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Science March 16 2012, Vol.335


サテンと紙やすりの差を明らかにする(Telling Sandpaper from Satin)

パチーニ小体は、高周波数・低振幅の信号を検出出来るように調整された機械受容体である。この受容体はヒトの手掌や指先に存在し、粗な感触と滑らかな感触の識別に有用であり、この感度は指紋の隆線によって増幅されるらしい。Wende たち(p. 1373, および、2月16日号の電子出版)は、このような手触り感に関する感受性を無くしたが、他の面、例えば触覚の空間的な鋭敏さ、は無傷のままに残されたヒトの変異を同定した。(Ej,KU,nk)
The Transcription Factor c-Maf Controls Touch Receptor Development and Function

古代の人類の移動

過去10万年ほどのあいだに、現生人類はアフリカからユーラシアに移住し、約2万年前までに先住のネアンデルタール人の集団と完全に置き換わった。これは最終氷期最盛期に向けて気候が寒冷化する時期に起こった。StewartとStringerは(p.1317)、どのようにこのような集団の置き換わりが発生したのかに関するいくつかの最新の証拠を報告している。古代のネアンデルタール人とデニソワ人のゲノムからのデータと、氷河期における進化を促進するレフュジア(refugia避難所)の役割についての近年進歩してきた理解とを組み合すことによって、このようなレフュジアの変化する速度とパターンが重要であることが示唆された。(Uc,KU,bb,nk)
【訳注】レフュジア(refugia):氷河期などで広範囲にわたって生物種が絶滅する環境下で、局所的に種が生き残った場所
Human Evolution Out of Africa: The Role of Refugia and Climate Change

量子ホール効果とメタマテリアルが出会う時(Quantum Hall Meets Metamaterial)

共振器量子電磁気学の基礎研究や古典的および量子的デバイスへの応用において、物質と光の相互作用の制御と調整は不可欠である。Scalariたち(p. 1323)は、メタマテリアルのスプリットリング共鳴器のアレーとGaAs量子井戸中に形成された一連の2次元の電子ガス(2DEG)から構成された系に関して記述している。磁場中で、その2DEGの電子はサイクロトロン軌道を行い、そしてランダウレベルを形成した。フォトンと磁気サイクロトロンモードの間で強い結合が観測され、2-レベル系の光-物質の相互作用を研究するための調整可能な半導体系となる。(NK,KU)
Ultrastrong Coupling of the Cyclotron Transition of a 2D Electron Gas to a THz Metamaterial

赤外線によるグラフェン電極の作り方(Infrared Route to Graphene Electrodes)

電気化学的コンデンサは大量の電力を素早く供給できるが、電極の表面領域にしか電荷を蓄えられないため貯蔵できるエネルギーには限りがある。グラフェンはその高い導電性と表面積の大きさにより、活性炭素の電極にとって代わる選択肢として代表的なものである。しかし、グラフェンシートは再結合しやすく、表面積を減少させてしまう。El-Kady たちは(p. 1326; Miller による展望記事参照)、酸化グラファイトのシートが、赤外レーザーの照射により柔軟で、安定で、高い導電性を有する多孔性のグラフェンシートに変換できることを示した。(Sk,nk)
Laser Scribing of High-Performance and Flexible Graphene-Based Electrochemical Capacitors

大陸成長のスパート(Continental Growth Spurts)

地質学的時間を通しての大陸の出現と永続性は、新たな種の進化から気候に至る、地球上のほとんどのプロセスに影響を与えてきた。再加工されたり、あるいは破壊されたりしたより古い地殻と新たに形成された地殻との相対比率から、どちらのプロセスが大陸の成長をコントロールしていたのかが明らかになる。ジルコン鉱物中のHf-PbとOの同位体を組み合わせた分析に基づき、 Dhuime たち(p. 1334)は、地球の歴史を通して新たな地殻生成に関する連続しているが、しかし変動性の速度(continuous but variable rates)を測定した。およそ30億年前頃に始まった地殻破壊の増加速度は、沈み込みが駆動するプレートテクトニクスの始まりと一致し、地殻成長の全体的な速度を緩慢にした。(TO,KU)
A Change in the Geodynamics of Continental Growth 3 Billion Years Ago

どの電子はどこへ行ったの?(Which Electron Went Where?)

強力なレーザー光の場が、原子や分子から電子を引き抜き、そして、それらの電子が猛烈な速さで元に戻る際に、再衝突において放出された光は、アト秒レベルの局所的な挙動を直接的に観察できる可能性を与えてくれる。あるいは、その光を他の試料を探査するためのアト秒レベルの光パルスに加工することが可能である。しかしながら、多原子からなる分子が含まれていると、それらの電子のどれがレーザー光の場により操作されているのかは常に明確というわけではない。Boguslavskiy たち (p.1336; Guhr による展望記事を参照のこと) は、この問題を調べるための一つの技法を与えている。強い場で炭化水素化合物がイオン化される際の電子とフラグメント分子のイオンとを同時に追跡することにより、いくつかの異なる経路が関わっていることを明らかにした。(Wt,nk)
The Multielectron Ionization Dynamics Underlying Attosecond Strong-Field Spectroscopies

こってり塗る(Laying It on Thick)

ある層状物質を第2の層状物質の上に成長させていくことは、多くの電子デバイスの中心的な技術である。しかしながら、二つの材料間に格子不整合があると、膜が厚くなるに連れ材料内で歪が成長し、反りやひび割れが生じる。Falub たちは(p.1330; 表紙参照)、シリコン基板を連なった柱の形状にパターン形成し、その上にゲルマニウム層を成長させた。ゲルマニウムは、最初それぞれのシリコンの柱のてっぺんだけを被覆したが、その後層が厚くなるに従い拡がって、厚い、ひび割れのないゲルマニウムフィルムになった。(Sk,KU,nk)
Scaling Hetero-Epitaxy from Layers to Three-Dimensional Crystals

分離するバンド(Bands That Separate)

有機光起電力デバイスでは、ドナーとアクセプター層の界面で生成する電荷キャリア-電子とホール-は、励起子と呼ばれる束縛状態を形成する。太陽電池のような効率的な電流生成には、これら励起子の分解と自由キャリアーの電極への移動を促進するメカニズムが必要である。Bakulin たち(p. 1340, および、2月23日電子出版を参照) は、光パルスで生成した励起子に赤外パルスを照射するというプロセスを研究した。ポリマーでブレンドしたデバイスでは、3段階のプロセスが観察された:束縛状態の励起子はドナー-アクセプター界面に向かって拡散し、電荷移動状態を形成し、続いて、自由キャリアーに解離した。(Ej,KU,nk)
The Role of Driving Energy and Delocalized States for Charge Separation in Organic Semiconductors

故郷のような場所への侵入(Invading a Place Like Home)

生物学的侵入は、大きな経済的な問題を起こすが、それは同時に、生物学的な実験として捉えることができ 、そして生物種の分布や範囲の拡大や制限に対する洞察を与える。いつ、どこで種は侵入するかに関するほとんどの予測は、侵入生物種は侵略する地域において同じ気候的ニッチを保持しているという仮説に基づいている。しかし、この仮説は妥当だろうか? Petitpierre たち(p. 1344)は、ユーラシア、北アメリカ、そしてオーストラリア間での植物の侵入に関する大規模なデータセットを調査した。そして確かに、調査した生物種において、彼ら本来の気候的ニッチの外側への侵入分布が 10%以上にまで及んだものは15%未満であることを見出した。そして、侵入した範囲の中で50%以上の気候的ニッチの拡大を示した生物種はたった1つしかなかった。このことから、ニッチのシフトは、植物の侵入ではかなり稀なイベントである。(TO)
Climatic Niche Shifts Are Rare Among Terrestrial Plant Invaders

カーラクトンを作る(Making Carlactone)

寄生雑草の発芽はストリゴラクトンに依存し(strigolactone)、これはまた、植物の枝分かれや、菌根共生のその前後関係におけるシグナルを制御している。ストリゴラクトンに導く生合成経路はカロテノイドの生合成に基づいているが、更なるステップは明きらかでなかった。Alderたち(p. 1348)は、ストリゴラクトン様化合物であるカーラクトン(この化合物はストリゴラクトンと類似した生物学的作用を示す)を産生する生化学的経路を同定した。(KU)
【訳注】ストリゴラクトン:植物ホルモンの一種で、二つのラクトンがエノール-エーテルの架橋結合で結ばれている。
The Path from β-Carotene to Carlactone, a Strigolactone-Like Plant Hormone

中毒に向かって(Toward Addiction)

ドラッグやアルコールのような物質は脳の自然報酬系(brain's natural reward system)に作用すると、結果として中毒が生じる。Shohat-Ophirたち(p. 1351;Zarsによる展望記事参照)は、交配により刺激される自然な報酬とエタノール消費により示される不自然な報酬の間のその関係を調べることで、ショウジョウバエにおけるこの可能性を研究した。交配の機会を奪われたオスはエタノールの消費が増え、そして奪われた後に交配を許可されると、エタノール消費が減少した。メカニズム的には、交配により神経伝達物質である神経ペプチドF(NPF)が増加し、一方交配の剥奪によりNPFのレベルが減少した。(KU)
Sexual Deprivation Increases Ethanol Intake in Drosophila

公正なコートタンパク質複合体(A Fair COP)

真核生物の細胞内の膜輸送の際に、COPII(coat protein complex II)コート(これは小胞体からの小胞発芽に介在する)を形成する細胞質タンパク質によって膜の湾曲がどのように与えられるのだろうか?Copicたち(p. 1359,2月2日号電子版;Silvisによる展望記事参照)は、酵母のSec13のバイパス(bypass-of-sec-thirteen:bst)した変異体(この変異体は、さもないと必須であるCOPIIコートタンパク質が無くても生存する)を研究することでこのプロセスを解析した。これらbst変異体は局所的に変化した膜をつくり、Sec13の無いコートによりより変形しやすくなる。(KU)
ER Cargo Properties Specify a Requirement for COPII Coat Rigidity Mediated by Sec13p

まさにその瞬間のシナプス小胞(A Synaptic Vesicle in Time)

シナプス小胞はシナプス前神経終末内を広範に移動するもので、その位置上の特徴が、小胞融合と伝達物質遊離の可能性と様式に大きな影響を与えていると考えられてきた。Parkたちはこのたび、生きている神経終末内での単一のシナプス小胞の、リアルタイム、3次元でのトラッキング結果を提示している(p. 1362,2月16日号電子版)。海馬神経細胞内での、まさに開口分泌の瞬間における単一のシナプス細胞が同定された。(KF,KU)
Influence of Synaptic Vesicle Position on Release Probability and Exocytotic Fusion Mode

リボソームの救出(Ribosome Rescue)

リボソームは、欠損のあるメッセンジャーRNA(mRNA)の末端に達したとき、停止する。細菌では、最もよく研究されたリボソームの救出経路には、タンパク質SmpBと(転移RNAおよびmRNAの双方として作用する)tmRNAからなるリボ核タンパク質複合体が関係している。別経路において、ある種のグラム陰性菌はtmRNA非依存の救出を達成するタンパク質を含んでいる。このたび、Neubauerたちは、tmRNAやSmpB、伸長因子Tuのフラグメントに結合した高度好熱菌のリボソーム(Thermus thermophilus ribosome)の構造を提示している(p. 1366)。Gagnonたちはまた、イニシエータtRNAや短いmRNAのフラグメント、救出因子YaeJとの複合体をなしている高度好熱菌のリボソームの構造を報告している(p. 1370)。この2つの救出システムはまったく異なるものだが、双方とも、mRNAチャネル中で結合するタンパク質の尾が関与している。このことは、tmRNA系あるいはYaeJによるペプチジルtRNAの加水分解において異なったメッセージへと翻訳のスイッチングを促進するよう、救出の仕組みを方向付けているものである。(KF)
Decoding in the Absence of a Codon by tmRNA and SmpB in the Ribosome
Structural Basis for the Rescue of Stalled Ribosomes: Structure of YaeJ Bound to the Ribosome

免疫の艱難辛苦の多様性(Diversity in Immune Adversity)

肺炎レンサ球菌は、一般に上咽頭にコロニー形成し、生命を危うくするような感染症を引き起こす潜在力をもっている。この病原体の多くの変異体は、わずかに異なったカプセル(外側の多糖類被膜)構造をもっていると認識されており、これにより宿主から異なった免疫応答を引き出し、そしてこの病原体の血清型への分類を可能にする。複数の共存する血清型に関する一貫したパターンがヒト集団に生じている。CobeyとLipsitchは生態学的モデルを開発し、そして鼻咽頭の輸送研究から得られたデータをそのモデルに当てはめることによって、血清型共存の背後にある仕組みを探求した(p. 1376,3月1日号電子版)。(KF,KU)
Niche and Neutral Effects of Acquired Immunity Permit Coexistence of Pneumococcal Serotypes

融合と遊離を促進する(Facilitating Fusion and Release)

神経伝達物質がニューロンから遊離されるために、シナプス小胞は原形質膜と融合し、融合細孔を形成しなければならない。可溶性のN-エチルマレイミド-感受性因子付着タンパク質受容体(SNARE)複合体が、融合に関与するコアとなるタンパク質機構である。しかしながら、その仕組みについては議論が続いてきた。試験管内研究によって、単一のSNAREが2つの二重層の融合を引き起こしうることが発見された一方、生体内での研究では、神経伝達物質放出には、最少で3つのSNAREが必要だとわかった。この明らかに矛盾する結果は、膜ナノディスクへの小胞の融合をモニターしたShiたちによって説明された(p. 1355)。単一のSNARE複合体があれば、二重層を融合するのには十分であるが、神経伝達物質放出に必要なほど細孔を広く開くためには、最少で3つのSNAREが必要なのである。(KF)
SNARE Proteins: One to Fuse and Three to Keep the Nascent Fusion Pore Open
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