[前の号][次の号]

Science April 13 2012, Vol.336


水星の隅から隅まで(Mercury Inside and Out)

水星の周りの軌道を回る メッセンジャー(MESSENGER) 探査機は、2011年3月18日からおよそ12時間の極近くの偏心した軌道にいた(McKinnon による展望記事を参照のこと)。Smith たち(p.214, 3月21日号電子版) は、最も新しい水星の重力場の決定結果を報告しているが、これは、MESSENGER 探査機に対する、2011年の3月18日から4月23日までの期間の電波トラッキングに基づくものである。この結果は、他の地球型惑星とは異なる水星の内部構造を示している。すなわち、水星の固体外殻の密度からの推測では、そこには高密度物質が深くまで、恐らくは FeS の厚い層が、存在しているようだ。Zuber たち (p.217, 3月21日号電子版) は、2011年10月24日 まで継続した MESSENGER のレーザー高度計によるデータを用いて、水星の北半球の地形図を作り上げた。この地図は、火星や月に比較して高さの変化が少なく、その特徴は、水星がその歴史の大部分で地球物理学的活動を持続してきたことに新たな証拠を付け加えるものとなっている。(Wt,KU,tk,nk)
Gravity Field and Internal Structure of Mercury from MESSENGER
Topography of the Northern Hemisphere of Mercury from MESSENGER Laser Altimetry

遺伝子マップに熱中する(Going Ape Over Genetic Maps)

生物の多様性を生み、選択的に有利な遺伝的組合せを生じるためには、組換えは重要なプロセスである。従って、組換えのホットスポットが変化することは、種の形成に影響を及ぼすと考えられる。ヒトとこれに最も近い現存種での組換えプロセスの違いを調べるために、Auton たち(p. 193, および、3月15日号電子版を参照)は、西アフリカのチンパンジー(Pan troglodytes verus)の詳細な遺伝子マップを作成し、ヒトのマップと比較した。組換えの速度はヒトとチンパンジーの間では類似しているが、組換えの起こる位置と遺伝子モチーフは二つの種の間で異なっている。(Ej,KU,ok,nk)
A Fine-Scale Chimpanzee Genetic Map from Population Sequencing

磁気電気効果を利用する(Harnessing the Magnetoelectric Effect)

ある種のマルチフェロイック物質では、外部磁場が誘電分極を誘起し、そして電場が磁化を誘起する、いわゆる磁気電気効果を示す。電気的手段によって磁気構造を操作できる手法が技術的に非常に求められているため、この効果は注目されている。Sekiらは(p.198)、スキルミオンと呼ばれるスピン渦がマルチフェロイック物質であるCu2OSeO3中で発生し、スキルミオンによって磁気電気カップリングが生じていることを発見した。絶縁性マルチフェロイック物質中でスキルミオンが発見されたことにより、その制御の可能性が開けたといえる(NK,nk)
Observation of Skyrmions in a Multiferroic Material

光学的なトポロジーを操作する(Manipulating Optical Topology)

固体系における相転移は、この系の特性における非常に大きな変化と関連があることが多い。例えば、金属-絶縁体間や、磁性-非磁性状態への変化は記憶媒体の技術における大きな応用の可能性を有している。非常に珍しい相転移としてLifshitz転移が存在するが、そこではフェルミ面がトポロジーの変化と電子の状態密度の大きな変化を引き起こす。Krishnamoorthyたちは(p.205)今回、このような相転移に関する概念が、メタ物質構造の適切な設計によって光の世界で実現可能であることを示している。この効果は光と物質間の相互作用を制御するのに利用できるであろう。(Uc,KU)
Topological Transitions in Metamaterials

巧妙に作られた強誘電性液晶(Finessing Ferroelectric Liquid Crystals)

強誘電性の応答を示す材料は、外部電界を取り除いた後も分極状態を保持する、分極可能な小区域を持つ必要がある。しかしながら、その流動性により、液晶分子は外力で容易に動くことが出来、強誘電性の応答を生み出すことを困難にしている。Miyajima たちは(p.209)、アミドでキャップされた無極性鎖にて繋がれた極性シアノ基を有する一連の円柱状液晶分子が、傘形状のコア-シェル構造を構築することを示した。そこでは、アミド間の水素結合がシアノ基を閉じ込めている。繋ぎ止め材料の化学的性質におけるほんのわずかな変化で、その分子集合体は常誘電性から強誘電性への応答を有するものへと調整可能であり、それには、ほんの小さな抗電界しか必要としない。(Sk,KU,ok)
Ferroelectric Columnar Liquid Crystal Featuring Confined Polar Groups Within Core-Shell Architecture

切るか切らぬか、それが問題だ(To Cut or Not to Cut)

動物の細胞分裂の際に、最終的な娘細胞の分離には、その中心的膜切断機構であるESCRT-III (TransportIIIに必要なエンドソームのソーティング複合体)が必要となる。Carlton たち(p. 220,および、3月15日号電子版、更に、Petronczki and Uhlmannによる展望記事参照)は、ESCRT-IIIがそのサブユニットの一つであるCHMP4Cを通して器官脱離のタイミングを調節していることを報告している。CHMP4Cの枯渇により、細胞分裂の最後に娘細胞を結びつけている細胞質の橋である、中央体の分解が速くなる。この表現型は中央体におけるCHMP4Cの時空間的分布の差異と相関する。CHMP4CはオーロラB-仲介の器官脱離チェックポイントを活性化させるために必須であるから、その結果、CHMP4Cの枯渇は遺伝的損傷の蓄積となる。このように、ESCRT機構は、細胞分裂の活性化と器官脱離チェックポイントと協調させることで、遺伝的損傷に対して細胞を保護している。(Ej,KU)
ESCRT-III Governs the Aurora B?Mediated Abscission Checkpoint Through CHMP4C

麻薬のメモリーを破壊する(Disrupting Drug Memories)

麻薬からの立ち直りプログラムにおいて、麻薬刺激への条件反応が消去プロトコルにより抑制される。しかしながら、消去されたはずの行動的応答が、麻薬それ自身への、或いは麻薬と結びつく環境への新たな暴露の後で甦り、そして時にはこのような応答が自発的に再現する。刺激-メモリーの再構築を破壊したり、或いは消去学習を強化する試みがなされてきたが、しかしながらこれらの努力は薬理学的薬剤に依存したものが多く、 これら薬剤はヒトへの使用にたいして認められていなかったり、あるいは問題のある副作用を引き起こしたりする。Xueたち(p. 241,Milton and Everittによる展望記事参照)は、薬理学的アプローチの限界を回避する試みを行なった。ラットにおいて、メモリー消去セッション前の「刺激-メモリーの再構築の窓(reconsolidation window)」の短い時間枠内(10分〜1時間)で行なわれる毎日のメモリー再生が、麻薬-誘惑性への回帰、自発的な回復、及び麻薬依存への復帰を弱めていた。ヘロイン中毒のヒトで行なった時、消去セッション前の類似した再生トライアルにより、6ヶ月後まで刺激ー誘発性のヘロイン欲求が弱められた。このメモリー再生-消去の方法は中毒に対する有望な非薬理学的処置である。(KU,ok)
A Memory Retrieval-Extinction Procedure to Prevent Drug Craving and Relapse

飢餓と自己貧食(Starvation and Autophagy)

飢餓は、自己貧食を刺激すると同様に、細胞周期の停止を刺激する。これら二つの事象は結びついているのだろうか?Leeたち(p. 225)は、腫瘍抑制因子p53と必須の自己貧食遺伝子Atg7の間の直接的な、そして栄養-感受性の相互作用を示している。更に、Atg7の非存在下において、サイクリン-依存性のキナーゼ阻害因子p21のp53-依存性の誘発が抑制される。このことは、Atg7-欠損細胞が飢餓条件下で細胞周期を適切に停止できないことを示している。Atg7の欠失はp53-仲介の細胞周期の停止の機能障害をもたらす一方、Atg7-欠損細胞はp53-仲介の細胞死の経路を過剰に活性化する。この過剰活性化の生理的重要性は、p53-仲介の細胞死の遺伝的ブロッキングにより、Atg7が除去されたマウスの新生児の生存を大きく延長しているという観測によって強調される。(KU)
Atg7 Modulates p53 Activity to Regulate Cell Cycle and Survival During Metabolic Stress

開いた状態、閉じた状態(Open and Shut Case)

電位感知領域(VSD)は、電位開口型イオンチャネルの活性をコントロールして、神経伝導の基礎をなすイオンの流れを制御している。構造研究と生物物理学的研究によって、電位ゲートの開閉についての洞察が得られてきた。しかしながら、その理解は、完全に閉じた状態での結晶構造を欠いていることによって、妨げられている。電位開口型K+チャネルの開いた伝導状態の構造から始めて、Jensenたちは、全原子の分子動態シミュレーションを用いて、閉じた非伝導状態へのスイッチングに関与する立体構造変化を明らかにした(p. 229)。付加的なシミュレーションによって、チャネル活性化の主要な段階も明らかにされた。閉鎖状態の計算による決定によって、この静止状態にまつわるチャネル病を治療する薬の開発が導かれる可能性がある。(KF)
Mechanism of Voltage Gating in Potassium Channels

翻訳の妨害(Translation Block)

ミクロRNA(miRNA)は、小さな非翻訳RNA遺伝子である。真核生物のほとんどのゲノムで見つかり、遺伝子発現の制御において重要な役割を果たすものである。ただし、遺伝子活性がメッセンジャーRNA(mRNA)標的の翻訳の妨害によって、あるいはその脱アデニル化と引き続いての分解によって、抑圧されているかどうかは未だ議論の決着が着いていない。Bazziniたち(p. 233,3月15日号電子版)とDjuranovicたち(p. 237)は、それぞれ、ゼブラフィッシュ胚あるいはショウジョウバエの組織培養細胞の中での抑圧反応の初期のポイントを調べ、標的mRNAが相当に脱アデニル化され、分解される前に、翻訳が妨害されることを発見した。つまり、miRNAは翻訳の開始ステップを妨害しているらしい。(KF,nk)
Ribosome Profiling Shows That miR-430 Reduces Translation Before Causing mRNA Decay in Zebrafish
miRNA-Mediated Gene Silencing by Translational Repression Followed by mRNA Deadenylation and Decay

見猿、読猿(Monkey See, Monkey Read)

文字列といった正しい綴りの対象物(orthographic object)、そしてこれらの文字列を単語として認識出来ることが読むことのキーとなる要素である。これらの能力が発達出来るためのは、それに先立って複雑な言語理解が習得されているからであるとしばしばみなされてきた。例えば、例えば、我々は文字がどう発音されるかを学び、こうしてある特定の文字が 単語の一部を構成しているときにそれを認識するのである。しかしながら、我々は単語を別々の対象物として認識することを学んでいるために、正しい綴りの処理はまた、視覚的プロセスでもあり、そして読む能力は対象物を認識し、分類する能力に関係付けられよう。Graingerたち(p. 245,Platt and Adamsによる展望記事参照)は、ヒヒにおいて正しい綴りの能力を調べた。捕獲された、しかし自由に歩き回ることの出来るヒヒを、単語ではない似たような文字の組み合わせから正しい英単語を識別するよう訓練した。そうすると、ヒヒたちは驚くほどの正確さで正しい単語を識別することが出来た。単語を対象物として認識する基本的な能力は、言語の理解という複雑な段階は必要としない。(KU,nk)
Orthographic Processing in Baboons (Papio papio)

もつれたキュービット(Entangling Qubits)

量子コンピュータの基本的要素であるキュービットは、多くの物理的な道具立てで実現されてきたが、それらはそれぞれ長所と欠点を有している。固体スピンキュービットは周囲の環境やキュービット同士の相互作用が弱いため、長いコヒーレンス時間が得られるのであるが、それが一方ではマルチキュービット演算の実行をも困難にしている。Shulman たちは(p. 202)二重量子ドットを用いて、一重項‐三重項キュービットを作り出した。そこにおいては、二つの可能な量子状態は、スピンが 1/2 の電子2個によって作られる一重項と三重項である。そのような2個のキュービットは、次に、電気的なゲート開閉によってもつれが生じる。このもつれが、一方のキュービットの電荷配置に影響を与え、それが、次にもう一方のキュービットが受ける電場に影響を与える。このタイプの2つのキュービットのもつれは、このようなシステムにおける量子コンピューティングの更なる開発に必須のものである。(Sk,nk)
【訳注】コヒーレンス時間:外部からの擾乱に影響を受けない時間
    一重項:スピンがお互いに反平行である場合の固有ケット
    三重項:スピンがお互いに平行である場合の固有ケット
Demonstration of Entanglement of Electrostatically Coupled Singlet-Triplet Qubits
[前の号][次の号]