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Science September 24 2010, Vol.329


識別するニューロンの樹状突起(Discriminating Dedrites)

樹状突起は時空間的に入る入力順序を読み取ることが出来るのだろうか? 2光子グルタミン酸放出と2光子カルシウムイメージング、及び電気生理学とコンピュータモデリングを結びつけることで、Brancoたち(p. 1671,8月12日号電子版;Destexheによる展望記事参照)は、単一の樹状突起が実際にシナプス入力の方向と速度の双方に鋭敏であることを見出した。このような方向と速度への感受性により、ほんの数個の入力でも測定可能であり、そして正常な脳機能の作用している間頻繁に働いているはずである。(KU)
Dendritic Discrimination of Temporal Input Sequences in Cortical Neurons
p. 1671-1675.

セリウム酸化物の代わりに塩を代用する(Substituting Salt For Cerium Oxide)

水-ガス変換反応は一酸化炭素と水を水素と二酸化炭素へと転換する。より低温で作用する触媒は燃料電池にとって有用となる。酸化セリウムのような還元されやすい酸化物に吸着された白金ナノ粒子は、触媒的に活性なPt-O 種を安定化する。Zhaiたち (p. 1633) は、アルカリ原子を添加すると、原子状に分散されたPtがアルミナやシリカといった単純な酸化物上でも、100℃前後で水-ガス交換反応において活性な触媒反応を行うことを示している。(KU,kj)
Alkali-Stabilized Pt-OHx Species Catalyze Low-Temperature Water-Gas Shift Reactions
p. 1633-1636.

自己を更新するT細胞(Self-Renewing T Cells)

生体内の細胞集団の恒常性は、前駆体集団群の分化、分化抹消細胞の自己更新、或いは極端に長寿命するよう細胞をプログラム化する等、様々なメカニズムにより達成される。転写制御因子Foxp3を発現する調節性T細胞は、過剰な炎症や自己免疫を妨げることで免疫寛容性の維持に重要である。Rubtsovたち (p. 1667)はin vivoでの遺伝的に細胞がどうなっていくかを追跡する運命写像と細胞移植の研究を用いて、Foxp3-発現細胞が基礎条件及び炎症条件の双方で極めて安定であることを実証した。このように、調節性T細胞は自己複製により維持されており、そして自己免疫や他の炎症病の治療において養子免疫細胞治療を受けた場合でも彼らのアイデンティティ維持するはずである。(KU,nk,kj)
Stability of the Regulatory T Cell Lineage in Vivo
p. 1667-1671.

あなたの超新星を見せて(Let Me See Your Supernova)

ある超新星から排出された物質が進行し、星間物質と相互作用すると、超新星残骸と呼ばれる放射を示す構造を作り出す。1987年、天文学者は大マゼラン雲銀河の中に明るい超新星、SN 1987A を発見した。その残骸は、爆発した星を取り巻く濃いガスとダストのリングの中で膨張し、それと相互作用しつつある。France たち (p.1624, 9月2日電子版参照; Laming による展望記事を参照) は、SN 1987A を取り巻くリングの分光データを取得し、それを 2004年に得られた類似のデータと比較した。SN 1987A は、われわれに非常に近いため、その爆発は裸眼で見ることができた。そして、その結果は、若い超新星残骸における天体物理的な高速衝撃波の流体力学と運動学を垣間見せるものとなっている。(Wt,SY,nk)
Observing Supernova 1987A with the Refurbished Hubble Space Telescope
p. 1624-1627.

チューリングモデルの説明(Turing Model Explained)

反応拡散(Turing)モデルとは、生物学における自己-制御されたパターン形成を説明するのに用いられる理論モデルである。多くの生物学者はこのモデルを聞いたことがあるだろうが、この概念をより理解すれば、このモデルの適用は多くの研究プロジェクトや発生上の原理に役立つはずである。Konndo and Miura (p. 1616)は、反応拡散モデルをレビューしている。関連する数学的な難解さにもかかわらず、チューリングモデルの基本的考え方は比較的容易に理解されるものであり、そして形態学的勾配に関係している。加えて、使いやすいソフトウェアにより、広範囲にわたる様々なパターンが、この単純なメカニズムによってどのように作られるか容易に理解される。(KU)
Reaction-Diffusion Model as a Framework for Understanding Biological Pattern Formation
p. 1616-1620.

相対性理論が現実の世界になる(Relativity Comes Down to Earth)

100年以上前に、アインシュタインは相対性理論を発表した。それによれば空間と時間はもはや固定された概念ではなく、観測者と座標系との相対的なものである。相対性理論の実験は、通常、宇宙ベースの測定かつ/または光速に近い速度を有する物体に限られてきた。時間の延びと空間の縮みが確認され、衛星通信や全地球測位システムに用いられている。Chou たちは(p.1630)、最先端の光学的時計の精度を用いることにより、今や、相対論の効果が 100m 走者によって達成される速度 (10m/s) や、わずか 1m の高度差が生む地球重力の違いの効果において計測可能なことを確認した。(Sk,nk)
Optical Clocks and Relativity
p. 1630-1633.

絞られると滑りやすくなる(Slippery When Squeezed)

地震波が地球内部を通過する際の挙動は、深さにおける主要な鉱物相の物理的特性で決まる。このような鉱物が異方性を有する場合、即ち結晶物質がその結晶方位方向によって地震波の伝達に影響を与える場合、地球内部のこの領域の構造を分析することは非常に難しくなる。外核との境界に近い最深部のマントルでは、MgSiO3ポストペロブスカイトが変形していることによって、弾性波速度異方性構造に影響が生じている可能性がある。Miyagiたちは(p.1639)、従来の実験の限界を解決することで、高圧で圧搾された際に、MgSiO3ポストペロブスカイトが(001)格子面に沿って脆くなり、破壊されることを示した。この効果をモデル化すると、この変形パターンから最深部のマントルで得られた地震波のデータと一致する異方性構造が生じた。(Uc,nk)
Slip Systems in MgSiO3 Post-Perovskite: Implications for D'' Anisotropy
p. 1639-1641.

スーパーキャパシターの性能を高める(Extending the Capability of Supercapacitors)

スーパーキャパシターは多孔性の電極から構成され、通常の平板キャパシターよりも電気二重層内に体積あたりより多くの電荷を貯える。しかしながら、その多孔性電極のため、整流された直流に残留する交流のリップルを取り除くフィルタ回路の性能は低下してしまう。Millerたち (p. 1637) は、金属表面から垂直方向にグラフェンシートを成長させることでイオン吸着に対する大きな表面積を持つ電極を作った。このキャパシターは通常のキャパシターと同じフィルタ回路の作用を行い、かつスペースも小さくすることが出来る。(KU,nk)
Graphene Double-Layer Capacitor with ac Line-Filtering Performance
p. 1637-1639.

フロリダパンサーが帰ってきた(Return of the Florida Panther)

フロリダパンサー(Florida Panther)は、絶滅危惧種のひとつであり、小さな集団の中でその遺伝的多様性を維持するため、人間による並々ならぬ管理が行われてきた。今回、Johnson たち(p. 1641; Packerによる展望記事参照) は、フロリダパンサーをテキサスピューマとの交配により、近親交配、低遺伝的多様性、近交退化から救出するためのプロジェクトの包括的な遺伝的、かつ、個体数統、集団の動態、確率的変動分析を行った。異なるパンサー集団とその間の交配種の遺伝及び繁殖適応度形質から解ったことは、外交配の利点は生存性、遺伝的多様性、雄の生殖能力や個体数統計についての利点である。(Ej,hE,KU,nk,kj)
Genetic Restoration of the Florida Panther
p. 1641-1645.

神経の素質(Nervous Disposition)

器官の発生には、神経と血管が多数の細胞型と分化・協調することが必要である。末梢副交感神経系は胚形成の間、多くの器官に神経を分布させる必要がある。しかし、器官形成期間におけるこの相互作用の機能は良く解ってない。副交感神経節の発生の間、マウス胚性唾液腺上皮との密接な関連性を取り出すことで、Knoxたち(p. 1645; および、Rock and Hoganによる展望記事参照)は、神経細胞の分布により、ムスカリン受容体と上皮増殖因子受容体のシグナル伝達を通じて上皮性前駆細胞の個体数が保存されていることを見出した。これらの前駆細胞は成体の唾液腺中で維持されている。同様の系が発生中の前立腺においても観察された。このように、末梢性の神経分布は器官形成に必要で、器官の修復や再生にも寄与していると思われる。(Ej,hE)
Parasympathetic Innervation Maintains Epithelial Progenitor Cells During Salivary Organogenesis
p. 1645-1647.

日焼け止め剤を合成するための酵素(Enzymes for Sunscreen Synthesis)

多くの菌類、ラン藻、藻類、その他の海洋性生物は、mycosporineとかmycosporine様アミノ酸(MAAs)と呼ばれる有害な紫外線に晒されることから生体を保護する小分子を生合成する。MAAを含む処方は皮膚の日焼け止めや、化粧品に利用される。Balskus and Walsh (p. 1653,および、9月2日号の電子版参照)は、MAAを産生する遺伝子集団をラン藻中に同定した。彼らは、大腸菌中でそのクラスターを発現し、生化学的に4つの生合成酵素を特徴づけした。その内の2つはアデノシン三リン酸依存性ペプチド結合形成酵素であり、これらはイミン結合の形成を異常なメカニズムによって触媒する。(Ej,hE)
The Genetic and Molecular Basis for Sunscreen Biosynthesis in Cyanobacteria
p. 1653-1656.

ブツブツ君(Mr. Blebby)

腸炎ビブリオ菌は、魚に付随して混入し食中毒を引き起こす重要な原因の一つだが、自己貪食、細胞球状化、細胞溶解という3つの逐次機構を用いて、感染した宿主細胞を数時間のうちに殺していく。Brobergたちはこのたび、一つの細菌性エフェクタータンパク質の分子機構を記述している(p. 1660、8月19日号電子版)。このタンパク質は、膜動力学とアクチン細胞骨格の制御に関与している標的を破壊することによって、細胞溶解を促進する、というものである。このビブリオ(Vibrio)エフェクター、VPA0450が標的細胞膜の小疱形成の原因である。このタンパク質はイノシトール・ポリリン酸5-脱リン酸酵素として作用し、感染した細胞の原形質膜の内側表面上の細胞骨格結合部位を、ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸を加水分解することで破壊するのである。(KF)
A Vibrio Effector Protein Is an Inositol Phosphatase and Disrupts Host Cell Membrane Integrity
p. 1660-1662.

α-シヌクレインと加齢(α-Synuclein and Aging)

遺伝子組換えα-シヌクレインは、さもなければ致死的なシステインストリングタンパク質αノックアウト・マウスの神経変性を、シナプス小胞遊離を仲介するSNAREタンパク質の変化を介して逆転させる。精製した組換えタンパク質と三重のαβγ-シヌクレイン・ノックアウトマウスを用いた実験、及びマウスの加齢研究の成果を使って、Burre'たちはこのたび、α-シヌクレインがSNAREタンパク質シナプトブレビンと直接相互作用していて、SNARE複合体構築の触媒として機能していることを実証した(p. 1663、8月26日号電子版)。シヌクレインの役割は、若い動物ではまったく不要だが、老いるにつれて必須になっていく。これは、α-シヌクレインが、加齢の際に正常なシナプス機能を維持していることを示唆するものである。(KF)
α-Synuclein Promotes SNARE-Complex Assembly in Vivo and in Vitro
p. 1663-1667.

塵によりけり(Dust to Dust)

最近、いわゆるコアシャイン効果が近くの星間雲で確認された。この現象は、星や惑星が生まれる場所として知られている分子雲の最も密度の濃い領域に存在するミクロンサイズの塵粒子による中間赤外線の散乱によってもたらされる。スピッツァー望遠鏡のデータを用いることによって、Paganiたちは (p.1622)、今回、このコアシャイン効果は一つの分子雲に限られた現象というより我々の銀河系で一般的に起こっている現象であるが、どの分子雲でも見られるわけではなく、また、これを分析することによって星形成コアやその内部の星間塵そのものの特性に関して学ぶことが可能であることを示している。(Uc,KU,nk)
The Ubiquity of Micrometer-Sized Dust Grains in the Dense Interstellar Medium
p. 1622-1624.

スピンの動き(In a Spin)

固体系における電子スピンの緩和現象は、量子計算機や情報蓄積においてきわめて重要である。スピンの局所環境との相互作用の寿命はピコ〜マイクロ秒の間である。原子精度の緩和時間の計測には、このような高い時間的・空間的解像度が要求される。Loth たち (p. 1628,表紙、およびMorgensternによる展望記事参照) は、表面に吸着された個々の原子の電子スピンの緩和時間をスピン-分極チップを持った走査トンネル電子顕微鏡によってモニターした。スピンはポンプ信号で励起され、その状態は可変の時間遅延の後、弱いプローブパルスによって作られたスピン感受性のトンネル電流によって読み出された。この一般的な手法は、高速の動的な系にも応用可能であろう。(Ej,KU)
Measurement of Fast Electron Spin Relaxation Times with Atomic Resolution
p. 1628-1630.

近過ぎて気持ちよくない(Too Close for Comfort)

フェロモンは、動物における性的コミュニケーションによく用いられるが、個体群密度を計るために役立つこともある。このたびYamadaたちは、線形動物の線虫(Caenorhabditis)の個体群密度が嗅覚行動の可塑性を制御していて、匂い物質への誘引はその匂いに長く曝された後では減少する、ということを発見した(p. 1647)。2ラウンドの遺伝的スクリーニングを行なって、SNET-1と名付けられたペプチドと、哺乳類の膜貫通ぺプチターゼネプリライシンの相同体とが、フェロモン制御を仲介していることが発見された。嗅覚行動のこうした制御は、個々の動物の行動を、集団全体の状態に関連させて協調させるのに役立っている可能性がある。(KF)
Olfactory Plasticity Is Regulated by Pheromonal Signaling in Caenorhabditis elegans
p. 1647-1650.

収縮による添加(Addition by Contraction)

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSHD)は、西欧諸国では最もよくある遺伝性の神経筋障害であり、2万人に1人がその影響を蒙っている。ほとんどの患者で、障害には、染色体4q上のD4Z4マイクロサテライト反復配列の収縮が伴っているが、この収縮はまた病気の無い場合でも生じていることがあるので、病気の根底にある遺伝機構は捉えどころの無いままであった。Lemmersたちはこのたび、FSHDの患者が、D4Z4の最後の反復単位と隣接する配列をまたぐホメオボックス遺伝子DUX4由来の転写物の標準的ポリアデニル化シグナルを生み出す配列変異体を担っている、ということを示している(p. 1650、8月19日号電子版; またMahadevanによる展望記事参照のこと)。ポリ(A)の添加でDUX4転写物は安定化するが、これが病気に寄与する因子であるらしい。(KF)
A Unifying Genetic Model for Facioscapulohumeral Muscular Dystrophy
p. 1650-1653.

変化の中での不変(Invariant in the Face of Change)

細胞中の遺伝子ネットワークのコピー数、すなわちネットワーク用量(network dosage)は、一倍体状態と二倍体状態の間の切り換えや細胞周期進行の際など、さまざまな状況によって変化する。実験と計算的アプローチとを組み合わせて、Acarたちは、ある遺伝子ネットワークの活性が、ネットワーク用量における変化にも関わらず、いかにして不変でありうるのかを探求した(p. 1656)。互いに逆の調節性活性(つまり、活性化因子と抑制因子)をもつ要素からなる二成分遺伝的回路が最低限必要だ、ということが明らかにされた。特異的なネットワーク・トポロジーと、活性化エージェントと抑制エージェントの間での1対1の相互作用の化学量論も、ネットワーク用量補償にとっての必須要素を表していた。(KF)
A General Mechanism for Network-Dosage Compensation in Gene Circuits
p. 1656-1660.

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