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Science October 8 2010, Vol.330


深層水のなかに潜水する(Diving into Deep Water)

メキシコ湾における Deepwater Horizon の原油流出は、記録上、最大の原油流出の一つであった。海洋底での漏出という状況は、相当量の炭化水素が深い海水中に漏れ出すというような思いがけない危機を引き起こした。井戸の頭部が最終的にシールされる前の 2010年5月と6月に存在した深海水における炭化水素のプルーム(噴流)が、3つの別々の巡航調査により、確認され、その試料が採取された。Camilli たち (p.201; 8月19日電子版) は自動無人潜水機を用いて、22マイル(約35km)の長さを有する、安定状態にある拡散した原油の水中プルームの大きさを評価した。そして、そのプルームの濃度と大きさに基づいて、井戸から放出される毎日の原油量を評価した。Hazen たち (p.204; 8月26日電子版) は、同じ深さの水中プルームを観察し、炭化水素分解性のバクテリアがプルームの中では豊富になっており、原油の或る部分を分解していることを見出した。最後に、Valentine たち (p.208; 9月16日電子版) は、プロパンやエタンを含め、天然ガスも炭化水素のプルームの中に存在していることを見出した。これらのガスはバクテリアによって急速に分解されているが、漏洩した原油からの成分を含め、より大きな炭化水素の生物分解が後に続く。そのプルーム中における溶存酸素レベル(バクテリアの呼吸量の代用)には差異が観察され、これは、プルームの試料採取された場所、あるいは、そのプルームの古さを反映したものかもしれない。(Wt,KU,nk,kj)
Tracking Hydrocarbon Plume Transport and Biodegradation at Deepwater Horizon
p. 201-204.
Deep-Sea Oil Plume Enriches Indigenous Oil-Degrading Bacteria
p. 204-208.
Propane Respiration Jump-Starts Microbial Response to a Deep Oil Spill
p. 208-211.

地球環境における窒素の循環(Nitrogen's Past and Future)

微生物は生命の始った時から地球の窒素循環を制御している。生命が進化するに従い、窒素は必須栄養素であると共に気候の主要な制御物質であった。Canfield たち(p. 192) は、地球の歴史を通じて、窒素の循環がどのように変化したか、その主要な変化を概観した。ほとんどの場合、窒素サイクルの変動は様々な細菌や古細菌において代謝経路の新しい進化に対応していた。しかし、20世紀においては、人間が生物学的窒素循環を全体的に新しい段階へと押しやった。肥料として作物に与えられた大量の固定化窒素は農業排水に依存する水生生物を窒息させた。さらに、強力な温室効果ガスである大量の酸化窒素(N2O)を大気中に貯めこんだ。微生物は、いつの日か、何十億年もかけて形成してきた窒素循環のバランスを回復させるであろうが、人類は自分達の行動を変える必要がある。さもないと、地球上の生命に不可逆な変化を引き起こす危険を冒すことになる。(Ej,hE,nk,kj)
The Evolution and Future of Earth’s Nitrogen Cycle
p. 191-196.

締め付けられて(Feeling the Pinch)

ナノ粒子はバルクとは異なる物性を示すことが知られているが、安定な相が粒子のサイズでどのように変化していくかは解明されていない。Navrotsky等(p.199)は、ナノ粒子表面に敏感な熱力学的プローブを用いて、いくつかの金属酸化物において表面エネルギーが安定性に強い影響を及ぼしていることを見出した。例えば、バルク状態であれば室温で安定なコバルト酸化物はナノ粒子になると、高い表面エネルギーのためにその安定温度領域は非常に狭くなるという。コバルト酸化物は、水から水素を低コストで製造するための触媒として期待されているが、マンガン酸化物や酸化鉄なども含め、土壌や生物のような環境内でのナノ粒子もまた、表面エネルギーにより、その安定性の範囲が絞り込まれている。(NK,nk,kj)
Nanophase Transition Metal Oxides Show Large Thermodynamically Driven Shifts in Oxidation-Reduction Equilibria
p. 199-201.

ゆっくり滑る(Slip Sliding Away)

理想表面に沿った摩擦運動または滑りの開始は、典型的に破壊モデルで予測されるような挙動をする。応力の不均一性(地殻の断層における不均一性と同様に)を導入すると、破壊の伝播速度はもはやモデルに縛られることはない。滑りの挙動への理解を深めるために、Ben-David たちは(p. 211; Zapperi による展望記事参照)、二つの高分子材料のブロックの間に広がる摩擦界面に沿った破壊の速度と応力特性を測定した。それらの実験は、垂直応力に対するせん断応力の局所的な比率が十分小さい時に生じる、滑りのゆっくりしたモードを明らかにした。破壊の三つの異なるモードの選択と捕捉は、局所的な応力比の値に依存した。(Sk,nk)
The Dynamics of the Onset of Frictional Slip
p. 211-214.

金属の金型をポリマーで造る(Polymer Templating for Metals)

ポリマーは容易な大面積にわたるパターン形成と容易な除去が可能なお陰で、ポリマーテンプレート技術は構造化物の製作に広く使われてきた。しかし、そのプロセスは、鋳型領域に容易に流れ込むような物質の取り込みにやや制限があった。Arora たち(p. 214)は、現在の技術の延長として、金属のガイド付きポリマーガイドのエピタキシャル成長で金属のパターン形成が可能なことを示した。エキシマレーザーを利用し、ブロック共重合体から作られたパターン化鋳型への物質の流れを制御した。(Ej,hE,KU,kj)
Block Copolymer Self-Assembly-Directed Single-Crystal Homo- and Heteroepitaxial Nanostructures
p. 214-219.

多糖類の分解(Polysaccharide Breadown)

バイオ燃料工業における今日的課題の一つは、セルロースやキチンといった複雑な多糖類の効率的な生物転換を達成することである。最近、キチンの加水分解を促進するキチン結合タンパク質(CBP)が同定された。今回、Vaaje-Kolstadたち (p. 219) は、キチン分解菌、Serratia marcescens由来のCBPが結晶化したキチンの表面でオキシゲナーゼ反応を触媒し、糖鎖の切断をもたらし、かつ酸化された末端を作り、これによりキチナーゼによって分解されることを示している。構造的に類似の酵素、GH61はセルロースの分解において似たような役割を果たしている可能性がある。(KU,kj)
An Oxidative Enzyme Boosting the Enzymatic Conversion of Recalcitrant Polysaccharides
p. 219-222.

BTトウモロコシの経済的利点(Economic Benefits of BT Maize)

細菌Bacillus thuringiensis由来の遺伝子導入で発現した毒素を含むトウモロコシ(BT トウモロコシ)が、草食性害虫を駆除するために合衆国全体で栽培されている。非-BTトウモロコシも、又その害虫に対する避難場所を与えるためにBTトウモロコシ畑の傍に栽培されている。これは害虫の進化によるBTトウモロコシへの耐性を防ぐのに役立つ。Hutchisonたち (p. 222;Tabashinikによる展望記事参照) は、BTトウモロコシが害虫の個体群動態同様に、中西部合衆国におけるトウモロコシの害虫であるメイガ(European corn borer moth)による経済的な打撃にどのような効果があるかを解析した。メイガの個体群サイズの指標である幼虫密度は、栽培されたBTトウモロコシの割合と相関して低下した。BTトウモロコシを最も多く生産する州では、メイガ個体群の制御におけるBTトウモロコシのプラスの効果が非BTトウモロコシへも拡大されている。更に、メイガ個体群の減少は、BTトウモロコシの栽培と関連した全体のコストアップを上回るような全体としての経済的利益が出ることを実証した。(KU,nk)
Areawide Suppression of European Corn Borer with Bt Maize Reaps Savings to Non-Bt Maize Growers
p. 222-225.

凍結に対する耐性の説明(Freezing Tolerance Explained)

凍結温度は、氷の結晶が出来るという水バランスの崩壊を含めて、種々のメカニズムを通して植物細胞に負荷をを強いる。細胞や小器官の脂質二重層も、又ストレスを被る。Moelleringたち (p.26,8月26日号電子版;Browseによる展望記事参照) は、モデル植物であるシロイヌナズナにおける或るタンパク質の機能を解析したが、この機能が崩壊すると、植物は凍結によるダメージにより感受性となる。タンパク質、SENSITIVE TO FREEZING 2 (SFR2)は脂質の頭部のグループ (headgroup)を動かしたり、交換したりして、凍結の間、葉緑体の脂質二重膜を安定化するためにこの二重膜の化学特性を変えている。(KU,kj)
Freezing Tolerance in Plants Requires Lipid Remodeling at the Outer Chloroplast Membrane
p. 226-228.

位置こそ重要(Location, Location, Location)

細胞分裂は、新たに複製された染色体を2つの娘細胞に正しく分離することを保証する複雑なシグナル経路によって、執り行われている。この経路は部分的には、決定的な制御因子の活性を特異的な細胞内位置に制限することによって、制御されている。例えば、染色体パッセンジャー複合体(CPC: chromosomal passenger complex)は、有糸分裂の際に染色体に補充され、そこで CPCは動原体活性と細胞質分裂を監視している(Musacchioによる展望記事参照のこと)。Wangたち(p. 231、8月12日号電子版)や Kellyたち(p. 235、8月12日号電子版)、そしてYamagishiたち(p. 239)はこのたび、染色質タンパク質であるヒストンH3のリン酸化が、CPCを染色体に向かわせるように作用し、それによってそのオーロラBキナーゼ・サブユニットを活性化していることを明らかにしている。CPCのサバイビン・サブユニットは、有糸分裂に特異的なキナーゼであるhaspinによって行なわれる動原体(セントロメア)でのリン酸化と共に、リン酸化されたH3に特異的に結合する。さらに、ヒストンH2AのBub1リン酸化によって、動原体性CPCアダプタであるshugoshinが補充されている。つまり、これら2つのヒストン標識は組み合わさって、内部動原体を規定しているのである。(KF,KU)
Histone H3 Thr-3 Phosphorylation by Haspin Positions Aurora B at Centromeres in Mitosis
p. 231-235.
Survivin Reads Phosphorylated Histone H3 Threonine 3 to Activate the Mitotic Kinase Aurora B
p. 235-239.
Two Histone Marks Establish the Inner Centromere and Chromosome Bi-Orientation
p. 239-243.

再構築のしくじり(Remodeling Gone Awry)

ヒトの腫瘍において高頻度で変異する遺伝子を同定することは、腫瘍増殖を駆動している分子経路についての重要な手がかりを提供することになり、それが次に、より効率的な治療へと導いてくれる可能性がでてくる。Jonesたちは、そうした変異を見つけるため、とりわけ致死的な卵巣癌の形態である卵巣の明細胞癌腫を探求した(p. 228,9月9日号電子版; また表紙参照のこと)。調査した42の腫瘍のうち、57%が、転写制御因子作用と遺伝子発現の主要な制御因子として機能しているSWI/SNFクロマチンリモデリング複合体のサブユニットをコードする遺伝子ARID1Aに、失活性の変異を蔵匿していた。つまり、遺伝子発現の後成的コントロールに関わるタンパク質が、ヒト癌の発生に寄与しているかもしれないのである。(KF)
Frequent Mutations of Chromatin Remodeling Gene ARID1A in Ovarian Clear Cell Carcinoma
p. 228-231.

寄生相互作用の網(Web of Parasite Interactions)

われわれは、種々の病原体から常に襲撃されている状態にある。病原体に曝されることは、免疫状態などの宿主の状況や、またTelferたちが指摘するように(p. 243; またLaffertyによる展望記事参照のこと)、同時感染する病原体の存在などに依存してはいるものの、多かれ少なかれ有害である。野生のハタネズミと4種の病原体の時系列研究では、同時感染が、他の要因よりも大きな影響を病気に与えていた。たとえば、牛痘ウイルスに感染すると、同時感染に対する感受性が高まり、しかもその状況が長く続いた。逆に、アナプラズマ細菌に感染中であれば、そのネズミは原虫バベシアに対する感受性を減退させた。さらに、バベシアによる慢性感染症は、バルトネラ菌への感受性を制限することになったのである。(KF)
Species Interactions in a Parasite Community Drive Infection Risk in a Wildlife Population
p. 243-246.

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