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Science July 16 2010, Vol.329


歪んだ環のスナップショット(Snapshot of a Strained Ring)

ベンゼンとシクロブタジエンはまったく正反対の特質を持っている。ベンゼンはその結合配置に極めて適した構造を持つ六角形の炭化水素から成り、異常なほど安定である。炭素の2個少ないシクロブタジエンは、四員環のなす直角な結合角度へときつく押し曲げられているが、すぐに2量体を形成して、構造的、電子的な大きな歪みを開放する。単量体のシクロブタジエンは、分子シェル内にこの分子を閉じ込めることで、初めてかなりの量が単離されたが、完全な構造的特徴ははっきりしていなかった。Legrandたち (p. 299) はこのたび、この分子のジメチル置換した誘導体を十分に安定化するホスト格子を見出し、x-線回折によるその構造と結合状態の解析が可能となった。(KU,nk)
Single-Crystal X-ray Structure of 1,3-Dimethylcyclobutadiene by Confinement in a Crystalline Matrix
p. 299-302.

すばらしき制御因子(Golden Regulator)

黄色ブドウ球菌は、たくさんの毒素や病原性の因子によって病気を悪化させる難治性感染症の共通原因である。agrフェロモンはこの病原体における病原性の主要な制御因子であると考えられてきたが、常に発現しているわけでもなく、非病原性の多くの球菌内にも見出されている。厳密に保存された非リボソームペプチド合成酵素が、Wyattたちによるゲノムマイニング法により見出された(p. 294、6月3日の電子版)。この酵素はオウレスマイン(aureusmines)と呼ばれる環状のジペプチド内にバリンとチロシンを組み込むが、このオウレスマインは「スーパー病原菌」であるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などの、配列決定された総ての黄色ブドウ球菌の系統で発現しているものである。マイクロアレイ解析により、この病原体による合成酵素配座の変異が免疫調節物質、溶血素、及び外毒素の産生に対して、著しい効果をもたらした。実際、この変異系統を全身的に感染させたマウスは、野生タイプと比べて感染の広がりが抑えられることが示された。(KU,nk,kj)
Staphylococcus aureus Nonribosomal Peptide Secondary Metabolites Regulate Virulence
p. 294-296.

生体触媒による反応加速(Biocatalytic Boost)

酵素は合成触媒よりも遥かに選択的に特定の生成物に向けて反応を促進する。不幸なことに、この選択性は細胞の目的に対して進化したもので、化学者が増強を求めている反応すべてを促進するものではない。(Lutzによる展望記事参照)。Siegelたち (p. 309) はこのたび、二分子のディールズ・アルダー反応、すなわち有機合成では中心的な反応だが、自然界の代謝作用では未知である炭素-炭素の結合形成反応を触媒する酵素の設計に関して述べている。この酵素は高度の立体選択性と基質特異性を示し、最も活性な酵素のx-線構造は、その構造が設計どおりであることを示している。Savileたち (p. 305,6月17日号電子版) は、定向進化のアプローチを適用して、既存のアミノ基転移酵素を化学修飾した。その結果、酵素の小さな本来の基質の代わりに複雑なケトンを認識し、そしてこのケトンを溶解するに必要な高温と有機系の共溶媒に耐えるようにできた。この生体触媒による反応は糖尿病を治療する薬剤の合成効率を改善するものである。(KU,nk,kj)
Computational Design of an Enzyme Catalyst for a Stereoselective Bimolecular Diels-Alder Reaction
p. 309-313.
Biocatalytic Asymmetric Synthesis of Chiral Amines from Ketones Applied to Sitagliptin Manufacture
p. 305-309.

深みを暖める(Warming the Deep)

最も冷たい海洋水は、主要な大洋の海盆の底に位置している。そして、海洋表面からこの領域に海水が沈降するには長い時間がかかるため、より浅い深度で現在発生している温暖化傾向から比較的孤立している。しかしながら、最近、これらの深海水の温度上昇が予測よりは早期に観測された。Masuda たち (p.319, 6月24日付け電子版) は、海洋循環のコンピュータシミュレーションを行い、内部波が南極大陸の周りの表面の海水から北太平洋の底まで、急速な熱輸送を可能にしていることを見出した。この輸送は従来のメカニズムが示唆するような何世紀かに渡るものではなく、40年以内に起こりうるものである。(Wt)
Simulated Rapid Warming of Abyssal North Pacific Waters
p. 319-322.

紅海の珊瑚の衰退(Red Sea Coral Decline)

広範囲かつ急速に海表面温度が1度以上上昇すると、一般に珊瑚礁の白化現象が引き起こされる。Cantinたちは (p.322)、わずかに温度が上昇するだけでも劇的にサンゴ礁の石灰化や骨格成長量が減少し、有害な影響が起こっていたことを示している。紅海の海水温度は1970年代から0.4度から1度上昇してきている。そこに棲息する珊瑚は、1998年以降、骨格成長量が約30%減少し、約18%も石灰化が減っていきているのだ。この知見からは、今世紀中に紅海の珊瑚の成長は終わる可能性があるということが示唆される。(Uc)
Ocean Warming Slows Coral Growth in the Central Red Sea
p. 322-325.

より大きな貢献(The Greater Good)

ゼロ和ゲーム(私が勝てばあなたが負ける)は、すべての種類の社会的相互作用、とりわけお金が絡む相互作用に対して、わかりやすいヒューリスティク スを提供してくれる。例えば、企業は利益の一部を、顧客の誘引のために慈善目的に提供しているが、こうしたコストは直接、その企業の純益を減少さ せると一般に想定されていた。Gneezyたちは、顧客と企業の双方が社会的財の増大に寄与できるよう奨励する枠組みをデザインした。フィールドテスト において、このデザインは企業の収益だけでなく慈善目的の貢献をも増加させたのである(p. 325; またDellaVignaによる展望記事参照のこと)。(KF)
Shared Social Responsibility: A Field Experiment in Pay-What-You-Want Pricing and Charitable Giving
p. 325-327.

仲間が近過ぎる?(Too Close to Home?)

ありふれている種がある一方で、非常に稀な種があるのはなぜだろうか?この問いに答える試みはあまりうまくいっていなかった。とりわけ、熱帯の森林のような超多様なコミュニティーについては。Comitaたちは、従来見過ごされてきた説明を明らかにしている(6月24日オンライン発行された p. 330; また表紙参照のこと)。パナマのBarro Colorado島における樹木180種の実生のダイナミクスに冠する大きなデータセットをベイズ統計技法と組み合わせることで、種の存在量を決めているのは、その種がそれら自身の再生を妨害する度合いであることが判った。すぐ近隣に同種のものがある条件下では、まれな種はありふれた種よりもうまく再生できない。このことは、高度に多様な熱帯の森林コミュニティーでの樹木の種の相対的豊富さを決定する仕組みがあることを示唆しているのだ。(KF,nk)
Asymmetric Density Dependence Shapes Species Abundances in a Tropical Tree Community
p. 330-332.

ヘッジホッグシグナル経路と分節化(Hedgehog and Segmentation)

分節化は、環形動物や節足動物、脊椎動物などのいくつかの大きな動物グループの身体設計図の組織化におけるキーとなる特徴だが、その進化的起源はいまだに議論の余地がある。節足動物の胚では、体節(segment)が発生していく際、軸対称のパターン形成においてヘッジホッグシグナル経路が重大な役割を果たしている。Drayたちは、環形動物 Platynereis において保存されてきたこの経路の機能を、特異的な小分子阻害剤を用いて分析し、この生き物においても、体節の形成においてヘッジホッグシグナル経路が同様の役割を果たしていることを見出した(p. 339)。つまり、ヘッジホッグシグナル経路は、従来想定されていたよりも古く、後生動物の進化の初期、前口動物の最後の共通祖先における体節形成に関与していたのである。(KF,nk)
Hedgehog Signaling Regulates Segment Formation in the Annelid Platynereis
p. 339-342.

大事な小魚(Gobbled by Gobies)

乱獲された海洋生態系に共通の特色は、大型魚類が除去されるにつれてバイオマスがクラゲや微生物によって占められ、生息地が無酸素または低酸素になる傾向にあることである。ナミビアの沖の Benguela 生態系は、この話題にぴったりの場所である。Utne-Palm たちは、Benguela漁業によって乱獲されたイワシの損失によって、固有魚種であるトカゲハゼ(bearded goby)が、クラゲや微生物バイオマスを利用して数を増す機会を与えられているさまを記述している(p. 333)。そうした小魚は、次には、同じ地域のより大きな魚類、次に鳥、さらに哺乳類の主な餌食になっていくのである。このハゼの重要性は、これまで伝統的に「行き止まり」と見なされていた資源を餌にできる能力にある。トカゲハゼは、つまるところ、Benguela 生態系のエネルギーの代謝回転の、鍵となる安定化要素になったのである。(KF,nk)
Trophic Structure and Community Stability in an Overfished Ecosystem
p. 333-336.

ワイヤによる接続(Wired)

より小さく、より速い集積回路を作ろうとすると困難が出現するのと同様、そのチップをマザーボードへ接続するワイヤの製作にも障壁が出てくる。Hu とYu (p. 313)は析出溶液を含むマイクロピペットから作られるメニスカスによる銅と白金ワイヤの制御電析とボンディングについて記述している。ワイヤは、さまざまな基板上に析出でき、既存の技術を用いて得られるワイヤよりかなり小さくできた。このアプローチはデバイスパッケージングのために有用であり、また設計した通りのナノスケール構造を構築する新しいアプローチを提供することになる。(hk,nk)
Meniscus-Confined Three-Dimensional Electrodeposition for Direct Writing of Wire Bonds
p. 313-316.

短翻訳領域(sORFs)からの転写(Transcription On and sORF)

真核生物のトランスクリプトームには、短翻訳領域(sORFs)しか持ってないため、タンパク質をコードしていないと思われてしまう多様なRNAが含まれている。しかし、ある種のsORF RNAは実際、小さなペプチドを産生しているのだが、その活性は解っていない。今回、Kondo たち(p. 336; および、Rosenbergによる展望記事参照) は、ショウジョウバエのpolished rice遺伝子 (pri) によってコードされている、11個から32個のアミノ酸を含むペプチドの機能について報告している。priは、ショウジョウバエの上皮分化を制御する転写制御因子 Shavenbaby のN末端の切断を引き起こす。pri の発現に続いて、Shavenbaby は転写抑制因子から活性化因子に転換する。このようにして、sORF ペプチドは、胚発生の際に、転写プログラムを制御することができるのである。(Ej,hE,kj)
Small Peptides Switch the Transcriptional Activity of Shavenbaby During Drosophila Embryogenesis
p. 336-339.

硫黄は食事の合図(Sulfur Signal Dinner)

植物プランクトンは、大量のジメチルスルホニオプロピオナート(DMSP:dimethylsulfoniopropionate)化合物を生成する。その化合物は、ジメチルスルフィド(dimethylsulfide)ガスへと変わることができ、大気中に放出されるとその量は雲の形成に影響するほどである。DMSPの機能的な役割はやや不確かであるが、しかし海洋バクテリアによって分解されて、還元された炭素や硫黄の供給源になる。それは、ケンミジンコなどカイアシ類(copepods)から海洋哺乳動物までの多様な海洋動物に対する、採餌場所を知らせる合図ともなっている。このたびSeymourたち(p.342)は、DMSPのパルス的な出現に対する応答としての運動性微生物の振る舞いを観測するため、マイクロ流体デバイス(Microfluidic Device)を開発した。これら化合物はほとんどの運動性生物に対して主に防御的な役割を演じるとするこれまでの通説に反して、それらは強力な誘引性(attractive)があり、海洋食物網(marine food web)全般における重要な生化学的信号物質(infochemical)として振舞っていた(TO,nk,kj)。
Chemoattraction to Dimethylsulfoniopropionate Throughout the Marine Microbial Food Web
p. 342-345.

マグノンホール効果を観測する(Observing the Magnon Hall Effect)

特異な熱ホール(Hall)効果は、外部磁場がない状況で、横断的な熱伝達がある場合に発生する。熱伝導は、自由キャリアー、フォノン、スピン波 (マグノン) によって介在されている可能性がある。Onose等は(p.297)、この効果を絶縁性の強磁性体中で観測し、自由キャリアとフォノンが熱伝導に介在していないことを明らかにした。また、観測結果は、マグノン伝播に起因するという理論と良い一致を示したという。この熱的マグノンホール効果はスピン軌道相互作用によってもたらされており、従来のホール効果における磁場の役割に似ている。絶縁体中での観測によって、今後スピントロニクス応用における損失を防げる可能性がある。(NK)
Observation of the Magnon Hall Effect
p. 297-299.

冷たくて無秩序な並び(Coolly Disordered)

一般的にいえば、高温相で物質は無秩序になりやすく、例えば、固体は溶けて液体化すると秩序が低下する。しかし、高圧下のようないくつかの場合に、冷却することによって無秩序状態が現れやすくなることがある。Schollたち(p. 303)はこのたび、銀表面に吸着したナフタレン誘導体のような有機分子が、室温以下に冷やされることで、無秩序化することを示した。このプロセスは、表面結合が温度低下に伴って強固になり、通常であれば表面分子間に働く弱い結合力によって分子の再配列が生じることを妨げることによるのである。(Ej,hE)
Disordering of an Organic Overlayer on a Metal Surface Upon Cooling
p. 303-305.

Cタイプ酸化酵素の構造(C-Family Oxidase Structure)

ヘム-銅酸化酵素(HCOs) は好気性呼吸において、酸素還元を膜貫通性のプロトンポンプに結びつけることによって、生物膜に電気化学的なイオン勾配を生成させ、多くの細胞組織にエネルギーを供給している。サブユニット構成や電子供与体、ヘム型に基づいて、HCOsは3つのグループに分けられるが、、そのうちAとBのファミリーの構造的特徴は既にわかっていた。Buschmann たち(p. 327,および、6月24日号電子版参照)はこのたび、Pseudomonas stutzeri(アゾ色素分解菌) より抽出したCファミリーのcbb3酸化酵素の結晶構造を報告した。この構造から、AタイプやBタイプのHCOsとは異なる酸化還元に基づくポンプ機構によっていることが明らかになり、そして、なぜCタイプHCOsが低酸素濃度で触媒的に活性であるかの洞察が得られる。(Ej,hE)
The Structure of cbb3 Cytochrome Oxidase Provides Insights into Proton Pumping
p. 327-330.

新生代の地殻変動(Cenozoic Tectonics)

米国ネバダ州のほぼ全域に渡って見られる交互に現れる山脈と谷の風景がその良い例である北米西部のベイスン・アンド・レンジ地帯。その地域は大陸地殻の一連の拡大を通じ、約5千万年前から形成が始まった。そのようなイベントが生じる前に、北アメリカと太平洋間の境界で起きた、大規模な山脈形成を生ずる衝突運動によって、沈み込み帯が形成され、この大陸は圧縮される方向に力を受けた。地球各地の沈み込み帯の沈み込み速度の計測結果と数値モデルを組み合わせることによって、Schellartたちは(p.316)、海洋プレートの沈み込み領域のスラブ幅が薄くなることが、どのようにいつ圧縮から拡大に向けた推移が発生したかを決定づけているかを示している。今日においても、非常に少量の海洋プレートの残渣が太平洋岸北西部下部にゆっくりと沈み込み続けている領域では、そのプレートの形成された年代ではなく、スラブの幅が沈み込みの速度を決定づけている。実際、この関係によって、南アメリカから日本に至る領域における、他の沈み込み帯のダイナミクスを説明できる可能性もあるのだ。(Uc,nk)
Cenozoic Tectonics of Western North America Controlled by Evolving Width of Farallon Slab
p. 316-319.

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