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Science April 1 2011, Vol.332


どのくらいの情報が出てくるんだ?(How Much Information Is Out There?)

過去20年の間、情報を生成し、交換し、蓄積する世界の能力に著しい変化が生じている。HilbertとLopezは(p.60,2月10日号電子版)、1986年から2007年の間のアナログとデジタル技術の60種類のカテゴリーの分析を行い、世界の情報処理能力の変化に与えた影響を観察した。その影響力の試算には、ハードウェア能力とソフトウェアによる情報圧縮率の向上を考慮にいれた。デジタル技術の革新は、情報処理量の指数関数的な増加を維持させてきたと考えられる。(Uc)
The World’s Technological Capacity to Store, Communicate, and Compute Information
p. 60-65.

カンジダ症の遺伝学(Genetics of Candidiasis)

慢性粘膜皮膚カンジタ病(CMCD)は、カンジダ・アルビカンスと、割合は低いが黄色ブドウ菌による慢性的な、或いは再発性の感染症によって特徴付けられる。CMCDの根本的な原因は不明である。Puelたち(p. 65,2月24日号電子版;Dominsuez-Villar and Haflerによる展望記事参照)は、CMCDと関係する二つの遺伝的病因に関して報告している。最初のものはインターロイキン17(IL-17)受容体Aの常染色体劣性変異であり、これによりその発現が阻害される。二つ目はサイトカインIL-17Fの常染色体優性変異であり、これにより部分的にその活性が低下する。このように、ヒトIL-17介在の免疫がこれらの粘膜皮膚感染症に対する防御に必要である。(KU)
Chronic Mucocutaneous Candidiasis in Humans with Inborn Errors of Interleukin-17 Immunity
p. 65-68.

生物多様性の保存;過去から学ぶこと(Conservation:Learning from the Past)

正に化石研究や歴史的な、そして今日的な研究からの情報により、様々な種が気候変動に対してどのように応答してきたのか、そして今後応答するであろう事柄への洞察が与えられている今、保存団体や政府は気候変動のもたらす結果を深刻に受け止めている。Dawsonたち(p. 53)は、単なるニッチなモデルに基づいた予測を超えて(その理由は、これらのモデルが種間の生物学的差異を無視している故に)活動する必要性を指し示す証拠をレビューしている。明らかになってきた大きな課題は、気候変動のもたらす生物多様性の結果を予測し、管理する代わりの方法を見つけ出し、種が過去における気候変動を通して持続を可能にした自然界のメカニズムに基づいて保存行動のアクションを構築することである。(KU,nk)
Beyond Predictions: Biodiversity Conservation in a Changing Climate
p. 53-58.

宇宙の複雑さ(Cosmic Complications)

地球は常に、亜原子荷電粒子(そのほとんどは陽子とヘリウム原子核である)の宇宙線を浴びている。その粒子は、星の爆発によって発生した衝撃波中で加速されていると考えられている。PAMELA 観測衛星の荷電粒子検出器のデータを用いて、Adriani たち (p.69, 3月3日号電子版) は、宇宙線における陽子とヘリウムの間のスペクトル差について報告している。その結果は、宇宙線の加速モデルと、それにつづく我々の銀河を通る伝播モデルからの予測と整合しない。このことは、より複雑な過程を考える必要のあることを示唆している。(Wt,KU,tf)
PAMELA Measurements of Cosmic-Ray Proton and Helium Spectra
p. 69-72.

前方へチャージしていくこと(Charging Ahead)

重合反応は化学反応の暴走に似ている。単一の明瞭な生成物を形成することなく、試薬はたくさんの成長中の高分子鎖の一つに結合し、そして次いでそれらはお互いに結合する。いわゆるリビング重合プロセスにおいては、或る程度の秩序を持った重合が行なわれが、そこでは触媒、或いはメディエーターが、反応系における総ての高分子鎖を重合の期間を通してほぼ同一の長さに保持している。Magenauたち(p. 81)は電気化学的方法を用いて、より精度の高いレベルでの制御を導入した。外部バイアスを変えることで、電荷移動による銅重合触媒の酸化状態を急速に変調することが可能になった。この触媒は一つの酸化状態でのみ活性であるため、この変調は重合を連続的にトリガーしたり、停止したりし、鎖構造の正確な制御を容易にする。(hk,KU)
Electrochemically Mediated Atom Transfer Radical Polymerization
p. 81-84.

熔融岩石は、再び、昇る(The Melt Also Rises)

中央海嶺から滲み出す熔融岩石は、地下の固体マントルが上昇して、減圧されるに従って海洋地殻を通り抜ける。しかし、熔融物の形成と移動の最初の段階の理解は、間接的な地震波の測定や限られた実験手法に基づいていた。Zhu たち(p. 88)はx-線シンクロトロンマイクロトモグラフィーを利用して、熔融しているマントル岩石の3次元イメージを収集した。この画像によると、部分的に熔融した岩石中において、単一の鉱物粒子のサイズの熔融物のネットワークが形成されていくとともに、熔融物の流速が連続的に増加していくことが明らかになった。このように、熔融物は液体の特性(例えば、粘性と熔融率のような)の結果としてマントルから抽出されるものであり、海洋地殻の空隙率や透過性の変化によるものではない。(Ej,KU,nk)
Microtomography of Partially Molten Rocks: Three-Dimensional Melt Distribution in Mantle Peridotite
p. 88-91.

ストレスの解放(Stress Relief)

タンパク質の可逆的なリン酸化により、細胞は環境の急激な変化に順応することが出来る。Tsaytlerたち (p. 91,3月3日号電子版;Wiseman and Kellyによる展望記事参照) は、プロテインホスファターゼ1の調節サブユニットへの特異的な低分子阻害剤であるグアナベンズに関して述べている。グアナベンズはプロテインホスファターゼ1の調節サブユニットに選択的に結合し、そして翻訳開始因子2のサブユニットのストレス-誘発性の脱リン酸化を選択的に阻害し、これによりストレスを受けた細胞における翻訳減衰を延長する。これはタンパク質のフォールディングに有利であり、小胞体内でのタンパク質のミスフォールディングへの抵抗性を促進する。(KU)
Selective Inhibition of a Regulatory Subunit of Protein Phosphatase 1 Restores Proteostasis
p. 91-94.

丘を下れば(Down in the Valley)

息を呑むような高山の眺めは、力強い氷食作用の姿を示している。山脈の形状や標高へ影響する、気候に関連する力のバランスは、通常、隆起に対する侵食の速度によって計られる。しかしながら、モデルと比較した実際の計測結果に関連した不確かさによって、一般的なメカニズムを不明確にしてきた。Shusterたちは(p.84)、ニュージーランドフィオルドランドの山脈に対してこれら二つの手法を結合させ、その相互関係を探り出した。放射性年代測定によって、氷河活動による侵食は250万年より前の地形の殆どを消し去ってしまったことを示している。地形変化のモデルと結合させたことにより、現在のこの地域の形状は谷を遡る継続的な侵食の結果として形成されたことが示された。(Uc,nk)
Thermochronometry Reveals Headward Propagation of Erosion in an Alpine Landscape
p. 84-88.

分子モーター(Molecular Motor)

ほとんどの真核生物では、細胞分裂中の微小管の細胞骨格の空間的再配置は、キネシン-5ファミリーの微小管架橋モーターに決定的に依存している。Roostalu たち(p. 94,および、2月24日号電子版参照)はin vitro と in vivo の実験を併用して、出芽酵母由来の有糸分裂キネシン-5であるCin8を検討した。化学的機能化させた表面の単一蛍光分子の画像化と微小管-スライド・アッセイと、in vivo の画像化の併用によって、他のキネシンと異なり Cin8 は双方向のモーターであることが判明した。驚いたことに、このモーターの暗黙の方向性は、他のキネシン-5 タンパク質の方向性とは逆方向である。しかし、モーターは、単独の微小管上で作用しているか、あるいは、紡錐体で見られるように、逆平行の微小管の間のチームの一員として作用しているかに依存し、スイッチによって方向の制御が可能である。Cin8は、モーター微小管の立体配置を検知して方向を制御することが出来るようだ。(Ej,hE)
Directional Switching of the Kinesin Cin8 Through Motor Coupling
p. 94-99.

ナノ粒子のドーピング(Nanoparticle Doping)

半導体材料への意識的な不純物添加は、その電気的性質を制御するのに用いられており、現代の電子工学の基礎をなしている。ナノメーターサイズの粒子を考えた場合、僅か数個の不純物原子の添加でナノ粒子を十分にドープする事が出来る。しかし、ナノ粒子に外部原子を無理やり入れ込むことは挑戦である。Mocatta たちは(p. 77; Cao による展望記事参照)、インジウムヒ素のナノ結晶中に銅、銀または金などの不純物を添加する方法を開発した。これは、光電池や発光ダイオードなどのような量子ドットを用いた高い効率の電子デバイスの製造に重要であるだろう。(Sk,nk)
Heavily Doped Semiconductor Nanocrystal Quantum Dots
p. 77-81.

植物の紫外光知覚(Plant Ultraviolet Perception)

多くの植物の光受容器は、可視光の波長で作用している。このたび Rizzini たちは、特有の機構的特色を備えた、植物の紫外線B波(UV-B)受容器の発見を報告している(p. 103)。この植物紫外線B波受容器であるシロイヌナズナUVR8タンパク質は、特異的な場所に位置する芳香族アミノ酸、トリプトファンをその発色団として用いていた。紫外光によって駆動されるUVR8二量体の単量体化が、受容体の活性化のシグナルになっていた。さらに、この植物UV知覚システムは、酵母や哺乳類細胞にも移植が可能であった。(KF)
Perception of UV-B by the Arabidopsis UVR8 Protein
p. 103-106.

実世界での共進化(Real-World Coevolution)

細菌やそれへのウイルスを用いた試験管実験では、宿主と寄生する側との間での「軍拡競争」が進化していく。GomezとBucklingは、細菌とそれらのファージに遺伝的タグ付けを施して、実験システムを開発したが、そこでは、背景としての微生物コミュニティーを含む土壌のミクロ生態系に、タグの付けられた微生物が播種された(p. 106)。時間が経つにつれて、また空間中の局所において、細菌は共存するファージに抵抗性をもつようになった。しかし、繁殖能力に関して言えば、土壌中では実験室と比較して抵抗にコストがかかるので、細菌は古い世代のファージ系統への抵抗を維持しなくなった。同様に、隣接するファージの系統は、系統の近い別の細菌を感染させられなくなっていた。つまり、野生環境では、細菌とファージは急速に共進化しているのである。(KF,nk)
Bacteria-Phage Antagonistic Coevolution in Soil
p. 106-109.

心臓を使う(It Takes Heart)

紅サケ(Sockeye Salmon)は、生涯に一度、海から産卵のために生まれた地に移動するが、このことは魚にとって極度に困難な物理的条件を与えることになる。この困難さの程度は様々である。例えば、沿岸の川の支流で産卵するサケの行程は、何週間も川を上流に遡るサケよりもかなり容易な行程であろう。Eliasonたち(p. 109) は、カナダのブリティッシュコロンビアのフレーザー川(Fraser River)において、さまざまな移動条件を経験した8つのサケの個体群を調査した。もっとも困難な行程を経たサケは、もっとも大きな心臓と最も良く発達した心臓呼吸系を持っていた。局所的な選択体制(local selective regimes)は、異なる移動条件に対する生理学的な適応を引き起こしている。(TO,nk)
Differences in Thermal Tolerance Among Sockeye Salmon Populations
p. 109-112.

強誘電湾曲-核メソゲン(Ferroelectric Bent-Core Mesogen)

棒状メソゲン分子は固体結晶に見られる並進規則性はないが、全体的にみれば配向規則性を有する液晶相を形成することが知られている。分子の剛性は維持しつつバナナやブーメランのような屈曲した分子の場合、やはり液晶相を形成するが層状液晶相になることが多い。屈曲形状に伴う立体障害とパッキングエネルギーを最小化しようとする動きが競合するために、複雑な規則性を発現すると考えられている。Reddyらは(p.72)、湾曲-核メソゲン分子が流動性のある強誘電相を形成することを報告している。強誘電的特性は、隣接層間ではなく配向層内で発現しているという。(NK)
Spontaneous Ferroelectric Order in a Bent-Core Smectic Liquid Crystal of Fluid Orthorhombic Layers
p. 72-77.

低分子核内RNAと核小体RNAの制御(Regulating snRNAs and snoRNAs)

メチル基の共有結合的付加反応によって、ヒストンなどの多数のタンパク質の機能は制御されている。RNA重合酵素Ⅱ(RNAPⅡ)のカルボキシ末端領域(CTD)は、7塩基長の反復からなっていて、その部位特異的リン酸化は転写複合体への制御装置の補充をもたらすことになる。Simsたちは、哺乳類の組織培養細胞中で、非コンセンサスCTD反復中の特異的アルギニンc基であるArg 1810が、活性化補助因子に付随したアルギニンメチル基転移酵素1によってメチル化されていることを発見した(p. 99)。このメチル化イベントはCTDリン酸化、すなわち転写開始、の前に生じていて、低分子核内RNAと小さな核小体RNAの発現の制御に、役割を果たしている。Arg 1810とそれを囲む配列はマウスや魚類、虫、ハエなどでは高度に保存されていて、これは、この種の制御が、他の真核生物においても見つかるであろうということを示唆している。(KF)
The C-Terminal Domain of RNA Polymerase II Is Modified by Site-Specific Methylation
p. 99-103.

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