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Science September 10 2010, Vol.329


形状と機能(Form and Function)

平面細胞の極性(Planar Cell Polarity : PCP)シグナル伝達経路は細胞移動を支配しており、脊椎動物の胚における軸伸張と神経管閉鎖を促進し、そして幾つかの脊椎動物のPCPタンパク質は繊毛形成にも関与している。同じように、セプチン細胞骨格は、細胞質分裂や細胞遊走といった多様な細胞の動きを制御しているが、セプチンの機能がin vivoでどのように制御されているかは殆ど知られていない。Kimたち (p. 1337,7月29日号電子版;Barralによる展望記事参照) は、PCPエフェクタータンパク質であるFritzによるセプチンのコントロールが形態形成と繊毛形成にとって重要な制御ポイントであることを見出した。神経管閉鎖中に、Fritz-仲介によるセプチンの局在化が細胞の極性ではなく、細胞の形状を維持していた。繊毛性上皮細胞において、Fritzは繊毛基部でのセプチン環の構築に必要であり、この環構築が正常な繊毛形成とシグナル伝達に必要である。(KU)
Planar Cell Polarity Acts Through Septins to Control Collective Cell Movement and Ciliogenesis
p. 1337-1340.

問題の根源(The Root of the Problem)

発生プロセスは、脊椎動物における体節といった繰り返しの構造パターンを規定している。植物においても、繰り返し構造は成長や発生中に生じる。地上の新芽が成長する際、ホルモン・シグナル伝達によって導かれる間隔で葉や枝が生じる。地下の根が成長する際、根も分枝して、側根が生じる。Moreno-Risuenoたち (p. 1308;Traas and Vernouxによる展望記事参照) は、側根発生の根底にある遺伝子発現を調べ、そして遺伝子発現の周期的変動が側根の仕様を規定する事を見出した。(KU,kj,tf,ok)
Oscillating Gene Expression Determines Competence for Periodic Arabidopsis Root Branching
p. 1306-1311.

高温での電気的スイッチング(High-Temperature Electronic Switching)

電気的な回路構成においては、半導体のバンドギャップは、素子を切り替える電圧が印加されるまで電荷のキャリアが流れないようにするための障壁を提供するのに役立つ。温度が上昇すると、キャリアは障壁を乗り越えるのに十分な熱的エネルギーを獲得し、素子をオフにした場合にも漏れ電流が流れてしまう。炭化ケイ素 (SiC) はより高いバンドギャップを有するため、通常のシリコンと比較して高温で作動する素子としての魅力的な候補になるが、SiC 接合の電界効果トランジスタではいくつかの性能上の問題が生じる。T.-H. Lee たちは (p.1316)、きわめて低い漏れ電流のインバーター回路を形成し、500℃ で数十億回の切り替えが可能な、SiC NEMS スイッチの作製について述べている。(Sk)
【訳注】NEMS (Nano Electro Mechanical Systems) とは半導体集積回路作製技術を用いて作製されたナノメートルオーダーの機械構造を持つデバイス
Electromechanical Computing at 500°C with Silicon Carbide
p. 1316-1318.

葉緑素は赤方向を見ている(Chlorophyll Sees Red)

学生が自然界に関して学ぶ最初の真実の一つは、植物のその緑色が色素葉緑素に因るということである。実際には、4つの僅かに異なる葉緑素変異体が多年にわたって解明されてきた。Chenたち (p. 1318,8月19日号電子版) は、オーストラリアのShark Bay由来の細菌中に別の葉緑素を発見した。この葉緑素変異体では吸収スペクトルが赤い方にずれ、分子末端に挿入されたホルミル基のために吸収帯が近赤外領域にまで拡がっている。この色素の正確な細胞機能は今後の研究課題である。(KU,nk,kj)
A Red-Shifted Chlorophyll
p. 1318-1319.

冷たい回復(Cold Refreshment)

カーボンナノチューブの表面に小分子が吸着すると、その電気抵抗や静電容量が変化するために化学センサーとして用いることができる。残念ながら、多くの分子はナノチューブに強く吸着するために繰返しの利用ができなかった。Salehi-Khojinらが(p.1327)考案した解決策のひとつは、ナノチューブに大電流を流し、吸着した分子を離脱させる方法である。外部加熱による離脱の場合、センサー構造が破壊されるところまで加熱しなければならなかったという。(NK)
Nonthermal Current-Stimulated Desorption of Gases from Carbon Nanotubes
p. 1327-1330.

電子が出たり入ったり(Gharging Back and Forth)

タンパク質によるイオン結合は、生物学的系における電子移動に大きな影響をもたらす。Parkたち (p. 1324) は、類似の現象をより単純な合成系で見出した。特に、カリックス[4]ピロール誘導体として知られているある種のフレキシブルな分子は、塩素イオンや臭素イオンといった陰イオンの結合において錐体構造を取り、そしてこの構造が次に、錐体中に取り込まれたゲスト分子の受容体(アクセプター)への電子移動に導く。この錐体の空洞内により好ましく適合した陽イオンを付加すると、この電子移動反応の逆転(受容体から錐体への移動)が起こる。全体的なプロセスは中間体や生成物に関する分光学的、かつ結晶学的な特徴によりマップ化された。(KU)
【訳注】カリックス[4]ピロール誘導体:多量体化合物で包接化合物として知られている。
Ion-Mediated Electron Transfer in a Supramolecular Donor-Acceptor Ensemble
p. 1324-1327.

未来に待っているもの(What We're In For)

もし、化石燃料を使うような新しい基幹施設(インフラ)を建造することをやめれば、将来の気候はどのようになるのだろうか?Davisたちは(p.1330;Hoffertによる展望記事参照)、現存する全ての基幹施設がその有効期間が終わるまで使い続けられ、その後CO2を排出しない基幹施設に取り替えられるとするとどうなるか、という仮定を立てた。彼らは、大気に追加的に加えられるであろうCO2排出量を計算した。その結果は、CO2の大気濃度は430ppm(pert per million)以下にとどまり (現在のレベルは390ppmである)、そして、地球の平均温度は工業化以前の値に対して1.3℃(現在より約0.5℃上昇)増加するであろうということである。即ち、450ppm 及び +2℃ という現在の目標値よりもそれぞれ十分低いことが分かった。(Uc,KU)
Future CO2 Emissions and Climate Change from Existing Energy Infrastructure
p. 1330-1333.

生物多様性会議(Biodiversity Convention)

現在の地球上の生物多様性の状況を評価し、将来に渡る生物多様性の維持に関する優先事項を提案し同意を得るために、2010年10月に生物多様性会議が開催される。このような状況において、Randsたちは (p.1298;ニュースフォーカスセクション参照;表紙参照)、現在そして将来の脅威と並んで、特筆すべき成功事例に注目をあてながら、生物多様性保護の最近の傾向について報告している。彼らは、生物多様性が環境機関のビジネスなどに限定されるものではなく、社会や政府等の各部門を越えた統合したもとで保護に対して責任を有する「公共財」として扱われるべきだと議論している。そして、どのような条件下であれば、この目標が達成可能であるかをレビューしている。(Uc,KU,nk)
Biodiversity Conservation: Challenges Beyond 2010
p. 1298-1303.

幹細胞の成長(Stem Cell Expansion)

生体外で造血幹細胞 (HSCs)を培養増殖させることは過去20年以上にわたっての重要なゴールであった。高処理能力を有する化学的スクリーンを使って、Boitano たち(p. 1345,および、8月5日号電子版、さらに、Sauvageau とHumphriesによる展望記事参照) は、プリン誘導体の StemRegenin1 (SR1)がヒトHSCの増殖を促進することを見出した。HSCをSR1によって処置すれば、このSR1がアリール炭化水素受容体の活性をブロックすることによって、CD34+細胞の増殖をもたらし、免疫欠損マウスに移植したHSCを12倍〜17倍に増加した。(Ej,hE)
Aryl Hydrocarbon Receptor Antagonists Promote the Expansion of Human Hematopoietic Stem Cells
p. 1345-1348.

過渡的なタンパク質高次構造(Transient Protein Conformations)

過渡的な高次構造はタンパク質の機能上重要である。しかし、これらの状態を検出し特徴づけることは技術的に困難である。Korzhnev たち(p. 1312;および、Al-Hashimiによる展望記事参照)は、最近発達した手法を組合せ、タンパク質のヘリックス、4本が過度的に束になった領域の3次元原子構造を決定した。この中間体は急速に形成されるが、この構造の特異性のため、徐々に天然の状態にもどる。この手法は折りたたまれた中間体だけでなく、タンパク質の機能上重要な励起状態にも応用出来る。(Ej,hE,kj,ok)
A Transient and Low-Populated Protein-Folding Intermediate at Atomic Resolution
p. 1312-1316.

脱アセチル化酵素SIRT6による修復(UnSIRT6ain Repair)

壊れた二本鎖DNAの効率的で正確な修復は、ゲノムが安定性を保持するためには極めて重要であり、そのためには相同組換えとして知られているプロセスが含まれる。引きちぎられた末端を修復する間、DNAは壊れた両端における二本鎖のうちのどちらかをトリミングして切除する必要がある。この修復が正確であるためには、残りの一本鎖DNA (ssDNA) には ssDNA結合タンパク質、RPAが結合する必要があり、この後にssDNAが相同配列と結合する。Kaidi たち(p. 1348)は、哺乳類の脱アセチル化酵素、SIRT6(これまでゲノムの安定性に寄与していると考えられてきた) が、この切除には不可欠であることを見出した。DNA損傷個所において、SIRT6は切除に重要なタンパク質CtIPを脱アセチル化し、活性化させ、切除が適切な場所と時であることを保証している。(Ej.hE,KU)
Human SIRT6 Promotes DNA End Resection Through CtIP Deacetylation
p. 1348-1353.

CRISPRの処理(CRISPR Processing)

多くの細菌や古細菌は、侵入してくるウイルスやプラスミドを認識する。外来性のDNAは、一定のスペースを隔ててクラスター化された短い回文構造の反復(CRISPR:clustered regularly interspacedshort palindromic repeat)座位に組み込まれ、そうした座位からの転写物は、侵入してくるDNAあるいはRNAを標的として破壊するRNAへ変換するプロセッシングを受ける。このプロセッシングの分子基盤を研究するため、Haurwitzたちは、CRISPR-附随(Cas)タンパク質を日和見病原性菌である緑膿菌中でスクリーンし、それらがCRISPR転写物を切断できる能力をもつことを発見した(p. 1355)。CRISPR RNA転写物をもつCas4の結晶構造は、ヌクレオチド鎖切断の仕組みだけでなく、そのタンパク質がいかにして特異的にRNA反復を認識するかを明らかにした。(KF,KU,kj)
Sequence- and Structure-Specific RNA Processing by a CRISPR Endonuclease
p. 1355-1358.

脳の結合についての地図(Connectivity Map of the Brain)

子どもや青年における臨床的に異常な行動は、発生上のタイミングの間違いによって影響され、あるいは引き起こされてすらいる、という認識が高まることによって、正常なヒト脳の成熟過程のマッピングに対する関心が強まってきた。いくつかのグループが、横断的あるいは縦断的研究において、灰白質や白質の変化を構造的また機能的磁気共鳴影像法(fMRI)を用いて記録している。Dosenbachたちは、3つの独立なデータ集合(それぞれ、6歳から35歳までの150人ないし200人についてのfMRIスキャン結果に基づくもの)を用いて、静止状態での機能的結合性(すなわち、被験者が休息ないし睡眠時に、脳の別々の領域における神経活動がいかに緊密に相関しているか)を示す指標を開発した(p. 1358)。長距離の結合は年齢につれて増加し、短距離の結合は減少していたが、これは脳の成熟につれてネットワークがより疎らに、しかもシャープなものになっていくことを示唆している。(KF)
Prediction of Individual Brain Maturity Using fMRI
p. 1358-1361.

カーボンナノチューブ伝導率の振動(Oscillations in Carbon Nanotube Conductivity)

理論研究では、カーボンナノチューブ内にトラップされた水の中で水素イオンが急速に伝導すると予測されていた。C.Y.Leeたち(p. 1320)は、二つの水溜りを長さ2分の1ミリメータ、幅はたったの1.5ナノメートルの開いた単層カーボンナノチューブで結合し、そして単一ナノチューブで生じる電気浸透条件のもとで高い、安定な水素イオン電流を観測した。アルカリ陽イオンの添加は、ランダムなポア(孔)のブロッキングとイオン電流における周期的変動をもたらした。これは生物学的なイオンチャネル中で見られる状態に似ている。(hk,KU,kj)
Coherence Resonance in a Single-Walled Carbon Nanotube Ion Channel
p. 1320-1324.

火星の二酸化炭素(Martian Carbon Dioxide)

二酸化炭素は、火星の大気の主要な成分として、また火星における主要な温室効果ガスとして火星の歴史における気候及び地質学的プロセス面である役割を演じてきた。Niles たち (p.1334) は、Mars Phoenix Lander によってその場測定(in situ)が行われた火星大気の二酸化炭素の同位体成分の高精度測定結果を与えている。火星大気中の二酸化炭素は、13Cを豊富に含んではいない。これは、火山性脱ガス放出と炭酸塩の形成が最近活発に行われたことを示唆している。しかし、18Oは豊富であり、これの示唆するところは、低温水-岩石との相互作用が火星では主要であることを示唆している。火星の隕石に関する過去の研究と組み合わせると、この結果は、火星では過去2億年ほど炭酸塩の形成が活発であったことを示唆している。(Wt,KU,nk,kj)
Stable Isotope Measurements of Martian Atmospheric CO2 at the Phoenix Landing Site
p. 1334-1337.

指さす(Pointing the Finger)

糸状仮足(filopodia)とは、アクチン線維が平行に並んだ束を含む手指様の構造で、種々の状況における真核細胞の運動性の中核となるものである。K. Leeたちは、糸状仮足の組立を探究するため、支持された脂質二重層から成長する糸状仮足様構造を再構成した(p. 1341)。アクチンのネットワークから平行な束への構造上の移行が、膜上での糸状仮足-先端複合体の自己組織化を仲介することが観察された。(KF,nk)
Self-Assembly of Filopodia-Like Structures on Supported Lipid Bilayers
p. 1341-1345.

蚊のマラリア記憶(Mosquito Malarial Memory)

マラリア寄生虫は、そのライフサイクルの間に、脊椎動物宿主の中で莫大な数の連続的増殖段階を経ているのだが、にもかかわらず現場ではほとんどの蚊は寄生虫に感染されていない。Rodriguesたちは、マラリア寄生虫(Plasmodium spp.)が蚊の腸の上皮性関門を最初に横切るや、早々に蚊の免疫系が刺激を受けて発動すると報告している(p. 1353)。血球(マクロファージ様の昆虫免疫細胞)の中でも、ある一つのタイプの数がかなり(2-3倍)増加することが、長く持続する抗マラリア寄生虫免疫に関与している。この研究成果が、マラリアのコントロールおよび無脊椎動物における免疫記憶の理解にとって重要であることが明らかになる可能性がある。(KF,nk)
Hemocyte Differentiation Mediates Innate Immune Memory in Anopheles gambiae Mosquitoes
p. 1353-1355.

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