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Science June 3 2011, Vol.332


のこぎり歯振動生成(Generating Sawtooth Oscillations)

地球の磁気圏は、太陽からの荷電粒子の流れである太陽風の絶え間ない打撃に応じて、のこぎり歯振動が誘発されている。この種の擾乱に関する特性の多くが観察によって明らかにされているが、この振動を生成するメカニズムは不明である。磁気圏・電離圏と太陽風の相互作用の数値シミュレーションを基にして、Bramblesたちは(p.1183)今回、電離圏から磁気圏へのO+イオンの流れがのこぎり歯振動を生じさせうることを示している。(Uc)
Magnetosphere Sawtooth Oscillations Induced by Ionospheric Outflow
p. 1183-1186.

毒性の淘汰(Toxic Selection)

ヒ素は代謝経路を破壊するため、生命を持つ有機体への高い毒性を持っている。ヒ酸塩(arsenate)は、化学的にはリン酸塩(phosphate)と同じように振舞うため、理論的に有機体に対しある条件下で互いに代謝経路中で置き換わることが可能である。Wolfe-Simonたち(p.1163,12月2日号電子版)は、ヒ素の毒性を感知しないバクテリアの生体を発見した(p.1149の編集記、テクニカルコメントと回答を参照)。毒性があり塩分が高いカリフォルニア州のモノ湖で採取されたハロモナス属のバクテリアの単離体が、継続的な実験室培養によって選択された。その培養過程ではリン酸塩が徐々にヒ酸塩に置き換えられていき、ついには通常の塩が存在しない中でバクテリアが成長していくようになった。さらなる分析は、バクテリアの構成分子においてヒ酸塩がリン酸塩に置き換わり、たんぱく質や代謝物と同様に、そのDNA中のリン酸塩さえも置き換わったことを示唆している。(TO,nk)
A Bacterium That Can Grow by Using Arsenic Instead of Phosphorus
p. 1163-1166.

どっち?そっち(Which Path? That Path)

量子力学とハイゼンベルグの不確定性原理によれば、相補的な変数(例えば位置と運動量)は両者を(同時に)正確に決定することはできない。一方の変数の測定は、必然的にもう一方に関する情報量の減少を招く。その最も良い例は、2本のスリットを用いた干渉計と、光や1個の光子や電子がそれを通過する際に発生する干渉パターンである。その粒子がどちらのスリットを通過するか(位置)を決定すると、干渉パターン(運動量)は消滅してしまう。Kocsis たちは(p.1170; Cho によるニュース記事参照)、弱い量子測定を含む実験手順により「光子はどちらの経路をとったか」という質問に答えることができるという最近の理論的な提案を実行した。その結果は量子および古典的物理学の根本に衝撃を与え、もしかすると計測における実用的な応用法が見つかるかもしれない。(Sk,KU,nk)
Observing the Average Trajectories of Single Photons in a Two-Slit Interferometer
p. 1170-1173.

基底状態を突き止める(Going to Ground)

隣接する格子部位のスピンがそれぞれ反対を向く反強磁性固体中では、スピン格子の空間配列が安定なスピン配向と一致しない場合、構造的フラストレーションが生じる。このフラストレーションの系において、幾つかの揺らぎが絶対零度になっても残ることが知られており、真の基底状態を計算することは大変困難である。1/2スピン粒子がハイゼンベルクハミルトニアンをとおして相互作用するカゴメ格子は、これまで最もよく研究されてきたフラストレーション系の一つであり、最近の数値計算によると、その基底状態は原子価結合結晶であることが示唆されている。Yanらは(p1173、4月28日電子版;表紙参照) 密度行列繰り込み群法を用いて、より低エネルギーの状態(スピン液体の状態)が存在し、そこでは絶対零度でさえも磁気秩序が存在しないことを突き止めた。この基底状態と励起状態の間にはエネルギーギャップがあるようで、真の基底状態はギャップスピン液体であることが示唆された。(NK,KU,nk)
Spin-Liquid Ground State of the S = 1/2 Kagome Heisenberg Antiferromagnet
p. 1173-1176.

単層は可逆的な変化を可能にする(Monolayer Generates Reversible Change)

金属や合金の強度や靭性は表面層に大きく依存し、腐食への耐性、転位の移動性や大きなクラックに導くノッチ(V字型の切れ込み)の形成に影響する。Jin and Weissmuller (p. 1179; および、Sieradzkiによる展望記事参照)は、塑性降伏応力とこれに続く流動応力に関するナノサイズの多孔質金の表面上に形成された単層の酸素種の影響を調べた。ナノサイズの多孔質の金は、その表面に弱く吸着されただけの電解質で充填されている。小さな電位変化を及ぼすと、金表面での酸素の吸着と脱離が生じ、破壊強度や塑性変形を惹起するに必要な力、及び材料が耐えられる塑性変形の大きさに関する可逆的な変化が可能にする。(Ej,KU)
A Material with Electrically Tunable Strength and Flow Stress
p. 1179-1182.

イオの明らかになったマグマ(Io's Magma Revealed)

木星の月であるイオは、太陽系の中で最も火山活動が活発な天体である。しかし、その内部にマグマの海が存在するかどうかは、長年、論争の的であった。Khurana たち (p.1186, 5月12日電子版; Coates による展望記事を参照のこと) は、ガリレオ探査機で得られた磁場の測定結果を再解析した。木星の回転磁場に対するイオの電磁誘導応答は、深部にイオ全球を取り囲み、電気伝導性のマグマの層が存在することを示している。(Wt,tk)
Evidence of a Global Magma Ocean in Io’s Interior
p. 1186-1189.

利点は前後関係に依存する(Benefits Depend on Context)

単純な遺伝子相互作用は、淘汰のもとで有利な表現型に帰着することが多い。しかしながら、複雑なエピスタスティク(epistastic)相互作用(複数の遺伝子が相互作用し、非付加的(nonadditive)な表現型に帰着する)の例証とそれらの淘汰への影響は良く知られていない(Kryazhimskiyによる展望記事参照)。Khanたち(p. 1193)は、実験的に進化中の細菌の集団に出現したその最初の5つの変異を取り上げ、ゲノム全体を通してそのエピスタティク相互作用を調べ、そしてこれら5つの変異の総ての組み合わせを持つ系統を作成した。これら5つの変異からの4つに対して、その変異によって付与された利点は先祖の適応度に関して負の相関があり、このことは、有利な変異の間のネガティブエピスタシスにより適応度が増すにつれて適応の速度が遅くなることを示唆している。Chouたち(p. 1190)は、先祖と子孫、および中間の遺伝子型に関する適応度と表現型の測定を推定することで、変異がお互いどのように相互作用しているのかを調べ、そしてゲノム内のエピスタスティク相互作用は一義的に拮抗性であることを見出した。これらの研究をあわせると、全ゲノムネットワークのより幅広い前後関係を含めた適応が、単一座位の適応とまったく異なる振る舞いをすることを示唆している。(KU)
【訳注】エピスタスティク:ある遺伝子が他の遺伝子の発現を妨害する際の遺伝子間の相互作用
Negative Epistasis Between Beneficial Mutations in an Evolving Bacterial Population
p. 1193-1196.
Diminishing Returns Epistasis Among Beneficial Mutations Decelerates Adaptation
p. 1190-1192.

DNAコンピュータ(DNA Computing)

所謂「合成生物学」のゴールの一つは分子回路網の作成を可能とすることであり、これは生命システムを制御したり、或いは更に診断したりし、そして生細胞を内部から処置することを可能にする。Qian and Winfree(p. 1196;Reifによる展望記事参照)は、15乃至30個のヌクレオチドからなる100を越える異なるDNA鎖のシステムに関して記述しているが、このDNA鎖の結合と複製は制御可能で、AND,OR,NOT,NAND,NORの論理ゲートの論理的操作を行なうことが出来る。このシステムは数時間で平方根の計算が可能であった。加えるに、ある論理回路をDNA配列で作られるその等価回路に翻訳可能なコンパイラーも設計された。用いられた考え方は、より大きな回路を構築するためのスケールアップ可能であり、またそのシステムの信頼性のあるデジタル的作動を保証したり、そして生命システムの内部に設計による知的なシステムを埋め込む可能性を示唆している。(KU)
Scaling Up Digital Circuit Computation with DNA Strand Displacement Cascades
p. 1196-1201.

作用を解き明かす(Caught in the Act)

アデノシン三リン酸(ATP)結合カセット(ABC)輸送体は、ATP加水分解によるエネルギーを用いて、濃度勾配に逆らって、膜越しに基質を輸送している。この輸送体は、基質結合部位を膜のどちらの側に曝しているかの違いがある2つの高次構造の交代によって機能している。Oldham と Chen は、マルトースの結合した周辺質マルトース結合タンパク質に結び付いたマルトース輸送体の中間的な輸送前状態の構造を決定した(p. 1202,5月12日号電子版)。この基質結合は2つの細胞質ATP領域間の界面の部分的閉鎖を誘発し、それがATP加水分解と、輸送体の生産的な高次構造の反応周期の進行とを促進するのである。(KF,KU,Ej)
Crystal Structure of the Maltose Transporter in a Pretranslocation Intermediate State
p. 1202-1205.

活性部位を越える振動(Vibrations Beyond the Active Site)

振動分光法は、核磁気共鳴法におけるよりもおよそ100万倍もの時間分解能で、酵素の活性部位の化学的性質の探求を可能にする。しかしながら、二次的、三次的な組織上の特徴を含む、より全体的構造の解明への振動法適用の成功例はほとんどない。Remorinoたちは二次元の振動エコー分光法を用いて、細胞膜をまたがるインテグリンタンパク質のらせん状二量体における三次元的接触構造を明らかにした(p. 1206)。この方法は、ペプチド配列内の特異的部位における、同位体で標識されたアミノ酸残基間の距離依存性の振動エネルギー移動の速度を測定することによって、幾何形状を抽出するものである。(KF)
Residue-Specific Vibrational Echoes Yield 3D Structures of a Transmembrane Helix Dimer
p. 1206-1209.

実際のHif-α(Real Life Hif-α)

低酸素-誘導因子α(Hif-α)は、幹細胞維持や腫瘍細胞遊走、メラノーマ発生の制御において、Notchに結び付けられてきた。しかし、生体内でのHif-α/Notchの相互作用は、未だ殆ど解明されていないショウジョウバエにおける遺伝的手段を用いて、MukherjeeたちはNotch受容体シグナル伝達全体の活性化におけるHif-αの生体内での役割を記述している(p. 1210)。非標準のリガンド非依存の仕組みが、正常な造血性発生と低酸素ストレス応答の双方において、血液細胞生存を促進しているのである。(KF)
Interaction Between Notch and Hif-α in Development and Survival of Drosophila Blood Cells
p. 1210-1213.

教える技能(Teaching Skills)

大学に入学してくる学生たちは多様な技能を持っている。生物学の入門コースの授業結果を調査した結果、Haak たち(p. 1213)は、頻繁な実習による問題解決とデータ解析の技能にフォーカスすることが、全ての学生にとって有用なだけでなく、特に不得意な学生たちに顕著に有用であることを見つけた。この変化を生じさせるには、従来の教育方法に付加した授業構造と能動的学習法を取り入れることで実現でき、付加的な資金は必要無かった。(Ej,KU,nk)
Increased Structure and Active Learning Reduce the Achievement Gap in Introductory Biology
p. 1213-1216.

回転し渦巻く(Whirling Swirling)

障壁を通過する古典流体は波と渦を生成する。障壁の存在によって生成される量子流体の流れは、これらの現象の量子対応物(流体波動関数中の位相スリップによって特徴付けられるソリトンの形成と量子渦の乱放射)を生ずる。これらの効果は、普通に利用できる超流体中で観察することは難しいが、Amoたち(p. 1167)は、高精度に調整可能な凝縮系がこの問題にうまく適用できることを示している。ポラリトン(光と共役正負電荷キャリアの混合物からなる複合粒子)の凝縮体に、予測された量子流体力学効果が現れた。この系の調整能力は、このようなエキゾティクな量子流体挙動に対する多用途のテストベッドを提供するはずである。(hk,KU)
【訳注】ソリトン:粒子のように振舞う孤立波
Polariton Superfluids Reveal Quantum Hydrodynamic Solitons
p. 1167-1170.

電子のわなを仕掛ける(Setting Electron Traps)

固体物理学のバンド理論では、物質の中には導電性でありながら、実際には絶縁体になるものがあることを予測している。これらの物質では電子間の相互作用--それらのクーロン反発--がエネルギーギャップを生じ、伝導電子を局在化させる。Singha たちは (p. 1176) 、2次元電子ガスを保持するガリウム砒素量子井戸の表面にニッケルディスクの格子を成長させることにより、これらの相互作用を調べる人工的な系を作り上げた。局在化した電子を磁気的に励起すると、集団的な電子の基底状態と同様、外部磁場の強さの平方根に依存するエネルギーギャップが生じることが、光散乱の測定から明らかになった。(Sk,KU)
Two-Dimensional Mott-Hubbard Electrons in an Artificial Honeycomb Lattice
p. 1176-1179.

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