、一般的な超伝導の温度よりは高い銅酸化物高温超伝導体におけるクーパ対(超伝導体の基本的なチャージキャリア)の再結合を研究した。(hk,KU,nk,ogs)
Tracking Cooper Pairs in a Cuprate Superconductor by Ultrafast Angle-Resolved Photoemission

グラフェンを用いて新たな三極管をつくる(Updating the Triode with Graphene)

初期の電子機器においては、三極管(二極管とグリッドを組み合わせた真空装置)が信号を制御したり増幅したりするのに用いられたが、ほとんどの応用分野で固体シリコンの電子機器に置き換えられた。シリコン−金属の界面の一つの特長は、形成されるショットキー障壁(ダイオードとして作用する)にあるが、そのフェルミ準位は表面準位の存在によって固定されるため、金属の仕事関数によって変化することはない。Yang たちは(p. 1140, 5月17日号電子版)、今回、グラフェン−シリコン界面の場合は、フェルミ準位が固定されず、可変な障壁を持つ三極型の素子”バリスタ”を形成し、インバーターのような装置を作るのに使えることを示した。(Sk,ok)
Graphene Barristor, a Triode Device with a Gate-Controlled Schottky Barrier

ひとつの主題に関する多様性(Variation on a Theme)

動物界全般にわたって存在する、社会的な振る舞いや生態学における驚異的な多様性や複雑性を考えると、行動に関する神経メカニズムの進化を明らかにすることは、非常に難しい問題である。O'ConnellとHofmannは (p. 1154) 、脊椎動物5系統88種における社会的行動のネットワークと中脳辺縁系の報酬系に関与する、いくつかの遺伝子の発現プロファイルを調査した。社会的な振る舞いや意思決定に関連する脳の領域は、進化の過程において著しく保存されていることが観察された。しかし、脳における神経内分泌 のリガンド発現の変動性により、柔軟性が維持されてきたらしい。(Uc,KU,nk,ogs)
Evolution of a Vertebrate Social Decision-Making Network

粒界に挑む(Going Up Against the Grain Boundaries)

剥離したグラフェンシートは優れた電気特性を示す単結晶であるが、大きな素子を作るにはあまりに時間がかかりすぎる。化学的蒸着のような成長法はより高速であるが、粒界を含む多結晶のグラフェンシートができてしまい、電荷キャリアが散乱されて性能が落ちてしまう。Tsen たちは(p. 1143)、多結晶グラフェン試料中に重なり合った領域があると、試料の導電性が何十倍も増大することを見出した。これはこれは単結晶の剥離試料に匹敵する導電率である。(Sk,nk,ok)
Tailoring Electrical Transport Across Grain Boundaries in Polycrystalline Graphene

スペクトルのかたまりを解きほぐす(Untangling a Spectral Thicket)

原子や分子は固有の波長の光を吸収するが、ある種の分子のスペクトルを特定することは課題のまま残っている。例えば、CO と H2 が緩やかに結合した複合体では、高密度のスペクトル線の集合が生じるが、これは十年以上解明できないままであった。今回、Jankowski たちは(p.1147)、観察されたパターンに一致する詳細な理論計算を提供し、それによってスペクトル形成に関与する振動および回転状態を明らかにした。その結果は、最終的には、星間空間での H22や CO の衝突ダイナミクスを解明する助けになるかもしれない。(Sk,nk)
Theory Untangles the High-Resolution Infrared Spectrum of the ortho-H2-CO van der Waals Complex

どのように成長するかを見る(See How They Grow)

アクチン細胞骨格の制御された重合(assembly)や脱重合は、細胞運動、細胞質分裂、腫瘍転移などのプロセスに必須である。新規のアクチン線維の形成には、別のアクチン重合-促進因子と対になったタンパク質フォルミン(formin)が関与している。Breitsprecherたち(p. 1164)は3色単分子蛍光顕微鏡を用いて、タンパク質フォルミン、mDia1と腫瘍抑制因子(tumor-suppressor)のadenomatous polyposis coli(APC)によって促進されるアクチン重合を可視化した。この2つの重合因子は直接相互作用して、フィラメントの重合を開始し、その後APCは核形成の部位に留まっている一方で、mDia1は伸長する反矢じり端(barbed end)と共に移動した。(TO,KU)
【訳注】反矢じり端:アクチンフィラメントの正端(反矢じり端)、急速に重合している端
Rocket Launcher Mechanism of Collaborative Actin Assembly Defined by Single-Molecule Imaging

設計して組み立てる(Design and Build)

自己組織化する生体分子は機能材料の開発における魅力的構築ブロックである。精緻なDNAをベースにした材料が開発されてきたが、しかしながら、タンパク質をベースとした材料設計における開発は遅れていた。Kingたち(p. 1171)は、最初にタンパク質の構築ブロックを狙いとする構築体上に対称に配置し、次に構築ブロックの自己組織化を促進する結合界面を設計するという、一般的なコンピュータによる手法に関して記述している。この手法を実証するものとして、三量体の構築ブロックを用いて、自己組織化する四面体の対称性を持つ12-サブユニットの複合体と八面体の対称性を持つ24-サブユニットの複合体を設計した。Laiたち(p. 1129)は、オリゴマーのタンパク質ドメインの融合により、12-サブユニットの四面体構造のタンパク質の籠を作ることができた。(KU)
Computational Design of Self-Assembling Protein Nanomaterials with Atomic Level Accuracy
Structure of a 16-nm Cage Designed by Using Protein Oligomers

キチンの結合を解析する(Dissecting Chitin Binding)

真菌細胞壁におけるキチンは、病原性菌類に対する植物防御を開始するトリガーとして作用する。シロイヌナズナは細胞表面のキチン受容体を通してこれらのシグナルを検知しており、その受容体の細胞内キナーゼ領域がキチンに応答してシグナル伝達カスケードを開始し、感染への植物応答を活性化する。Liuたち(p. 1160)は、シロイヌナズナのキチン受容体AtCERK1の結晶構造を解明した。その結果は、キチンが受容体にどのように結合しているかを示しており、そしてその生物学的応答には受容体の二量体形成を必要とし、それが少なくても7乃至8個のサブユニット長のキチンオリゴマーに結合していることを示唆している。(KU)
Chitin-Induced Dimerization Activates a Plant Immune Receptor

本物のカゼインキナーゼ(The Real McCoy)

いくつかの分泌タンパク質はリン酸化されるが、そのもっとも顕著な例が牛乳タンパク質カゼインである。しかし、このようなリン酸化を触媒する酵素は同定されていなかった。(「カゼインキナーゼ」として知られているタンパク質は、実際には細胞質タンパク質であり、カゼインの生理学的リン酸化には介在していない。)Tagliabractたち(p. 1150,5月10日号電子版)は、分泌タンパク質キナーゼのリン酸化を触媒すると期待される特性を有するヒトタンパク質を研究し、そしてFam20Cを同定した。Fam20Cをコードしている遺伝子の変異により、骨形成に欠陥が生じる。更に、Fam20Cリン酸化に対する共通の配列が生体内鉱質形成(biomineralization)に機能するいくつかの分泌タンパク質で見出されていた。このように、Fam20Cは「本物の」カゼインキナーゼであり、そして骨の生理学に機能している。(KU)
Secreted Kinase Phosphorylates Extracellular Proteins That Regulate Biomineralization

激しい選り好み(So Selective)

長寿命の抗体に仲介される免疫に対するキーとなる要素-記憶B細胞と形質芽細胞-は胚中心で産生されるが、そこでは高親和性の抗原受容体を発現するB細胞が、親和性の成熟と呼ばれるプロセスにおいて生存と増殖のために選択される。 Khalil たち(p. 1178, 5月3日号電子出版、および、Bannard and Cysterによる展望記事参照) は、思いがけず胚中心の外側のナイーブB細胞やB細胞とは対照的に、マウスの胚中心のB細胞において近位のシグナル伝達事象が抗原受容体の下流において障害を受けていることを見つけた。(Ej,KU)
B Cell Receptor Signal Transduction in the GC Is Short-Circuited by High Phosphatase Activity

手足の動きを回復する(Regaining Limb Movement)

長期間の集中的な研究にもかかわらず、脊髄損傷後の患者の運動機能の回復を補助するには新規な処置が緊急に必要である。van den Brandたち(p. 1182)は、ヒトの脊髄損傷の状況を完全に模倣した後肢麻痺状況をもたらすために、ラットの胸髄の異なるレベルので左右それぞれの片側切断面を作った。薬理学的な薬剤の全身投与とマルチシステムのリハビリテーションプログラムを組合せ、これには人工神経器官によるロボット姿勢も含まれるが、両方の後肢の随意運動を回復した。(Ej)
Restoring Voluntary Control of Locomotion after Paralyzing Spinal Cord Injury

トレードオフの管理(Managing Trade-Offs)

ほとんどの生物は、一群の形質からの選択を経ることによって、進化的に成功する見込みを決定している。しかしながら、その生物にとって最適な表現型を決定する際に特定の形質が選ばれるには、利害のバランスが取られている可能性がある。Shovalたちは、べき乗則の確率分布を表すパレート曲線により最適化するというタスクに身体的特性を関連付け、形質値のある一つの集合がそのタスクにおける成績を最適化し、そして生物の表現型がその形質値集合からずれるにつれて(タスクに対する)成績が低下する、ということを明らかにした。(p. 1157; またNoorとMiloによる展望記事参照のこと)。この結果は、任意の数のタスクと形質の組に対しても選択により利害のバランスが最適化されることを示唆し、そして進化的な変動の事例を説明するのかもしれない。(KF,KU,nk)
Evolutionary Trade-Offs, Pareto Optimality, and the Geometry of Phenotype Space

アミロイド形成への洞察(Insights into Amyloidogenesis)

アルツハイマー病に付随するアミロイド-β(Aβ) ペプチド類は、アミロイド前駆タンパク質の膜貫通C末端領域(C99)の、γ-分泌酵素による切断によって産生される。Barrettたちは、核磁気共鳴(NMR)および電子常磁体共鳴の分光分析を用いて、C99が表面付随N末端およびC末端らせん体と、γ-分泌酵素による前進的な切断に適した柔軟にカーブする膜貫通ヘリックスを含んでいることを明らかにした(p. 1168)。コレステロールレベルの上昇が、Aβ産生を増加させることが明らかになっている。核磁気共鳴による滴定と変異原性とによって、タンパク質オリゴマー形成に関与するとされてきたモチーフを含む、コレステロールのC99内での結合部位が明らかにされた。(KF)
The Amyloid Precursor Protein Has a Flexible Transmembrane Domain and Binds Cholesterol

破局的な崩壊を予測する(Predicting Catastrophic Collapse)

条件のわずかな変化が系の状態に大きなシフトをもたらす転換点近傍における複雑系のふるまいを予想することは非常に難しい。ある種の一般的な統計学的指標、たとえばゆらぎ(摂動から定常状態への系の回復速度の低下(臨界緩和(criticalslowing down)と呼ばれる)は、そうした転換点が近づいているシグナルとなることが、理論的には予想される。研究室で酵母集団を研究することで、Daiたちは、破局的な集団崩壊前に臨界緩和を見つけ出す実験的測定法を作り出した(p. 1175)。このタイプのアプローチは、生態系の遷移から、気候変化、さらには金融市場の崩壊などの、他の複雑系における破局の閾値を予測しようとする際にも助けになるはずである。(KF,KU,nk,ok)
【訳注】臨界緩和:臨界点付近で緩和時間が異常に長くなること
Generic Indicators for Loss of Resilience Before a Tipping Point Leading to Population Collapse
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