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Science August 26 2011, Vol.333


種を超えて見られる赤い色(Seeing Red Across Species)

蝶類の擬態はナチュラリストや進化生物学者の間に広く興味を持たれているが、この過程を発生学的、遺伝子的に、理解するためにはこれに関わっている個々の遺伝子を同定する必要がある。Reed たち(p. 1137, 7月21日号電子版、および、Carrollによる展望記事参照)は遺伝子発現データを色模様の変化と結びつけることで、optix遺伝子が複数の Heliconius チョウの種の赤い色模様の主要決定因子であることを見つけた。さらに、遺伝子発現のシス制御因子の変動が、種の間での多様な赤色模様を作る原因であるらしい。optix 遺伝子はチョウの視覚系にも関与する転写制御因子もコードしており、先祖時代の異なる機能に新しく別の機能が付加されたらしい。(Ej,KU,nk)
optix Drives the Repeated Convergent Evolution of Butterfly Wing Pattern Mimicry
p. 1137-1141.

成熟したミトコンドリア?(Mature Mitochondria?)

ミトコンドリアは細胞の代謝エネルギーの必須要素である。しかし、ミトコンドリアは我々の細胞中で成熟するに従って、次第に効率が悪くなり、潜在的には毒性さえ有し、急性の損傷がミトコンドリア膜の浸透性をもたらし、アポトーシスや懐死の原因となる。このように、ミトコンドリアは、ある種の病気や、もっと一般的には、加齢プロセスの重要因子でもある。Green たち (p. 1109)は、ミトコンドリアの機能に関する最新の洞察について、これの細胞死や慢性炎症の制御、あるいは、自己貪食(autophagy)における役割、更に、より具体的にはミトコンドリアの損傷に対するマイトファジー(訳注:mitophagy;障害を受けたミトコンドリアを自己貪食の膜動態によって選択的に排除する機構)の役割をレビューした。(Ej)
Mitochondria and the Autophagy-Inflammation-Cell Death Axis in Organismal Aging
p. 1109-1112.

地球外砂塵の収集(Extraterrestrial Dust Collection)

日本の「はやぶさ」探査機は、小惑星イトカワの表面のチリである、貴重だが肉眼では見えない搭載物 1534 個の粒子を載せて、2010年6月13日に地球へ戻ってきた。そして、この 「はやぶさ」探査機は、イトカワには 2005年に到達している。これらの粒子は、大きさで 180μmまでのものであるが、実験室での分析のために小惑星から取得し、地球に戻ってきた初めての物質である(Krot による展望記事を参照のこと; 表紙も参照のこと)。Nakamura たち(p.1113) は、その粒子の鉱物学的な特性について記述している。Yurimotoたち (p.1116) は、28個のチリ粒子中の鉱物の酸素同位体組成の測定結果について報告している。Ebihara たち (p.1119) は、その集められたチリの中の最大の粒子のひとつに対して、微量元素のデータに関する議論をしている。これらの研究は、その物質は、その起源は確かに地球外のものであり、LL型の石質隕石中の物質に類似であることを確証している。かくして、小惑星と隕石との間の明白なつながりが確立された。これまでも、小惑星表面の分光学的研究に基づいて、隕石は小惑星に起源を有すると考えられていた。しかしながら、これらの表面は、宇宙における風化を受けており、これによって、隕石と比較されているところの小惑星の分光特性は変化している。Noguchi たち(p.1121) は、分析した 10粒子のうちの 5つは、イトカワ表面において、宇宙の環境にそれらが晒されていることに関連する表面の変容の証拠を示しており、そして、そのプロセスは、月表面上で作用しているものとは異なっていると結論している。「はやぶさ」によって集められた粒子は、小惑星の表土のサンプルである。そして、それは、岩石状の表面を覆うゆるく結合した物質層である。それらの粒子の表面組織や形状、および、3個の粒子の希ガス分析に基づいて、Tsuchiyama たち (p.1125) と、Nagao たち (p.1128) は、イトカワの表土の変遷を追跡している。これらは、月以降、試料が採取された二つ目の地球外表土である。(Wt,tk,nk)
Itokawa Dust Particles: A Direct Link Between S-Type Asteroids and Ordinary Chondrites
p. 1113-1116.
Oxygen Isotopic Compositions of Asteroidal Materials Returned from Itokawa by the Hayabusa Mission
p. 1116-1119.
Neutron Activation Analysis of a Particle Returned from Asteroid Itokawa
p. 1119-1121.
Incipient Space Weathering Observed on the Surface of Itokawa Dust Particles
p. 1121-1125.
Three-Dimensional Structure of Hayabusa Samples: Origin and Evolution of Itokawa Regolith
p. 1125-1128.
Irradiation History of Itokawa Regolith Material Deduced from Noble Gases in the Hayabusa Samples
p. 1128-1131.

ゼオライトをよく調べる(Zeolites Up Close)

触媒作用を持つ多孔質ゼオライトの作成において、階層的な空隙率を導入することが注目されている。細孔はさまざまなサイズをもつため、拡散特性を制御することで触媒能を高めることができると考えられている。Jiangらは(p.1131)無機材料と有機材料からなる鋳型分子(Structure-directing agents)を用いることで、階層的な空隙率を示すゼオライトを開発している。ゼオライトは材料ごとに異なった細孔のサイズや配置を持つが、格子構造は比較的単純な複製核配置によって表現される。Baerlocher等は(p.1134)X線回折のデータを巧みに解析し、ユニットセルが99個のシリコン原子からなる(従来のゼオライトでは20個以下)驚くほど複雑なゼオライト異質体を発見している。(NK)
Synthesis and Structure Determination of the Hierarchical Meso-Microporous Zeolite ITQ-43
p. 1131-1134.
Unraveling the Perplexing Structure of the Zeolite SSZ-57
p. 1134-1137.

移動性の転写制御因子(Getting There is Only Half the Fun)

転写制御因子の殆どは、それらが作用する細胞と同じ細胞内で合成されるが、植物において幾つかの転写制御因子は他の細胞に輸送され、その目的細胞の遺伝子上でそれらは作用する。トウモロコシの転写制御因子KNOTTED1(KN1)と、それに非常に近いシロイヌナズナのSHOOTMERISTEMLESS(STM)、さらにまたシロイヌナズナのSHORTROOT(SHR)は、数少ない移動性の制御因子である。これらの転写制御因子は、ある一つの細胞を他の細胞に結合する原形質連絡を通して移動する必要がある。Xuたち(p. 1141;Jorgensonによる展望記事参照)は、シロイヌナズナにおいて転写制御因子の輸送に依存するレポーター系を用いて、毛状突起の発生を行なった。KN1やSTMの完全な機能にたいして、受け取る側の細胞内に或る特異的なシャペロニン複合体が必要であり、このことは輸送の後でこれらの転写制御因子の再折りたたみの必要性を喚起するものである。(KU,nk)
Chaperonins Facilitate KNOTTED1 Cell-to-Cell Trafficking and Stem Cell Function
p. 1141-1144.

チェッカーをする(Playing Checkers)

発生中のパターン形成は、器官や組織内の細胞の配列にきわめて重要である。内耳におけるコルチ器官は機械感覚性の有毛細胞を含んでおり、非感覚性の支持細胞と相互に組み合わさっている。発生の際に、これら二つの細胞型はチェッカー盤(市松模様)様のパターンで配列している。Togoshiたち(p. 1144,7月28日号電子版;Choi and Oeiferによる展望記事参照)はマウスを用いて、免疫グロブリン様の細胞間接着分子であるネクチン-1とネクチン-3が、それらの異種親和性の相互作用によりこのチェッカー盤(市松模様)様のパターン形成にキーとなる役割を果たしていることを示している。ネクチン-1とネクチン-3のいずれかを欠如したマウスは、聴覚上皮を正しく組織化することが出来なかった。このように、相異なる細胞接着が組織内の細胞の空間的パターンを制御している。(KU)
Nectins Establish a Checkerboard-Like Cellular Pattern in the Auditory Epithelium
p. 1144-1147.

小さな魚、大きな魚(Little Fish, Big Fish)

海の生態系における低い栄養段階の種は、1次生産者である植物プランクトンから高い栄養段階の種に、エネルギーを受け渡す役割を担っている。また、これらの種は大量に漁獲されており、世界の漁獲高の30% 以上を占めている。Smith たちは(p. 1147, 7月21日号電子出版)生態系モデルを用いて、低い栄養段階の種の増え続ける漁獲高が、地球全体におよぶ海の生態系に与える影響を調べた。その種を存続させうるための上限と思われる水準で、これらの種を獲り続けることは、他の生態系のメンバー(魚、海鳥、海洋の哺乳類を含む)に大きな影響を与えうる。漁獲率を半減させれば、人間が適度な分け前を受けつつ、これら必須な種の漁獲による生態系への影響を大幅に減らせる見込みがある。(Sk)
Impacts of Fishing Low-Trophic Level Species on Marine Ecosystems
p. 1147-1150.

意図した通りのタンパク質のリン酸化(Protein Phosphorylation by Design)

O-ホスホセリン(Sep)は、もっとも大量に存在するホスホアミノ酸で、遺伝的にコード化されているものではなく、翻訳後にキナーゼと脱リン酸化酵素とによる複雑なネットワークによって合成される。Parkたちは、Sepを直接タンパク質に取り込むことのできる大腸菌系統を遺伝子操作で実現した(p. 1151)。この系統は、Sep受容転移RNA(tRNASep)とその同族のSep-tRNA合成酵素、さらにSep-tRNASep結合を可能にする遺伝子操作で作られた伸長因子-Tu をその内部にもっている。この系は特異的部位に挿入された1つまたは2つの Sep 残基を使ってヒトのキナーゼを合成するのに用いられた。特異的なリン酸化タンパク質を直接生合成するこの能力は、その酵素と基質の性質を詳細に研究するのに非常に役立つことになるだろう。(KF)
Expanding the Genetic Code of Escherichia coli with Phosphoserine
p. 1151-1154.

多様であることによる不具合(The Downside of Diversity)

頭部と頸部の扁平上皮癌(HNSCC)は、毎年60万人に影響を与え、死亡率はおよそ50%にも及んでいる。タバコやアルコール摂取、ヒトパピローマウイルス(HPV)感染症などの環境因子が、病変形成の鍵となっている要因である(Brakenhoffによる展望記事参照のこと)。その腫瘍の分子遺伝学的仕組みの探求を狙いに行なわれた独立した複数の研究で、Agrawalたち(p. 1154、7月28日号電子版)とStranskyたち(p. 1157、7月28日号電子版)は、複数の腫瘍のタンパク質翻訳領域遺伝子の配列決定を行なった。喫煙者の腫瘍は非喫煙者の腫瘍よりも変異が多かったし、ヒトパピローマウイルス-陽性の人の腫瘍は、陰性の腫瘍よりも変異が少なかった。HNSCCは、NOTCH1のような扁平上皮の分化に関与する遺伝子など、多様な遺伝子配列における複数の変異を抱え込んでいたのである。とりわけ、NOTCH1変異のパターンは、その遺伝子がHNSCCの腫瘍抑制因子として作用することを示唆しており、これは他の腫瘍タイプにおける癌遺伝子としての役割とは明確な対照を示している。多様な変異によるHNSCCの病因学と確立された癌遺伝子における活性変異の不足はその病気への狙いを定めた治療がとくに難題になるだろうことを示唆するものである。これは、予防と早期発見の重要性を強調するものである。(KF)
Exome Sequencing of Head and Neck Squamous Cell Carcinoma Reveals Inactivating Mutations in NOTCH1
p. 1154-1157.
The Mutational Landscape of Head and Neck Squamous Cell Carcinoma
p. 1157-1160.

メディエーターのミスセンス(Mediator Missense)

メディエーター複合体とは、転写共役因子として機能する多タンパク質複合体である。メディエーター複合体内のミスセンス変異は、遺伝子転写の制御因子としてのその活性化を、その相互作用を除去することなしに、変化させることになる。Hashimotoたちは、メディエーターのサブユニットの1つをコードしているMED23遺伝子における変化を同定した(p. 1161)。それは、影響を受けた家族において引き継がれてきた知的能力の障害に相関するものである。この変異したMED23タンパク質は、神経機能に結び付いたJUN遺伝子およびFOS遺伝子の制御の変化を引き起こし、そのことによって、転写の調節不全から知的な能力障害までにいたる一連のイベントを作り上げることになるのである。(KF)
MED23 Mutation Links Intellectual Disability to Dysregulation of Immediate Early Gene Expression
p. 1161-1163.

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