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Science July 2 2010, Vol.329


“知らぬが仏”- 幸福にも無知覚?(Blissful Ignorance?)

我々人間は、表面的には意識していないにも関わらず、認知処理が起こりうる、という事実に関して現代の研究は特筆すべき進歩を記している。例えば私達は「年老いた」など年配者に関わる言葉をたまたま耳にした時など、意識せずゆっくり歩くようになる。そのような事実である。しかし目標追求に対して行われる行動は、意識的な思考によって生まれる、と考えられている。CustersとAartsは(p. 47) 、以下のような可能性があるという一連の発見について報告している。すなわち行動の目標とは実際我々が幸福にも気付かないような手段による巧みな操作に非常に影響を受けやすいのだ。彼らはこのような発見をある枠組の中に位置づけようとしている。その枠組とは、無意識下の知覚処理がいかに我々の普段の生活行動に浸透しているか、というものである。(Uc,nk)
The Unconscious Will: How the Pursuit of Goals Operates Outside of Conscious Awareness
p. 47-50.

合成生命、生まれ出でよ(Let There Be Life)

何千というゲノムのDNA配列情報はコンピュータメモリー中に0と1の記号でデジタル的に記憶されている。今回、Gibson たち(p. 52,5月20日号電子版参照、表紙参照、および政策フォーラム中のCho and Relmanの記事を参照)は、過去15年の技術を集大成して、Mycoplasma mycoidesのゲノムのデジタル情報から、ゲノムDNAを断片として化学的に合成して、これを酵母中で組み立てて、次いで他の生物の細胞質中に移植した。また、合成ゲノム断片を試験し、エラー修復する多くの方法も提示された。移植されたゲノムはレシピエントの細胞中で樹立され、レシピエントのゲノムと置き換わり、レシピエントのゲノムは細胞から消失した。再構成された細胞は複製可能でコロニーを形成し、将来、合成生命体を開発することが原理的には可能であることを証明した。(Ej,hE,nk)
Creation of a Bacterial Cell Controlled by a Chemically Synthesized Genome
p. 52-56.

惑星が生まれる(Planet Is Born)

年齢1000万年の恒星である β Pictoris は、長い間、惑星を宿していると疑われてきた。Very Large Telescope (VLT) はチリ共和国にある4つの望遠鏡アレイであるが、Lagrange たち (p.57、および、6月10日の電子版参照) はこれにより得られた画像を通して、β Pictoris b という若い巨大惑星が存在することを確認している。この β Pictoris b は、その中心星の周りをとりまくダストからなる円盤の内部を軌道運動している。また、β Pictoris b は、中心星 β Pictorisのまわりを、われわれの太陽系内部における天王星や海王星と太陽との間よりも近い位置で運動しいる。この軌道間隔は、コアの降着メカニズムによるダスト円盤内その場における惑星形成というモデルと矛盾していない。これからして、巨大惑星は、ほんの数百万年の間に、恒星の周りのダスト円盤内で形成された可能性がある。(Wt)

【訳註】β Pictoris についてはこちらをごんらください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/がか座ベータ星
A Giant Planet Imaged in the Disk of the Young Star β Pictoris
p. 57-59.

超伝導電流を持続する(Maintaining the Supercurrent)

超伝導体がフェロ磁性体に接触して置かれると、超伝導電流を生じる逆平行スピン対は、スピンを互いに平行にしようとするフェロ磁性体に入るのとほぼ同時に壊れてしまうと思われる。もし超伝導電流が数ナノメーター以上残存すると、対の対称性の変化が生じると考えられ、スピン一重項がスピン三重項に転換する。超伝導体とフェロ磁性体の界面における磁気的不均質性が、この変化の原因であると思われる。Robinson たちは(P.59,6月10日号電子版)、超伝導体、円錐形の磁石およびフェロ磁性体で構成される対称接合における長い距離での超伝導電流を観測することを可能にした。円錐形の磁石層は必要な不均質性を与え、その層の厚みを変化させることで電流の大きさを制御することが出来た。(Sk,nk)
Controlled Injection of Spin-Triplet Supercurrents into a Strong Ferromagnet
p. 59-61.

量子論的異常ホール効果(Quantum Anomalous Hall Effect)

外部磁場に応答して導体中の電位が変化するホール効果に加えて、強磁性体は自身の磁化に比例し、外部磁場に影響されない異常ホール効果を示すことが知られている。1世紀以上前に発見されたこの現象は、量子化された形では実現していなかった。Yuらは(p.61,6月3日電子版)、3次元トポロジカル絶縁体の薄膜を磁気的にドープすることにより量子化された異常ホール系を実現可能であると提案している。また、ドーパントの種類やフィルム厚が与える影響についても報告している。結果として得られた絶縁体は長距離強磁性秩序を示すと予測されており、スピントロニクス応用の候補である希薄磁性半導体になると期待される。(NK,nk)
Quantized Anomalous Hall Effect in Magnetic Topological Insulators
p. 61-64.

空洞を満たす(Filling a Cavity)

液体アンモニアと異なり、水は孤立電子の一定の濃度を維持することが出来ない。にもかかわらず、高エネルギーの照射により、少数のフリーな電荷が生じ、この電荷は強い還元力を持ち、明瞭なる分光学的特徴を示す。水がこのような水和電子を可溶化しているその方法は不明であったが、しかしながら水分子と電子間の反発力により最近傍の水分子が追い払われて、ほぼ球状の空洞内に電子が取り残されるという風に一般的に考えられていた。Larsenたち(p. 65 ; Jordan and Johnson)は、電子とそれを取り巻く水分子間の拮抗する引力と反発力をモデル化するために、より完全なポテンシャル関数に基づいたシミュレーションを用いてこの考えを覆した。その計算は、水和電子が実際に水分子を引き寄せ、純粋のバルクな水よりもより密度の高い或る領域(ほぼ直径1ナノメートルの領域)を占めていることを示唆している。このモデルは、実験的に得られた分光学的、かつ動的な観測を空洞説と同じくらい有効に、そして幾つかのケースにおいてはよりベターに再現している。(KU)
Does the Hydrated Electron Occupy a Cavity?
p. 65-69.

T細胞の新たな有用性(One Two T)

T細胞は胸腺で発生し、そこでいくつかの発生段階を経て進行するに従い、T細胞以外のものになる可能性を失う。この発生の分子的制御については、十分解明されている訳ではない(Di Datoの展望記事参照)。P. Liたち(p. 85, 6月10日の電子版参照), L. Liたち (p. 89), およびIkawa たち (p. 93)は、マウスにおけるT細胞発生の初期のチェックポイントとして、Znフィンガー転写制御因子であるBcl11bの発現を同定した。発生中のT細胞中でBcl11b遺伝性が欠失すると、T細胞系列へのコミットメントを阻害した。T系列分化を刺激する条件下では、Bcl11b-欠失T細胞前駆体は、系列をコミットされたT細胞に付随する遺伝子の発現を上方へ制御することが出来なかったが、幹細胞や前駆細胞に関連する遺伝子発現を維持した。発生中のT細胞と、系列をコミットされたT細胞の両方とも、Bcl11bの欠失は結果として表現型と機能の両方でナチュラルキラー(NK)細胞に似た細胞を発生させる。これらのNK様細胞は試験管内で容易に増殖し、抗腫瘍性の細胞傷害性(cytotoxicity)を有するが、これは正常細胞に対しては細胞障害性(cytotoxicity)を持たず、腫瘍性(tumorigenic)でもない。NK細胞に比べ、ヒトの患者からはT細胞を入手しやすいため、細胞に基づく抗癌治療のためには、T細胞中のBcl11bを欠失させる方法が「育てやすい」NK細胞の供給源となるであろう。(Ej,hE,nk,kj)
Reprogramming of T Cells to Natural Killer-Like Cells upon Bcl11b Deletion
p. 85-89.
An Early T Cell Lineage Commitment Checkpoint Dependent on the Transcription Factor Bcl11b
p. 89-93.
An Essential Developmental Checkpoint for Production of the T Cell Lineage
p. 93-96.

マーカーを消す(Erasing Markers)

哺乳動物ゲノムの後成的再プログラム(これはDNAメチル化等様々な調節性の後生的標識の除去や置換を含んでいる)は、生殖細胞の分化や初期の接合子発生中に生じる。このプロセスは幹細胞の実験室での産生中でも重要なものであるが、しかしながら後成的再プログラムを制御している因子と経路は良く理解されていない。Hajkovaたち (p. 78) は、発生中のマウスにおいて生殖細胞の分化と初期接合子の発生中のDNAメチル化の抹消を調べ、そして損傷したDNAの修復を助ける除去塩基修復経路(BER)に関与する諸因子があることを見出した。更に、BERの抑制は接合体におけるDNAメチル化の保持に帰結した。(KU,kj)
Genome-Wide Reprogramming in the Mouse Germ Line Entails the Base Excision Repair Pathway
p. 78-82.

初期に増大する水素(Early Rising Hydrogen)

H原子とH-陰イオンの電子放出衝突(electron-expelling collisions)による水素分子の形成は、初期宇宙での最初の恒星の集まりへとつながる原始ガス雲の冷却過程中の重要なステップとみなされている。Kreckel たち(p.69: Brommによる展望記事参照)は、異なるエネルギーの範囲において、この反応速度の非常に正確な実験計測を実施した。この研究は、ぶつかり合う原子とイオンのビームの相対速度を注意深く調節するための専用装置を構築する必要があった。そのデータは、以前に理論的に計算された反応断面積(reaction cross sections)が正しいことを実証し、次いでその反応断面積は宇宙形成モデルへの利用に拡張された。(TO,KU,nk)
Experimental Results for H2 Formation from H- and H and Implications for First Star Formation
p. 69-71.

遺伝的には眩暈にならない(No Genetic Vertigo)

高地に棲んでいる人たちは、その状況に順応してきている(Storzによる展望記事参照)。チベット人の高地への順応に関与している可能性のある遺伝子領域を同定するため、Simonsonたちは、チベット人と漢民族系中国人、日本人を比べてヌクレオチド多形性を調べるために、ゲノムワイドスキャンを実施した(p. 72、5月13日号電子版)。一方、Yiたちは、すべての遺伝子の翻訳領域、すなわちそれらのエキソーム(exome)についての比較可能な解析を実施した(p. 75)。2つの研究の結果はどちらも、低酸素-誘導性因子2としても知られる、内皮のPer-Arnt-Sim領域タンパク質1に収束したが、それは、赤血球産生の制御に結び付くとされてきたものであった。選択されてきた可能性があると同定されたその他の遺伝子には、成体および胎児のヘモグロビンと、チベット人における低ヘモグロビン濃度と相関している機能をもつ可能性のある2つの座位が含まれていた。高地への生理的順応の機構を解き明かすための検証には、今後の詳細な機能の研究が今や必要とされるのである。(KF,nk)
Genetic Evidence for High-Altitude Adaptation in Tibet
p. 72-75.
Sequencing of 50 Human Exomes Reveals Adaptation to High Altitude
p. 75-78.

危ない修復(Dodgy Repair)

ゲノムDNAにおける二重鎖切断(DSB)は、ゲノムの安定性に対する重大な脅威をもたらすにも関わらず、脊椎動物の細胞は、ゲノムが複製されるたびに、10個以上のDSBをこうむる可能性がある。そこで、細胞に混乱がもたらされる前にDSBを認識し、修復することができるよう、シグナル経路は進化してきた。Hicksたちは、この修復に犠牲がつきものだということを明らかにした(p. 82)。出芽酵母でDSBを引き起こしてみた。1つの切断の修復には、切断箇所近傍での変異の割合の大幅な増大が伴っていた。それらの変異は、他の染色体の多岐にわたる配列のコピーを含む、特別な「サイン」を示していたのである。(KF)
Increased Mutagenesis and Unique Mutation Signature Associated with Mitotic Gene Conversion
p. 82-85.

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