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Science January 29 2010, Vol.327


規則化するためのエックス線(X-rays to Order)

分子の自己組織化は、しばしば不可逆である。Cuiたち(p. 555,12月17日号電子版;SafinyaとLiによる展望記事参照)は、アルキル鎖で末端処理されたされた短いペプチド配列 (Ala6Glu3)の規則化(ordering)を調べた。この分子の水溶液は、六角形に規則化されたフィラメントを形成することができたが、もっと薄い溶液では規則化できなかった。しかしながら、長時間X線を照射することによって、これらの配列が規則化される。これらの配列は数時間安定であったが、最終的には不規則状態へ戻った:塩の添加は規則化プロセスの進度を緩めていた。規則化プロセスの進行中、エックス線によって誘起されるチャージが反発力に影響し、フィラメント内の張力のバランスを保っているらしい。(hk,KU)
Spontaneous and X-ray-Triggered Crystallization at Long Range in Self-Assembling Filament Networks
p. 555-559.

幹細胞ゾーン(In the (Stem Cell) Zone)

多様なタイプの幹細胞を単離して特徴づけする努力を通して、幹細胞の自己複製や分化のみならず、幹細胞ニッチと呼ばれる微細な局所的環境的機能を発揮する分子メカニズムの多くが明らかにされてきた。LiとClevers (p. 542)は、毛包,骨髄そして 腸上皮における幹細胞に関して知られている知見をレビューし、1つは静止状態にある幹細胞、別の一つは細胞周期の中で非常に活発な幹細胞の両者は、これらの組織中で、いわゆる幹細胞モデルゾーンにおいて共存している可能性があると述べている。(Ej,hE)
Coexistence of Quiescent and Active Adult Stem Cells in Mammals
p. 542-545.

カーボンナノチューブ上の相転移(Phase Transitions on Carbon Nanotubes)

相転移特性は系の次元によって変化する。2次元系の特徴は、グラファイト表面に吸着させた希ガスを用いて多くの研究がなされてきた。Wang(p.552)らは、単層カーボンナノチューブ表面をアルゴンやクリプトンで被覆し、その被覆率を変えながら一次元系での相転移現象を調べた。ナノチューブを共振器として用いることで相転移現象を測定できるという。導電性の変化、すなわち表面電子密度の変化をモニターすることで、吸着物質と表面の相互作用も調べることができた。(NK,Ej,nk)
Phase Transitions of Adsorbed Atoms on the Surface of a Carbon Nanotube
p. 552-555.

いかに空間を埋めるか(Packing Puzzle)

多数の球による空間充填は、周囲とどのように配置をさせれば最大量を充填できるか、という良く知られた問題である。はるかに少ない球の数を用いた時、どのような充填配列が優先するかを決めるのが自由エネルギー(エントロピー)である。Mengたちは(p.560;Crockerによる展望記事参照)、粒子の数が2から10であるようなコロイドのクラスター形成を観測した。5以下の粒子の場合、充填配列はただ一通りであった。6以上になると、いくつかの同じようなエネルギー構造が形成される可能性があるが、その充填配列はより多くの最近傍の粒子と接触するような構造をとる確率が多くなるような傾向があった。(Uc,KU)
The Free-Energy Landscape of Clusters of Attractive Hard Spheres
p. 560-563.

巨大な爪(Big Finger)

アルヴァレスサウルス類(Alvarezsauroidea)は、鳥類に極めて近いと推測される獣脚類(theropods) の謎に満ちたグループであるが、その標本のほとんどは始祖鳥(Archaeopteryx)よりも時代が若い。Choiniereたち(p. 571; Stoneによるニュース記事参照)は、約1億6千万年前の年代にある、さらに完全な初期の標本について述べており、アルヴァレスサウルス類が、鳥類と獣脚類の両方を含むクレードの基底グループであるという結論を主張している。その化石には一本の巨大な機能的な爪があって、このグループ特有の前肢の進化をも明らかに示している。(TO)
A Basal Alvarezsauroid Theropod from the Early Late Jurassic of Xinjiang, China
p. 571-574.

性を回避する戦略(Sex Avoidance Strategy)

後生動物(metazoans)では、有性生殖が普遍的な繁殖の手段であり、そして有性生殖によりゲノムが高い割合で混合することで、有害な突然変異や急激に進化する寄生生物の双方に対して我々を守ることに役立っているという学説が一般的である。無性生殖生物は稀であり、かつしばしば進化的に短命である。もし、この希少性が寄生生物への対応不能によるものであれば、数百万年間も有性生殖を行っていないワムシの1種のBdelloid rotiferは、別の巧妙な方法で寄生生物の的になることを回避してきたにちがいない。Wilson and Sherman(p. 574;カバー記事参照)は、bdelloid rotifersが乾燥に耐性があり、大気中に拡散することによって、寄生生物を回避できたとことを示している。つまり、ワムシの寄生生物はそのような厳しい環境条件では早く広がることもできず、生き延びることもできず、したがって無性生殖のbdelloidsは、寄生生物が存在しない新たな生息地(pastures)で新たに発生することができるようになる。(TO)
Anciently Asexual Bdelloid Rotifers Escape Lethal Fungal Parasites by Drying Up and Blowing Away
p. 574-576.

ケイ素のベンゼン環(Aromatic Sillicon)

ベンゼンは、芳香族性と呼ばれるエネルギー的安定性のため化学者にとって以前から関心をもたれており、その安定性は環構造のπ電子の非局在化に由来している。ベンゼン環の炭素をケイ素のようなより重い元素に置き換えた時に、この安定性がどのような影響を受けるかは化学者にとって長いこと問題になっていた。Abersfelderたち(p. 564)は、ベンゼン環の6個の総ての炭素の位置にケイ素原子で置き換えたベンゼン類似体を合成した。僅かに結合の構造が変化し、環構造の外側の置換基はもはや均一に分布しなくなる。代わりに、2個のケイ素の位置に置換基が対になって結合し、他の2個のケイ素の位置には置換基が結合しないままである。この結果としての化合物は連続したπ電子のネットワークを形成することは無いが、σ電子と非結合電子を含むある程度の芳香族的安定性は保持している。(KU)
A Tricyclic Aromatic Isomer of Hexasilabenzene
p. 564-566.

人生で一番重要なことはお金じゃない?(The Best Things in Life Are Free?)

幸福は購えるか?答えは、例えば相手が経済学者か心理学者かによって異なる。前者の場合、収入の高さと幸福を感じる人との関係性について着目する。一方後者は、幸福と物質財産の量に相関はほとんどなく、個人個人が自分の生活につける採点によって決められると主張する。また、それらとは別方向の研究に「快楽を限りなく追いかける終わりのない仕事」仮説がある。これは、必要最低限の要求が満たされた時点で、隣人との比較が人生の満足の感じ方に大きく影響する、というものである。OswaldとWu は(p. 576,12月17日号電子版;Layardによる展望記事参照)、米国立疾病防疫センターによる健康調査で収集された100万人の成人からの主観的回答結果が、まさにQuality of Life(人生の質)の客観的な評価と相関することを立証している。(Uc,KU,Ej,nk)
Objective Confirmation of Subjective Measures of Human Well-Being: Evidence from the U.S.A.
p. 576-579.

血小板由来の微小粒子が炎症性関節炎を促進する(Platelet Microparticles Drive Inflammatory Arthritics)

血管損傷中に、血小板が血液の血餅形成に重要な役割を果たしていることは良く知られているが、炎症プロセスにおける血小板の役割に関する認識も高まりつつある。血小板由来の細胞の微小粒子(MPs)は、細胞の活性化に応じて血小板から遊離される小さな膜小胞であり、炎症プロセスにも関係する生体分子を体全体に輸送する。Boilardたち(p. 580;Zimmerma and Weyrichによる展望記事参照)は、血小板由来のMPsが自己免疫疾患である関節リウマチの根底にある炎症プロセスの一因である可能性を見出した。様々なタイプの炎症性関節炎の患者からの滑液内におけるMPsの大部分は血小板由来であり、そして重要なことは、血小板由来のMPsは骨関節炎患者からの滑液内には欠如していた。更に、炎症性関節炎のマウスモデルにおいて、血小板の枯渇により病気の発生が抑制された。(KU)
Platelets Amplify Inflammation in Arthritis via Collagen-Dependent Microparticle Production
p. 580-583.

カラム、結合、及び相関(Columns, Connections, and Correlations)

神経回路におけるニューロン間の相互作用の本質とは何であろうか? 密な局所的な結合性により、近傍の皮質ニューロンが相当量の共通のインプットを受け取り、次に皮質ニューロン間の強い相関に導くという仮説が有力であった。今回2つの研究がこの見解に挑戦しており、皮質におけるコーディングに関する我々の基本的な理解に衝撃を与えるものである。Eckerたち(p. 584)は、覚醒しているマカクザルの領域Ⅵのニューロンのペアにおいて相関する発火の統計を調べた。以前の研究とは対照的に、相関は非常に低く、動物に示された刺激や、記録部位の距離、及びニューロンの受容野の類似性、或いは応答特性に無関係であることが判明した。付随的なモデリングと記録ペーパーにおいて、Renartたち(p. 584》は、共通のインプットを持つた細胞内においてすら、どうしてゼロノイズ相関を持つことが可能なのかを実証している。(KU,Ej)
Decorrelated Neuronal Firing in Cortical Microcircuits
p. 584-587.
The Asynchronous State in Cortical Circuits
p. 587-590.

ポリメラーゼ同士が衝突するとき(When Polymerases Collide)

ゲノムはDNAポリメラーゼによって複製され、RNAポリメラーゼによってコピーされなければならない。この2つのプロセスは細菌においては同時に起こっていて、細菌遺伝子の大部分は複製に際して同じ向きになっている(co-oriented)のだが、それでも正面衝突が起きて、ゲノムに二重鎖切断がもたらされることもある。PomerantzとO'Donnellは、試験管内で、大腸菌のDNAとRNA、それぞれのポリメラーゼが、バンパー同士の衝突の際に、軋るように停止してしまうが、その複製フォーク(複製点)は無傷のままで、RNAポリメラーゼはDNAからはずされ、邪魔にならないところに置かれることを示している。(p. 590)。転写-修復共役因子であるMfdが、おそらく停止された転写複合体に先立つところまでそれぞれのDNA鎖を巻き戻すことによってDNA複製の再開を促進し、DNAからの置換を促進しているのである。(KF,KU)
Direct Restart of a Replication Fork Stalled by a Head-On RNA Polymerase
p. 590-592.

腸のチェック(Gut Check)

胃腸管系の消化管(GI)は、電離放射線によるダメージにとくに感受性がある。何十年にもわたる研究にも関わらず、どの細胞とどのような分子機構がこうしたGIのダメージを仲介しているのかという根本的な疑問は、大きな論議を呼ぶものとなっている。遺伝的に操作された一連のマウスを研究して、Kirschたちは、血管内皮細胞ではなくGI上皮細胞が照射によるダメージの決定的な細胞標的であり、(よく調べられている細胞死のメカニズムである)アポトーシスがダメージの主要な要因ではない、と結論付けた(p. 593、12月17日号電子版)。むしろ、腫瘍抑制タンパク質p53によってその活性が抑制されている別の細胞死経路が、GIダメージを仲介しているようだ。この経路に関するさらなる洞察が、放射線によって誘発される組織ダメージを防ぎ、治療するための医学的対策の開発を助けることになるかもしれない。(KF)
p53 Controls Radiation-Induced Gastrointestinal Syndrome in Mice Independent of Apoptosis
p. 593-596.

軸索形成の促進(Promoting Axon Formation)

ニューロンはいかにして1本の軸索と多数の樹状突起を生じるのだろう? 環状AMP(cAMP)と環状GMP(cGMP)からなる縞模様を含む試験管内のアッセイを用いて、Shellyたちは、cAMPの増加によって軸索形成が引き起こされ、cGMPの増加によって樹状突起がもたらされることを示している(p. 547)。さらに、cAMPとcGMPは、プロテインキナーゼAやプロテインキナーゼGと同じように、特異的なホスホジエステラーゼの活性化を介して、相互に相反的に抑制し合っている。最終的には、cAMPの長期の自己抑制によって、なぜたくさんの樹状突起と1つの軸索が培養された単一の海馬神経細胞に生じるのかが説明できる。1つの神経突起で局所的に増加するcAMPが、残りの神経突起での長期のcAMP減少の原因となり、対応する相反的なcGMPにおける変化が随伴するのである。(KF,Ku)
Local and Long-Range Reciprocal Regulation of cAMP and cGMP in Axon/Dendrite Formation
p. 547-552.

第2級炭素原子の選択的反応(Secondary Selectivity)

有機分子には、メチレン(第2級炭素原子)CH2基の環や鎖から構成されているものが多いが、その結節点においてところどころ酸素や窒素中心で修飾されており、また、炭素が重度に置換されていたりする。もし、骨格に沿っての或る特別なメチレン基中の C-H結合を目標に選択的修飾が可能となれば、合成的な置換反応はより効率的なものとなろう。しかしながら、これらの炭素中心は、反応の目標として区別するのは非常に困難である。Chen と White(p.566) は、一連の複雑な分子において鉄触媒により過酸化物が特定の第2級の C-H 結合を選択的、かつ、まずまずの効率でもって酸化することを示している。観察された選択性は、目標部位の電子的な、そして、立体配置的な環境と相関のある予測可能な傾向に従っている。(Wt,KU)
Combined Effects on Selectivity in Fe-Catalyzed Methylene Oxidation
p. 566-571.

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