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Science January 6 2012, Vol.335


スーパ兵隊アリの先祖返り(Supersoldier Throwbacks)

祖先の形質を反映する異常な形質が、通常は持っていないはずの個体に散発的に現れる。超多様性のオオズアリ属の異常な形質についての研究を通して、これらの異常性は選択に作用する本来的なものであると、Rajakumarたち(p. 79)は示している。アリは、「スーパ兵隊アリ」を生み出す先祖の発生能を持っており、これが三千万年以上維持され、その反復的誘発がスーパ兵隊アリの適応と平行進化を促進した。(hk,KU)
Ancestral Developmental Potential Facilitates Parallel Evolution in Ants

電力供給の展望(Electrifying Prospects)

危険な気候変動のリスクを減らすためには、温暖化ガス排出を抑えることが必要であり、我々のエネルギー生産を脱炭素化するために一般に提唱されている中間目標は、2050年までに80%排出量を減らすことである。Williamsたちは(p.53,11月24日号電子版)、カリフォルニアにおいて、この目標を満たすために要請されているインフラ設備と必要な技術を解析し、そして現在適用可能な最も技術的に進んだタイプのエネルギー供給システムを単純に使用しただけでは十分では無い、と結論づけている。それだけでなく、輸送部門やその他の部門を電気的なシステムへと大幅に変更することが必要となり、それにより脱炭素化電力がエネルギー供給の大部分を占めることになるであろう。このような変換には、このプロセスの総ての段階において、未だ商業化されていない技術と、強い官-民と工業界の連携が必要となるであろう。(Uc,KU,nk)
The Technology Path to Deep Greenhouse Gas Emissions Cuts by 2050: The Pivotal Role of Electricity

シリコン表面へのワイヤー形成(Wiring Up Silicon Surfaces)

電子回路の微細化において課題として残るのが、配線の電気抵抗を低く抑えることである。配線を原子スケールまで細くすると、界面の影響が大きくなってドーパントの効果が減少するためである。Weberらは(p.64;Ferryの展望記事参照)走査型トンネル顕微鏡探針を用いて、シリコン表面上にPH3(ホスフィン)の分解によりリン原子をナノワイヤー状に堆積する方法を提案している。1.5nmから11nmの線幅を持つナノワイヤーを短時間の熱処理でシリコン表面に埋没させることもできるという。このナノワイヤーの電気抵抗はワイヤーの線幅に依存せず、電流伝送能力はより太い銅の結線と同程度であった。(NK,KU,nk)
Ohm's Law Survives to the Atomic Scale

それを接着するには(In the Stick of It)

もしコーティングが表面を非付着性にするというなら、一体どうやって最初にコーティング材を表面に付着させたらよいだろう?固着を防ぐための多くのコーティング法では、下地の表面をあらすか、中間層を設けて下地表面によく接着するようにしている。Deng たち(p. 67,12月1日号電子版、および、表紙を参照)は、仮の下地層としてロウソクの煤程度の物を用いる大変単純な方法を見出した。この下地はシリカでコートされ、続いて焼成によって取り除かれる。いったん表面をセミフッ素処理シランでトップコートするや、その結果としてのコート物質は水に対する表面エネルギーが小さくなるとともに、油やアルコールやアルカンをはじく。コーティング材は機械的疲労によって損傷するが、残存しているコーティング材は引き続き超疎水性で、かつ超疎油性を示す。(Ej,KU,nk)
Candle Soot as a Template for a Transparent Robust Superamphiphobic Coating

大陸の熱電対温度計(Continental Thermocouple)

数十億年の年代を持つ大陸地殻がパッチ状に存在していることは、岩石圏をマントルの上に浮かび続けさせる浮力と地殻を徐々にはぎとろうとする永続的な浸食力との複雑な関係を示している。浸食によって新たな岩石表面を生成する、剥離型浸食(exhumation)の進み具合を長期間測定することにより、地殻がその下にあるマントルとどのように熱的に結びついているのかを明らかにすることができる。しかし、これを行う技術は、しばしば地質学的時間の狭い間隔(slices)に跨ってのある制限された温度範囲しか解明することができなかった。Blackburnたち(p. 73)は、より低い地殻の深さに相当する遥かに高い温度に対して感度が高い、ウラニウム-鉛による熱年代学法(thermochronology)を用いて、北アメリカにおける剥離型浸食と浸食に関する長期間の定量モデルを再現した。(TO,KU,nk)
An Exhumation History of Continents over Billion-Year Time Scales

プラズモンプローブ(Plasmon Probe)

ある波長の光が金属表面に当たった時、光は「プラズモンモード」と呼ばれる 軌跡に沿って金属の電子を動かす。Yurtsever たちは(p. 59; Batson による 展望記事参照)、光が当たった直後(一兆分の一秒以下)に表面から飛び出し てくる電子の、独立したパルスのエネルギーを測定することによって、このプ ロセスに関連する電場を調べることのできる電子顕微鏡の一種を作り上げた。 その空間分解能は、一個の銀ナノ粒子の個々の領域の強度をマップ化するの に十分であった。(Sk)
Subparticle Ultrafast Spectrum Imaging in 4D Electron Microscopy

安定した流れ(Stable Flow)

Atlantic Meridional Overturning Circulation(AMOC)という大西洋全域にわたる深海の循環は、大量の熱を低緯度からより高緯度へと輸送し、このことは例えば、ヨーロッパの気候の温暖化に役立っている。Mateiたち(p. 76)は、AMOCの強さを4年間に限って前もって予測が可能なモデリングの手法を記述し、そして少なくても2014年まではAMOCは安定な状態のままであることを示唆している。(KU)
Molecular Mimicry Regulates ABA Signaling by SnRK2 Kinases and PP2C

椅子取りゲーム(Musical Chairs)

植物ホルモンであるアブシジン酸(ABA)は、植物が旱魃と言った環境の変化に対応するのを手助けしている。ABAがその受容体に結合すると、生理的応答が開始される。ABAの無い場合、下流のキナーゼは脱リン酸酵素によって不活性な状態に留められている。Soonたち(p. 85,11月24日号電子版;Leungによる展望記事参照)は、ホルモン-受容体複合体と下流のキナーゼの双方が脱リン酸酵素の同じ部位に結合することを示している。かくして、ホルモンの存在において、脱リン酸酵素の部位はホルモンによって占有され、そして下流のキナーゼ活性を妨害することが出来ない。(KU,nk)

LARGEの作用(Going LARGE)

ジストログリカン(DG)は多様な生理的プロセス(骨格筋膜の完全性や中枢神経系の構造と機能の維持を含め)に関与する高度にグリコシル化された細胞外基質(ECM)受容体である。似たようなアセチルグルコサミン転移酵素(LARGE)は、その機能に必要とされるα-ジストログリカン(α-DG)の翻訳後修飾を行なう。Inamoriたち(p. 93)は、LARGEがキシロースとグルクロン酸を輸送する二機能性のグリコシル転移酵素であることを実証している。これらの修飾により、α-DGはラミニン-Gドメインを含むECMのリガンド:ラミニン、アルギン及びニューレキシンに結合することが出来る。(KU)
Dystroglycan Function Requires Xylosyl- and Glucuronyltransferase Activities of LARGE

ヌクレオシドの再利用から組織球増殖症へ(From Nucleoside Recycling to Histiocytosis)

マクロファージは毎日、何十億個ものアポトーシス細胞を除去し、リソソームの分解によって核酸物質を放出し、その結果、ヌクレオシドの再利用を可能にする。Hsu たち(p. 89,および、12月15日号の電子版参照)は、ヌクレオシド輸送体である受動拡散型ヌクレオシド輸送体3(ENT3)は、マクロファージ内部で高発現するだけでなく、この輸送体が欠乏するマウスは組織球増殖症(histiocytosis)を発症し、リソソーム蓄積症の特徴を示すことを見出した。これをアポトーシス細胞に晒すと、ヒトのENT3の変異を持っているマクロファージはアデノシンを蓄積し、リソソームのpHを増加させる。これらの変化によって、マクロファージコロニー刺激因子(M-CSF)受容体を通じてシグナル伝達を増強し、その結果、M-CSFによって骨髄増殖性の病気に至る。(Ej,nk)
Equilibrative Nucleoside Transporter 3 Deficiency Perturbs Lysosome Function and Macrophage Homeostasi

速く生きて、もっと速く死ぬ(Live Fast, Die Faster)

結核菌に感染した個人に存在する細菌を完全に除去するには抗生物質の長期間の使用が必要なため、結核菌感染症の治療は複雑な経過を辿る。ほとんどの抗生物質は成長と分割の機構を標的とする;そのため、Aldridge たち(p. 100, および、11月15日号電子版)は、マイコバクテリア細胞の増殖特性の不均一性によって、抗菌感受性に変化が生じると仮定した。マイコバクテリアの細胞分割は非対称であることが解っており、分割された一方の細胞は成長極を受け継いでおり、急速に長く伸びるが、他の一方の細胞はもっとゆっくり伸びる。多数の分割を通して、急速に伸びる細胞は抗菌処置に強い感受性を持ち、抗菌処置への応答において観察された不均一性を説明するものであろう。(Ej,KU,nk)
Asymmetry and Aging of Mycobacterial Cells Lead to Variable Growth and Antibiotic Susceptibility

ランゲルハンス細胞の悪の部分(The Dark Side of Langerhans Cells)

いくつかの免疫細胞集団は皮膚に住んでいて、感染に対する保護的な障壁として働き、また癌化に対する歩哨として作用していると考えられてきた。しかしながら、樹状細胞のサブセットであるランゲルハンス細胞を欠くマウスの研究からは、それら細胞が実際には腫瘍形成を促進している可能性のあることが示唆されるようになってきた。扁平上皮癌のマウスモデルを用いて、Modiたちはこのたび、ランゲルハンス細胞がいかにして皮膚上皮細胞の形質転換を促進する可能性があるかを明らかにしている(p. 104)。発癌物質、7,12-ジメチルベンズ[α]アントラセン(DMBA)に応答して、ランゲルハンス細胞は、チトクロムP-450酵素であるCYP1B1の発現を増加させた。これは、DMBAを変異原性のあるDMBA-トランス-3,4-ジオールへと代謝することのできる酵素である。つまり、順応性の免疫応答を制御する機能のほかに、ランゲルハンス細胞は、環境発癌物質の代謝に関与している可能性があるのである。(KF)
Langerhans Cells Facilitate Epithelial DNA Damage and Squamous Cell Carcinoma

停まれ、そこには行くな(Stop, Don't Go There)

複雑な脳における意思決定には、複数のニューロンによってリレーされる情報に基づいたコンセンサスへの到達が必要である。ミツバチの群れにおける意思決定プロセスにおいても同様の状況は生じていて、そこでは、複数の個体が適切な巣の場所についての情報をリレーしているが、(最終的に)一つの場所が群れによって選択されることになる。Seeleyたちは、この系におけるコンセンサスは、その巣内に斥候ミツバチからの情報が蓄積されるにつれて形成されることを明らかにしている(p. 108,12月8日号電子版; またNivenによる展望記事参照のこと)。中止信号が、特定の場所からの斥候ミツバチによって、他の場所からの信号を伝える斥候ミツバチへと送られる。信号が蓄積されるにつれ、斥候活動は止んで、そのミツバチ集団は、斥候たちによってもっともよく示された場所に群れるよう準備することになる。このプロセスをシミュレートしたところ、その結果、ミツバチたちの相互抑制が、複雑な脳内のニューロン間で生じているのと同様な相互抑制である事が示された。双方のケースで、そうした相互抑制によって、システム全体が袋小路に陥ることから守られているのである。(KF)
Stop Signals Provide Cross Inhibition in Collective Decision-Making by Honeybee Swarms

ゼオライトの核形成を制御する(Controlling Zeolite Nucleation)

小さなゼオライト結晶は、拡散による運動学的な制限を最小にする一方、使われる細孔に高い分離選択性があるため、触媒や膜分離用途としてますます関心を集めている。Ng たちは(p. 70, 12月8日号電子版)、EMT ゼオライトの超微小結晶(6 から 15 ナノメータ)を合成した。それは、低い骨格密度を有し、炭化水素の「分解」(大きな炭化水素から小さな炭化水素への転換)に対する優れた触媒特性を有する。EMT の合成は、通常、高価な有機物の鋳型を必要とし、工業的な利用が制約されてきた。反応させる物質の比率や 短時間のマイクロ波加熱などの合成条件を慎重に制御することにより、小さなEMT 結晶の核形成が可能となり、同時に類似構造を持つ他のゼオライトの形成を避けることができた。(Sk,nk)
Capturing Ultrasmall EMT Zeolite from Template-Free Systems

すべての線虫が同じわけではない(All Worms Are Not Equal)

どうして、特定の変異が、それを受け継いだすべての個体に影響しないのだろうか? Casanuevaたちは、線虫において、穏やかな環境刺激とストレス応答の刺激とに前もって曝されていると、多様な変異がもたらす有害な影響が減少することになることを明らかにした(p. 82,12月15日号電子版; またDeplanckeとVerstrepenによる展望記事参照のこと)。さらに、ストレスシグナル伝達における個体間の変動のせいで、この保護効果はすべての個体で同一ではなかった。変異が存在しない条件下では、強い応答がストレス抵抗性を増加させたが、生殖の遅延をももたらした。個体間でのそうした可変性は予測不可能な環境において有利となり、リスクを分散するための「危険分散(bet-hedging))」戦略として作用するであろう。(KF,KU)
Fitness Trade-Offs and Environmentally Induced Mutation Buffering in Isogenic C. elegans

異質染色質の形成(Making Heterochromatin)

異質染色質は、遺伝子発現を抑圧する、特にコンパクトなDNA-タンパク質構造体である。恒常的な異質染色質は、例えば、セントロメアやサブテロメア領域において見出される。分裂酵母の研究によって、Zofallたちは、減数分裂遺伝子のそばにしばしば発見される異質染色質の島を検討した(p. 96,12月1日号電子版) 。それは、栄養生長の際には、サイレンス状態に維持されているものである。そうした座位での異質染色質形成は、セントロメアで観察されるように、一般にはRNA干渉機構を含んでいないが、転写は必要としている。RNA-分解機構であるエキソソームがこの異質染色質の島の形成に関与していて、それは性的分化への応答において再構築されうるものでもあった。(KF)
RNA Elimination Machinery Targeting Meiotic mRNAs Promotes Facultative Heterochromatin Formation

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