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Science July 29 2011, Vol.333


グリーンな結びつき(Green Connection)

インタラクトーム(interactome)とは、膨大な数の成分タンパク質間の相互作用を定義するために用いられており、そしてモデル植物であるシロイヌナズナのインターラクトームは植物生物学に関する基本的な洞察を明らかにするはずである(Landryによる展望記事参照)。Drezeたち(p. 601)は、シロイヌナズナのプロテオソームスケールでのタンパク質間の一対一相互作用のインタラクトムマップの作成と解析について記述している。このマップを用いて、Mukhtarたち(p. 596)は、免疫系の機能に関与している数百個のタンパク質とそれらとは進化的に無関係な二つの病原体からのタンパク質との相互作用を調べた。「植物-病原体の相互作用のネットワーク」により、病原体のエフェクターと植物タンパク質間の相互作用が明らかになり、そして多岐に渡る病原体が攻撃する宿主タンパク質は同じ種類であることが多く、それらのタンパク質は植物免疫系の巨通する受容体セットと相互作用している(KU,nk)
Evidence for Network Evolution in an Arabidopsis Interactome Map
p. 601-607.
Independently Evolved Virulence Effectors Converge onto Hubs in a Plant Immune System Network
p. 596-601.

白日の元にさらせ(Uncover Up)

前回の間氷期の間、およそ12万7千年から11万6千年前の間、地球の気候は現在よりも暖かかった。地球の平均海面は約4〜6m高かったが、南極氷床の融解に対して、グリーンランド氷床の融解からどの程度の海水の体積増加が付け加わったのかは明確でない。Colvilleたちは(p.620)、グリーンランドのどの地層が氷に覆われていたのかを推測するために、前々回の暖期にグリーンランド南部から放出されたシルトサイズ(沈泥:砂より細かい沈積物)堆積層のSr-Nd-Pbの同位体比を調査した。その結果は、氷の体積を見積もり、そしてどの程度氷床が海水面に影響していたかを推定するために、グリーンランド氷床のモデル解析結果と比較された。この知見により、グリーンランド氷床は海水面上昇の1.6〜2.2mを占めていたことが示された。このことは、南極氷床もまた海水面上昇に重要な寄与があったことを示している。(Uc,KU,nk)
Sr-Nd-Pb Isotope Evidence for Ice-Sheet Presence on Southern Greenland During the Last Interglacial
p. 620-623.

水分子を閉じ込める(To Trap a Water Molecule)

水の並外れた性質の多くは、水素結合によってネットワークを形成する能力に由来している。ほとんどの場合、水は閉じ込められても、水素結合によって他の分子と相互作用する。Kurotobi と Murata は(p. 613; Balch による展望記事参照)、高い疎水性の環境であるはずの C60 分子の中に、単一の水分子を隔離した。比較的高温かつ高水蒸気圧のもとで、オープンケージ C60 誘導体は定量的に1個の水分子で満たされた。その開口を閉じることで C60 の骨格が回復し、単一の水分子がカプセル化される。かなりの量の単離された水分子を利用することで、水の性質における水素結合の影響を調べることが可能になるであろう。(Sk)
A Single Molecule of Water Encapsulated in Fullerene C60
p. 613-616.

農業生産の過熱(Heating Up Agricultural Production)

地球の気温は、過去数十年間に渡って上昇してきているが、この気温上昇が既に農業生産高に影響しているかどうかは不明である。Lobell たち (p.616, 5月5日付け電子版) は、過去30年間の食糧生産と気温データを検証した。最も多い四種の農産物のうち、とうもろこしと小麦の生産量は温暖化につれ減少してきたが、大豆と米の生産量は、地球規模では、影響を受けていなかった。将来の温度上昇は、食糧生産量や農産物価格にかなりの影響をもたらすであろう。(Wt,nk)
Climate Trends and Global Crop Production Since 1980
p. 616-620.

集団での移動?(Mass Migration?)

現代人は約4万年前にユーラシアに移動し、先住していたネアンデルタール人に急速に取って代わり、そして絶滅に追いやった。遺伝的データによれば、現代人がそのように成功した理由の一つは、現代人の人口がまさっていたからである、と示唆されている。(優れた道具、異なる社会的構造も重要であったかもしれないが)MellarsとFrenchは(p.623)、人口変動をより良く評価するために、よく研究されている、あるフランスの地域における考古学の記録を解析した。遺跡の数、その遺跡での食料加工跡の密度、占有地域の範囲から、その転換期の後に現代人は先住していたネアンデルタール人の人口の10倍も多かったことが示唆される。このように転換の急速さと成功は、その殆どが人数の問題であったのかもしれない。(Uc,nk)
Tenfold Population Increase in Western Europe at the Neandertal-to-Modern Human Transition
p. 623-627.

原子価の変動(Valence Variation)

ホウ素は典型的な電子不足元素であり、多くの化合物を形成するが、その化合物においてホウ素は全価電子を失ない、アミンのようなドナー分子を引き寄せる。Kinjoたち(p. 610; WangとRobinsonによる展望参照)はこのパラダイムを逆転し、ホウ素中心が空孔の代わりに自由電子対を持つ化合物を作った。その超低酸化状態はかさ高い隣接炭素置換基を使うことによって安定化され、x-線結晶学によって特徴が明確にされた。アミンのように、ホウ素中心は塩基として作用する:プロトン化共役体もまた単離され、全特徴が明確にされた。(hk,KU,nk)
Synthesis and Characterization of a Neutral Tricoordinate Organoboron Isoelectronic with Amines
p. 610-613.

後ろよりも前によくすべる(Sliding More Easily To Than Fro)

対称性を考慮すると、グラフェン上を前後運動する物体に作用する摩擦は同じであるはずである。しかしChoiらは(p.607, 6月30日号電子版)機械的に剥離したグラフェンシートをシリカ基板上に配置し、摩擦力顕微鏡を用いて測定したところ、摩擦係数がスキャン方向に応じて変化する(180度ターンごとに係数が増減する)領域が存在することを発見した。これらの領域は摩擦を除いては、原子間力顕微鏡やラマン分光で観測した物性は同じであった。グラフェンを基板上に配置する際に発生するしわが、この異方性の原因と考えられている。(NK,nk)
Friction Anisotropy-Driven Domain Imaging on Exfoliated Monolayer Graphene
p. 607-610.

暗闇の中で「見る」(“Seeing” in the Dark)

コウモリは超音波ビームを発射して夜間の環境で餌を検知し、また熱帯植物に対する重要な花粉媒介者としても作用している。葉や樹木といった環境内の物体からの超音波エコーは、コウモリの標的を検知し、場所を突き止めるという彼らの能力を妨害するであろう。Batesたち(p. 627)は、入り組んだクラッター(非標的)と標的のエコーがコウモリの脳でどのように認識されているかの模擬実験を行い、コウモリが環境内のクラッターをどのように無視しているかを明らかにした。次に、植物は受粉媒介をするコウモリ種をどうやって引き寄せるのだろうか?Simonたち(p. 631)は、熱帯植物Marcgravia eveniaが開花する花序と結びついて独特の円盤状の葉を作ることを示している。その葉は、バックグラウンドに存在する種々の葉によって作られる乱雑なエコーとは明らかに異なる強い超音波エコーを発射し、そしてその強いエコーによりコウモリの探索時間を半分程度に減らしている。(KU)
Bats Use Echo Harmonic Structure to Distinguish Their Targets from Background Clutter
p. 627-630.
Floral Acoustics: Conspicuous Echoes of a Dish-Shaped Leaf Attract Bat Pollinators
p. 631-633.

転写の開始を詳しく調べる(Dissecting Transcription Initiation)

転写の開始は多段プロセスから成っている。初期の転写は不安定であり、そのため頻繁に不全な(abortive:転写の失敗)開始となる。3-〜 4-ヌクレオチドの転写合成物はある程度安定になり、転写物が約10ヌクレオチドの大きさになると、プロモーターはこの複合体から離れる。Liu たち(p. 633)は、この遷移の基礎となるRNAポリメラーゼII転写複合体の構造について記述している。4-ヌクレオチド未満の長さのRNA転写物は結晶中で整列してないが、他方、4-〜5-ヌクレオチド転写物は歪んだRNA-DNAハイブリッドを形成している。6-ヌクレオチド以上の長い転写物を含む複合体は、基本的に安定な伸長複合体と同じ構造を持っている。この構造は、不全な開始段階がプロモータ校正の形態であり、構造上の遷移はプロモータコントロールのチェックポイントであるというモデルを支持している。(Ej,hE,KU)
Initiation Complex Structure and Promoter Proofreading
p. 633-637.

身体の恒常性とセロトニン(Body Homeostasis and Serotonin)

延髄のセロトニン作動性ニューロンは、血中の二酸化炭素濃度の変化を検出することによって呼吸を制御する、呼吸性化学反射を代表する重要な要素だと提唱されてきた。それらニューロンはまた、体温を維持しているネットワークなど、呼吸以外の恒常性回路網にも関与しているとされてきた。しかしながら、恒常性においてセロトニン作動性ニューロンが必要であることを実証する直接的証拠は、限定的なものだった。Rayたちは、脳幹の縫線核におけるセロトニン作動性ニューロンの急性かつ可逆的な不活性化が、哺乳類における体機能の恒常性維持において中心的な、2つの全身性制御機構、すなわち化学受容性と温度調節の抑圧をもたらすことを発見した(p. 637)。(KF)
Impaired Respiratory and Body Temperature Control Upon Acute Serotonergic Neuron Inhibition
p. 637-642.

ホウレンソウで光らせる(Lit Up by Spinach)

緑色蛍光タンパク質(GFP)は、細胞中の分子をわれわれが可視化する方法を革新してきた。一般に、標的タンパク質はGFPへの融合によってタグ付けられる。RNAに蛍光性タグ付けをする単純な方法は無く、RNAをGFPでタグ付けするのはいささか厄介ではある。このことを頭に入れて、Paigeたちは、RNAのための一連のGFP等価物を開発した(p. 642)。GFPフルオロフォアの誘導体から始めて、彼らは人工的進化を利用して、そのフルオロフォアに結合し活性化する短いRNAを同定した。そこからさらに選択を行なうことで、フルオロフォアのスペクトル調整を行って、「Spinach(ホウレンソウ)」と名付けられた増強されたGFP様のRNAフルオロフォアだけでなく、シアンや緑がかった黄色、橙赤蛍光など、一連の範囲のスペクトル特性を生み出すことができた。Spinachは生きた哺乳類細胞におけるRNAのタグ付けとトラッキングを可能にするものである。(KF)
RNA Mimics of Green Fluorescent Protein
p. 642-646.

奇妙な腸(Odd Guts)

ユーラシア大陸の草食哺乳類と比べると、オーストラリア大陸の草食有袋動物は、まったく奇妙であり、さらに予想通りと言うべきか、反芻動物の腸内細菌よりもメタン生成がずっと少ない奇妙な腸内細菌を有している。Popeたち (p. 646, 6月30日号電子版)は、タマワラビー(Tammar wallaby:オオカンガルー)の前腸から採取した複雑な微生物叢のメタゲノム解析を実施した。前腸に元来見られた優勢生物体のゲノムにほぼマッチするゲノムをもつコハク酸塩-産生種の単離を可能にする無菌培養が開発された。有袋類の消化を助ける微生物叢は牛や羊のものとは著しく異なっており、一般の家畜によるメタン生成を減らすための生物工学的アプローチを設計する上で役立つであろう。(TO,KF,KU,nk)
Isolation of Succinivibrionaceae Implicated in Low Methane Emissions from Tammar Wallabies
p. 646-648.

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