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Science July 23 2010, Vol.329


古代の火星の炭酸塩鉱物(Ancient Carbonate Minerals on Mars)

CO2に富む大気と共に、過去に存在していた火星の液体の水によって、炭酸塩鉱物の大規模な堆積物ができたと考えられている。しかし、未だ火星表面に炭酸塩が存在する形跡は非常にまれにしか見つかっていなかった。火星探査機ローバー・スピリットが収集したデータによって、今回 Morris らは (p.421,6月3日号電子版;Harveyによる展望記事参照)、Gusevクレーター内の Comache 露頭において、炭酸塩に富む鉱脈の露出部が存在していることを明らかにした。この炭酸塩は主要な鉱脈露出部の成分であり、地下の炭酸塩堆積物を通過した熱水からの沈殿によっ、て Noachian 時代 (40億年前)に形成された可能性がある。このように、中性 pH 条件下で広範囲に渡っての液体水の関与する活動が火星で起こっていたらしい。(Uc)
Identification of Carbonate-Rich Outcrops on Mars by the Spirit Rover
p. 421-424.

パルサー時計(Pulsar Clocks)

パルサーは回転する中性子星である。その回転速度は極めて安定しており、原子時計の精度と競合するほどである。不運なことに、すべてのパルサーがこの精度を有しているのではない。多くのものは、その回転速度に不規則性を示す。英国 Jodrell Bank での多年に渡り収集された大量のデータを用いて、Lyne たち (p.408, 6月24日号電子版) は、パルサーの回転が単一の自転速度低下率ではなく、典型的には二つの低下率で変調されていることを示している。この二つの低下率のそれぞれは、独特のパルスプロファイルを伴っている。不規則性は、パルサーの磁気圏における突然の擬似周期的な変化と結びついている。そして、この変化はこのパルス形状と回転の低下速度の変化として観察されている。これからして、パルス形状に関する情報を用いて、安定な時計としてのパルサーの精度を向上できる可能性があり、これを重力物理学のプローブとして利用することが可能である。(Wt,TS)
Switched Magnetospheric Regulation of Pulsar Spin-Down
p. 408-412.

光よ、あれ(Let There Be Light)

網膜色素変性症(Retinitis pigmentosa)は、多様な遺伝的欠陥が原因となる病気であるが、網膜上の光受容器細胞の変性をもたらし、その結果盲目に至る。病気の経過において、一般的に桿体光受容器細胞が最初に変性を受ける。錐体光受容器細胞は維持されるが、損傷し、機能不全となる。Busskamp たち(p. 413, および、6月24日号の電子版、表紙、Cepkoによる展望記事を参照)は、網膜色素変性症のマウスモデルに対し、遺伝子治療の手法を適用した。損傷を受けた錐体細胞中に細菌性の光活性化イオンポンプのハロロドプシン(halorhodopsin)の発現を誘発させると、病変マウスの網膜の視覚的応答が改善された。このように、錐体光受容器が損傷を受けた後であっても、これを治療して救済することが可能である。(Ej,hE)
Genetic Reactivation of Cone Photoreceptors Restores Visual Responses in Retinitis Pigmentosa
p. 413-417.

線形性を持って生まれた量子力学(Quantum Mechanics Born to Be Linear)

近代物理の2大大黒柱である、量子力学と重力は、両理論を一つの基本体系に調和させる試みをことごとく阻止してきた。このため、どちらか一方あるいは両理論の根底を変える必要性を提案するものもいるほどである。Sinha らは(p. 418;Fransonによる展望記事)、量子力学の「ボルン則」を検証するために複数のスリットによって作り出された干渉パターンを観測した。彼らは、干渉パターンが2つのパスからのみの干渉で作り出され、高次の干渉が影響しない場合ボルン則は正しいことを確認した。この結果は、量子力学に関するいかなる非線形理論を排除するものである;かくして、理論のどのような修正であっても、量子力学が線形性であることは考慮しなければいけないことになった。(NK,KU,nk)
Ruling Out Multi-Order Interference in Quantum Mechanics
p. 418-421.

高多孔性物質へのネットワーク的製法(Network Approaches to Highly Porous Materials)

金属-有機物構造体(MOF)は無機物のセンターが有機物リンカーよって架橋されたものだが、高多孔性のため優れたガス吸着性を有する。しかし、この物質がより大きな空隙を作るに従い、相互に貫通した孔をより形成しがちとなり、ガス分子が空隙を占めずにMOFで満たされる。Furukawa たち(p. 424, および、7月1日号の電子版参照)は、亜鉛センターに長い、高度に共役二重結合を持つ有機物リンカーで架橋したMOFを合成した。このMOFにおいては、作られたネットワークの全体的な対称性が空隙に貫通するようなネットワークの生成を阻止している。表面積が極度に大きく、水素、二酸化炭素、メタンなどの貯蔵能力が高いことが分かった。なお、この構造は、Zn4O(CO2)6 = Zn4O(CO2)6で表せる。(Ej,hE,KU,nk,kj)
Ultrahigh Porosity in Metal-Organic Frameworks
p. 424-428.

古代の海の酸性化(Acidification of the Ancient Oceans)

大気中のCO2のレベルが上がることによってもたらされる海の酸性化は、海洋生態系にとって大きな問題となる。地球の歴史において同様な事象が起こった際に、海洋の生物相がどのように反応したかを理解することは、未来において、何が予想され、そして何を防止すべきかという点についてヒントを与えてくれるだろう。この目的のために、Erbaたちは(p.428)、1億2千万年前に形成された海洋堆積物について詳細な層序学的かつ地球化学的な描写を行っている。この時期は、火山活動によるCO2の大規模な放出によって海洋が酸性化された時である。この堆積物に含まれている微視的な化石 (例えば、石灰質のナノプランクトン) によって、この大規模な環境変化に対し自らの細胞を変形させ縮小させるような種-特異的な適合を通して応答していたという証拠が明らかになった。このような変化によって、海洋の酸性化に引き続いて起きた酸素レベルの全地球的な低下を経過してなお、多種多様な生物が絶滅を免れることができたのであった。(Uc,KU,nk)
Calcareous Nannoplankton Response to Surface-Water Acidification Around Oceanic Anoxic Event 1a
p. 428-432.

その場にとどまる(Staying in Place)

一次繊毛は、ほぼ総ての哺乳類細胞で見出されており、発生を通して、及び成体において適切なシグナル伝達に対してキーとなる調節小器官である。細胞外のシグナル伝達 (例えば、ソニックヘッジホッグ(Shh)により促進される) には、繊毛膜における受容体と下流シグナル制御成分の濃縮を必要とする。鞭毛内の輸送には繊毛内での選択的なタンパク質の輸送が関与しているが、これらのタンパク質がどのように繊毛内で保持されているかは知られていない。拡散障壁が繊毛膜の基底に存在していると推測されていた。Huたち (p. 436,6月17日号電子版)は、膜の拡散障壁が繊毛膜の基底部に実際に存在していることを示している。SEPT2 (出芽酵母や哺乳類の精子膜で拡散障壁を形成しているセプチンファミリーのメンバーである) は、繊毛膜の基底部に局在しており、そして繊毛形成、繊毛膜のタンパク質の局在化、及び繊毛依存性のShhシグナル伝達に必要である。(KU)
A Septin Diffusion Barrier at the Base of the Primary Cilium Maintains Ciliary Membrane Protein Distribution
p. 436-439.

位置、位置、位置(Location, Location, Location)

ゲノムは発生を通して後成的標識を受け取り、この標識が同義遺伝子の活性を制御する。このような標識の一つがメチル化であり、通常遺伝子転写を抑制している。メチル化は、一般的に遺伝子のプロモータにおいて研究されており、そこでは多くの制御シグナルが協調して遺伝子発現を制御している。マウスからの神経幹細胞の研究により、Wuたち (p. 444) は、DNAメチル化が両刃の剣であることを示している。プロモータにおけるDNA配列のメチル化は抑制的であると見られているが、プロモータを越えたDNA配列のメチル化は実際に遺伝子発現を促進する。マウスの神経幹細胞におけるメチル基転移酵素の解析により、神経原性遺伝子周辺の、但しそれらのプロモータの外側のメチル化はその遺伝子の活性化を維持していることが明らかになった。(KU)
Dnmt3a-Dependent Nonpromoter DNA Methylation Facilitates Transcription of Neurogenic Genes
p. 444-448.

脂肪の入り組んだメッセージ(Fat's Mixed Messages)

2型糖尿病等のある種の代謝疾患は肥満した人により多く起こる傾向があり、一部はアディポカイン(脂肪細胞に分泌されるタンパク質)の有害な活性化が関係するとされてきた。殆どのアディポカインは炎症やインスリン抵抗性を促進することでグルコースの恒常性を壊す。Ouchiたち (p. 454,6月17日号電子版;Oh and Olrfskyによる展望記事参照) は、逆の効果を持つ新たなアディポカインである、secreted frizzled-related protein 5 (Sfrp5)を同定した:このタンパク質は抗炎症性でであり、代謝の健全性を促進している。肥満したマウスにおいて、Sfrp5はc-Jun N末端キナーゼ(JNK)シグナル伝達経路を阻害することで、脂肪組織の内部に存在している重要な炎症細胞 (マクロファージ) の活性化を抑制している。更なるSfrp5-JNKの調節性軸の研究により、肥満関連の代謝疾患に対する治療法が提供される可能性がある。(KU)
Sfrp5 Is an Anti-Inflammatory Adipokine That Modulates Metabolic Dysfunction in Obesity
p. 454-457.

精査された複合体Ⅰ(Complex I Under Scrutiny)

ミトコンドリア複合体Ⅰは巨大分子の膜複合体であって、電子移動をミトコンドリア膜を横切るプロトンポンプに結び付け、アデノシン5'三リン酸合成を助けるものである。Hunteたちはこのたび、好気性酵母であるヤロウイア属 lipolytica 由来の複合体Ⅰの構造を記述している(p. 448、7月1日号電子版)。還元化学に関与している部位は、プロトンポンプと離れた場所にあり、その構造から、60オングストローム長のらせん体がプロトンポンプ構成要素へのエネルギー伝達に関与していることが示唆された。(KF)
Functional Modules and Structural Basis of Conformational Coupling in Mitochondrial Complex I
p. 448-451.

非対称性で明らかになったヘムの電気的連結(Heme Communication Revealed by Asymmetry)

電気的バスバー (bus bar:母線) は、いくつかの回路を結合する電気的導電体である。今回、Wierczekたちは(p. 451)、細胞の呼吸や光合成で中心的役割を演じるタンパク質シトクロム bc1 により、同様な方法がとられていることを見出した。シトクロム bc1 のホモ二量体の対称性を破るためにタンパク質工学が用いられ、二量体は2個のヘム間の電子の移動により架橋されていることが明らかになった。これにより、電子が4つの触媒の部位に配分されるように、二量体の内部や二量体間で自由に移動することが可能になっている。(Sk,KU,nk)
An Electronic Bus Bar Lies in the Core of Cytochrome bc1
p. 451-454.

筋肉よりも脳(Brain Over Muscle)

アデノシン三リン酸(ATP)感受性-カリウム(KATP)チャネルのKir6.2サブユニットをコードしている遺伝子における変異は、iDENDとして知られる、ヒトの新生児糖尿病のある特異的な型の原因となる。その病気には、往々にして未知の病因による筋力低下が伴っている。筋ないし神経だけにある変異遺伝子を発現するマウスを研究して、Clarkたちは、運動性障害が、筋ではなく中枢神経系のチャネルの不適切な活性化に起因していることを発見した(p. 458,7月1日号電子版)。iDENDの患者は、脳と筋の双方におけるKATPチャネルをブロックするスルフォニルウレア(sulphonylurea)療法をしばしば施されているが、その薬剤は心筋に有害な影響を与えることもある。つまり、脳のKATPチャネルにより特異的に効果のある薬剤ならば、より安全な選択肢になる可能性があるのだ。(KF)
Muscle Dysfunction Caused by a KATP Channel Mutation in Neonatal Diabetes Is Neuronal in Origin
p. 458-461.

古いデータの新たな見方(A New Look at Old Data)

ここ10年以上の間、線虫(Caenorhabditis elegans)の完全長のメッセンジャーRNAの配列や発生過程におけるその発現については、そのごく一部しか分析されてこなかった。現存のデータセットに関する慎重な再注釈作業や複数の発生段階で得られたポリアデニン捕獲リボ核酸の配列決定、さらにはイントロン領域に深く入る、遺伝子サブセットの配列決定などの複数の方法を組み合わせて、Mangoneたちは、タンパク質をコードする遺伝子の85%に対して、26,000個もの異なった、mRNAの3' 非翻訳領域(3'UTR)を明確にした(p. 432,6月3日号電子版)。線虫遺伝子の大部分は1つ以上の3'UTRをもっているが、それらはトランス-スプライシング-関連の切断やポリアデニル化などの別々の仕組みを介して生じている。この研究はmRNAの安定性や翻訳の制御における3'UTRの重要性に光を当てるものである。(KF,nk,kj)
The Landscape of C. elegans 3'UTRs
p. 432-435.

最終版を完成させる(Making the Final Cut)

RNAスプライシングとは、異なったタンパク質の産生をするためにメッセンジャーRNAを選択的に切断したりペーストしたりすることであって、ヒトの生理や病気を制御するために決定的に重要なものである。しかしながら、スプライシングの制御を支配している根底にあるルールについてのわれわれの知識は不完全なままである。最近の、次世代配列決定法やそれ以外の高効率な技術の出現によって、RNA制御に関するわれわれの理解が変わるチャンスが訪れている。Zhangたちは、複数のデータセットを組み合わせて、脳内での哺乳類神経細胞スプライシング因子Novaによるスプライシング制御について、頑強かつ比較的完全な全体像を作り上げた(p. 439、6月17日号電子版)。多くの新規な標的エクソンを含む、およそ700種のスプライシング・イベントが同定され、そのうちのいくつかは、神経性の病気に関与しているらしい。ゲノム研究と計算生物学を組み合わせることによって、選択的スプライシングの制御についての洞察も生み出されたのである。(KF)
Integrative Modeling Defines the Nova Splicing-Regulatory Network and Its Combinatorial Controls
p. 439-443.

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