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Science February 3 2012, Vol.335


海洋における二酸化炭素の低下(A Drop in the Ocean)

大気中のCO2の濃度は、最終氷期の間で190ppm(parts per million)から270ppmへと80ppmほど上昇した。この上昇したCO2の主要な発生源は南洋の深部であると広く信じられている。BurkeとRobinson(p. 557,12月15日号電子版)は、南洋から収集された深海のサンゴの放射性炭素の含有量に関する25,000年間の長期の記録を報告しており、その記録はCO2の海洋溶解に伴うはずの14C量が低下していた証拠を示している。14C量の低下と海洋の層化は15,000年前から14,000年前の間で終わったが、これは南洋の深部から大気中への大量のCO2の移動と一致している。観測された14Cの低下は、17,500年前から14,500年前の間での大気中CO2濃度の増加を説明するものであり、退氷期のCO2の挙動に関する既存のモデルを更に支持するものである。(KU,nk)
The Southern Ocean’s Role in Carbon Exchange During the Last Deglaciation

減数分裂をモニターする(Monitoring Meiosis)

減数分裂の際や、或いは酵母の胞子形成において、一倍体細胞は二倍体細胞からから生じる。Brarたち(p. 552,12月22日号電子版)は、胞子形成の過程におけるメッセンジャーRNA(mRNA)の量とタンパク質合成の詳細な解析を行なった。殆どのタンパク質の生成は、mRNAのレベルと翻訳調節の双方により密に制御されていた。細胞の発生上キーとなるこの遷移段階を通過する際に予想を上回る複雑さが観測された。その一つは既知のRNA転写物の上流領域からの非標準翻訳が増加することで、これが翻訳調節において重要な役割を担っているらしい。(KU,nk)
High-Resolution View of the Yeast Meiotic Program Revealed by Ribosome Profiling

超流動体への転移を突き止める(Nailing Down the Superfluid Transition)

陽子、中性子、電子が属する素粒子、フェルミオンのガスは中性子星から金属の塊に至るおそろしく異なる状況下で見出されている。フェルミオン同士の相互作用がフェルミオン対を作る寸前の状態では、フェルミオンガスの熱力学特性はガスの温度と密度のみに依存することが知られている。Kuらは(p.563、1月12日号電子版;Zwergerの展望記事参照)は極低温フェルミガスを用いて、この普遍的な熱力学を高い精度で測定し、ガスの比熱が特徴的なラムダ型転移を示しながら、予言通り超流動体に転移することを実験的に突き止めた。(NK,KU,nk)
Revealing the Superfluid Lambda Transition in the Universal Thermodynamics of a Unitary Fermi Gas

パルサーの回転を探る(Probing Pulsar Rotation)

パルサーは、強く磁化した高速回転する中性子星である。ミリ秒オーダー周期のパルサーでは、それらの高速な回転は、連星系の一方の随伴星からの質量降着によるものである。Tauris (p. 561) は、恒星進化の数値計算と、降着によるトルクがどのように中性子星に対して働くのかというモデルとを結びつけた。ミリ秒パルサーへの降着の最後の時期において、物質移動終了の段階では、降着ガスの回転エネルギーの50%以上が失われるという結果になる。これらの効果は、観測されるパルサーの回転分布を説明する可能性がある。(Wt,nk)
Spin-Down of Radio Millisecond Pulsars at Genesis

モンスーンの力(Monsoon Forcing)

ダンスガード/オシュガー(D/O)イベント(最終氷期の寒冷気候を中断させた、千年単位の急激な温暖期)と、ハインリッヒイベント(北大西洋に大量の氷山を放出していたことが特徴の短い寒冷期)は、北半球ではたくさんの場所でその痕跡が観察されているが、南半球ではあまり多くの事例は知られていない。Kannerたちは(p.507,1月12日号電子版;Rodbellによる展望記事参照)、ペルーの中央アンデス山脈から得られた安定同位体の記録を紹介しており、それによれば5万年から1.6万年前の南アメリカの夏季のモンスーンの記録が示されており、D/Oとハインリッヒイベントの痕跡が含まれている。南半球のモンスーンは北半球のそれの強度に対して千年単位では逆位相の関係にあり、そして南極の千年単位の気候変動が、南アメリカの夏季のモンスーンに影響を及ぼしていた。(Uc,nk)
High-Latitude Forcing of the South American Summer Monsoon During the Last Glacial

シリコンに対する鉄の手伝い(An Iron Hand for Silicon)

炭素-ケイ素結合は、接着剤、化粧品及び多くの他の工業製品やコンシューマ製品に広く使われているシリコーン物質の構造に不可欠である。一般に、この結合を形成するヒドロシリル化反応において、白金系触媒が最もよく用いられているが、しかしながら貴金属は高価なことや、いくつかのケースでは副産物の生成から、代替触媒の調査研究が急がれていた。Tondreauたち(p. 567)は、ある種の鉄化合物が幾つかの商業的に重要な化合物のヒドロシリル化反応において、白金のそれに匹敵、あるいはそれを超える反応速度と選択性をもつヒドロシリル化の触媒として機能することを示している。(hk,KU,nk)
Iron Catalysts for Selective Anti-Markovnikov Alkene Hydrosilylation Using Tertiary Silanes

女性パワー(Girl Power)

社会的弱者を積極的に優遇する政策(affirmative action policy)は個々人の活動を低下させるため全体的な成果が下がるという可能性が広範囲に、かつ長い間議論されてきた。(女性)参加者に対する割り当て(例えば、試合で2人の勝者のうちの一人は女性にするという)とか優先的な取り扱いにより、その参加者の集団は変化するのだろうか?BalafoutasとSutte(p. 579;Villevalによる展望記事参照)は既存のラボ-ベースのタスク(laboratory-based task)を用いて、勝者の構成における変化と全体的成果を3っの積極的平等施策の関数として評価した。競争的環境に入るために女性をより鼓舞するように意図された施策は、高い能力のある女性を発掘するのに役立ち、任務遂行の効率を維持できることが保証された。Beamanたち(p. 582,1月12日号電子版)は、西ベンガルにおいて、村議会と議会のリーダーの地位を女性にという憲法で定めた条件の影響を2回の選挙(1998年と2003年)の後で調査した。そのプログラムの結果、親が子供たちに対して抱く、そして子供たちが自分自身に対して抱く期待において、男の子である場合と女の子である場合との差(ジェンダーギャップ)が小さくなった。:それに加えて、十代の少女たちは学校で過ごす時間が増え、そして家事の雑用に使う時間が減った。信念と態度は2回目の選挙後でのみ変化した-即ち女性の役割モデル(role model:成功した女性が他の女性の手本となること)へのより長い接触の後-が、これは最初の選挙の後、女性の議会リーダーによって実施されたより急激な政策変化を補足するものである。(KU,nk)
Affirmative Action Policies Promote Women and Do Not Harm Efficiency in the Laboratory
Female Leadership Raises Aspirations and Educational Attainment for Girls: A Policy Experiment in India

普通の微生物の謎(Mystery of an Unextreme Microbe)

メタゲノム解析は、地球の自然界の循環の原動力である微生物の膨大な多様性の片鱗を見せてくれる。これらの調査により、生態系における支配的な微生物についての理解を進めることが可能であるが、環境微生物の大部分は培養が困難であり、最も大量にある微生物でメタゲノムが満たされてしまうため、他の微生物の機能的な重要性を識別することは難しい。Iverson たちは(p. 587)、ピュージェット湾の試料採取を行い、メタゲノムから個々のゲノムを再構築する方法を開発した。それにより、謎の海洋性グループⅡのユーリ古細菌からのゲノムの抽出が可能になった。この古細菌は明らかに運動性で、細菌との広範な遺伝子交換の兆候を示しており、ある種の海洋性細菌が太陽光からエネルギーを取り入れるのに用いているプロテオロドプシン-a分子の起源に関する、いくつかのヒントを与えてくれる。(Sk)
【訳注】
メタゲノム解析:単一菌種の分離・培養を行わず、微生物の集団から直接ゲノムを解析する手法
古細菌:真核生物、真正細菌(普通の細菌)と並んで全生物界を三分する生物グループ
Untangling Genomes from Metagenomes: Revealing an Uncultured Class of Marine Euryarchaeota

熱か酸か?(Heat or Acid?)

熱帯のサンゴ礁が、温室効果ガス濃度の増加やそれにともなう気候変動にどの程度影響されるかという問題が広く議論されている。モデルによる予測と研究室での実験結果では、炭酸塩の飽和濃度の減少や pH の減少が、サンゴを含む炭酸塩-堆積作用のある生物の石灰化を減少させるであろうことを示唆している。しかし、観測データはわずかしかなく、最近のサンゴの成長速度の低下原因は温度ストレスであったり海洋の酸性化であったりとその時々で色々にされてきた。Cooper たちは(p. 593)、西オーストラリアのインド洋沿岸に沿ったサンゴ礁にある大量のハマサンゴの石灰化速度の大規模な低下は生じていないことを実証した。それどころか、過去110 年間、特に高緯度地域で、サンゴの成長が著しく増加してきている。このように、サンゴの石灰化は海水の温暖化とともに増加しているように思われるが、温度が上がりすぎれば、グレートバリアリーフで観察されているように、サンゴの白化や海水の炭酸塩飽和濃度の減少が成長の低下をまねくであろう。(Sk,nk)
Growth of Western Australian Corals in the Anthropocene

免疫の歩哨(Immune Sentinels)

免疫学の古典的パラダイムでは、免疫応答は2つの波として生じると考えている。まず生得的免疫系の急速応答する細胞が、侵入してきた病原体を捕捉するのを助けて、リンパ球に警告を通報する。次に、順応性の免疫系の細胞が感染を除去する助けをして、長期に持続する記憶を形成するよう働く。しかしながら、特殊化したリンパ球集団もまた、感染に対して急速に応答することがあり、生得的免疫系と重なる機能を実行することがある。このたび、Rauchたちは、そうしたタイプの細胞の一つ、生得的応答活性化因子(IRA)B細胞について記述している(p. 597,1月12日号電子版)。IRA B細胞は、Toll様受容体4を介して細菌のリポ糖(liposaccharide)を認識し、それに対する応答として、他の生得的免疫細胞を活性化するサイトカインGM-CSFを産生する。マウスにおいてIRA B細胞を欠くと、細菌感染を除去する能力が障害され、敗血症性ショックが増進された。(KF)
Innate Response Activator B Cells Protect Against Microbial Sepsis

もともとか、乱用のせいか(Nature or Drug Abuse?)

覚醒剤依存性がある個人では、線条体と前頭葉前部の脳領域に顕著な構造変化がみられる。しかしながら、そうした脳の異常がまず薬剤摂取に先立って起きて、薬物依存が進行するようになる脆弱さをその人に与えるのか、それともそうした脳の変化が長年の薬剤使用の影響なのかは、はっきりしていない。Erscheたちは、薬物依存の個人と、依存性薬物を摂取した経験のない彼らの生物学上の兄弟姉妹(biological siblings)の双方の脳の異常を調べ、それを相当するボランティアの健常者と比較した(p. 601; またVolkowとBalerによる展望記事参照のこと)。兄弟姉妹ペアの脳の異常は、行動の制御における有意な機能障害と関連していた。これは、薬物依存によって障害が起きることが知られている能力である。そうした神経の変化は、薬物摂取しない家族のメンバーにおいても観察されるので、この変化は、慢性的な薬物乱用の結果ではなく、麻薬常用依存に対する脆弱さを示す神経学的指標を示しているらしい。(KF,KU,ok,nk)
Abnormal Brain Structure Implicated in Stimulant Drug Addiction

自然な抵抗性(Natural Resistance)

エバーメクチン(avermectin)は、殺虫薬として、また、線形動物由来の病気の処置薬として、駆虫薬の中で最も広く使われている。しかし、それに対する抵抗性の進化が、主要な世界的健康問題や農業問題を提起している。Ghoshたちは、分離株内で変化する線虫モデルCaenorhabditis elegansにおけるエバーメクチンへの抵抗性を観察した(p. 574; またWolstenholmeによる展望記事参照のこと)。抵抗性は、グルタミン酸によって開閉されるクロライドチャネルのリガンド結合領域中の4つのアミノ酸欠失が自然に生じることによって引き起こされる。この変異体はまた、エバーメクチン-産生性の遍在する土壌細菌、ストレプトミセス(Streptomyces zitilis)に対する抵抗性をも与えていた。多くの線形動物は、彼らのライフサイクルの少なくとも一部を土壌中で過ごしており、それによって、線形動物種におけるエバーメクチン抵抗性を説明できる可能性がある。(KF,nk)
Natural Variation in a Chloride Channel Subunit Confers Avermectin Resistance in C. elegans

系列の独自性(Lineage Identity)

内胚葉系列と中胚葉系列の分離は、初期の胚形成における基礎的なイベントである。ウニの胚を用いて、Sethiたちは、Notch経路とカノニカルWnt経路のクロストークが、内胚葉系中胚葉 を次第に分画し、内胚葉と中胚葉の運命を別々のものにしていることを発見した(p. 590)。この3段階のシグナル伝達交換は、シグナル伝達のクロストークのタイミングが、時間的、空間的にねじれた遺伝的回路(特異的な発生段階でのみ交わっている)によって、生体内でいかに制御されているかを実証するものである。(KF)
Sequential Signaling Crosstalk Regulates Endomesoderm Segregation in Sea Urchin Embryos
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