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Science March 30 2012, Vol.335


鉄を用いた分離装置(An Iron Separator)

石油の精製では、まず、燃料、プラスチック、医薬品および広範囲の他の製品の原料となる、飽和および不飽和炭化水素の混合物が作り出される。現在のところ、蒸留がこの混合物の成分を分離する主な手段である。吸着剤や膜を用いた分離へのアプローチは、かなりの省エネルギーとなる可能性がある。Blochたちは(p.1606)、鉄ベースの金属有機骨格の材料が、エタン、エチレン、プロパン、プロピレンおよび他のいくつかの軽質炭化水素の混合物を、非常に効率よく吸着によって分離することを示した。中性子回折により、鉄中心での結合モチーフがオレフィンを選択的に繋ぎ止める一方で、飽和炭化水素はそのまま通り過ぎることが直接に示された。(Sk,nk)
Hydrocarbon Separations in a Metal-Organic Framework with Open Iron(II) Coordination Sites

キラルな氷(Chiral Ice)

水からなる氷は、最低温度においてさえ完全には「凍結」していない。その格子構造は、複数の等価な基底状態が可能であり、そのため、絶対零度でさえも有限のエントロピーを有している。等価な構造は、スピンアイスと呼ばれるフラストレーション磁性体(スピンが強磁性体的に相互作用している)や、はるかに奇妙で人工的なスピンアイス(ナノスケールの磁石が人工的に配列されたもの)でも現れている。Branford たち (p.1597)は、ハ二カムの幾何形状を有する人工スピンアイスに対して、外部磁場を上向きと下向きにスイープしているときの輸送挙動を調べた。それによると、磁場を電流に平行に印加し、電圧を横方向に計測した時、磁場に対して非対称なピークが現れた。マイクロ磁場のシミュレーションにより、非対称な応答は、試料のエッジで形成される逆旋性のループの結果であり、輸送応答の全体的なキラル性(鏡像異方性)の発現となることを示している。(Wt,KU)
Emerging Chirality in Artificial Spin Ice

電子がフォノンを負かす(Electrons Beat Phonons)

物質が急激に(ある転移温度 Tc 以下で)電気抵抗ゼロの完全導電体になる超伝導現象は、大まかには電子対のボーズ-アインシュタイン凝縮という観点で説明できる。通常の超伝導体では、これらのいわゆるクーパー対の形成は、格子の変形(フォノン)によって仲介されるが、このメカニズムでは銅塩超伝導体の高い Tc を十分説明できない。格子というよりも電子そのものから生じる磁気的ゆらぎのような、他のメカニズムが提案されている。Dal Conte たちは(p.1600)、最適なドープがなされた銅塩超伝導体の時間分解分光法を用いて、反射率の時間的変化は電子からの寄与が支配的であり、それだけで高い Tc を説明できることを示した。(Sk,nk)
Disentangling the Electronic and Phononic Glue in a High-Tc Superconductor

量子力学的な結合(Quantum Mechanical Coupling)

磁石を動かした際に乗じる砂鉄パターンの観察は、科学実験教材で最も有名なものの1つである。磁石の動作と観測粒子の大きさを小さくしていくと、振動モードが量子化される(ナノ)量子力学の世界に突入する。しかし、その領域では振動の観測や操作は極めて難しい。kolkowitz等は(p.1603,2月23日電子版;Treutleinの展望記事参照)、磁化されたナノ機械共振器のシングルモード振動とダイアモンドの窒素欠陥中心に由来する量子力学的2準位スピン系とのカップリングについて報告している。機械振動の様子がスピン自由度の変化をとおして観測され、これまで観測することができなかった小さな機械振動の観測の可能性を切り開いたといえる。(NK,ok)
Coherent Sensing of a Mechanical Resonator with a Single-Spin Qubit

半減期の新たなリース(A New Lease on Half-Life)

放射年代測定は、長寿命の放射性核種の含有量を放射崩壊生成物の含有量と比較して測定することに基づいており、元の放射核種の半減期によって決定されるプロセスである。この方法は、崩壊して142Ndになる146Smのようなゆっくりと崩壊する始原的放射性核種の場合、太陽系の歴史上、最も初期のプロセスの幾つかのそのタイミングを提供する。加速器質量分析を用いて、Kinoshita たち(p. 1614)は、6870万年という146Smの半減期の推定値を修正した。それは以前に認められた値よりも30%短くなっている。この短くなった半減期は、地球のマントルが分化した年代や月にできたマグマの海が凝固した年代、さらには他の最近のプロセスに対する推定年代をもっと若くする必要があることを示唆している。(TO,KU,nk)
A Shorter 146Sm Half-Life Measured and Implications for 146Sm-142Nd Chronology in the Solar System

CoTCを行なう(Making the CoTC)

真核生物において、ポリアデニル化(polyA)部位での新生のRNA転写物の同時転写切断(cotranscriptional cleavage:CoTC)は、RNAポリメラーゼII遺伝子の転写終結と関連している。一方、ダイサーエンドリボヌクレアーゼは、通常二本鎖RNAからの小さなRNAsの産生による遺伝子サイレンシングに関係している。Liuたち(p. 1621)は、シロイヌナズナのFCA遺伝子の転写性読み取りが、DICER-LIKE4 (DCL4)によって制御されてることを示している。DCL4はpolyA部位の下流のFCA遺伝子と関係し、そして転写性読み取りを抑制していた。DCL4のC末端は、酵母のエンドリボヌクレアーゼRnt1(CoTCに関与している)に類似したドメイン構造を持っており、このことは、DCL4が同時転写切断を促すことで内在性のFCA遺伝子の転写性読み取りの抑制に関係していることを示唆している。(KU)
Cotranscriptional Role for Arabidopsis DICER-LIKE 4 in Transcription Termination

興奮を伝える(Spreading the Excitation)

抑制性の介在ニューロンは、ネットワークの興奮のバランスを取ったり、主要なニューロンのスパイク時間の精度を制御したり、そして脳領域内と脳領域にまたがる同調性を制御している。Vervaekeたち(p. 1624.3月8日号電子版)は電気生理学、免疫組織学、及び数値シミュレーションを併用して、ゴルジ細胞(小脳皮質のインプット層における主要な抑制性の介在ニューロン)の性質を調べた。これらのニューロンの樹状突起は、正に受動的であり、そして直線ケーブルのように作用していた。ギャップ結合はゴルジ細胞表面に不均一に分布しており、遠位樹状突起により高密度に分布していた。このように、ギャップ結合を介在した側面興奮は遠位のインプットを優先的に増強し、遠位シナプスがネットワークの活性をより効率的にもたらすことを可能にしている。(KU,ok)
Gap Junctions Compensate for Sublinear Dendritic Integration in an Inhibitory Network

脳を構築する(Building the Brain)

脳の結合は、しばしば電話交換機に類似した個々に独立したケーブルのネットワークとして記述されるが、しかし脳の物理的構造はどのように組み立てられているのだろうか(Zilles and Amuntsによる展望記事参照)?。Wedeenたち(p. 1628)はヒトと4種類の非ヒト霊長類における高分解能の拡散テンソルイメージング法(diffusion tensor imaging)を用いて、脳内の神経線維の経路の幾何学的な構造を同定し、そして比較した。神経線維の経路は高度に束縛された、かつ規則的な構造配置に従っており、このことは、個体発生の際に神経線維の進む道を先導するための効率的な解を与えている。発生の殆どが半独立的な構築ブロックの同化作用と組立により生じている。Chenたち(p. 1634)は、脳イメージングの研究においてヒト皮質の形状に統計的な解析を適用し、400人を越える二卵生と一卵生の双生児を比較した。その知見からは、ヒト皮質の構造は遺伝学によって定義されるものであることを示唆している。(KU)
The Geometric Structure of the Brain Fiber Pathways
Hierarchical Genetic Organization of Human Cortical Surface Area

クロックの近くでの睡眠(Sleeping Around the Clock)

ショウジョウバエは人間のように一晩中寝てはいないが、一日の半分を不活性の発作状態で過ごす事が出来、これは他の種での睡眠に似ている。Rogulja and Young (p. 1617) は、ニューロン中で遺伝子生成物が睡眠を制御するような遺伝子を探索した。サイクリン A1 (Rca1) の制御性タンパク質を取り除くと、ショウジョウバエは睡眠状態への移行がゆっくりとなり、個々の睡眠が短くなるため、一日当たりの総睡眠量が短くなる。Rca1の睡眠に及ぼす影響のメカニズムについては良く解ってない。どうも、概日リズムを乱すことはないようだ。しかし、Rca1を発現するニューロンはショウジョウバエの脳の概日時計の部位の近くに存在しており、概日性の行動が睡眠の制御と一致している可能性が潜在的にある。(Ej,ok)
Control of Sleep by Cyclin A and Its Regulator

コストとメリットの分析(Cost-Benefit Analysis)

感染への抵抗を高めるには犠牲を払わなければならず、エネルギーの注入も必要で、そのために繁殖力を弱めることになる。Duffyたちは、クローン性の動物プランクトンに寄生する酵母集団の自然の湖と実験的レプリカでの観察の組み合わせによって、生産性と捕食と死亡率の関係をテストした(p. 1636; また表紙参照のこと)。野生においては、酵母の伝染病は60%を越え、有意に高い宿主死亡率をもたらした。この状況で、クローン性の動物プランクトン宿主は、感染への抵抗を高めるか、或いは繁殖力を保護するかの生理的なジレンマに直面する。素早く摂食する動物プランクトンは繁殖が素早いが、より多くの酵母胞子を経口摂取して死んでしまう。しかしながら、魚は感染した宿主を選別して食べる傾向があるので、魚の捕食は感染に対抗することにつながる。究極的には、野生のシステムもモデルシステムも、高い生産性(より窒素が多い)の湖で、かつ/または魚がほとんどいないことが、より多くの酵母の伝染病と、より抵抗力のある宿主を増やすことになり、逆に、生産性の低い湖、あるいは魚のより多いところでは、感染は少なく、酵母に対する感受性のより高い宿主が多くなるのである。(KF,KU,nk)
Ecological Context Influences Epidemic Size and Parasite-Driven Evolution

応答におけるラパマイシンの作用を明らかにする(Dissecting Rapamycin Responses)

マウスや他の生きものの薬剤ラパマイシンによる長期治療は、寿命を延ばすことになる。しかし同時に、その薬は、代謝制御とインスリンの作用とを破壊する。Lammingたちは、遺伝子改変マウスにおけるラパマイシンの作用を解析し、嬉しいことに、それらラパマイシンの2つの作用を分離しうることを発見した(p. 1638; またHughesとKennedyによる展望記事参照のこと)。ラパマイシンは、mTORC1として知られるタンパク質キナーゼ複合体を抑制していて、これがこの薬剤の寿命延長効果のほとんどを担っているらしい。しかしながら、ラパマイシンはまた、mTORC2として知られる関連した複合体にも作用していて、ラパマイシンはmTORC2の作用を乱し、糖耐性の減少とインスリンへの非感受性という糖尿病様の症状を産み出している。(KF,ok,KU)
Rapamycin-Induced Insulin Resistance Is Mediated by mTORC2 Loss and Uncoupled from Longevity

より良い年代推定法(A Better Date)

ウラン-鉛(U-Pb)年代推定法は、古い陸生の物質の放射性年代決定法の最も一般的な手法であるが、これはウランの痕跡レベルの量と、核崩壊産物である鉛の比を比較することで得られる。この年代決定法や類似の鉛-鉛法は、二つの最もありふれた同位体である238U と 235Uの比が一定であると言う仮定に基づいている。地質構造を構成する鉱物類中の238U/235U比を正確に測定することによって、Hiess たち(p. 1610; Stirlingによる展望記事参照)Stirling)は、以前考えられていたよりも、この比はもっと変動する可能性があることを実証している。この変動性は時間、場所、温度に対する系統的なバイアスを反映してはいないが、理想的には238U/235Uは、年代決定用サンプルごとに決定されるべきである。このようなデータが無い状態では、ジルコン鉱物に対する改訂された238U/235U比は、以前のU-Pb や Pb-Pbを使った推定値を大幅に変更しなければならないだろう。(Ej,KU)
238U/235U Systematics in Terrestrial Uranium-Bearing Minerals

適切な経路を選ぶ(Choosing the Right Path)

RNA分子は、細胞の核で合成されるが、処理されてその機能を果たすには、多くのものが細胞質に移動しなければならない。異なった種類のRNAは、異なった輸送系によって核から輸送される。メッセンジャーRNA(mRNA)とウリジンが豊富な小さな核RNA(U snRNA)は、RNAポリメラーゼⅡによって転写され、核中でキャップ結合の仕組みによってキャッピングされ、結合されるが、異なったタンパク質複合体によって搬出される。2つの種類のRNAを区別する特徴は、その長さである。U snRNAは短く、mRNAは長い。試験管内系とヒトの組織培養細胞を使って、McCloskeyたちは、RNAの長さが、不均一な核のリボ核タンパク質(hnRNP)C四量体タンパク質複合体によって測定されることを明らかにした(p. 1643)。このhnRNP Cは、短いU snRNAには結合できず、U snRNA特異的な搬出アダプタタンパク質であるPHAXが結合して搬出を仲介するのを許している。長いmRNAは、hnRNP Cによって結合され、これがPHAXの結合を防いでいて、つまるところ、mRNA経路を通しての核からの搬出において、これらのRNAを識別しているのである。(KF)
hnRNP C Tetramer Measures RNA Length to Classify RNA Polymerase II Transcripts for Export
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