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Science April 6 2012, Vol.336


液状ナノ結晶(Liquid Nanocrystals)

高分解能の透過型電子顕微鏡では、静電気の蓄積を防ぎながら固体サンプルを保持するためにグリッドが用いられる。液体の場合は同様な原子レベルの分解能で調べることは困難であり、過剰な試料の動き、試料のダメージ、蒸発を防ぐためにカプセルに封入する必要がある。窒化ケイ素や酸化ケイ素のように、液体用の容器に用いられてきた材料は厚みが必要であるが、これらは大きな原子番号の元素を含んでいるため、必要な厚みにすると電子透過率が不十分になってしまう。Yuk たちは(p.61; Colliex による展望記事参照)、液体がグラフェンシート中に内包できることを示し、この手法を用いて、白金ナノ結晶の生成を原子レベルの分解能で調べた。その結果、選択的に合体し、形状を変え、表面のファセットを形成するという結晶化の様子が観察できた。(Sk)
High-Resolution EM of Colloidal Nanocrystal Growth Using Graphene Liquid Cells

バクテリアのある種(Some Sort of Species)

ある種のバクテリアは生態的な分化を示すことが知られているが、どうしてこのようなことが起きるのかは良く解ってない。Shapiro たち(p. 48; および、Papke and Gogartenによる展望記事参照)は、生態的に多岐にわたるビブリオ集団の全ゲノムについて検討し、「eco-SNP」(単一ヌクレオチドの多形)と呼ばれる遺伝子と遺伝子領域が種族間をすばやく動き回ることを見つけた。これらの領域は明らかに、バクテリアが生存する基質のタイプに応じて、バクテリアを遺伝的に分化させている。その結果、特定の生息域内部で生じる優先的組換えの結果として、強固な遺伝子型のクラスターが出現したらしい。異なる生息域への特殊分化が、バクテリア集団間の遺伝子流動の減少を招くことがあるかもしれないが、バクテリアは他の個体集団のDNAを取り込む余地を常に持っており、真核生物の意味での種とは言えない。(Ej,ok,nk)
Population Genomics of Early Events in the Ecological Differentiation of Bacteria

マヨラナの準備は整った(All Set for Majoranas)

トポロジカル絶縁体(TI)を超伝導体に近接させた際、自らが自分自身の反粒子でもある特異な粒子、マヨラナフェルミオンを担持すると理論的に考えられている。これを実証するためには、TIと超伝導体の界面を原子的にははっきりしているのに、電子的には透明なものにする必要がある。Wang等は(p52、3月15日号電子版)、このヘテロ構造を、ビスマス二重層で覆われた超伝導体NbSe2にTI素材であるBi2Se3膜を成長させることで実現した。Bi2Se3の膜厚を変えると、ヘテロ構造のTI表面に超伝導ギャップが観測されることを走査型トンネル顕微分光により明らかにされた。超伝導性とトポロジカル秩序が共存するこの材料において、特異な現象であるマヨラナフェルミオンも観測できるであろう。(NK,KU,nk)
The Coexistence of Superconductivity and Topological Order in the Bi2Se3 Thin Films

ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア(Here, There, Everywhere)

ランダムウォーク(random walks)は強力な数学的な手法であり、生物や化学、更には株式市場における幾つかのプロセスをシミュレートする際に用いられる。ランダムウォークは、プロセスが取る得る可能なルートをマッピングするための統計的な手法を提供する。量子ウォークは同時に複数のパスを調べることが出来ると期待されている。量子ウォークは一次元の、すなわち直線に沿ったウォークに対して実証されていた。Schreiberたちは今回(p. 55,3月8日の電子版)、二次元系上での量子ウォークをシミュレートできる光学的システムを実証し、それによってはるかに複雑なプロセスを記述出来る可能性を提供している。(hk,KU,nk)
【訳注】Here, There, Everywhere:ビートルズの曲名に由来している
A 2D Quantum Walk Simulation of Two-Particle Dynamics

応力で分極状態を変化させる(Changing Polarization with Applied Stress)

強誘電材料の電気分極の方向は印加する電界で切り替えられるが、力学的応力も分極と結びついており、圧電効果の根幹をなしている。原理的には、応力勾配により強誘電材料の分極を力学的に変化させることが可能なはずである。Lu たちは(p. 59; Gregg による展望記事参照)、原子間力顕微鏡で発生させた応力により引き起こされる、ナノスケール領域でのそのような切り替わりを実証した。基材は、フィルムに圧縮応力をかけて垂直方向に整列させた双極子モーメントを持つ、単結晶のチタン酸バリウムフィルムである。このアプローチは、各ビットの書き込みを力学的に行い、読み込みは電気的に行うようなメモリー素子につながるかもしれない。(Sk,nk)
Mechanical Writing of Ferroelectric Polarization

底に銅を持った地殻(Copper-Bottomed Crust)

沈み込み帯付近における火山孤列(volcanic arc chains)の形成は、上部マントルから地殻に大量のマグマを運び、そして海洋に列島を形成したり、大陸に新たな物質を付け足している。長い時間の間には、火山孤マグマ( arc magmas)はまた間接的に、火山性鉱物のガス放出や風化により、海洋や大気の組成に寄与する。しかし、何が火山孤マグマ自体の酸化特質(oxidized nature)を決定しているのか不明であった。Leeたち(p. 64)は、火山孤マグマの酸化還元状態(redox state)の代用指標として、火山孤由来の岩石中のCu含有量を測定した。大陸地殻全域にわたり、還元硫黄含有物に反応しやすいCuが全体的に枯渇していることは、地球内部奥深くに、銅が豊富な硫化物が存在する隠れた貯蔵場所があることを示唆している。(TO,KU,nk)
Copper Systematics in Arc Magmas and Implications for Crust-Mantle Differentiation

遅れて微惑星にやってきた(Coming Late to the Planetesimal)

高親鉄元素(Re, Os, Ir, Ru, Rh, Pt, Pd, Au) は、鉄のコアが形成された後に地球や月や火星のマントルに付加されたに違いない;そうでなければ、コアへと分離していく傾向の強いこれらの元素はマントルには枯渇していただろう。Dale たち (p.72) は、別の惑星系天体からの岩石中の高親鉄元素のデータについて報告している。この惑星系天体には、小惑星 4 ベスタや他の分化した惑星系天体が含まれており、それらは太陽系惑星形成のもととなる微惑星を代表するものである。他の元素分化した惑星系天体より大きな惑星系天体と同様、太陽系初期の数百万年にわたって形成されたのだが、その後期になって高親鉄天体がそれらのマントルに付加されたという証拠を与えている。このように、このプロセスは、地球や月、火星に特有のものではなく、内部太陽系においては、長期間にわたり起きていたものである。(Wt,KU,tk,nk)
Late Accretion on the Earliest Planetesimals Revealed by the Highly Siderophile Elements

植物時計TOC1の時の刻み(Tic TOC1 Plant Clock)

細胞の生理と結びついている分子時計は日々のサイクルを制御している。植物において、これら概日リズムは、炭素の代謝や葉の方位のような多様なプロセスに影響している。Huang たち(p. 75, および、3月8日発行の電子版を参照)は、植物の概日時計の基本要素である TOC1 ("TIMING OF CAB EXPRESSION 1")で駆動されるその相互作用について解析した。 TOC1は朝と夕方のサイクルの応答を調整することを促し、他のクロック要素の活性を抑制する機能を有する。(Ej,ok)
Mapping the Core of the Arabidopsis Circadian Clock Defines the Network Structure of the Oscillator

アルテミシニンの耐性を狭める(Narrowing Down Artemisinin Resistance)

抗マラリア薬剤への耐性は、耐性変異周辺での耐性選択領域と低下した多様性により特徴づけられると言うことを知ることで、Cheesemanたち(p. 79)は、カンボジア、ラオス、及びタイから採取した寄生虫の集団への修正ゲノムワイド関連性(assosiation)の研究において耐性選択のサインを調べた。33の領域は既知の抗マラリア耐性遺伝子の選択と濃縮の証拠を示した。過去10年の間に採取された寄生虫のサンプルの精緻なマッピングから、その関連性を染色体13における7っの遺伝子の35キロベースへと狭め、寄生虫のクリアランス速度における観察された減少の少なくても35%を説明するものである。しかしながら、強い候補となる変異の欠如は非翻訳調節性変異の関与を示唆している。(KU,ok)
A Major Genome Region Underlying Artemisinin Resistance in Malaria

書き換えられるマクロファージの発生(Macrophage Development Rewritten)

マクロファージは多様な感染症に対する防御を与え、そして多くの組織において炎症性の環境を形成する。これらの細胞は、遺伝子発現、細胞表面の表現型、及び特異的な機能における差異によって決定されるような、多くの特質を有している。Schulzたち(p. 86,3月22日号電子版)は、成体のマクロファージの総てが共通の発生上の起源を共有しているのかどうかを調べた。免疫細胞は、ほぼ総てのマクロファージを含み、造血幹細胞(hematopoietic stem cell:HSC)から生じていると考えられており、この幹細胞の発生には転写制御因子Mybを必要とする。Myb-欠損のマウスの解析から、卵黄嚢-由来の集団である、組織-常在性のマクロファージは、成体のマウスにおいてHSCの非存在下で発生し、かつ持続することが出来た。重要なことは、卵黄嚢-由来のマクロファージは、HSCが存在するときですら、組織内マクロファージの中でかなりの割合を占めていた。(KU,nk)
A Lineage of Myeloid Cells Independent of Myb and Hematopoietic Stem Cells

インターロイキン-22が胸腺を保護する(IL-22 Protects the Thymus)

放射線治療やいくつかのタイプの化学治療による副作用の一つは胸腺へのダメージである。免疫T細胞は胸腺で発生し、それ故この器官のダメージは免疫不全をもたらし、感染病に罹りやすくなる。この器官は最終的には回復するが、この回復プロセスを速める治療法は関心が高い。Dudakovたち(p. 91,3月1日号電子版;Bhandool and Artisによる展望記事参照)は、胸腺におけるインターロイキン-22(IL-22)の産生が放射線ダメージに応じて増加し、そしてこのサイトカインが胸腺の修復を促進することを示している。放射線治療の後、胸腺の樹状細胞によるIL-23の産生が、放射線抵抗性の自然免疫のリンパ系細胞からのIL-22の分泌を誘発した。IL-22は胸腺上皮細胞の生存と増幅を促進することで、その効果にかかわっているらしい。(KU,ok,nk)
Interleukin-22 Drives Endogenous Thymic Regeneration in Mice

沃野を探して(Looking for Greener Pastures)

ヒトは、他の動物と同じように食料を漁るように進化してきた。Kollingたちによる脳イメージング研究が示唆するのは、背側前帯状皮質における活動が、捕食理論(foraging theory)によって予想される環境の豊かさについての連続的シグナルを供給しているということである(p. 95)。このシグナルは、現在選択されているものに取り組むか、代わりの餌を探すかという、捕食においてキーとなる判断に結び付く座標系を示している。これと同じ戦略は、ヒトが別種の決定をする際にも利用されている。これとは対照的に、捕食に適したシグナルを欠く脳領域である腹内側前頭前野は、環境の豊かさによって影響を受けることのないやり方で、選択価値をコードしている。(KF,KU)
Neural Mechanisms of Foraging

石膏をめぐって(Roundabout Gypsum)

カルシウム硫酸塩はごく普通のものだが、多分自然界での、あるいは産業界での数々のプロセスで使用されている無機質の内で正しい評価がなされていないグループに属する。多くの場合、その結晶は、他の多くの水溶性無機質のほとんどと同じく、溶液中で析出する。しかしながら、異なった、まだ解明されていない仕組みが作用している可能性があるという証拠が積み重なってきている。Van Driesscheたちは、最もありふれたカルシウム硫酸塩無機質である石膏(硫酸カルシウムの二水和物)について、時間分解した急冷成長過程に沿っての様々な点での高分解能の顕微鏡観察実験を行った(p. 69; また表紙参照)。それら画像が明らかにしたのは、石膏の粒子は実際には、他の鉱物であるバサナイト(bassanite:硫酸カルシウムの半水和物)の結晶性ナノ粒子として生じ始め、これが秩序だったナノロッド(nanorod)へと自己組織化するということである。最終的には、このナノロッドが水和反応に従って石膏へと転換していく。この反応経路が中間相の溶解度限界以下で生じるという知見は、生体内鉱質形成プロセスに対する幅広いの意味をもっていて、淡水化膜表面での汚れを防ぐ方法を提供してくれる可能性がある。(KF,KU,nk)
The Role and Implications of Bassanite as a Stable Precursor Phase to Gypsum Precipitation

マイクロDNA、微小欠失(MicroDNA, Microdeletion?)

染色体外環状DNA(eccDNA)は、真核生物には広く存在している。Shibataたちは、胚性マウスの脳や心臓、肝臓にある新しい形態のeccDNA、すなわちmicroDNAを成体マウスの脳や、マウスとヒトの細胞系統に発見した(p. 82,3月8日号電子版)。反復配列や転位因子、ウイルスゲノムに由来するeccDNAとは違って、環状microDNAは、非反復的なゲノム配列に由来し、また非常にしばしば、遺伝子に付随した領域に由来している。200から400個の塩基対という長さ特性は、microDNAが優先的にヌクレオソームによって占有されているDNA領域から生じることを示唆する。さらに、microDNAは環の開始点と末端に、マイクロホモロジーの非常に短い領域を有している。いくつかの非常によくあるmicroDNAを分析すると、その形成は体細胞性および生殖系列のゲノムにおける微小欠失という結果になるということが示されるのである。(KF)
Extrachromosomal MicroDNAs and Chromosomal Microdeletions in Normal Tissues
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