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Science March 11 2011, Vol.331


スプライシングを生きた細胞で見る(Watching Splicing Live)

スプライソソーム(これはメッセンジャーRNAへの前駆体(precursors to messengerRNAs:pre-mRNAs)からイントロンを切除する) は、5個のRNAと多数の核及びアクセサリータンパク質の双方からなる高度に動的な巨大分子のマシーンである。その精製された成分からスプライソソームを再構成する困難さを克服するために、Hoskinsたち(p. 1289)は未分画の細胞抽出液において共存単一分子分光法(CoSmoS)を用いて、酵母中でスプライソソームの組立を調べた。彼らの動力学的解析から、スプライソソームは最初にU1低分子核内RNAに結合し、次にU2,U4/U6,U5に、そしてその後に多タンパク質Prp19-複合体により構築されることが明らかになった。単一の部分複合体の結合事象は全体的な組立速度に何等の制限も与えることはなく、そしてスプライソソームが構築されるにつれて、pre-mRNAs分子のスプライシングへのコミットメントが徐々に増加する。(KU)
Ordered and Dynamic Assembly of Single Spliceosomes
p. 1289-1295.

有史前社会のネットワーキング(Prehistoric Social Networking)

狩猟採取社会の生活スタイルは、人類の歴史の大部分で主要な社会構造であったと考えられる。一般的な仮説では、狩猟採取グループはその大部分を、親、子、兄弟、そしておそらく配偶関係を含めた親族関係の人から構成されているとされる。Hill たち(p.1286; Chapaisによる展望記事参照)は、今日存在する32の狩猟採取社会を営んでいるグループの親族関係(kin relationships)を分析し、グループのほとんどのメンバーは互いに親族関係が無いという驚くべきことを発見した。兄弟たちが同居していることは良くあるようだが、母系組織や父系組織が支配力を持っているわけではない。遺伝的な親族関係の無い個人同士が相互関係を持ったネットワークの出現は、向社会的行動や文化が発生する起源に関する理論に対して示唆を与える。(TO,KU)
Co-Residence Patterns in Hunter-Gatherer Societies Show Unique Human Social Structure
p. 1286-1289.

小タラの毒物学(Tomcod Toxicology)

1947年から1976年にかけて、General Electric社の二つの製造工場から合衆国のニューヨーク州ハドソン川に600,000kg近くのポリ塩化ビフェニル(PCB)が放出された。その川にいたアトランティク小タラ(Atrantic tomcod)は、自然母集団においてそれまで検知されたことのない最大レベルのPCBを蓄積し、そしてその汚染に対する有毒な影響への抵抗性を身につけた。PCBの有毒な影響は、通常チトクロムP4501A(この物質はアリール炭化水素受容体(AHR)によって制御されている)によって仲介されているが、ハドソン川の小タラ集団はチトクロムP4501Aを僅かしか作らない。Wirginたち(p. 1322,2月17日号電子版)は、ハドソン川の小タラのAHR2遺伝子が4つの異なる多形性を持つが、2つのアミノ酸欠損によりPCBに結合するAHR2-1対立遺伝子の能力が減少し、これが毒に対する小タラの抵抗性の基本であることを見出した。近くの、よりきれいな川からの小タラにおけるこの対立遺伝子の低頻度の存在は、汚染前にはハドソン川の小タラ内のAHR2-1の存在量は低かったが、PCBの漏出後に急速に選択されたことを示唆している。(KU,nk)
Mechanistic Basis of Resistance to PCBs in Atlantic Tomcod from the Hudson River
p. 1322-1325.

水を注いで乾かす(Add Water to Dry)

両半球からの風が赤道付近で収束する、地球大気循環の領域である熱帯収束帯は、大きな熱帯降雨が発生している場所である。この領域の位置は、より長い時間尺度のものと同様に、季節的な時間尺度に応じて変化するが、とりわけ大規模な気候揺らぎの影響に鋭敏である。Stagerたちは(p.1299,2月24日号電子版)、このような主要な揺らぎをアフリカで広く同時発生している厳しい干ばつと関連づけている。15,000年から18,000年前の期間に北大西洋に大量に流入した氷河融水と氷によって、この収束帯は大幅に南に移動した。このことにより、その時期の前後には豊富に享受していた水分をアフリカのこの領域から奪い取ったのである。(Uc,KU,nk)
Catastrophic Drought in the Afro-Asian Monsoon Region During Heinrich Event 1
p. 1299-1302.

不安定のもうひとつの事例(Another Example of Frustration)

2つ以上の高分子が共有結合により強制的に近接したブロックコポリマーのような構造体を用いると、不安定な系(すなわち、エネルギー的に最も安定な配列でパッキングできていない系)を創造することができる。Zengらは(p.1302;表紙参照)、相溶しにくい2つの側鎖を持つ棒状の液晶分子をハニカム状にパッキングし、複雑なタイル構造を形成することを報告している。また、同構造は加熱により、相分離状態から相溶状態へと可逆的に相転移するという。この相転移は、シンプルで不安定な強磁性体から反強磁性体へ転移するキュリー転移に類似するものである。(NK,nk)
Complex Multicolor Tilings and Critical Phenomena in Tetraphilic Liquid Crystals
p. 1302-1306.

ひし形のシリコン(A Silicon Rhombus)

炭素原子と違い、シリコン原子は自然の化合物においてはπ結合を生じない傾向にある。近接した別のシリコン分子との反応を抑制しながら、シリコン原子を密に近接した状態にさせるためにバルクな置換基を用いることで、Suzukiたちは(p.1306; Apeloig による展望記事)、アンチ芳香族性を示す、歪んだ不安定なπ結合の正方晶炭化水素であるシクロブタジエンのシリコン類似体を合成し、構造的な特徴づけを行なった。炭素化合物では、その結合を交互に伸ばしたり縮めたりすることで電子的不安定性を補償しているのに対し、4つのSi-Si結合は基本的に同じ長さになっている。その代わりに、シリコン中心は角度方向の配置を変化させており、理論的計算によって付随的な電荷の分極の変化が裏打ちされた。(Sk,KU)
A Planar Rhombic Charge-Separated Tetrasilacyclobutadiene
p. 1306-1309.

3次元のチューリングパターン(Turing Patterns in 3D)

反応と拡散(反応拡散方程式で表せる)を行う系の自己組織化構造であるチューリング・パターンは、生物におけるパターン形成メカニズムの一つと考えられている。2次元でのパターン形成の実験的研究は多く存在するが、生物に関係深い3次元でのパターン形成は観察が難かしく、そして理論的研究からも、もっと豊富なパターンを示すはずである。トモグラフィーの手法を利用して、 Bansagi たち(p. 1309, 2月10日号電子版参照) はマイクロエマルジョンを用いて、Belousov-Zhabotinskyとして知られている反応拡散系において、2次元の単純な拡張ではなく、3次元固有のパターン発生を実証した。(Ej,KU,nk)
Tomography of Reaction-Diffusion Microemulsions Reveals Three-Dimensional Turing Patterns
p. 1309-1312.

代謝のずれ(Metabolic Lags)

ジェット旅行し夜勤をすると、食事と活動性のパターンが体内概日時計と解離する。最近の証拠は、このような概日リズムの崩壊が代謝調節に有害な結果をもたらし、そして肥満や糖尿病といった病の発生を増加させることを示している。Fengたち(p. 1315;Mooreによる展望記事参照)は、概日リズムと肝臓における代謝調節を結びつける分子メカニズムに関する洞察を与えている。著者たちは、マウスが活動していない日中においてヒストンデアセチラーゼ3(HDAC3)がゲノム全体を通して14,000以上の遺伝子に結合すること、一方マウスが活動し、餌を食べる夜中においてHDAC3は僅か100ぐらいの遺伝子にしか結合しないことを見出した。肝臓の代謝に作用する生成物を持つ遺伝子はHDAC3に結合しやすく、そしてHDAC3のその存在がヒストンの脱アセチル化と転写の減少に関係していた。このように、食事や活動性をこれらの遺伝子発現と協調出来ないと、代謝に関する概日リズムの破壊という観測された影響をもたらすであろう。(KU,nk)
A Circadian Rhythm Orchestrated by Histone Deacetylase 3 Controls Hepatic Lipid Metabolism
p. 1315-1319.

組織の単純性(Tissues Simply)

遠く離れた近縁生物間での共有した遺伝子とその派生した特徴の同定は、どのように細胞と組織が組織化され、そしてこの組織がどのように進化するかを理解する上で役に立つ。Dickinson たち(p. 1336)は、細胞性粘菌のアメーバのような社会的組織を形成する単細胞生物は、細胞を単純な組織に分化することを発見した。タマホコリカビの上皮(Dictyostelium epithelium)は、果実体の形成に必要な単一層の伸長・極性化した細胞で構成されている。タマホコリカビ上皮の組織、形態、機能は先祖のシグナル経路に依存しており、この経路はα-カテニンとβ-カテニンに機能的な相同分子種であるが、Wnt シグナル伝達も、カドヘリンも必要としない。(Ej,KU)
A Polarized Epithelium Organized by β- and α-Catenin Predates Cadherin and Metazoan Origins
p. 1336-1339.

細菌による宿主の利用(Bacterial-Host Exploitation)

細胞内病原性微生物は、リステリア症やレジオネラ症(在郷軍人病)など、さまざまな病気の原因である。そうした病原性微生物は細菌性のエフェクタータンパク質と宿主成分の相互作用を通じて、細胞機能を破壊している。Lebretonたちは、リステリア菌の病原性因子LntAが、宿主細胞の核を標的にしてⅢ型インターフェロンのシグナル経路を活性化している、ということを発見した(p. 1319,1月20日号電子版; またRohdeによる展望記事参照のこと)。LntAは染色質制御因子であるBAHD1に仲介された抑制に対抗して、異質染色質機構を破壊し、自然免疫に関与する宿主遺伝子の転写を再プログラムしているのである。この病原体は、つまり、自分に有利なように、後成的制御を操作しているのだ。(KF)
A Bacterial Protein Targets the BAHD1 Chromatin Complex to Stimulate Type III Interferon Response
p. 1319-1321.

熱を感じる(Feeling the Heat)

選択ができるのなら、ショウジョウバエは最適温度の摂氏18度(になる場所)を探し求める。この行動には、ヘテロ三量体のグアニンヌクレオチド-結合タンパク質(Gタンパク質)結合受容体によって明らかに惹起されている生化学的シグナル経路が必要である。このシグナル伝達現象と、Gタンパク質結合受容体であるロドプシンによって惹起されるシグナル伝達現象の類似性から、Shenたちは、ハエの温度選択についてのロドプシン変異の影響を検証し、驚いたことに、光の感覚とは独立に、最適な18度から数度の領域内で温度の違いを識別しているということを発見した(p. 1333; またMinkeとPetersによる展望記事参照のこと)。ロドプシン自身は温度センサーではないようなので、アクセサリ分子も一つ以上必要とされるのかもしれない。(KF,nk)
Function of Rhodopsin in Temperature Discrimination in Drosophila
p. 1333-1336.

因果関係の学習 (Casually Causal Learning)

子供は驚嘆すべき学習者であり、どうしてこんなことが起きるのかという疑問は、いくつもの学問分野を養ってきた。Tenenbaumたちは、人間がいかにして概念や因果関係を学習するかを研究する枠組みにおける最新成果をレビューしている(p. 1279)。抽象概念は新しい情報を組織化する体系を与える。情報はその体系の中で吟味され、その新情報のために既存の体系を拡張する必要があるか、場合によっては体系自体を棄却すべきかという判断が下される。因果関係の学習は、概念の間に特定の関係群を付課することとみなせるが、これは新しいデータの獲得や一貫性の検証によって、暫定的なものだったと見なされるようになる可能性もある。レビューされているような形式的数学モデルは、認知の神経的基礎について新たな発見を約束するものである。(KF,nk)
How to Grow a Mind: Statistics, Structure, and Abstraction
p. 1279-1285.

有機エアロゾルの噴出(Organic Aerosol Blowout)

2010年4月20日、Deepwater Horizon の試掘装置が莫大な量の原油をメキシコ湾に噴出し始めた。漏れ出た石油の大部分は海面に浮遊し、そして蒸発し始めた。de Gouw たち (p.1295; Coe による展望記事を参照) は、こぼれたオイルの上部空気の気体、および、エアロゾルの成分の航空機測定に基づいて、これまではほとんど記録されていなかった、二次的有機エアロゾル形成における二次的有機化合物中の中間的な揮発性を有する化合物の重要性を示しており、このプロセスは、大気の有機エアロゾルの主要な源であると示唆されていたものであった。(Wt,KU)
Organic Aerosol Formation Downwind from the Deepwater Horizon Oil Spill
p. 1295-1299.

光化学反応に向けての整列(Lining Up for Photoreactions)

共役有機分子は溶液中で光2量体化反応をするが、いくつかの反応生成物は観測されない。例えば、置換アントラセンである9-フェニルエチニルアントラセンは、六員環(4π電子系(ジエン系) + 2π電子系の環化添加反応)を形成するが、八員環(4π電子系 +4π電子系の環化添加反応 )を形成しない。Kim たち(p. 1312) は、金薄膜表面上のアルカンチオラート単層内の欠陥に吸収されたこの分子の硫黄含有誘導体が整列し、そこで紫外線光2量体化反応を行い、4 + 4 反応生成物を作ることを示している。(hk,KU)
Creating Favorable Geometries for Directing Organic Photoreactions in Alkanethiolate Monolayers
p. 1312-1315.

サルの年老い方(Aping Aging)

人類は、年のとり方等の多数の形質において他の霊長目動物とかなり異なっていると考えられている。Bronikowskiたち(p.1325)による自然生息地における幾つかの霊長類動物グループの長時間に渡る研究によって、たくさんの霊長類の加齢に関して人類のそれと比較できる生活史のパラメータが得られた。人類の一般的生活史パターンは結局のところ例外的なものではなく、霊長類全般に対するパラメータの範囲内に納まった。しかしながら、他の霊長類のオスと比べて人類の男性は異常に低い死亡率を示していたが、このことすら一夫一婦制の種のオスの加齢が一夫多妻制のオスと比べてより遅いという一般的な知見と一致していた。つまり、霊長類における加齢のパターンは系統発生論となんら関連がなく、進化的に不安定であることを示唆している。(Uc,KU,Ej,nk)
Aging in the Natural World: Comparative Data Reveal Similar Mortality Patterns Across Primates
p. 1325-1328.

緩め、解きほぐす(Relax, Uncoil)

複製の際に、DNAのらせん体は部分的に巻き戻されなければならないが、DNAのコイルを緩めて、次いで再び巻き付けるには、トポイソメラーゼと呼ばれる酵素が必要である。結果として、DNAの鎖はカテナン(二つの連結した、環状二重鎖DNAからなる構造)中でもつれ、細胞分裂が完了する前に除去さればならない。Baxterたちは酵母の動原体性プラスミドを用いて、脱連環に先行するその事象を調べた(p. 1328)。彼らは、紡錘体が形成し、染色体の動原体に付着するにつれて、そのDNAを正の高次コイル中に投げ込むような形態的遷移が引き起こされることを発見した。正の高次コイルの立体的形状により、トポイソメラーゼⅡの活性が最大となり、これがDNA鎖間のいろいろな縒り合わせを解きほぐし、そしてそのDNAが娘細胞に等しく分配されるように保証している。(KF,KU)
Positive Supercoiling of Mitotic DNA Drives Decatenation by Topoisomerase II in Eukaryotes
p. 1328-1332.

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