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Science October 28 2011, Vol.334 


再び訪れたヘビの油(Snake Oil Revisited)

人の心臓は二つの異なる状況下で肥大化する。「生理学的」心臓肥大はよく訓練されたアスリートで生じ、心臓機能が増強するが、一方「病理学的」心臓肥大は心臓発作や高血圧に応答して生じ、心臓の機能が低下する。有益な心臓肥大を促進する分子因子を同定するために、Riquelmeたち(p. 528)はビルマのニシキヘビを研究しているが、このヘビは大きな餌を食べた後2〜3日内に心臓の質量が40%の劇的な増加を示す。この極端な生理応答は食後のニシキヘビ血漿内の特殊な脂肪酸によって促進された。これら脂肪酸のin vitro とin vivoでの投与により、ニシキヘビとマウスの心筋細胞の双方で生理学的心臓肥大と関連するシグナル伝達経路が刺激された。これらの脂肪酸に基づいた治療方法は、潜在的に患者の心臓機能を高める一つの道を与えるものであろう。(KU)
Fatty Acids Identified in the Burmese Python Promote Beneficial Cardiac Growth
pp. 528-531

エアロゾルとモンスーン(Aerosols and the Monsoon)

インドの殆どの地域では、夏季のモンスーンの時期に降雨量の大部分がもたらされる。もし、このようなことがなければ、農業や経済は立ち行かなくなるであろう。毎年の降雨量は、この国の広い範囲にわたって前世紀の中頃から減少してきている。Bollasinaたちは(p.502,9月29日号電子版)気候モデルを用いて、南アジアのモンスーンがどのように、様々な自然と人為起源による作用から影響を受けているかをシミュレーションし、そしてエアロゾルが、観測された降雨量減少の殆どを引き起こしていると結論している。北半球(汚染起源のエアロゾル濃度がより高い)と南半球(エアロゾル濃度がより低い)の間でのエアロゾルの分布によって生じるエネルギーの不均衡が、モンスーンの降雨を促進する大気循環を緩慢にしている。(Uc,KU)
Anthropogenic Aerosols and the Weakening of the South Asian Summer Monsoon
pp. 502-505

その動きを注視する(Watching the Action)

実験と理論的な研究によりタンパク質のフォールディングの理解に関する骨格が提供され、そしてコンピュータの進歩により、特異的なフォールディング経路のミリ秒の長いシミュレーションが可能となった。しかしながら、これらの経路を確証するような解像度を持った実験手段が無かった(Sosnick and Hinshawによる展望記事参照)。Stiglerたち(p. 512)は極めて安定な高分解能の光ピンセットを用いて、カルモジュリンのアンフォールド状態とフォールド状態間を転移する際のカルモジュリン全長の揺らぎを数十分の間サブミリ秒の分解能でモニターした。Lindorff-Larsenたち(p. 517)はスーパーコンピュータAntonと単一の力の場を用いて、100マイクロ秒と1ミリ秒の間の範囲の時間にわたって12個のタンパク質ドメインの可逆的なフォールディングとアンフォールディングをシミュレートした。このタンパク質は主要な3つの構造要素(αへリックス、βシート、及びαβの混合体)を含んでおり、単一の優先ルートに従って実験的に決められた構造に折りたたまれ、そこではフォールディングプロセスに先立ってその基本骨格が天然ライクの構造を採用していた。(KU)
The Complex Folding Network of Single Calmodulin Molecules
pp. 512-516
How Fast-Folding Proteins Fold
pp. 517-520

小さなより糸

モーター、ポンプ、コンプレッサーなどの小型化の技術は大きな進歩を遂げているが、非常に小さなデバイスを作るにあたって新たな技術課題も浮上している。直線運動に関しては大きな作動力を発揮するものから作動距離の長いものまで用途に応じて様々なアクチュエーター素材が開発されている。一方で、回転系アクチュエーターに関しては大きな進展がないのが現状である。Foroughiらは(p494, 10月13日電子版)カーボンナノチューブより糸がねじりアクチュエーター用の素材として用いられることを報告している。より糸を電解液中に浸し電荷を注入すると、可逆的にほどけるという。(NK,KU,ok)
Torsional Carbon Nanotube Artificial Muscles
pp. 494-497

Rosettaは Lutetiaのそばを飛ぶ(Rosetta Flies by Lutetia)

2004年に地球から打ち上げられ、現在、ある彗星への途上にある欧州宇宙機関(ESA)のロゼッタ探査機は 、2010年7月10日に、大きなメインベルト小惑星である 21ルテティアの近くを通過した。Sierks たち (p.487) は、そのフライバイ中に得られた画像に基づいて、21ルテティア小惑星の体積を計算した。また、Patzold たち (p.491) は、21ルテティアを通過してRosetta 宇宙船が飛行するときに、電波追尾を用いて小惑星の質量を計算した。他の小惑星に比較して、21ルテティアは、高いバルク密度を有していた。この密度の値はそれの起源と内部構造の手がかりを与えるものである。21ルテティア は、複雑な表面地質を有する非常にクレーターの多い小惑星であり、これは、長期間にわたる複雑な歴史をたどっていることを示唆している。Coradini たち (p.492) は、21ルテティアの温度と表面組成を調べ、それらは、21 Lutetia の表面は非常に一様であり、水による変性や宇宙的な風化の証拠は無かったことを示している。(Wt,tk)
Images of Asteroid 21 Lutetia: A Remnant Planetesimal from the Early Solar System
pp. 487-490
Asteroid 21 Lutetia: Low Mass, High Density
pp. 491-492
The Surface Composition and Temperature of Asteroid 21 Lutetia As Observed by Rosetta/VIRTIS
pp. 492-494

もう一つの人間の足跡(Another Footprint of Man)

人間の活動、特に工業や農業は窒素とリンの両方の生物地球化学的な循環に重大な影響を与える。窒素とリンは海の動物相にとって必須の栄養素であり、ほぼ一定の比率で循環している。しかしながら、北西太平洋の沿岸や周辺海域では、過去30年にわたり窒素の濃度がリンの濃度よりも速く増加していた。Kim たちは(p. 505, 9月22号電子版)、その差異が大気中の窒素の沈降に起因しているという証拠を提示した。大気汚染が湖の窒素の源であるが、その海洋への影響は明確になっていなかった。(Sk,KU)
Increasing N Abundance in the Northwestern Pacific Ocean Due to Atmospheric Nitrogen Deposition
pp. 505-509

恐竜時代以降(Since the Time of the Dinosaurs)

哺乳類多様化のその時期と主要な哺乳類の系統間の関連性が長い間議論されてきた。Meredith たち(p. 521,9月22日号の電子版、更に、Helgenによる展望記事)は、多数の化石データで校正された26個の遺伝子断片から164種の哺乳類の分子的超行列(supermatrix)の系統発生解析の結果を示した。この発見によれば、哺乳類進化の「長期の融合」モデルが支持され、このことから主要な哺乳類の系列(目)は白亜紀後期に始まり、恐竜が絶滅した白亜紀-第三期の大量絶滅期の後、約6500万年前、更に多様化した。(Ej,KU)
Impacts of the Cretaceous Terrestrial Revolution and KPg Extinction on Mammal Diversification
pp. 521-524

一緒にやればきっと出来る(Together We Can)

無関係の多くの人達を動員するには動機が必要だ。最近、アメリカ防衛高度研究プロジェクト機関によって、共有された課題を多くの人達を動員して解決するという競技が執り行われた。Pickard たち(p. 509)は勝利の戦略に関して記述しているが、それは参加者たちは課題の一部を解決することが奨励されているだけでなく、成功した他のメンバーに情報を与えれば、報酬をもらえるというものであった。(Ej,KU)
Time-Critical Social Mobilization
pp. 509-512

マラリアワクチンに向けて(Toward a Malaria Vaccine)

主要な世界的公衆衛生への脅威にもかかわらず、未だ有効なマラリアワクチンが無い。唯一の高度に防御的免疫原は蚊の一刺しによるスポロゾイトの注入であるが、1000回ほど刺される必要がある。この方法は実行可能なワクチン戦略とはならないが、減弱されたスポロゾイトワクチンがマラリア防御を提供する可能性を示唆している。Epsteinたち(p. 475,9月8日号電子版;Kappe and Mikolajczakによる展望記事参照)は、精製され、照射された熱帯熱マラリア原虫のスポロゾイトからなるワクチンを作ることで、この仮説をテストした。このワクチンはボランティアの人の皮下、または皮内に投与された。ワクチンはほどほどの免疫原生と防御性であったが、このワクチンは安全であった。動物モデルにおいて、このワクチンの皮膚への接種ではなく、静脈内注射により、サルにおいてはスポロゾイト-特異的な応答が生じ、そしてマウスにおいては防御性を付与していた。このように、このワクチンの静脈内注射はヒトにおいてより大きな防御性を与える可能性がある。(KU)
Live Attenuated Malaria Vaccine Designed to Protect Through Hepatic CD8+ T Cell Immunity
pp. 475-480

介在ニューロンは何に由来するか(Where Do Interneurons Come From?)

介在ニューロンは、脳における機能的回路の出力を形作っている。新皮質が正常に機能するかどうかは、興奮性ニューロンおよび抑制性ニューロンが正しい個数生み出されるかどうかに決定的に依存しているが、抑制性ニューロンのほとんどは、胎生期に生じる。しかし、新皮質の介在ニューロンの神経発生についての我われの知識は、あまり豊富ではない。Brownたちは、マウスの新皮質における抑制性介在ニューロンの産生と組織化についてのクローン解析を行ない、新皮質性介在ニューロンが、空間的に組織化されたクローン単位として産生されることを発見した(p. 480)。この系統の関連性は、新皮質性介在ニューロンを組織化する際に決定的役割を果たしているらしい。(KF)
Clonal Production and Organization of Inhibitory Interneurons in the Neocortex
pp. 480-486

急いでヘパリンへ(Toward Heparin in a Hurry)

半世紀以上にわたって広く利用されてきた、抗凝固薬のヘパリンの仲間は、特定の硫酸塩置換パターンを有する、さまざまな糖鎖によって構成されている。そのパターンは人工的に産生するのが難しいので、ヘパリンの大半は、それを生合成する家畜を源にしてきたが、最近の汚染スキャンダルのせいで、より制御しやすい合成経路を見つけることに注目が集まっている。商業利用された、ある純粋な化学合成の場合、適切に機能を組み込んだ五糖(pentasaccharide)を産生するのに、50ステップ弱が必要である。Xuたちはこのたび、注意深く選択した酵素の混合物を単純な前駆物質に適用すると、適切な硫酸化パターンを有する2つの異なった七糖(heptasaccharide)が、収量40%弱、10ないし12ステップで産生できることを示している(p. 498; またTurnballによる展望記事参照のこと)。試験管内およびウサギモデルアッセイでの予備的な試みでは、その生成物は有望な抗凝固活性を示した。(KF)
Chemoenzymatic Synthesis of Homogeneous Ultralow Molecular Weight Heparins
pp. 498-501

腫瘍抑制の解決(Unraveling Tumor Suppression)

BRCA1腫瘍抑制因子は、遺伝性の乳癌および卵巣癌をもたらす生殖細胞系列変異の標的として、1994年に同定された。E3ユビキチンリガーゼとしての生化学活性など、BRCA1の多様な細胞機能は明確にされてきたが、その腫瘍抑制における役割は不明なままである。Shakyaたちは、遺伝性乳癌のマウスモデルを使って、BRCA1領域のどの部分が乳房の発癌を防ぐのに必要かを明確にした(p.525; またGreenbergによる展望記事参照)。BRCA1による腫瘍抑制にはBRCTホスホ-認識領域が重要である一方、ユビキチンリガーゼ活性はそうではなかったので、腫瘍抑制におけるBRCA1の機構上の役割についての現行の仮定は、挑戦を受けるかっこうになっている。(KF)
BRCA1 Tumor Suppression Depends on BRCT Phosphoprotein Binding, But Not Its E3 Ligase Activity
pp. 525-528

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