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Science March 23 2012, Vol.335


ゲノムにTrimの刷り込み(Trimprinting the Genome)

卵母細胞の胚への遷移の際に親のゲノムの再プログラムには、高度に制御された後生的メカニズムが必要である。ゲノムの基底状態へのリセットは必須であるが、遺伝性標識の保存は同じく重要である。Messerschmidtたち(p. 1499)は、マウスにおいて後生的修飾因子Trim28の母系性欠失により、強い可変性の、いずれ究極的には胚致死性の表現型が生じることを実証した。刷り込み制御領域でのDNAのメチル化の異常な損失と、それゆえの後生的な記憶の部分的損失がその表現型の原因である。胚死亡の時期とモードが確率論的に発生するのは、初期の哺乳類の胚における母系性因子と接合子の因子との精巧にバランスの取れた相互作用の反映である。(KU,nk)
Trim28 Is Required for Epigenetic Stability During Mouse Oocyte to Embryo Transition

トポロジカル絶縁体と付き合う(Interacting Topological Insulator)

トポロジカル絶縁体は特異な基礎現象を示す研究対象としてだけでなく、量子コンピューティングへの応用といった実用化も期待されている。この新しい物質特性は、ビスマスセレン(Bi2Se3)で発見されており、その電子特性は電子スピンと電子軌道には強い相関があるものの、電子同士の相互作用が非常に弱いことが知られている。トポロジカル絶縁体の可能性を具現化するためには、強い電子間相互作用を有する物質であることが不可欠である。Zhangらは(p.1464)密度汎関数計算を用いて、窒化アメリシウム(AmN)のようなアクチニド化合物が、強い電子間相互作用を有しかつトポロジカル絶縁状態に転移可能であることを見出した。広い絶縁バンドギャップを有するため電子デバイス応用にも適しているという。(NK)
Actinide Topological Insulator Materials with Strong Interaction

巧みな三角形の形成(Tamer Triangulations)

ジアゾメタンは広範囲に有用なカルベン(CH2)の前駆体であり、カルベンは、次にオレフィンと反応してシクロプロパンとして知られている三角形の炭素環を形成する。これらの小さな環はその歪んだ結合により大きな関心を持たれ、そして医薬品や農芸化学の分野での研究と同じく、天然化合物中で時々見出されている。不幸なことに、ジアゾメタンの容易な反応性と裏腹に爆発性という危険な面もある--疎水性のオレフィンとの反応前に、強い塩基性水溶液中での合成後にこの化合物を単離する必要があり爆発の危険が伴う。MorandiとCarreira(p. 1471)は、鉄シクロプロパン環化触媒が、この化合物の合成後直ちに二相性の水/有機物の媒質中でこの危険な化合物の反応を行なうことで、この危険な単離ステップの必要性を回避できることを示している。(KU)
Iron-Catalyzed Cyclopropanation in 6 M KOH with in Situ Generation of Diazomethane

救いのリグニン?(Lignin to the Rescue?)

充電式電池に対する需要の増大により、いくつかのキーになる原材料の入手が困難になってきている。リグニンは2番目に多く存在する最も一般的な生体高分子であり、木材の25%を構成している。リグニン誘導体はまた、パルプや紙の産業からの副産物として、容易に入手可能である。Milczarek と Inganasは(p.1468)、電気絶縁体であるリグニン誘導体と導電性ポリマーであるポリピロールを組み合わせ、カソード電極用途に適する相互に混じり合った複合体を作り上げた。(Sk)
Renewable Cathode Materials from Biopolymer/Conjugated Polymer Interpenetrating Networks

無駄にしない(Waste Not)

排水中の有機物は潜在的に莫大で持続可能なエネルギー源であるが、ほとんどの排水処理施設はエネルギーを消費している。Cusick たちは(p.1474,3月1日号電子版)微生物燃料電池と逆電気透析システムを組み合わせて、単純な微生物燃料電池より出力電圧と出力密度を増大させた。微生物で有機物を電力に変換するのと同時に、逆電気透析法の燃料としてアンモニウム炭酸水素塩を用いることにより、廃熱を捕獲できるだけでなく、最終的には通常の排水処理システムで使用されるエネルギーを相殺するのに十分なエネルギーを生み出すことが出来る可能性がある。(Sk,ao)
Energy Capture from Thermolytic Solutions in Microbial Reverse-Electrodialysis Cells

地球の構成要素(Building Blocks of Earth)

地球は、爆発的、かつ、エネルギーの大きな一連の衝突から形成された。そして、この衝突により、数百万年にわたる物質の降着があった。地球内部からの岩石と、より原始的な地球外の試料との比較は、地球の出発時点での材料組成解明の助けとなりうる。しかしながら、ある種の元素の存在量や、あるいは、それらの同位体比における相違は、しばしば、それらの起源をはっきりしないものにしてきた。Fitoussi と Bourdon (p.1477, 3月1日付電子版) は、これまでのいくつかのモデルを調和させるため、一連のコンドライト隕石、および、月からの岩石の珪素同位体を分析した。これらの珪素同位体の特徴を説明するために地球への降着モデルを調整した結果、エンスタタイトのコンドライトのみから地球の大部分が構成されたという考えは除外されそうである。その代わりに、いくつかのタイプのコンドライト隕石の不均質な混合物のほうが可能性が高い。(Wt,KU,nk)
Silicon Isotope Evidence Against an Enstatite Chondrite Earth

磁場界から隠れること(Hidden from Magnetic View)

電磁波のクローク(透明マント)は電磁場が通過できないデバイスである。しかしながら、もっと大切なことはデバイスそれ自身が、それを囲んでいる電磁場を乱さないということである。それゆえ、クロークの中に置かれたものは、陰影や反射を生成することもなく視界から消える。このようなデバイスは特定の周波数帯に対してだけではあるが実証されていた。Gomoryたち(p. 1466)は直流磁場に対してのクロークを設計して、このようなクローク作用が周波数ゼロにいたるまで実現可能であると予測する理論研究を裏付けた。強磁性物質と超伝導物質を組み合わせた構成で、構造が比較的単純であり、このデバイスは短期間で応用できる用途が開けるであろう。(hk,KU,ao,nk)
Experimental Realization of a Magnetic Cloak

人の影響?(Human Impact?)

4、5万年前のオーストラリアへの人類の到着の後、多くの大型脊椎動物が急速に絶滅した。オーストラリア北東部で採取した堆積物コアの分析から、Ruleたちは(p.1483; McGlone による展望記事参照)、オーストラリアの大型動物相の消滅は重要な生態系の変化を引き起こしたということを示した。その中の顕著なものは、熱帯雨林の植生から硬葉樹林の植生への変化と、継続的な火事の発生率の増加である。そのコアはまた、オーストラリアにおける大型動物相の消滅の原因についての証拠も提供している。消滅は人類到着のすぐ後に生じたことが確認されているが、その原因は気候や人為的な火事ではない。これらの知見は初期の人類の間接的な影響で自然の景観が時にいかに変化させられてきたかを示しており、それは有史以前の人社会でさえ自然系に影響を与えたことを強く示唆している。(Sk)
The Aftermath of Megafaunal Extinction: Ecosystem Transformation in Pleistocene Australia

連鎖網のもつれをとく(Untangling the Web)

種間の相互作用は、複雑な連鎖網内での種を結びつける(Lewinsohn and Cagnoloによる展望記事参照)。理論的研究では、種の、或いは相互作用でさえ、幾つかの特異性により、ネットワークからのそれらの消滅をもたらすことを示唆している。Aizenたち(p. 1486)は、アルゼンチンの大草原での孤立した丘陵において、生息地の減少に続いて植物-花粉媒介者の相互作用が全面的に失われると言う経験的証拠を与えている。いくつかのタイプの相互作用は他のタイプよりもより崩壊しやすかった--特に、その相互作用の特殊性が高度であったとき、そしてその相互作用が稀なものであった時である。Stoufferたち(p. 1489)はネットワーク理論を用いて、異なる食物網にまたがる種のその動的な重要性を予測した。特徴的な3つの-結び目(node)のモチーフが同定され、そして種は相対的な頻度に従って特徴付けられ、それと共にそのモチーフ内で種は独特の位置を占めた。これらの相対的な頻度とモチーフの動的重要性は、次に食物網内での種-レベルの重要性を同定するのに用いられた。(KU)
Specialization and Rarity Predict Nonrandom Loss of Interactions from Mutualist Networks
Evolutionary Conservation of Species’ Roles in Food Webs

減数分裂の女王(Mistress of Meiosis)

減数分裂は、卵形成の際に卵への適切な母系性染色体の分布に必須である。Suたち(p. 1496)は、ある遺伝子、雌性の減数分裂抑止遺伝子1(Marf1)を同定したが、この遺伝子は減数分裂や他の卵子発生プロセスに不可欠のものである。マウスにおいて、Marf1の変異は減数分裂の抑止をもたらし、そして核のDNA二重鎖切断の増加した表現型は、特異的なメッセンジャーRNA(mRNA)の発現上昇と結びついていた。これらの発見から、卵母細胞のmRNAの恒常性、減数分裂、及びゲノムの完全性の維持の統合により哺乳類の雌性の受胎能に関する主要制御因子としてMARF1が存在している。(KU)
MARF1 Regulates Essential Oogenic Processes in Mice

悪化を防止するか?(Reversing Decline?)

アポリポタンパク質E(apoE)は通常、脳からのβアミロイドの除去(このプロセスはアルツハイマー病で損なわれているプロセス)を助けている。Cramer たち(p. 1503, および、2月9日電子出版、更にStrittmatterによる展望記事参照)は、マウスモデルにおいて、apoEの発現を増加させる薬剤が可溶性のβアミロイドの除去を急激に促進していることを示している。この薬剤は、認知性や社会性、及び嗅覚の性能をも改善してお り、そして急速に神経回路の機能を改善していた。同様の薬物療法は潜在的にもアルツハイマー病やその前兆状態の改善を助けていると思われる。(Ej,KU)
ApoE-Directed Therapeutics Rapidly Clear β-Amyloid and Reverse Deficits in AD Mouse Models

強いストレスのイベントを忘れられない(Remembering Stressful Events)

強い感情を伴う状態のイベントは、通常の中間的なイベントより記憶に残る。しかし、外傷後ストレス障害(PTSD)のような強度の恐怖にさらされた病理学的状態は、記憶障害をも引き起こす。このケースでは、トラウマとなった事象の開始を報せるようなものに対して著しい記憶の増進が見られるが、それは同時にトラウマ事象自体の重要な部分に対する記憶喪失を伴っている。トラウマ事象の中核に対する記憶は強化されるのだが、しかしこの記憶を適切な場所に、かつ正しいきっかけに応じるように保存する能力が劣化している。Kaouane たち(p. 1510,および、2月23日の電子出版も参照)は、マウスにおいて、海馬中へのコルチコステロンの注入と高強度の脅威を結びつけて、PTSD様の記憶障害を誘発させた。このマウスは、その恐怖の内容を適切な恐怖の前兆と結び付けて思い出すことが出来なくなり、通常であれば安全と見なされる明確なイベントに恐怖の反応を示す。これらのマウスの扁桃体や海馬領域中での神経の活性化パターンはトラウマ事象の中核に対する記憶は強化されるのだが、しかしこの記憶を適切な場所に、かつ正しいきっかけに応じるように保存する能力が劣化している。ヒトのPTSDで観察されるものと類似していた。(Ej,KU,nk)
Glucocorticoids Can Induce PTSD-Like Memory Impairments in Mice

光、音、画像(Lights, Sound, Images)

光学顕微法は細胞などの薄い試料をたやすく画像にできるが、組織などのより厚みのある試料は、光の複数の散乱のせいで、直接画像にするのが難しい。WangとHuは、小器官から器官全体にわたる長さスケールでの生物学的試料のイメージング方法をレビューしているが、それは溶液中で光が分子に吸収される際の超音波圧縮波の励起である光音響効果に依存している(p. 1458)。入射光の焦点を絞り、顕微法モードで試料全体にわたってスキャンすることで、超音波画像が形成できる。或いは、関心のある領域全体を照射して、その超音波の波が断層撮影法モードでコンピュータ・アルゴリズムにより解析される。こうした画像の研究によって、酸素代謝と遺伝子発現における変化、また画像の生物マーカーと脈管構造における変化を明らかにすることができる。(KF)
Photoacoustic Tomography: In Vivo Imaging from Organelles to Organs

薄い融けた線(The Thin Melt Line)

地球内部を通って伝わる地震波の速度の、はっきりしたしかも一貫性のある変動は、物理的あるいは化学的な境界層が存在していることを意味する。岩石圏(リソスフェア)と岩流圏(アセノスフェア)の境界の近くでは、そうした地震性の不連続がしばしばパッチ状になっていて、その起源が何かは論争の的だった。太平洋を横切る短周期地震波の集合を解析することで、Schmerrは、この地震性不連続の間欠性を、海洋岩石圏の下の部分的に融解した層に関連付けた(p. 1480; またKawakatsuによる展望記事参照のこと)。この融解は、ハワイなどのホットスポットにおけるマントルからの上昇流や、マントル中の小規模の熱対流など、いくつかの地球動力学的プロセスによって生じている可能性がある。(KF,nk)
The Gutenberg Discontinuity: Melt at the Lithosphere-Asthenosphere Boundary

ドーナツの解離(Donuts Dissociate)

シロイヌナズナでは、UVR8タンパク質が、単量体へと解離することによって短波長紫外線(UV-B)に応答し、その単量体が次に、シロイヌナズナの光への応答を実際に行なう下流の因子と相互作用するのに使われる。Christieたちはこのたび、UVR8の結晶構造を決定した(p. 1492,2月9日号電子版; またGardnerとCorreaによる展望記事参照のこと)。UV-Bがないと、UVR8は二量体化するが、それは塩橋のネットワークによって結合したドーナツ型の2つの単量体である。ピラミッド形のトリプトファン残基の密なパッキングによって、UV-B感知の鍵となる励起子のカップリングが可能になっている。UV-B感知後の電子移動によって、二量体を保持していた塩橋は解離し、単量体UVR8が遊離し、光誘発シグナル伝達が引き起こされるのである。(KF,KU)
Plant UVR8 Photoreceptor Senses UV-B by Tryptophan-Mediated Disruption of Cross-Dimer Salt Bridges

抑制するものを抑制する(Inhibiting the Inhibitors)

海馬と嗅内皮質の中の興奮性ニューロンは、成体の脳における抑制の主要な源である、局所性のγ-アミノ酪酸遊離性(GABA作動性)介在ニューロンのコントロール下にある。海馬内の結合性に関する豊富な知識とは対照的に、海馬と脳の他領域とのクロストークについての知識はずっと少ない。Melzerたちは、海馬体から中央の嗅内皮質に至る長距離のGABA作動性投射とその逆とを調べた(p. 1506)。それらGABA作動性ニューロンは、海馬と中央嗅内皮質とを双方向的に結び付け、優先的に局所性の抑制性ニューロンを標的とすることで、神経活動の同期を助ける脱抑制性のループを形成している。(KF)
Long-Range?Projecting GABAergic Neurons Modulate Inhibition in Hippocampus and Entorhinal Cortex

人工的な連想を付加する(Adding Artificial Associations)

哺乳類の皮質には、感覚入力によって生じる神経活動以外に、内部的に産み出される自発性の神経活動がかなりあって、この活動が本来の感覚性刺激の処理に影響を与えている。この内部的に産み出されている活動は、新たな記憶表現の形成とアクセスにどんな役割を演じているのだろうか? トランスジェニックマウスを使い、それを特定の文脈に関連した広く分布した神経細胞アンサンブルの人工的活性化と組み合わせることで、Garnerたちは、自発性の神経活動がいかにして所与の文脈表現に統合されるかを研究した(p. 1513; またMorrisとTakeuchiの展望記事参照のこと)。2つの異なった文脈で、マウスに恐怖の条件付けをおこなった。一方の文脈での回路が、別の文脈での恐怖の条件付けの際に人工的に活性化されると、いわゆる「ハイブリッド」な記憶が形成された。この人工的に刺激されたネットワークは、記憶痕跡にとって必要な要素となった。こうした結果は、内部的に産み出された脳の活動はノイズではなく、新たな連想や記憶に取り込まれうる意味のある表象であるとする最近浮上してきた見解と整合するものである。(KF,KU,nk)
Generation of a Synthetic Memory Trace
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