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Science July 8 2011, Vol.333


その限界で操作する(Operating at the Limits)

制御理論は、フィードバックを用いることで系の動的な挙動を操作するための数学的な基本を与えるものである。出力エラーを最小にしながら、その系の効率とロバストとの間のトレードーオフ関係により、設計は束縛される。解糖作用は、二つのキーとなる酵素を用いてグルコースを分解してアデノシン三リン酸(ATP)を産生する中心的な代謝経路であり、この酵素はATPによりフィードバック的に抑制される。或る条件下で、酵母における解糖作用の中間体が周期的変動をするが、このような周期的変動に関する基本が不明であった。Chandraたち(p. 187)は、解糖作用に関する最小モデルの解析に制御理論を採用し、そしてこの周期的変動が代謝のオーバーヘッド(酵素の量)と酵素の複雑性をミニマムにしながら、ロバスト性を最大にするハードリミット(hard limits)で操作している結果であることを示している。(KU)
Glycolytic Oscillations and Limits on Robust Efficiency
p. 187-192.

気まぐれな月の石(Volatile Moon Rocks)

月の水の存在は非常に議論が多い問題である。Hauriたちは(p.213,5月26日号電子版)、アポロ17号が持ち帰った古い時代の月のマグマのサンプルに含まれるメルト包有物(melt inclusions)に溶け込んでいる、水を含む揮発性物質の計測結果を示している。メルト包有物は、マグマ内部で成長した結晶中にとりこまれた溶融した岩石の小片のことである。このように、メルト包有物はその揮発性成分を内部に保持している。その揮発性成分は火山噴火の際に蒸発していたであろうが、この結果によれば、月の内部領域は従来の研究が示してたよりも揮発性物質に富んでいること、そして、月の内部領域は地球の現在の上部マントルに類似していることが示されている。これは驚くべきことである。なぜなら、月は火星サイズの物質が地球に衝突したことによって形成されたその直後に、揮発性成分の殆どをなくしていたと考えられてきたからである。(Uc,tk)
High Pre-Eruptive Water Contents Preserved in Lunar Melt Inclusions
p. 213-215.

荒れ狂う時間(Turbulent Times)

1883年、Osborne Reynoldsは、滑らかな層流から変動が大きく無秩序な乱流への流体の移行に影響を及ぼすキーファクターについて記述した。レイノルズ数(Re)として知られる、この慣性力と粘性力の比は、ある流れの幾何学的様相に関する臨界値での挙動変化を予想するのに使用されている。単純なパイプ内部の流れにおいて、乱流への移行はRe数が1900から2100までの間で起こると見積もられてきた。しかし、決定的な移行点までを指定することは可能とはなっていなかった。Avilaたちは(p.192;Eckhardtによる展望記事参照)、水の流れに注入されたジェット水流の一固まりの射出の、始まりから終わりの挙動について研究した。低Re数では、この射出はやがて減衰した。一方、高Re数では液体の流れから吸収したエネルギーによって、二つの流れに分割した。一固まりの射出の存続期間が最大となるような点をみつけることによって、乱流を維持するのに必要な最小のRe数を求めることが可能となった。(Uc)
The Onset of Turbulence in Pipe Flow
p. 192-196.

Swiftの出会い(Swift Encounter)

2011年3月28日、NASA Swift 衛星は高エネルギーの爆発現象を検出した。この爆発は、Swiftの望遠鏡の設計目標とした、調査、探索対象の古典的なガンマ線バーストとは、まったく異なる振る舞いをする。Levan たち (p.199, 6月16日電子版) は、この異常な出来事の包括的な観測結果を与えており、それは、赤方偏移が0.35の銀河の核において起きているとの結論を与えている。Bloom たち (p.203, 6月16日電子版) はこの爆発の原因を説明する物理モデルを与えている。銀河核にある中心ブラックホールのそばを通過する時の恒星の潮汐崩壊が、地球の方向を向いた相対論的なジェットを生み出した。(Wt)
An Extremely Luminous Panchromatic Outburst from the Nucleus of a Distant Galaxy
p. 199-202.
A Possible Relativistic Jetted Outburst from a Massive Black Hole Fed by a Tidally Disrupted Star
p. 203-206.

許されざる領域(Forbidden Territory)

量子力学世界では禁制遷移と呼ばれる特定のエネルギー準位間の遷移を示す専門用語が存在する。禁制遷移はその確率は極端に低いものの一定の発生確率を有している。van Rooij等は(p.196; Eylerの展望記事参照)レーザー冷却によりタンデムに並んだ精密レーザー分光器を用いて、ヘリウムの禁制遷移の一つ(三重項の基底状態から一重項の第1励起状態への遷移)高感度の検知法と共に、原子・光相互作用の時間が拡張されることを利用し、その波長を測定してこの珍しい励起現象の特性を調べた。(実は何をしているのかよく理解できないのですが、線巾を測ることで励起状態の寿命=遷移確率を決めているのかなと思いました。ちなみに禁制線は高温星雲のスペクトルでは最も強いラインです。)この実験結果により、原子構造および光と物質の相互作用を記述する理論的フレームワークの厳密な検証が可能となった。(NK,KU,nk)
Frequency Metrology in Quantum Degenerate Helium: Direct Measurement of the 2 3S1 → 2 1S0 Transition
p. 196-198.

振る舞いをとらえる(Caught in the Act)

構造上の相転移が生じ得る条件下では、一つの平衡相から他の相に変化する際に複数の物質相が共存する。Zheng たちは(p.206) 、硫化銅のナノ粒子における二つの固体相間の転移を調べる方法を考え出した。非常に高性能な透過型電子顕微鏡と画像解析により、転移温度に近付いた際のナノ粒子内の二つの相の区別が可能となった。それらの領域は二つの相の間を行ったり来たりしており、単純な熱力学のゆらぎ論の立場で説明可能であった。(Sk,nk)
Observation of Transient Structural-Transformation Dynamics in a Cu2S Nanorod
p. 206-209.

フェノールへの異なる合成経路(A Different Route to Phenols)

フェノール誘導体は、薬や殺虫剤や色素、及びプラスチック等の多くの市販の有機化合物を合成するための必須な中間体である。従来、これらの中間体は intact な芳香環化合物(ベンゼン等)を化学修飾することによって合成されている。Izawaたち(p. 209,6月9日号電子版)は代替のストラテジー(戦略)を発表している;水素を受容して水を形成する酸素と一緒に、シクロヘキサノン誘導体(本質的には、合成したいフェノール化合物の水素付加前駆体)のパラジウム触媒による酸化反応である。この合成法の利点は、必要な置換基パターンを持つシクロヘキサノン前駆体が利用できることであり、芳香環の直接的な化学修飾による標準的合成法ではそのような置換基パターンの選択的修飾は困難であった。(hk,KU,nk)
Palladium-Catalyzed Aerobic Dehydrogenation of Substituted Cyclohexanones to Phenols
p. 209-213.

彼女の頭を追い抜け!(Off With Her Head!)

赤の女王仮説(Red Queen hypothesis)は、共進化が相互作用する種間の進化的競争の結果として起こり、外見上は定常状態に帰着することを示唆している。Morranたち(p. 216;Brockhuestによる展望記事参照)は、外交配と共進化の存在の有無において宿主-病原体系のケースで赤の女王の役割を調べた。線虫を細菌の霊菌で感染させた。線虫の集団は野生型(他の個体と交配したり、或いは自己受精する)と真正の外交配系、或いは真正の自己受精系である。外交配系は感染しても(共進化の細菌種に感染したときですら)、真正の自己受精系よりも死亡率が低かった。野生型の集団は、初期において病原性の細菌の存在下でより高いレベルの外交配を示したが、しかしながらより後の世代において外交配のレベルが低下した。このように、共進化の病原体により負荷された選択が自然界における外交配の広範な普及を説明するものである。(KU)
Running with the Red Queen: Host-Parasite Coevolution Selects for Biparental Sex
p. 216-218.

血液の配達をコードする(Cord Blood Delivers)

生命体が一生に亘って血液細胞を産生し続けるのは、珍しい自己更新することができる造血幹細胞(HSC)に依存している。一過性の造血再生に関与するだけの前駆体からHSCを分離する方法が無いため、ヒトのHSCを特徴づける研究には限界があった。Notta たち(p. 218) は、ヒトの臍帯血からHSCのほぼ均一な集団を単離し、1個のHSCを免疫不全マウスに成功裏に移植したことについて報告している。これらの知見によってヒトのHSC生物学の系統的研究を補助する方法が可能となり、HSCの潜在的修復能力を生かして、移植とかの臨床応用に利用するためのアプローチの開発手段を与えるであろう。(Ej,hE,nk)
Isolation of Single Human Hematopoietic Stem Cells Capable of Long-Term Multilineage Engraftment
p. 218-221.

細菌が伸長するメカニズム(Bacterial Elongation Mechanism)

細菌の細胞骨格組織化と形態形成に関する最近の研究の特徴的コンセプトの1つは、アクチン様MreBタンパク質のらせん状組織化と、細胞壁の生合成による空間組織化においてこれらのらせんが果たす役割である。今回、2つの論文がこの図式に挑戦している。Dominguez-Escobar たち(p. 225, 6月2日付け電子版参照)と、Garner たち(p. 222, 6月2日付の電子版参照) は、枯草菌細胞において細菌性アクチンと細胞壁伸長機構間の動的相互作用を研究し、成長中の細胞においてMreBタンパク質はらせん状のフィラメント構造をとってないことを見つけた。そうではなく、タンパク質は個々のパッチを形成し、これが細胞軸に垂直な周辺経路に沿って前進している。(Ej,hE,nk)
Processive Movement of MreB-Associated Cell Wall Biosynthetic Complexes in Bacteria
p. 225-228.
Coupled, Circumferential Motions of the Cell Wall Synthesis Machinery and MreB Filaments in B. subtilis
p. 222-225.

自己貪食性細菌除去におけるOptineurinの役割(Optineurin in Autophagic Bacterial Clearance)

自己貪食受容体は、ユビキチンと微小管結合タンパク質軽鎖3(LC3)などの自己貪食マーカーの双方を結合し、タンパク質凝集物や欠損した小器官、細胞内病原体の特異的除去を促進する。Wildたちは、optineurin(OPTN)を、その機能がLC3相互作用モチーフのリン酸化によって制御されている自己貪食受容体の1つとして記述している(p. 228、5月26日号電子版)。タンパク質リン酸化酵素であるTank結合キナーゼ1(TBK1)によってリン酸化されると、OPTNの自己貪食修飾因子への親和性は13倍も増加した。OPTNはユビキチン結合タンパク質でもあり、自己貪食経路を介しての細菌除去を促進するために、サイトゾルのサルモネラ菌へと補充された。つまり、TBK1とOPTNは、細胞内での細菌の増殖を制限するための細胞防御システムにとって決定的な要素なのである。(KF)
Phosphorylation of the Autophagy Receptor Optineurin Restricts Salmonella Growth
p. 228-233.

廃棄しない(Waste Not)

癌付随の悪液質は、制御の利かない脂肪と筋肉の損失によって特徴付けられる消耗症候群であって、癌患者の15%を死に至らしめる。腫瘍を担った2つのマウスモデルを研究して、Dasたちは、貯蔵されている脂肪を破壊する酵素、脂肪トリグリセリドリパーゼ(ATGL)が癌付随悪液質の病変形成にとって必須であることを示している(p. 2336月16日号電子版; またArnerによる展望記事参照のこと)。遺伝的にATGLを欠く変異マウスは、癌付随悪液質からは保護されていた。それらマウスは正常な体脂肪量を保ち、骨格筋の損失も少なかった。ATGLの薬理学的抑制は、つまるところ、悪液質に対する強力な治療法として研究する利点がありそうである。(KF)
Adipose Triglyceride Lipase Contributes to Cancer-Associated Cachexia
p. 233-238.

神経細胞の瘢痕化における周皮細胞の役割(Pericytes in Neuronal Scarring)

瘢痕化は、損傷後に組織を無傷に再建する価値ある目的に役立つことがある。この損傷への即時的な応答は、しかしながら、より緩やかで効率的な組織修復プロセスを妨害する。中枢神経系では、神経細胞路に対する損傷後に残された瘢痕は、ある型のグリア細胞であるアストロサイトに由来すると考えられてきた。Goritzたちはこのたび、周皮細胞を、神経組織における瘢痕への重要な貢献者であると同定した(p. 238)。通常は小さな血管を包んでいることが見られる周皮細胞は、真皮や腎臓組織における瘢痕に寄与していることが既に知られていた。周皮細胞のあるサブグループは、マウスの脊髄損傷後の瘢痕の核を形成したし、周皮細胞の寄与が減少すると、病変は閉ざされることのないままになりがちだった。(KF)
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