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Science January 1 2010, Vol.327


噛まれて悪魔のガンに(Be-Deviled Cancer)

最近、最大の肉食有袋類であるタスマニアデビルは感染性の致死性ガンで絶滅の恐れが出ている。この病気はデビル顔面腫瘍性疾患(DFTD)と呼ばれ、顔に大きな腫瘍が生じ、これがしばしば内臓器官に転移する。DFTDは噛みつきによって伝染し、感染した動物は、口の周りに出来た腫瘍のために通常の摂食が不能となり、数ヶ月で餓死する。その結果、過去10年間でタスマニアデビルの個体数は約60%減少した。この疾患に対する遺伝子検査、ワクチン、治療法は無く、放置しておけば50年以内に野生のタスマニアデビルは死滅すると見られている。いくつかの系統に見られる証拠から、DFTDはクローンの同種移植によって感染し、ガン細胞そのものが腫瘍伝達を担っていると見られている。Murchison たち(p. 84) は、14個のマイクロサテライト領域、及び可変性のミトコンドリアの多形性に関してタスマニア周辺からの25個の腫瘍-宿主対の遺伝子型を同定することでこの仮説を詳細に検討した。その結果、DFTD腫瘍は宿主(ホスト)とは遺伝子的に異なっており、そして腫瘍はお互いに遺伝子的にほぼ完全に同一であることから、同種移植によって感染しているという説が支持された。(Ej,hE,KU)
The Tasmanian Devil Transcriptome Reveals Schwann Cell Origins of a Clonally Transmissible Cancer
p. 84-87.

ついに脂質ラフトが対象となった(Lipid Rafts Come of Age)

生きている細胞は脂質とタンパク質から成る細胞膜によって囲まれている。膜タンパク質の生物発生とソーティングには多くの注目を集めてきたが、微細な構造のため、脂質の力学とソーティングは研究対象としては極めて困難であった。Lingwood and Simons (p. 46) は、いわゆる脂質ラフトと呼ばれる、膜内で特定の脂質とタンパク質がナノスケールで濃縮した、特異な機能を持つ、側方に分離した領域の果たす役割と、その証拠についてレビューした。(Ej,hE)
Lipid Rafts As a Membrane-Organizing Principle
p. 46-50.

樹状突起がインターニューロンの発火の形を作る(Dendrites Shape Interneuron Firing)

高速でスパイクする抑制性インターニューロンのグループであるバスケット細胞は、ニューロンのネットワークにおいて重要な役割を演じている。時間的に高精度で、潜在時間の短いバスケット細胞がどのようなメカニズムで活動しているか、その根底の機構は良く解ってない。Hu たち(p. 52, および、12月3日号電子版を参照)は、高速でスパイク信号を発する海馬のバスケット細胞における樹状突起の機能をを調べ、この活動電位が軸索中から発せられ、樹状突起に逆伝播して戻ることを見つけた。このとき、活性への依存性は無いが、強度は大きく減少する。この現象は以前、錐体細胞の樹状突起で広範に調べられ観察されたものとは非常に異なっているが、その理由は、多分インターニューロンの樹状突起における高いカリクム-ナトリウムコンダクタンス比に起因するものであろう。これらの樹状突起の機構によって、生体内でのネットワーク活性中のバスケット細胞の高周期発火と正確なタイミングが説明できる。(Ej,hE,KU)
Dendritic Mechanisms Underlying Rapid Synaptic Activation of Fast-Spiking Hippocampal Interneurons
p. 52-58.

頑固なドーパントを活性化する(Activating Stubborn Dopants)

例えば光ディスクの読取り機構のように、LED(発光ダイオード)やレーザー等の半導体素子を用いるデバイス材料の多くでは、より短波長光であることが求められているが、材料特性として、価電子帯と伝導帯との間のより大きいエネルギーギャップがあることが必要となる。そのためには、不純物原子(ドーパント)を材料中に注入することによって、電気伝導度を増加させる必要がある。しかしながら、GaNやAlGaNのような窒化物材料の場合、Mgのようなアクセプター原子による正孔ドーピングは、室温環境ではあまり有効とならない。Simonたちは(p.60)、GaN層上で組成傾斜的にAlGaNを成長させた。そして、その層の電気分極によってアクセプターであるドーパントが、室温でも効果的にイオン化されうることを発見した。このようなヘテロ構造によって、紫外領域で発光するLEDが実現されたのだ。(Uc,KU)
Polarization-Induced Hole Doping in Wide-Band-Gap Uniaxial Semiconductor Heterostructures
p. 60-64.

DNA輸送のためのカーボンナノチューブブリッジ(Carbon Nanotube Bridge for DNA Transport)

カーボンナノチュ−ブの微細な空隙率を利用した分子輸送制御への応用は、膜生成などに生かされてきた。Liu たち(p. 64) は、1つの単壁カーボンナノチューブが2つの液体貯蔵部を結合するような複数の装置を製作した。それらの中には、明らかに金属性ナノチューブで、バルクの電解質の抵抗から予想される値より異常に高いイオン伝導率を示すものがある。このような高伝導率のものは一本鎖DNAの輸送に利用され、その結果イオン電流が一過性の増大を示す。(Ej,hE)
Translocation of Single-Stranded DNA Through Single-Walled Carbon Nanotubes
p. 64-67.

中央の金属(Metal in the Middle)

2相反応系では、一方の溶媒で反応し、その後すぐに他方の溶媒に移動できるため反応しやすい生成物を単離することができる。また、副反応や副生成物を抑えることもできる。しかし、触媒を一方の溶媒層に選択的に閉じ込めておくことは非常に困難である。界面活性剤により効果的に閉じ込めておくことはできるが、今度は生成物との分離が難しくなってしまう。Crossley等は(p.68;Cole-Hamiltonの展望記事参照)容易に回収可能な両親媒性ナノ粒子を用いて、この課題を解決している。ナノ粒子は水-油エマルジョンを安定化すると同時に、有機反応に対して触媒作用を及ぼすという。粒子は疎水性のナノチューブと親水性の酸化物を結合したもので、水と炭化水素界面に集積する。白金をナノ粒子の特定の位置にデポすることで、触媒金属を一方の溶媒相あるいは両方に配置することができ、バイオ燃料精製においていくつかの化合物の水素添加を促進できることを報告している。(NK)
Solid Nanoparticles that Catalyze Biofuel Upgrade Reactions at the Water/Oil Interface
p. 68-72.

変化の深さについて(The Depths of the Changes)

過去の氷期サイクルを通じて、二種類のタイプの急速かつ広範囲に影響を及ぼす気候変動現象が存在している。すなわち、1000年程度の継続期間である比較的短期の温暖期と、最終氷期‐間氷期遷移期である。双方ともに大規模海洋循環に大きな変動を伴っていることが特徴的であるが、どの程度それらが類似した現象であるのかは不明確である。Robertsたちは(p.75)、プランクトン性有孔虫類の鉄マンガン酸化物の皮相に含まれるネオジウム同位体組成を解析し、ハインリッヒイベント1における大西洋海洋循環のパターンを再構築した。ハインリッヒイベント1とは約14000年前に起こった急速な地球気候変動のことで、北半球の棚氷崩壊や最終退氷期の期間も含まれている。深海水の供給源と全海洋循環の逆転率は最終退氷期を通じて、急速かつ同時に変化していた。一方、海洋上層の循環圧力のみがハインリッヒイベント1の間継続して影響を受けていたのだ。(Uc)
Synchronous Deglacial Overturning and Water Mass Source Changes
p. 75-78.

実際の進化(Evolution in Action)

遺伝子やゲノム配列における進化の速度が推定されているが、これらの推定には誤差が付きまとっている。その理由は、世代を越える進化のステップの多くは直接測定することが出来なかったり、或いはその後の変化により隠されてしまうからである。Ossowskiたち(p. 92)は、核ゲノムにおいて自然突然変異がどのような頻度で生じているかについてのより正確な測定を与えている。30世代にわたって生じている変異が、個々の世代のシロイヌナズナからのDNAの配列決定により比較された。紫外線や脱アミノ化による突然変異誘発により、見出された変異のタイプをかさ上げしているらしい。(KU)
The Rate and Molecular Spectrum of Spontaneous Mutations in Arabidopsis thaliana
p. 92-94.

私たちは星屑(We Are Stardust)

超新星は、星の爆発の結果として形成され、それらのスペクトル特性によって類別されている。Poznanski たち (p.58,11月5日号電子版) は、極端に速い時間的な進化と、異常なスペクトルによって特徴付けられる特異な超新星を発表している。このため、この超新星はこれまでの類別に分類できない。SN2002bj は、おそらく外被となる小量の物質を放出する白色矮星上のヘリウム爆発によって形成される、超新星の新しいクラスの一員と思われる。(Wt)
An Unusually Fast-Evolving Supernova
p. 58-60.

タンパク質修飾を変える(Modifying Protein Modification)

α-ジストログリカン(α-DG)は細胞表面の受容体で、基底層をラミニン-G領域を含むタンパク質に結合することで筋細胞膜に繋ぎ止めている。このような結合は筋肉の筋収縮による障害からの保護に必須であり、この結合の欠陥はヒトにおける先天性筋ジストロフィー(CMD)のサブクラスを引き起こすと考えられている。6っの(推定上)糖転移酵素遺伝子の変異がCMD患者で同定されており、α-DGの糖鎖付加によりラミニンに結合可能となる。20年を越える広範な努力にもかかわらず、実際のラミニン結合部位は不明なままだった。今回、Yoshida-Moriguchiたち(p. 88)は、α-DG上でリン酸化されたO-マンノシル グリカンを同定した。この修飾は未知のキナーゼによりゴルジ体中で起こっており、そしてそのラミニン結合型におけるα-DGの成熟に必要である。(KU)
O-Mannosyl Phosphorylation of Alpha-Dystroglycan Is Required for Laminin Binding
p. 88-92.

花の制御因子(Flowery Regulator)

遺伝子転写の制御は多層的であって、転写制御因子や後成的機構、さらには小さなRNA分子との相互作用に依存している。Liuたちはこのたび、シロイヌナズナのFLOWERING LOCUS C(FLC)遺伝子について、その遺伝子の逆方向転写物が3'RNAプロセシング手段およびヒストン脱メチル化と一緒に、そのタンパク質をコードしている遺伝子の転写を制御している、ということを発見した(p. 94、12月3日号電子版)。この3'プロセシングイベントには、(センスではなく)アンチセンスRNA転写物が必要とされる。そして、最後になって開花の開始を制御するのがセンス転写物なのである。(KF,KU)
Targeted 3' Processing of Antisense Transcripts Triggers Arabidopsis FLC Chromatin Silencing
p. 94-97.

細菌における区画の作り方(Bacterial Compartmentalization)

多様な細菌において、有毒なあるいは揮発性の代謝産物が関与する反応は、タンパク質性の微小区画(microcompartment)内にある酵素によって実行される。Tanakaたちはこのたび、細菌中でのエタノールアミンの代謝を隔離しているシェルの構成要素である4つの相同タンパク質の高分解能結晶構造を報告している(p. 81; またKangとDouglasによる展望記事参照のこと)。それらの構造は類似した全体的折り畳み構造をもっている一方、いかにしてシェルを構築し、微小区画の機能に関与しているかに関する洞察を与えてくれる、それぞれ特有の構造的特徴を示している。(KF)
Structure and Mechanisms of a Protein-Based Organelle in Escherichia coli
p. 81-84.

隠れていた鋳型(A Hidden Template)

環状の分子を作る際に固有な複雑な課題は、通常環のサイズとともに大幅に増える。線形の前駈体分子がその両端をお互に結合しなければいけないと仮定すると、分子長が長くなると、両端がお互いに接近する確立が減る。外部的な力が無い時に、直径数nmの(分子スケールではかなり大きい)モリブデン酸化物の環状ファミリーがどのように自己組織化するのであろうか?Mirasたち(p. 72,表紙参照;Whitmireによる展望記事参照)は、このプロセスを導く内部鋳型を明らかにした。フロー反応器(flow reactor)中での注意深い制御条件により、彼らはその自己組織化プロセスを途中で停止することが出来、そして小さなモリブデン酸化物の中心の核クラスターを解析し、その核クラスター周りにより大きな環状分子が形成されていた。次に、この中心の鋳型を取り出すことで、中空の完全な最終物が得られた。(KU)
Unveiling the Transient Template in the Self-Assembly of a Molecular Oxide Nanowheel
p. 72-74.

1000ドルのゲノムに向けて(Toward $1000 Genomes)

完全かつ正確で安上がりにヒトゲノム配列データを作成できるかは、ゲノム全体にわたっての疾患関連の研究を実行するのに必須である。Drmanacたちは、この目標に向けた進展をもたらす技法を提示している(p. 78、11月5日号電子版)。この方法はIIS型のエンドヌクレアーゼを用いて、ランダムに切断された一連の環状化DNAに短いオリゴヌクレオチドを取り込むというものである。DNAポリメラーゼは次に環状オリゴヌクレオチドを連鎖させた複数のコピーを産生し、それによって緻密だが非常に長いオリゴヌクレオチドが作られ、次いでそれが連結によって配列されるのである。この技法は比較的低コストでありながらエラー率も低く、1000ドルのゲノムという目標にかなり近づくよう、配列決定を進展させるものである。(KF)
Human Genome Sequencing Using Unchained Base Reads on Self-Assembling DNA Nanoarrays
p. 78-81.

意識と再現性(Consciousness and Reproducibility)

神経情報が主観的な気付きに至るというのは、正確にはどういうことだろうか? 従来の研究は、知覚の内容をコードする脳領域における活性の強度と持続とが、その情報が直接主観的体験に貢献するかどうかを決定している、と示唆している。このたびSchurgerたちは、意識される神経コード化再現性を非意識のそれから区別する、第三の属性について記述している(11月12日オンライン発行されたp. 97; またSchwarzkopfとReesによる展望記事参照のこと)。被験者が単純な視覚的カテゴリー弁別課題を遂行する際の脳活性の時空間パターンが記録された。意識された情報に対応した活性パターンは、より再現性があったのである。具体的には、同じ刺激カテゴリーに属する異なった提示全般に対して、同じ知覚をコードする非意識性の活性パターンに比較してより信頼性があったということである。(KF)
Reproducibility Distinguishes Conscious from Nonconscious Neural Representations
p. 97-99.

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