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Science August 19 2011, Vol.333


マラリアの増殖図(Propagating Picture of Malaria)

マラリアは正に1匹の感染性の蚊によって生じ、したがって宿主側の防御を圧倒するためには寄生虫の数が急速に増える必要がある。感染の際に作用するチェックとバランスの程度は、単純に血液サンプルを取ることで測定することは出来ない。Metcalfたち(p. 984; Day and Fowkesによる展望記事参照)は幾つかの大きなデータセットを用いて、マウスマラリアの生態を数学的にモデル化し、そしてこの感染症の重要な目安としての、有効増殖数(effective propagation number:Pe)を開発した。Peは、宿主の免疫応答の強さと成熟赤血球の枯渇に依存して、時間と共に変化する。(KU,nk)
Partitioning Regulatory Mechanisms of Within-Host Malaria Dynamics Using the Effective Propagation Number
p. 984-988.

異数性と癌(Aneuploidy and Cancer)

癌細胞は異数性(細胞が異常な数の染色体を持つ状態)を示すことが多い(Kolodnerたちによる展望記事参照)。Sheltzerたち(p. 1026)は、単一の染色体の余分なコピーを持つ酵母系統を作り、細胞における異数性の影響を解析した。異数性は、癌細胞の特徴である「ゲノムの不安定さ」に類似して、その細胞を別の遺伝子異常に導いた。Solomonたちによる癌のゲノム解析(p. 1039)から、腫瘍のサブセットに異数性がどのように起こるかが明らかにされた。広範囲のヒト腫瘍は、コヒーシン(cohesin:細胞分裂の際に姉妹染色体の分離を制御するタンパク質複合体)のサブユニットをコードしているX-連鎖遺伝子であるSTAG2において失活性の変異を宿している。培養腫瘍細胞において、野生型遺伝子を持つSTAG2の不完全なコピーを標的にした置換により、その細胞の染色体不安定さが逆転したが、このことはSTAG2が腫瘍抑制遺伝子であり、染色分体の分離の過ちを妨げる働きをしているという仮説を支持するものである。(KU)
Aneuploidy Drives Genomic Instability in Yeast
p. 1026-1030.
Mutational Inactivation of STAG2 Causes Aneuploidy in Human Cancer
p. 1039-1043.

太陽黒点予報(Sunspot Forecasting)

太陽黒点は、太陽表面での太陽磁場の現れであり、地球上の停電や、人工衛星や宇宙船に損傷を与える可能性のある、大きな爆発現象に付随している。Ilonidis たち (p.993) は、黒点が太陽表面に現れる一日乃至二日前にそれを検出できる技術を開発した。それにより、宇宙天気予報の改良が期待できる。この技術を黒点の現れる4ヵ所に適用したところ、その結果は、太陽内部の深い領域において太陽黒点を形成する磁場は、これまで予測されていたものより強く、少なくとも 65,000km 表面より下で生まれていることを示している。(Wt)
Detection of Emerging Sunspot Regions in the Solar Interior
p. 993-996.

冷却原子のフラストレーション(Cold-Atom Frustration)

凝縮系の電荷自由度とスピン自由度との間の相互作用は、一連の多様に複雑な電子相および磁気相を生み出す。Struckらは(p.996; 7月21日電子版)、三角光格子に捕獲されたボーズアインシュタイン凝縮系原子間の相互作用の符号や強さを制御できるシステムを開発し、磁気秩序や磁気フラストレーションに伴う複雑相についての実験的研究を可能にした。冷却原子を用いた手法は 凝縮物質系で発生する複雑な相互作用を調べるために不可欠な制御可能な実験系の構築の一手となるであろう。(NK,KU)
Quantum Simulation of Frustrated Classical Magnetism in Triangular Optical Lattices
p. 996-999.

5つからなる環(Circle of Five)

リチウムイオン電池は、層状の炭素格子中に負電荷を蓄積し、その負電荷を層間に注入されているリチウムイオン(Li+)で補償することで機能している。Zabulaたち(p. 1008)は、多環芳香族炭化水素であるコラニュレン(corannulene:C20H20)を慎重に結晶学的及び分光学的に特徴づけた。4電荷当量での還元により、二量体サンドイッチ構造が生成し、そこでは二つの炭素シートが5つのLi+イオンの環を囲み、残余の電荷を補償する幾つかの外部イオンをもっている。その発見は、4つの内部Li+イオンの低密度配列を持つという広く認められていた提案構造を改訂させるものである。(hk,KU,TS)
A Main Group Metal Sandwich: Five Lithium Cations Jammed Between Two Corannulene Tetraanion Decks
p. 1008-1011.

機会均等?(Equal Opportunity?)

労働力の多様性は、調査によって国民の健康を改善するというアメリカ保健局(NIH)の中心的目的の1つであると考えられている。Ginther たち(p. 1015; および、Tabak and Collinsによる政策フォーラム参照)は、2000年から2006年にかけてのNIHのR01研究助成金に対する申請者の人種や民族と、助成金を受け取ったその確率との間の関係を調べた。人口統計や、教育背景、訓練、以前の研究、雇用主との関連を調整した結果、著者たちは、黒人の応募者が白人のそれよりも研究費を受け取る可能性が有意に低いことを見出した。(Ej,KU,ok)
Race, Ethnicity, and NIH Research Awards
p. 1015-1019.

気候変動の影響の大きさ(Making a Move)

多くの陸上生物の緯度や高度に関する分布は、気候変動に応じてシフトしている。南北両半球の研究データのメタ分析から、Chen たち(p. 1024)は、広範囲の植物や動物種の分布が以前認識された以上の速度でシフトしていることを示した。分布の変化の大きさと温暖化の大きさとの明瞭な関連が認められた。この変化の速度の見積りは今や大きな信頼性を持って、温暖化が生物多様性に与える影響のモデルをパラメータ化するのに使用できる。(Ej,nk)
Rapid Range Shifts of Species Associated with High Levels of Climate Warming
p. 1024-1026.

教育と研究は相いれるか?(Do Teaching and Research Mix?)

理系の大学院生は研究に対して多くの関心を持っている。Feldon たち(p. 1037) は、これら院生たちが教えることに費やした時間が彼らの研究プログラムに役立っているのかどうかを分析した。院生によって提出された研究提案の質の解析から、教えることにも関与した院生は、彼らの時間を研究だけに費やした院生よりも、より大きな技能を発揮させていることが示唆された。(Ej,KU,nk,ok)
Graduate Students’ Teaching Experiences Improve Their Methodological Research Skills
p. 1037-1039.

サファイア上のワイヤ(Wires on Sapphire)

半導体ナノワイヤを最終的に電子デバイスに組み込むためには、それらが長くて向きが揃っている必要がある。Tsivion たちは(p.1003)、GaN ナノワイヤを、サファイアのいろいろな面上で特定の方向に成長させるための道筋を示し、異なるサファイア面がどのようにワイヤの品質と成長に影響するかを明らかにした。作り出されたワイヤは、うまく組み込まれてエレクトロルミネッセンス素子として機能した。(Sk,nk)
Guided Growth of Millimeter-Long Horizontal Nanowires with Controlled Orientations
p. 1003-1007.

炭素シンクとしての森林(Forests as Carbon Sink)

世界中の森林は、人類由来の活動の結果生じる二酸化炭素の相当の部分を吸収している。Panたちは、グローバルでの炭素収支における世界中の森林の役割に関する最新かつ改善された見積りを提供している(p. 988、7月14日号電子版)。最新の項目別森林一覧表と分析を用いることで、1990年から2007年にかけての、大気中二酸化炭素の森林による世界中での吸収は、年間平均で2.4ペタグラム(10の9乗トン)であると見積もることができた。これは、陸生の炭素シンク全体に関する昔の見積りに匹敵する数値である。(KF,nk)
A Large and Persistent Carbon Sink in the World’s Forests
p. 988-993.

グラフェン中の不純物の画像(Portrait of a Graphene Dopant)

電子材料の特性は不純物の添加により変化させることができるが、不純物は通常、その電子材料の伝導帯に対して電子を付加したり取り去ったりすることのできる、異なる価電子殻の構成を有する元素である。Zhao たちは (p.999)、銅基盤上で窒素をドープしたグラフェンを成長させて、種々の分光学的な方法とともに走査型トンネル顕微鏡を用いて調べた。窒素原子がグラフェン格子の中で炭素を置換しているのが観察され、電気特性の大きな変化は不純物原子のまわりのわずかな格子間隔に局在化していた。(Sk,nk)
Visualizing Individual Nitrogen Dopants in Monolayer Graphene
p. 999-1003.

総てが一度に回転する(All Whirling at Once)

回転分光法は気相の分子構造、特に他の手法では得ることの出来ない遠い星間化合物の特徴付けにおける強力なプローブである。しかしながら、そのスペクトルの解釈は難しい問題である。というのは、そのスペクトルには一連の異なる同位体成分を持つ分子から生じる密なスペクトルシグナルの乱立があるからである。Schroterたち(p. 1011,7月7日号電子版;Pateによる展望記事参照)は回転分光法と質量分析法を組み合わせることで、オーバーラップするシグナルを同位体的に複雑な混合物におけるそれらの各々の元の分子に割り当てることを容易にした。彼らは、2硫化炭素(12C, 13C,及び4つのイオウ同位体の複数の組み合わせからなる)においてこの技術を実証し、更に質量と同じく、異なる電子構造を持つ分子の回転相関の研究への応用可能性に関して記述している。(KU)
CRASY: Mass- or Electron-Correlated Rotational Alignment Spectroscopy
p. 1011-1015.

脊椎動物遺伝子の制御の進化(Vertebrate Gene Regulation Evolution)

脊椎動物ゲノム中の多くのDNAが進化的保存を示しているが、それは成熟した転写物(mature transcript)の一部であるようには見えない。Loweたちは、脊椎動物ゲノム内に保存された非翻訳要素の出現を推定し、それらが制御していそうな標的遺伝子を推測することによって、脊椎動物の遺伝子制御の進化の際に起きた変化を観察した(p. 1019; またWrayによる展望記事参照のこと)。初期の進化上の革新には、転写制御因子とそれ以外の発生遺伝子が関与していた。その後に、細胞外シグナリングに関与する遺伝子に変化が生じる時期が到来し、いちばん最近になって、そうした変化がもっとも頻繁に生じる時期がやってきているのだ。こうした変化は、5種の脊椎動物系列で、同時にかつ独立に生じたのである。(KF)
Three Periods of Regulatory Innovation During Vertebrate Evolution
p. 1019-1024.

抑制を介して、より良い抗体を作る(Making Better Antibodies Through Inhibition)

癌ワクチンや細胞移入療法、単クローン抗体など、抗腫瘍免疫を促進する免疫療法は、種々の癌に取り組むために、ますます臨床現場において探求されるようになってきた。とくに興味深い単クローン抗体は、受容体の腫瘍壊死ファミリーのメンバーであるCD40タンパク質に対する抗体特異的刺激薬である。これは、小さな臨床治験において、適度の有効性を示すものである。CD40タンパク質の抗体連結は、抗原提示細胞の成熟を促進し、それが次にT細胞およびマクロファージによって仲介される強化された腫瘍への毒性を促進する。LiとRavetchはこのたび、さまざまのマウスモデルにおいて、最適な抗腫瘍免疫には、CD40タンパク質抗体のFc(免疫グロブリン結晶化可能断片)部分が、Fcγ受容体であるFcγRIIBに結び付くことが必要であることを示している(p. 1030; またSmythとKershawによる展望記事参照のこと)。これは、FcγRIIBが典型的には抑制性シグナルを免疫細胞に伝達していることから、予想外のことだった。活性化しているFcγ受容体に優先的に結合する抗体を操作することによって、抑制性のFcγ受容体だけが、抗腫瘍活性を仲介できることが示された。つまり、単クローン抗体療法の設計に際しては、Fc領域を注意深く操作することこそ、考慮されなければいけないのである。(KF)
Inhibitory Fcγ Receptor Engagement Drives Adjuvant and Anti-Tumor Activities of Agonistic CD40 Antibodies
p. 1030-1034.

鼓舞させる教授法(Inspirational Teaching)

高校の生徒は、教室に他人の悪口(中傷)や私見を持ち込んでしまい教師が授業のテーマを進めるのを、ときに難しくしてしまう。Allenたちはこのたび、教師と生徒の社会的相互作用を狙った1年間にわたるコーチング・プログラムが、生徒の学習成果の測定可能な改善など、教師がよりよい授業成果を生むのを助けることを明らかにした(p. 1034)。つまり、教師がそのテーマをよりうまく伝えることと同様に、生徒たちとの社会的ダイナミクスを効率的に管理することもまた重要、ということである。(KF,ok)
An Interaction-Based Approach to Enhancing Secondary School Instruction and Student Achievement
p. 1034-1037.

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